第20話 夜に輝くものたち

 夜の草原フィールドでは夜目を生かした戦略がモノを言う。猫獣人であるラジーはソロで活動する自殺志願者いのちしらずだった。獣人という種族は人よりも獣の因子が強いものを指す。


 ラジーもまたその一人。己の内に潜む狩猟種族の血がルナによって呼び覚まされたワーキャットである。

 目覚めた野生を最大限発揮させる為にはぬるい環境では満足出来ない。だから彼女はあえて茨の道を歩んだ。


 昼の草原ですらソロで戦うのは馬鹿のする事だ。LVだけ高い人間様はそう言うが、そんな常識なんぞクソくらえ。弱虫の戯言だと斬って捨てた。


 よくあるVRMMO共通の共通の雑魚敵として配置されている、ウサギタイプモンスターであるラビット。しかしこのゲームのMOBに限り、弱いと言う判断は油断になり、溜めからの突進攻撃で多くの命をこのフィールドへ散らして来た。

 そして成長するAIのシステムによって血の味を知ったウサギがどう言う行動に出るのか……考えたくもない。このゲームのAIは悪意に満ちている。デスペナが安いからといって安易に負け続けた種族は一方的にそのMOBに狩られる側に回るのだ。だから自分だけは負けてはならないと、ラジーは自分に強く言い聞かせた。


 ここは強者が弱者を食らう場所。

《草原フィールド・夜:エリア1》


 ラジーは種族固有スキルの『忍び足』で音を立てずに≪サーベルラビット≫へと接敵した。そして一閃したのちジョブスキル『隠密』で匂いと気配を殺して距離を取る。

 最大限にまで研ぎ澄ました獲物ツメで相手の血管の集中している場所を切り裂いて[状態異常:出血]を狙っていく。

 [貧血]まで持っていければ動きが単調になるのは把握済み。ラジーは単純作業を繰り返し、都度5回目の攻撃で≪サーベルラビット≫を屠った。

 光の粒子を散らす対象を一瞥しながらステータスを確認。『隠密』のスキルLVが上がっている。

 このゲームでは使えば使うほど熟練度が加算され、特定の条件を満たせば隠しスキルや隠しジョブが出現するやり込み要素が隠されている。


 ラジーが発見したこの特殊ジョブ……『忍者』もそう。始めてから一度も死亡せず、ノーダメージで武器を一切使わずに己の身一つで『ナイトシーカー』のLVを10まで上げると取得できると言うものだった。

『ナイトシーカー』は攻撃的なスキルは一切なく、単純に自己バフのみに特化した所謂肉弾系のジョブだった。しかしラジーは敏捷特化の回避型を選択した。


 はじめこそ一緒に始めた友達にもそれじゃ強くなれない、やめとけと何度言われたかわからない。でもここはゲームの中で遊び方は自由な筈だった。

 だから自分はこれで行くのだと強く彼女の助言を拒んだ。そして楽しみ方の方向性の違いで友達とは道を違えることになった。

 友達はクローズドβのテストプレイヤーだった。それで良かれと思って教えてくれたのだろう。しかしその助言はラジーというキャラクターを全否定するものだった。

 そんな友達は自分を置いて先に行ってしまった。去り際の彼女ともだちの視線はまるでかわいそうなものでも見るようなものだった。放って置いてくれて構わない。私はこれで、この力で上に行く。

 その上で忍者と言う特殊ジョブを見つけた時……自分の判断は間違ってないんだと確信した。



「もうエリア1に敵はいない。次はエリア2に向かおう」



 誰に問いかけるでもなく、ラジーは黒装束で口元を覆うと気配を消して夜の闇に溶込んだ。


『ナイトシーカー』のジョブLV5で取得する【ストレングス】で筋力上昇の加護を込める。ラジーの闘法は隠密で接敵してからの近接攻撃で不意打ちからの離脱のヒットアンドアウェイ方式。

 しかしエリア2にいるフロッグタイプの滑る皮にツメの斬撃はダメージ源になり得なかった。

 これほど近接主体と相性の悪いMOBも珍しい。ラジーは思わず舌打ちをすると距離を取る。



(相手が悪い。ここは一旦引くのもありか? しかし暴れ足りない。このまま引くのはあまりにも消化不足で終わってしまう)



 一瞬で考えをまとめ、ラジーは月に向かって跳躍した。



(届かないのならば届かせればいい。今更ダメージなど知ったことか!)



 落下ダメージというものがある。高さにアイテムバッグの重さを加算させた重力による攻撃。



(避けられたら一巻の終わりだけど、ヘイトは十分稼いでる。さあ、私をその舌で捕まえてみせろ!)



 ラジーは十分な高さまで跳躍すると、下方向に向けて空を蹴る。忍者のジョブスキル【空歩】は一度だけ空中に足場を作り出すスキルである。

 獲物ツメに【ストレングス】、自身の肉体へ【フィジカルブースト】を重ねて肉体を捻って回転攻撃。


 ラジーは奇跡的に相性最悪のグリーンフロッグにダメージを与えることに成功した。相手のHPゲージはレッドゾーンまで突入し、もはや興奮状態である。

 すぐさま距離を取るべく離れようとしたが、皮膚よりも口の中の滑り具合を想定していなかったラジーは口の中に軟着陸した。

 そこへ落下による重さとなんとか這いずり出ようともがいた結果、窒息による追加ダメージでグリーンフロッグはHPを全損させて光の粒子に包まれた。



(無傷で勝ったけど……納得いかない)



 ラジーは瀕死のグリーンフロッグに身体中をべったりとした粘液まみれにされ、げんなりとした表情を浮かべた。



(最悪……このほんのりとあったかいのがもう気持ち悪いし、なんでMOBを倒したのにこれ消えないのよ……それに臭っ。こんなので次の戦闘に突入したら匂いが気になって絶対負けるよ……)



 いつになく弱気でラジーは溢れ出てくる涙を拭う。



(もうこんなところ嫌。エリア移動しないと……うぅ、これ絶対匂い染みついてるよ……)



 エリア2では水場があり、そこで粘液を洗い流すとラジーは八つ当たり気味にエリア1でラビット達を屠った。



(あー……もうこのままじゃ気が済まないわ。次行こ、次。あんのクソ蛙、次会ったら絶対ただじゃおかないんだから)



 エリア2を抜けエリア3へ。

 ここは草原フィールドの中でも極めて危険地帯として知れ渡っている。通称羊牧場。ノンアクティブモンスターでありながらリンクすることで有名で、その巨体から繰り出される突進攻撃はうさぎの比ではない。

 正面から真っ向勝負を仕掛けるのは時速80k/mで突っ込んでくる10tトラックと正面衝突するようなものであり、それこそ自殺行為。

 なんでも最近は上空ヘイトとかいう腑抜けた戦略が流行っているらしいが、ラジーの中ではそんなものはナシである。


 闇に潜み、自分ならどう攻略をするか悩んでいたラジーは奇妙な光景を目にした。



(何あれ……チャージシープが、空を飛んでる? あ、落ちた。 でもすごい勢い。あれ絶対上から何か凄い力で叩いてるよね?)



 常識の埒外の存在がそこにいる。ラジーは目を凝らしてそこにいる人物を窺った。

 最初に捉えたのは満月を背にして靡く黒髪だった。背中に生えた蝙蝠のような翼を広げ、薄く笑っている。

 目は血のように赤く……あか……か? 

 なんだろうか? 何かが入り込んでくる。

 ラジーは覗き行為をやめると怖くなってすぐに距離を取った。

 気づいてしまった。こっちが見ていたんじゃない。彼女が、こっちを見ていたことに。

『隠密』も『忍び足』も使ってる。

 絶対に逃げ切れる。あれは逃げなきゃダメだ。逃げないと……逃げなきゃ、逃げ……。


 突如ラジーの目の前にチャージシープが落ちてきた。まるで位置を特定されているかのように、逃げ道を塞ぐように。



(敵わない……怖い、怖い……)



 ガクガクと震える腕を抑え、鳴りそうになる歯を噛みしめる。

 こんなMOB見たこともなければ聞いたこともない。ラジーは死を覚悟して、自分の前に集まっていく闇の塊から人の形を取る存在を目の当たりにして……釘付けになった。


 まだ幼さの残る顔立ちには冷酷な瞳を浮かべ、不健康なほどに白い肌を闇よりも暗い漆黒のドレスに包み込んでいる。

 そして血のように赤い瞳をこちらに向けて彼女はニコリと微笑んだ。



「良い夜ね。貴女もそう思わない? 

「へ……? あ……え?」

『ココ……オーラ出っぱなしだよ? 切ってあげないとびっくりしちゃってるじゃん』

「いけないいけない、忘れてたわ」

『うっかりさんめー』

「ごめんて。あたしはココット。まあ見ての通りノスフェラトゥ……吸血姫なんてやってるわ。そしてこっちが……」

『ミュウだよー』

「あ……うん」



 ラジーは突然降って湧いたその状況に飲まれ、そっけない返事をする事しか出来なかった。それよりもプレイヤーである事に安堵したのかもしれないと自分を納得させて、さっきまで震えていた足に力を込めて立ち上がる。



「あの、えっと、私に何かご用ですか?」

「え、うん。良かったらパーティ組まないかなって」

「それならそうと言ってくれれば!」



 ラジーはそんな事であんな恐怖体験をさせられたのかと憤慨する。



「だって目があっただけで逃げちゃったでしょ? そしたらミュウが逃げたら追い込もうって言うから……」



(犯人はそいつかー!)



 ラジーは心の中で力一杯ツッコミを入れた。しかし相手は精霊だ。善悪の違いのわからない子供のようなものなのだと自分に言い聞かせた。



『ごめーんね?』



 まるで反省した様子もなく、ミュウと名乗った精霊は吸血姫の背中から顔を覗かせるとこてんと首を倒した。



(か、かわいい……いやいやいや。元を正せば諸悪の根源だぞ……騙されちゃダメ、だめなんだから)



「許さない」

「ほらー、ミュウが自信満々だから任せたのに怒っちゃったじゃない」

『えー。ココが即答でわたしの案にOK出したんじゃん!』

「まさかあんな大規模でやるとは思わないでしょ!」

『うわ──ん、ココがやれって言ったんだもん。わたし悪くないも──ん、ココが裏切ったんだも──ん』

「裏切ってません!」



 突如ラジーを置いてけぼりにして罵り合う二人の少女達。

 あ、この精霊プレイヤーっぽい。なんとなくだがラジーはそれを察知すると目の前に居る存在が急に微笑ましくなった。


 一緒に始めた友達もこんな感じだったな。一緒にバカやって、こうして笑いあって。どうしてゲームに誘ってくれたあの時、あんな事言っちゃったんだろう? 


 あぁそうだ。彼女にゲーム内彼氏ができてから彼女は変わってしまったんだ。最初こそ善意で勧めてくれていた。面白いよ、一緒にやろうって。

 しかし彼氏の前でいい格好したいための道具として彼女は私を見始めて……


 最初は普通に紹介してくれて、次第に彼氏の言葉を彼女の口から通して聞くようになる。掲示板じゃその戦法はあり得ない。キャラリセットしたほうがいいよ。


 本来の彼女ならそんな言葉は出てこない。

 彼女は口を開けば彼氏自慢をし、私のキャラクターのビルドミスを指摘した。

 それから仲違いして、一緒に遊ばなくなった。ゲームで別れて、リアルで連絡も取らなくなった。


 リアルではそんなに時間経ってないけど、急に懐かしくなった。そして自分も彼氏が出来たらそうなってしまうのだろうかと息を飲む。

 自分のやりたい事に口出ししてくる相手は嫌だなー。まずそんな相手とはこっちからごめんだけど……そんなことを思い浮かべてゲームに誘ってくれた当時の、まだ純粋だった頃の彼女を思い出した。

 目の前の二人はまるで当時の私と友達そのものだった。だからふと懐かしい気持ちに浸ってしまう。

 この二人がどんな性格かはわからないけど、話だけでも聞いてみよう。


 ラジーは心の中でそう決めて、目の前で取っ組み合いの喧嘩にまで発展した二人を宥める事に着手した。

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