第26話 女子トーク!
森林フィールドへは草原フィールドのエリア2の川沿いから行ける事で有名です。しかしその進行方向にはエリア2でも巨大なMOBであるブラウンフロッグの生息地があるので注意しなくてはいけません。ブラウンフロッグの全長は3メートル近くあり、一般的ヒューマンなど一飲み出来てしまうほどの恐怖を乗り越えて始めてその場所に行くことができるとされています。
しかしわたしはマリさんの背中からそれらを見下ろして優雅な空の旅。わざわざ構ってあげる必要も特にないし、びゅーんと一直線に森林フィールドへと赴きました。
ラジー&ココット組だけは徒歩。でもあの子達も気配遮断と認識阻害の合わせ技で実質その場にいないのと同じように振る舞えますのでそこまで大きな差はなかったりします。忍者って便利ですよね。
森林フィールド前では大きな空間が作られていました。いわゆるキャンプ地ですね。そこでは状態異常を受けて逃げ帰ってきた
ラジー&ココット組と現地で無事合流したわたし達はどうやって勝負を決めようか頭を悩ませていました。
勝負を仕掛けたマリさんもそれに乗ったココットもそこまでは考えていなかったようなのです。
しかしマリさんは自分だけがFランクのままなのが気に入らないみたいらしく「納品素材のポイントが高い方が勝ち!」みたいなルールを勝手に決めてしまいます。
それは相手にも同じようにポイントを与えてしまうだけなのでは? と思わなくもないのですが、自分だけが到達していない疎外感というのもよくわかるのでその方向で決定しました。ココットもそれで構わないらしいです。単純な力比べでなら勝てる見込みはいくらでもあれど、相手を出し抜く能力では勝てそうもないと心の何処かで思っていたらしく、シンプルで実にいいね、と納得してました。チョロい。
その勝負の行方次第でわたしの今日の予定がマリさんと遊ぶかココット達と遊ぶかが決まるのですが、要はわたしの気分次第ですね。
しかし今日の気分は恋愛的なことを語らいたいので是非ともマリさんには優勝して貰いませんと。
ココット達には悪いですが今日は《彼氏居ない同盟》と遊ぶ気分にはなれないのです。彼に会う前なら幾らでも気持ちは分かり合えたのですけどね。それを手放す気にはなれないのです。
と、言うことで勝負は日沈まで。
ついでに現地のMOB情報も専用掲示板を立てて特徴を晒す事で勝負に泊をつけようなんて事も言ってました。
マリさんはわたしがいるので強気ですが、ココット達も自信があるのか受けて立ちます。以前、完全耐性はないと言ってましたが大丈夫なんでしょうか?
ココットの合図とともに始まりました、わたしを商品としたポイント勝負。
対戦相手の姿はもう見えないので既にフィールドエリアに身を潜めたのでしょうね。マリさんも早く移動した方がいいんじゃないですか?
「ふふん。これは一見数がモノを言う勝負に見えるけど実は違うんだな~」
マリさんは勝ち誇ったように言います。言いたいことはなんとなくわかりますけど侮りすぎじゃないですかね? 彼女達、わたしのサポートがあったとはいえ夜のレンゼルフィアを相手にノーダメージでくぐり抜けた猛者ですよ?
「なるほど、向こうさんは回避特化ね。でもそれはミュウさんが向こう側についた場合によるものでしょ? フレンドなのにお金を払ってでも一緒に居たい理由をよく考えなさいな」
マリさんは嗜めるようにわたしに言いました。確かにそれもそうです。それは “わたし” と言うバックパックありきの能力でした。自分の能力を低く見積もりすぎて認識が違うことに今になって気付かされます。
『それでマリさんはわたしの事をどう思ってるわけ?』
「そりゃもうダーリンの次に居て欲しい相手に決まってるじゃない。じゃなきゃゲーム内とはいえ忙しい身のミュウさんを誘ったりしないでしょ?」
うん、それもそうでした。マリさんもまたリアルでは自分を隠して生きている同志である事を思い出します。
そして今も本質を隠したままわたしと一緒に遊んでくれているのです。
彼女は過去に「刀匠」と呼ばれる程の鍛治馬鹿でした。しかし今はそれを封印してまでスローライフを堪能するんだとバードを選び、一緒にいてくれています。
ココット達はと言うと、自分達が中心です。世の中の不平不満をVRの中で撒き散らす、当時のノワールそのもの。自分が不幸だって勝手に決めつけて、幸せになる権利なんてないって心のどこかで思ってる過去の自分。
一緒にいて楽なのは事実。でもそれは恋愛に一歩前進したわたしにとっては毒のように染み込んで来て後ろ髪を引いてくる。
ココット達と一緒にいるということは過去の思い出に縋ることに他ならず、それは思い出に浸っていた過去の自分を受け入れる事になる。彼と出会う前の暗いわたしに戻る事を意味する。
彼と出会い、決別したと思っていたその感情と縁を戻してしまう……そう考えると彼女達と一緒にいるのは危険じゃないかと考えてしまうのです。決して嫌いになったとかじゃないですよ? むしろ好きな部類です。
ただ不安になるんです。このまま楽な方に生きていていいのか疑心暗鬼に陥って不安定になるんです。その場でずっと一歩が踏み出せずに足踏みをして来たから分かるというか、彼との出会いをなかったことにされてしまいそうで怖いというか、複雑な気持ちが湧き上がってしまうんです。
だから彼女の前ではつい弱音を吐いてしまいます。
『マリさん、わたしどうしたらいいと思う?』
「それはミュウさんが自分で答えを出すことじゃないかな?」
わたしの質問に彼女は当たり前のようにそう返してくれました。その言葉を受け取り、一緒にいてくれたのが彼女で良かったと心の底から安堵しました。
彼女も数々の取り捨て選択をして幸せを掴んだ先達です。言わば勝ち組という奴です。持って生まれた素質もあるかもしれませんが、それを言い出したらキリがありませんね。わたしにも人より優位に立てるモノが備わっていますから。
それは資金力であったり地位であったり。望んで得た物ではないとしても、あるものを使わずにいるのをもったいないと言う彼女の言葉には何度も救われて来たのです。
だからわたしはマリさんを勝利に導くために動きました。吹っ切れた、と呼ぶにはあまりにも消極的な動機ですが、わたしにはそれが効果的だとわかっているからこその励ましでした。
「ミュウさん、なんだか悩みが解決した雰囲気だね。あっそっちの小さいのは倒さなくていいよ。子供を倒すと親からのヘイト凄いしそろそろ休憩も入れたいからね」
だから彼女はなぜそれが分かるのでしょうか? 表情筋が死滅しているドライアドやリアルのわたしにも同じことが言えるのは彼女や秘書の沢渡さんぐらいですよ?
「見れば分かるよ。あたしこれでも人を見る目はあるつもりだよ? その上で言うとミュウさんは凄く分かりやすい。単純。そう言う風に言われたことはない?」
『ないよー。秘書さんには看破されちゃうけど』
「へー、その人もあたしと同じ観察眼に優れたタイプなのかもね。ちょっとした表情の揺らぎとかでその時の感情とか分かるんだ。ミュウさんは今どうしたい? 暴れたいのなら付き合うよ?」
『いつもお気遣いありがとうね。でも今はこうして一緒にいてくれるだけでいいよ。わたしはそれだけで満たされてるから』
「ふーん、ココット達とはいいの? 遊ぶ約束してたんじゃないの?」
『またね、とは言ったけど期日は設けてないから大丈夫』
「あはは、ミュウさんは今回も色んな人を振り回しそうだ」
『なによそれー』
「なんでもないよ。それじゃあ一息ついたら巻き返そうか?」
マリさんはそう言って情緒が不安定気味なわたしを気遣って先導してくれる。
メニューからゲーム内掲示板を開いて思考認識タイピングで打ち込んでいく。
わたし達は全てのエリアをマッピングした上で対象MOBの素材を集め終え、厳選して不要な素材をキャンプ地でなかなか集まらない素材に業を煮やした調薬師達に提供、小銭稼ぎをする。
マリさんはそもそも大金を稼ぐつもりはこれっぽっちもない。わたしと遊ぶためだけにログインしているので攻略をする為のビルドではないのだ。以前の彼女では考えられないことだが、結婚して以来自分本位の考え方ではなく、周りに合わせて考えるようになったのだと言っていた。単純にそれを凄いと思っている。
当時から強烈な個性だった彼女がそこまで変わってしまうのには相当苦労があったんじゃないかと思ったのだ。
調薬師の皆さんから感謝されているところでラジー&ココット組と合流する。
空は既にオレンジ色に包まれており、あと少しで太陽も水平線の向こうへ顔を隠すところだった。
「あら、遅かったわね」
「色々とあったのよ。少し楽しくなって来ちゃってね。素材そっちのけで遊んで来ちゃった。はい、コレ」
「なにこれ?」
「勝負の素材よ」
「別にいらないって。こっちはミュウさんがいるんだからそっちで使いなよ」
「そ、じゃあ遠慮なく。それで? こっちの負けは確実だと思うけどポイントはどれだけ稼げそうなのよ?」
ココットはマリさんへ食ってかかるように詰め寄りました。ラジーはそんなココットも好き! といった視線で見守っています。本当に大丈夫かな? 先週別れた時よりもだいぶ病んでるように見えるけど……
「まだ組合に持っていってないからわかんないわよ」
「あんたの見立てでは?」
「500は行くと思う」
「あれだけ暴れまわってたったそれだけ!?」
ココットは言葉を包み込もうともせずにそう言い切りました。わたしは厳選した過程を見ているのでなんら不思議でもありませんが、彼女にはわたし達がしでかしたことがとても壮大なことだと拡大解釈したのでしょう。
ちょっと地面を揺らしてMOBが空を飛んだ程度で大げさな。失礼ですね。ココ達も似たようなことしてたんじゃないですか?
それから負け組のココット達と森林フィールド前のキャンプ地で別れ、ログアウトするまでの束の間を空の上でマリさんと語らう。
『ところでマリさん、結婚するってどんな感じ?』
「んー? そりゃ大変よ。何でもかんでも良い事ばっかじゃないし。結婚がゴールみたいなこと言う人いるけど、あたしから言わせて貰えば、ようやくスタートする感じね」
『そっかー。じゃあ今は幸せ?』
「どうかな?」
『そこは確定じゃないんだ?』
「幸せって言うのは与えられるもんじゃなくて二人で掴みに行くものなのよ。今はダーリンと一緒に頑張ってるところなの。だからまだ明確な答えは出てないわね」
『そっかー』
「そういうミュウさんこそお見合い相手はどうだったのよ? 浮かれてるのってそのお相手でしょ?」
『あ、分かっちゃう?』
「そりゃ、ね。他に接点ある人居ないし?」
『ひどーい。でも、うん。そうだね、まだどうなるか分からないよ。初顔合わせは信頼できそうって思った。こっちに気を使ってくれているのが嬉しかったり、答えを急かさないのは好印象』
「へぇ、ミュウさんにしては高得点じゃん」
『今までが酷かったからねー』
「あっはは、それは流石に他の人達に失礼だよ」
『そうは言うけどさー……』
街に帰るまでコイバナは続いていく。わたしは心の中で気持ちを確かめるように言葉を紡ぎ、マリさんから返ってくる言葉に一喜一憂した。
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