第25話 恋は駆け引き

「どしたのミュウさん、なんか浮かれてる?」



 表情には出ないはずなのに、出会って早々にマリさんに看破されてしまいました。どうやら気付かぬうちに感情が昂ぶって表に出ていたようです。鋭い! 



『そんな事ないよ~』

「何かリアルでいい事あった?」

『えへへー。ヒミツ』

「教えなさいよ~このこの~」



 そこまで追求される事もなく、茶々を入れられながらイマジンの街をゆっくりとお散歩します。こういうのもたまにはいいですよね。あれからもう一週間。ゲーム内では一ヶ月ですか。特に珍しい組み合わせでもなくなった様でじろじろと見られるような事もありませんでした。


 最終目的地はいつもの串焼き屋さん。ゲンさんのところですね。いつのまにかフレンド登録していたようで、ログインを確認してからフレンドチャットを送り合い、盛況具合を確認してから足を向けたようでした。彼女らしからぬかしこさに驚きます。


 イマジンの街では見たこともない種族の姿が多く見られました。キョロキョロと体を揺すっていますと、マリさんに何か面白いものあった? と聞かれます。



『うん。変わった種族が出歩いてるなーって』

「ああ、それ。なんでも今週頭に運営から種族進化が発表されたようよ。誰かがそれに至って告知されたみたいね」

『そうなんだ?』

「お、ミュウさんが事前に情報を掴んでないなんて珍しいね。予習復習をバッチリするタイプなのに」

『リアルがバタバタしてたからね。それに答えを見ないで後で知るっていうのも新鮮でいいかなって思い始めてるの』

「へぇ……ミュウさん変わったね」

『そうかな?』

「うん。前までは知ってて当たり前、知らなきゃ恥をかくのを誰よりも恐れていたように感じたし……誰か理解者でも現れたのかなーって思ったのよ。それも異性の。同性ならこうは変化しないわ。それはあたしで立証出来るし」

『うむむ……するどい』



 これはもうわたしが何を拠り所としているかバレちゃってるかな? 彼女は特に不機嫌になることもなく、受け取った串焼きを20個包んでもらうとバッグに入れてました。そのまま備え付きのベンチへ慎重に腰掛けると膝の上で包みを開けてゆっくりと食事を始めた。その為か時折もごもごと咀嚼音が聞こえてきます。


 彼女の背中に揺すられての生活はすっかり馴染んでますのでそこまで不快ではありません。それに彼女はよく食べるタイプです。彼もまたよく食べるタイプでした。なので彼が見守ってくれているのだと自分に言い聞かせると、あら不思議。わたしの心には快晴が広がっていました。ゲームの中じゃどんより雲り空ですけど気にしません。雨の気配も若干感じますけど気にしないったら気にしないのです。



「今日は何処へ行きたい?」

『そうね。今流行っている場所は何処かしら?』

「何そのお嬢様っぽい返し」

『お、お嬢様だもん』

「ゲームではそう言うの辞めるんじゃなかったでしたっけ~?」



 とても愉快そうにニマニマとマリさんは笑います。わたしは返事もせずに彼女の頭をペシペシとはたきました。



「ごめんごめん、もう言わないから叩くのやめて髪の毛ボサボサになっちゃうから!」

『そうやってすぐ揚げ足取るんだから~』

「あはは~、だってミュウさんわかりやすいんだもん。そんなに素敵な人物と知り合えたんだね。その人どんな人? あの堅物がここまで柔らかくなるなんて相当だよ?」



 失礼ですね。堅物なのは自覚してましたけど、そこまで言いますか? 



『べ、別に普通の人だし』

「認めたね?」

『あっ……」



 彼女の巧みな誘導尋問に見事に引っかかってしまいました。あぁ、これはみんなにバラされてしまうパターンですね。穴があったら入ってしまいたいです。生憎とわたしの種族LVは1のまま。穴を開けるスキルはLV30からとなっておりますから。

 心を強く持とうと覚悟を決めていますと、彼女は気を使ったような笑顔を浮かべて話しかけて来ました。



「ごめん、怒った?」

『ちょっと』

「ほんとゴメン。時々茶化すけど誰にも言わないから機嫌なおして?」

『本当に誰にも言いませんか? 特にココットには内緒にしてほしい』

「ココットがどうかしたの?」

『え、うん。あの子いい歳なのに彼氏ができないことを気にしているの。だから彼女には絶対に言わないで。出来ればこの事については誰にも言わないでほしいぐらい』

「慎重だね」

『他人をここまで思う事なんて初めての事なの、だからお願い』

「了解。本当に大切なんだね、その人の事」

『うん。少なくともマリさんと同じくらいには大切に思ってる』

「ありゃ、長い刻をかけてあたしの築き上げた地位が~」

『ふふ。異性では一番乗りかも。同性だとココットがマリさんに次いでかな?』

「へぇココットとねぇ。あの子そんなに付き合いやすい? ミュウはああいうタイプ苦手だと思ってたけど」

『あの子、昔のマリーそっくりだったよ。当時そのものというかあのまま成長した成功例が彼女じゃないのかな?』

「ミュウさんにはそう見えてたんだ。へー、ふーん。あたしってあんな感じだったっけ?」

『概ねあんな感じだったよ』

「そんなこと言っちゃうんだ? 昔のノワールのお話みんなにバラしちゃおっかなー? そういえばあの後あたしがいない間に随分と楽しんだみたいね? 掲示板で話題に上がってたよー。ご本人様降臨かって」



 いつになくいい笑顔でマリさんは嗤う。そこには少し陰が落ちているようでした。あ、これは確信している顔だな。



『えーと、なんの話かな?』



 すっぽ抜けた記憶を整理しながら先週のことを思い出す。ああ、なんとなく思い出した。少し本気出したアレですね。いやー、楽しかったよね。またやりたいなー。今度こそうまくやってみせる! 

 そんな事を心で思っていると頭の上にマリさんの手が置かれた。あっ、日光塞がないで。眠くなっちゃう。



「まーたそうやって一人で考え込む。情報ではバカやったのはプレイヤー三人組。そしてそんな無茶を実現可能なのはかつてのノワールぐらい。それともう一人はどうやって出会ったの?」

『あ、うん。ココが見所があるって声かけたんだ。忍者の毒手が光ってたよー。いい拾い物したってココと二人できゃっきゃしてた』

「あははー、忍者……あのジョブか~。使い手が現れたんだねー」

『珍しいの?』

「かつての英雄が歩いた道のりだからね。闇影っち。ミュウさんも知ってるでしょ?」

『うへ、あいつか。でもあいつってそっち系のスキル構成じゃなかったような?』

「スキル構成はそうだよ。結局はバトルスタイルでジョブ名が決まるっぽいし。あたしの〈刀匠〉然り、ノワールの〈糸使い〉然り」

『ああ、わからないでもない』

「ちょっと組合寄ってくねー。納品とか色々あるし」

『あいあい。こっちは酒場で聞き耳立てとくよ』

「うぃ~、いい情報あったらよろ~」



 さてさて情報でも集めますかねと周囲に気を配りました。


 酒場での噂話は主に森林フィールドについての話題が多いですね。次にマリさんも言っていたように種族進化です。

 種族LVが20以上で進化が可能になるようですね。それまでに覚えた固有スキルをひとつだけ引き継げるみたいでした。これは面白いですね。進化する事で特性を切り替える、ですか。問題はどこに向けて合わせるかですね。

 残念な事にカテゴリヒューマンと精霊には進化ツリーはありませんので主に獣人と異形にのみ許された特権ですね。

 なんとわたしのフレンドリストには獣人と異形で埋まってます。ココットってそういえば異形なんでしたっけ。マリさんもラジーも獣人ですし、割と多くのプレイヤーにとっては目を惹く話題なのかもしれませんね。


 そして森林フィールドは主に状態異常デバフでまだエリア2で引っかかってるようです。エリア1の麻痺毒、エリア切り替え時の沈黙毒、エリア2の猛毒で大体死ぬパターンが多いですね。

 調薬師の方も頑張っているらしくポーション類の味付けに力を入れているようです。しかし効能の方がどうしても落ちるのが気になるらしく、さらなる改良を加えているみたいですね。

 ゲンさんが手広くやっているようで色々な施設にケータリングを仕掛けています。屋台だけでやるには無理なことも技術を切り売りする方向へシフトしたようですね。酒場でも当たり前のように食事をしている風景が見受けられました。


 それでいてモンスター素材も未だ手がかりが出ていないのだとか。今食べられているお肉も草原由来らしいですよ? 


 後はそうですね。わたし達が強制ログアウトしてしまった後のことです。レンゼルフィアは無事倒されたようですね。

 リザルトではダメージの1位がわたしで2位がココット、3位がラジーでしたがリザルト発表時にログインしていないプレイヤーにはシステム上経験値は振り分けられません。

 残りの参加者で基礎経験値を振り分けたみたいですね。MVPはわたしたちが総なめしてしまったみたいで……そういえばこちらはノーミスなので被ダメージ累計だけは算出されたんですね。一番ダメージを受けた人が一等賞、なんて恥を浮き彫りにするようなものであまり嬉しくなかったみたいですね。

 本来ならタンク職の誇りみたいなものですが、死に戻り率の高さが夜は違った意味で過剰でしたから。その事で謎の三人組について今も捜索されているようですよ?


 掲示板では面白おかしく捏造された、ありもしない情報がだいぶオブラートに包まれた状態で実しやかに流れていましたが気になりません。彼に会う前でしたらマリさんに泣きついていたところでしたが、わたしは今幸せですから。そんな些細な事で不安になったりはしません。


 あ、ココとラジー発見。何やら怪しい雰囲気を作り出していますね。百合色のオーラが前面に押し出しているようです。これは目を合わせると厄介な事になりそうですね。あ、ラジーがこっち来ました。食事の注文でもするのでしょうか? こちらに近寄って来ます。精霊は気配が薄いとはいえ近くで見られたら分かりますからね。そういう時は顔を合わせなければいいのです。スッと顔を逸らし……そして逸らした先にココがニッコリ微笑んでました。ラジーも気配を消してすり寄って来ました。この子、隠密使ってますね! そのまま両脇をホールドされて捕縛されてしまいます。しかしわたしは装備状態。へへーん、こっちには力強い味方がいるもんねー。先生! 出番ですよー。マリ先生~。

 え? 取引中? そんな~。



「マリ、ちょっとミュウを借りてくわね」

「ココっち、それはいいけどミュウさんの貸し出しは30分5000Gだから」



 なんだってー!? 

 マリさんはそういう事を言わない人だと思ってたのに! 



「高い! 2000」

「ちっちっち。ミュウさんのあの力を目の当たりにしてそのお値段はぼったくりよ? あたしの機嫌がいいうちに言い値で納得しておきなさい」

「ちぇー、マリにはお見通しって訳か」



 何勝手に人を物のように売り出してんのー! わたしはお金とか要らないからなんのメリットも無いんですけどー! 



『人を道具のように扱わないでよ。わたしにはちゃんと心があるから。そういう風に見られるのは心外』

「だってさ。マリってば見限られたんじゃない? 2200」

「ミュウさんはわかってないなー。こういう輩からあたしが率先して身を守ってあげてるというのに。4800」

「ココ姉様、私も少し協力しますよ。マリさんでしたっけ。3000で手を打って頂けませんか?」



 二人の怪しい様子を見てマリさんは納得したように頷くとこう切り返した。



「姉様? あんたそんな趣味あったんだ。へー、もしかしなくてもその子が噂のキーマンかな? 詳しいお話を聞かせてくれたら3000で乗るけど?」

「ちょっとラジー、あなたまでこんな業突く張りの話に乗らなくていいのよ。こいつ自活できるくせにふっかけて来てるんだから」

「ひどいなー。あたしはちゃんと先々のことを考えて貯蓄していくタイプだよ? それよりお二人さんはランクアップした……みたいだね」



 よく言うよ。マリさんて食事を買い込む度に散財してるよね? 

 でも【ランク:E】になってるのがよほど気になるのか一瞬黙り込むと、悔しそうに口を曲げていた。



「お陰様で素材は豊富にありましたので」

「あら、マリったら未だにFだったの? それで良く偉そうな口を叩けたわね。やはりここは先輩を立てて2000ね」

「ぐぬぬ……」



 ラジーは生真面目に質問に答え、ココットはここが攻め時とばかりにマリさんに食ってかかった。

 なんだかんだとこの二人は似た者同士なような気がしてなりません。ラジーはココットがマリさんを軽くあしらってる姿がカッコよく映るのか、目にハートを浮かべて浮ついた表情を見せていました。大丈夫ですか? 色々と。



『本人を差し置いて何勝手に話を進めてるの。二人とも反省しなさい』



 わたしは頑なにお金で解決しようとする二人を糸でぐるぐる巻きにしてやりました。しかしココは影移動ができるので糸玉の中からするりと抜けだしてしまいました。これじゃあ反省になりませんね。

 ですので【ノック】で前後左右上下を塞いで閉じ込めました。これで一件落着ですね。わたしは自らを【ノック】で浮かすと酒場の椅子の上に着地してメニューを頼みました。財布はマリさん持ちです。ラジーは何か頼みますか? 

 え、要らない? 別に遠慮しなくてもいいのに。



 あれから空腹を訴え出した糸でぐるぐる巻きにしたマリさんに買い置きの串焼きを食べさせながら【ノック】で作り出された密封空間で暇を持て余すココをチラ見するラジーとお話しする。



「ミュウ姉様、そろそろココ姉様を出してあげてはいかがでしょうか?」

『ダメよー、ココをそんなに甘やかしちゃ。見てごらんなさい、二人共コンソールと睨めっこしてるでしょ? あれきっとここじゃ言えない内容をやり取りしてるのよ』

「はぁ」

『それにラジーはわたしの妹でもあるんだから。おいでおいで』

「はい♡」



 なんとかココに魅了されきった妹を奪取して抱き寄せる。ふふーん耳が弱いんだ? ゴロゴロ喉を鳴らして気持ち良さそう。わたし、ペットって飼ったことないのですけどこんな感じなんですかね? 

 ラジーはペットと言うよりは妹。ココットとは違って優等生タイプの手のかからない妹です。

 腕に糸で編み込んだ手袋を装着して撫でてあげるとほふぅと吐息をついた。愛い奴め。こうしてくれるわー。

 すりすりすりすり。

 耳を押し潰すように後ろから撫でくりまわすとラジーは呼吸を荒くしながら瞳に映るハートを大きくさせた。それを見たわたしもそれに感応するように彼女のおねだりを受諾する。ついやりすぎた感も否めないけど楽しかったので良しとしましょう。


 なんてごっこ遊びも周囲から注がれる視線に危うく断念せざるを得なかった。

 これじゃあココの事強く否定出来ないね。だってラジーって普段は地味で目立たない子なのに、急にこうやって微熱混じりの視線を絡みつけながらじゃれついてくるんだもん。

 ついついわたしもなでなでしたくなってほっこりしちゃう魔力を持ってるよね。ラジーったら恐ろしい子! 


 とりあえず裏で話がついたのかこれから4人で噂の森林フィールドに足を向けることになった。


 マリさんはランクアップにポイントが足りず、ココとラジーは種族進化に種族LVが足りないという事で経験値UPボーナスが付くわたしは強制参加。


 そんな扱いをされてもわたしは別になんとも思わないよ。だって昔からだれかと行動する時はいっつもこうだもん。

 わたしは自分にできる事をして、みんなはそれに縋ってくる。

 逆にこっちがそれを利用してやってる持ちつ持たれつの関係性だからね。

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