第21話 結成!彼氏いない同盟<上>

 なんやかんやあって、結局ラジーとは仲良くなった。

 それとマリさんだったら宥め賺すように相手にしてくれないような愚痴の言い合いにもココは全力でぶつかってくれた。

 争いは同じレベルでしか発生しないという意味も良くわかる。

 彼女もまた、わたしと同じように精神が大人になり切れてないと言うことだ。

 まるで年の近い妹ができたみたいな感じ。多分年下だよね? 見た目からは年齢がわからないけど。



「はぁ、ミュウの相手をするのも疲れるわー。止めてくれてありがとね、ラジー」



 ココは非装備状態のわたしをこれ見よがし一瞥するとラジーに近寄った。

 それはもうムカつく笑顔をしながら抜け駆けされたのだ。

 こなくそー。わたしは足元に【ノック】を仕掛けてココに向かってバックアタックを仕掛ける。普通に突撃をするとHPが全損するので頭に【ノック】をさらに付与しての突撃である。



「あいた! ちょっと何するのよ! 玉のお肌に傷が付くじゃない!」

『抜け駆けいくない。わたしもちゃんと紹介しろー』

「そんなもん自分でしなさいよ」



 ココはわたしをジッと見下ろすとしゃがみこんで両手で掴むと持ち上げた。真っ赤な瞳が金色に輝いている。うん、すごく綺麗だね。

 で? それがどうしたの?

 訳がわからないとばかりに首をかしげると、もういいわとばかりに手を離した。

 おっと危ない!

 わたしは足元に向かって糸を射出し、エレベーターのようにゆっくりと降り立つ。それを見て憎らしげにココが舌打ちをする。



「ああーなんかムカつくわ」



 ココは前髪をくしゃりと持ち上げるとくるくると指で回し、機嫌の悪そうな態度で唸った。

 こういう時は狩りがいいよね。彼女もそう思ったのだろう。右手を虚空に突き出すとそこへ影を凝縮させて一振りのハンマーを出現させた。

 それをそのままわたしに向けて振り下ろした。なんの容赦も躊躇もない一撃。

 ラジーはそれをポカンと見つめ、わたしはそれをあっさりと【ノック】で弾く。

 弾かれたハンマーは偶然にも振り上げる姿勢で固定され、今度はその勢いのまま振り下ろされた。

 しかしそのどれもを無慈悲なまでにはじき返し、そこから苛烈なまでのモグラ叩きならぬドライアド叩きが始まった。


 10分後。

 「ストレス発散にちょうどいいわね、コレ」と笑顔のココに『でしょー? 』と頷くわたし。さっきまでの険悪な雰囲気は消え去り、そこには友情すら芽生えていた。

 ラジーは友情について考え、何も出ない答えになんとも言えない顔をした。



「ふぅスッキリ……と、あたし達は始終こんな感じだけど良かったらパーティ組まない?」

「え? ……あれが勧誘だったんですか? いくらなんでも雑すぎませんか?」



 突然のフリに困惑を隠せない。

 ラジーは頭痛を訴えるような顔で眉間に寄ったシワを揉み込むと呆れたように深く息を吐いた。



「その前にもっとこう……何が得意かの紹介とかしませんか? 普通しますよね」

「え? 見てわかんない?」

『ぷくく、ココってば呆れられてるー』



 わたしはここぞとばかりにココの計画性のなさを追求した。



「……え? いやいや。お二人ともそっくりですよ? 」



 と、思ったら揚げ足を取られた。

 この子アレだ。ノリが悪い優等生タイプだ。くぬぬ……わたしは地面に糸を叩きつけて八つ当たりをした。

 それをニマニマと見つめるココ。口元を何処からか取り出した羽のついた扇子で上品に隠して薄く笑ってる。なんだろうか、少し負けた気分になった。



「……まあ良いです。私から紹介しますから参考にしてくださいね。私はラジー、見ての通り猫獣人でジョブは特殊ジョブの忍者。隠密性に長けて敏捷に高く振っています。機動力は高い方だと自負しています。獲物は爪。これで背後から近接して出血による状態異常を起こす事を主目的として戦います。フレンドからは邪道とよく言われますが……と、普通はこう言いますよね?」



 ラジーはこれ以上待ってても埒があかないとばかりに紹介を始める。

 面白さのかけらもない、実にそっけない情報の集合体である。わたしはラジーを面接官のように食い入るように見つめると、そういうことを聞きたんじゃないんだよなーと唸った。



「だって、ミュウ。次はちゃんとやるのよ? 見ててあげるから」



 ココはしれっと順番決めを買って出て、自分の紹介順を後回しにするという作戦を取った。



『あー、ずるいぞー。なんだかんだ自分の順番ずらしたなー』

「言いがかりつけないでよ。いいから早くやんなさい」



 仕方がない。わたしが紹介のなんたるかを教えてやるか。糸で編んだ椅子の上に優雅に腰を下ろすとみんなの目線より高い位置で固定してこう言い放つ。



『わたしはミュウ! 見ての通り精霊のドライアド! 装備する事で面白いことができるようになるよ。続きはWEBで!』

「なんでそこで引くのよ!」

『興味を持ってもらえたら勝ち。あとは掲示板で言われてる通りだからねー』



 いいツッコミだよココ。ないすー。

 一方通行で言葉を送ってやると『そうでしょうとも』と自信満々の返事が返ってきた。なんと彼女も《交信》持ちである。肉体を闇と霧で作り上げているから持ってて当たり前かー。ラジーは少し固まっているので掴みは取れなかったみたいだ。残念。

 さて次はココの番だよ?

『滑らないやつ頼むよー』そう交信で送ってやると『あたしがそんなドジ踏む訳ないでしょ、ミュウじゃないんだから』と辛辣な答えが返ってきた。解せぬ。



「ひれ伏せ」



 ただその一言で、ココの視界に映る範囲の重力が10倍になるような感覚に陥る。

 ココの瞳は金色に光り、他者の精神を支配する種族固有スキル【魅了のオーラ】が発現する。種族レベル1から使える凡庸スキルだけど結構有効範囲が広くて使いやすいのよ。最終的に効かなくても5秒間思考を止めることができる不意打ち御用達。

 効けばきいたで儲けもの。コレはそういうものだった。ラジーなんて言葉通りにひれ伏しちゃってるもん。わたしは完全耐性があるのでへっちゃらだけど。



「ほら、普通はこうなるのよ、ミュウ?」



 ココはそう言ってから闇色のマントを翻して目を瞑るといつもの血のように赤い瞳に戻った。そして怯えた彼女をあやす様に近寄ると、体を抱き寄せて手を取る。



「ごめんなさい……あたしの力は口で説明するより体験してもらう方が早いと思ったのよ。怖い思いさせてごめんなさい……こんなに震えちゃって……もう大丈夫だからね」



 そう言ってラジーの身体をギュッと包み込んだ。

 上手い、と心の中で呟く。

 どん底に叩きつけてからの優しさを見せることで実はいい人なんだアピールを前面に出している。

 わたしはココの才能に嫉妬していた。口があったらハンカチを噛み締めていたかもしれない。そういう葛藤がわたしの中に渦巻いていた。


 ラジーが落ち着くまでココの【魅了抱擁】は続いた。そう、これは吸血姫の持つ懐柔スキルなのだ。ラジーの瞳の中にはうっすらハートマークが見えている。恐怖から芽生えた愛情。ココット……なんて恐ろしい子ッ!

 わたしは心の中でツッコミを入れてから物理的に突っ込んだ。



『いい加減にしなさい』

「もぅ、邪魔しないでよ。あたしはこの子と一緒に生きるのー」

『モテないからって自棄にならないで!』

「なってない! 裏切り者のミュウなんてあっち行けー」



 ココは突然しっしとばかりにわたしに手を振ってよこした。この子……まさか同性愛に走るつもりじゃ?

 ラジーも心なしかお姉様とか言ってるし……一時的よね? だってこれ全年齢対応してるはずだし。うん、わたしの思い込みだよ……でもなぁ、あの酒場の惨状を思い出すとなんとも言えない。

 全年齢なのは18歳未満にフィルターがかかっているだけな気がしないでもないのだ。


 それからココにべったりなラジーが出来上がるまでそこまで時間はかからなかった。魔法解析で見る限りは魅了の状態異常にはかかっているが……なんだろう掌を合わせて指を絡みつかせる恋人握りをして、やけに近い距離感でイチャつかれるのは心に壁を感じてしまった。


 まあそんなこんなでラジーはココの誘いを無碍に断るでもなく、ノリノリでパーティに参加した。

 わたしは交互にバックパックとして活躍。使い心地も安心していただいた様で何よりだ。そしてココはこんなことを言い出した。



「よし、いっちょあたしらもレンゼルフィアでも討伐しに行こうかー」

「おー!」



 ノリノリで答えるラジーにココは気を良くして頷いた。



『それはいいけど、ルナの影響で初めから発狂してるよ? 攻撃回数も初めから3回だし大丈夫?』

「勝算は?」

『30%くらい』

「ミュウを好きにさせたら?」

『それはどういう意味?』

「あんた見てると暴れ足りないって感じするからさ。あんた、あたしに言ったじゃない、本気を出せばある程度のことだってお茶の子さいさいだって」

『そりゃ、まあ……』

「出しちゃえばいいじゃない……誰に何を遠慮してるのよ」

『うぅ……』

「このゲームにはなんの目的できてたの?」

『気晴らしに……』

「でもあんたはずっと本性をひた隠しにしてた。少なくともあたし、あんたを初めて見たときからそう思ってたわ。誰に何を遠慮してるのよ」

『うぐ……それを聞いちゃう?』

「聞いちゃう。だってあたし達もう友達でしょ? 今更他人に戻れって言われても困るわ」

「そうだぞー、本性をさらけ出せー!」



 さっきからラジーが煩い。酔っ払ってるアコさんに似た雰囲気すらある。

 わたしは覚悟を決めてリアルでの事、そして過去の【英雄】だった時のことを切り出した。それを聞いた時のココの表情は今でも忘れられない。


 彼女は全てを聞き終わった後、わたしを背中から外すとパーティ申請を申し込んできた。みなまで言うなと目が訴えている。

 わたしはこうしてゲーム内にマリさんの他にもう一人、かけがえのないフレンドを得ることになった。

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