第19話 夜の草原
冒険者組合の外の景色はすっかりと闇に包まれて、街路灯からぼんやりとした光が特定の場所を照らし出しています。それでも未だ闇の気配は強く、夜空には星が元気よく瞬いていました。
この時間にもなると出歩くヒューマンは少なく、代わりに夜行性の獣人達が我が物顔で闊歩し始めてますね。
顔触れが変わってもやることが変わらないのが実にゲーム的。日中では見かけない種族が数多く見られます。こういった一面も環境に依存しきってる証拠ですよね。
あれからわたし達は収集がつかなくなった酒場から穏便に(道行くものをぐるぐる巻きにしながら)脱出して、一息ついていました。五感を感じられるゲームではありますが、生憎と精霊にそのようなものは存在しません。
ただ属性由来の気配をひしひしと感じてしまうんですよね。今の時間であるならばルナはくっきり姿を現して、ダークネスは我が物顔で闊歩していることでしょう。わたし以外の精霊自体見かけませんけど。
それにしても……
本来であるならばゲーム内での出来事なので酔うといった行為はフレーバー程度で十分な筈です。
しかしこのゲームではこう言った要素(住民と仲良くなるための仕掛けが)やけにリアルに作られています。
状態異常も[ほろ酔い、酔い、泥酔]の3パターンに分かれており、そこから派生して[悪酔い、絡み酒、泣き上戸、笑い上戸、脱ぎ癖]が露見しますので……目も当てられません。だからですかね、住民達から、カインさんの酒場での評価が下から数えたほうが早いのは。マリさんはよくあんな逸材を掘り起こせたものです。
そしてルディさんのあの態度もなんとなくわかってしまいます。
確かに……一緒にワイワイとできて楽しかったですが、ここまで騒ぐつもりもありませんでした。勢いというものは怖いですね。少しお酒の力を侮っていたかもしれません。
外では相変わらずパーティ募集の呼び込みが続いています。顔触れが変わっているので今は獣人がメインですね。お外はすっかりと闇に包まれていますので夜目が効く種族がもてはやされていました。そこでマリさんが知り合いを見つけたようです。いつの間にそんな友好関係を築いていたんでしょうね。ずっと一緒にいた筈のわたしのフレンドリストには未だにマリさんだけしか登録されてませんよ?
「いよーっす、景気いい?」
「あら、マリにミュウじゃない。お話はもういいの?」
と思ったらココットさんでした。いつまでたってもアーサーさん達が酒場から出て来ないために、もう放っておいてどこかのパーティに入ろうと決めたようです。それが賢そうですね。あの惨状を見たらもう無理だってわかりますもん。これフィルターがかかってなかったら幻滅必至ですよ? それぐらいの景色でしたもん。
「ところでアイツらは?」
「お酒の力で潰れちゃってるー」
マリさんからの答えに彼女(ココットさん)は「やっぱりね」と溜め息をつきます。どうやら今回に限った話じゃないみたいですね。お気の毒様。
「代わりと言っちゃなんだけど、良かったらあたし達が協力しよっか?」
「それは嬉しいけどマリは夜目持ってる?」
「あー、鳥目だからどうだろ? わかんないや。この時間に空飛んだことないし」
「それはやめといたほうがいいわね。ミュウは?」
『わたしは目でものを見ないからいけるよー。マリさんはどうする?』
「んー邪魔しちゃ悪いから落ちるね。それに時間的に出迎えもあるし」
『あー、旦那さん帰って来る時間帯かー』
「うむ。出来る嫁としては出迎えは義務である」
『あはは、それじゃあ出迎え頑張ってね。お疲れ様ー」
「おつー」
「おつかれー……ってもう居なかったわ」
ココットさんの挨拶が届く前にマリさんはログアウトしてしまいました。残念でしたね。
そしてわたしは装備対象者が居なくなったので ぺいっ とひっぺがされて地面へ軟着陸します。ふぅ、顔から落っこちるところでした。あぶないあぶない。
しかしココットさんはわたし達の会話にショックを受けたような、困惑を隠しきれない表情で唸りはじめました。
「うわー、マリって結婚してるんだ……意外」
ああ、でしょうね。
ゲーム内では全くそんな気配見せませんものね。
『あ、はい。わたし彼女の結婚式お呼ばれされましたし』
「もしかしてミュウも?」
おっと飛び火が来ました。この切り返し方は独身女子で確定でしょうね。ここはNOと言って安心させてあげたいところですが……さてどう切り出しましょうか。
『あー……それはノーコメントで』
「良かったー」
『何がです?』
「独身者が一人だけじゃなくてよ」
心底ホッとしたような彼女。これは黙っていると後で拗れそうですね。状況だけでもサクッとお話ししておきましょうか。
『あー……それですか。えっとですね、怒らないで聞いて欲しいのですが、わたしもあと数日後にお見合いが控えてまして、当たらずも遠からずと言ったところで……』
「ミュウは裏切らないと思ったのにー」
『あ、でもご縁がない場合もありますし』
「そうよ! もうそんな相手蹴っ飛ばしちゃいなさいよ! そしてあたしと一緒に独身生活を送るのよ!」
『出来るのならそうしたいのですが、うちの両親が本気でして……わたしはかなり気を使わなきゃいけないんですよー』
「うわ、それめんどくさいやつね」
何か苦い思い出でもあるのか、彼女は苦虫を噛み潰したような顔を隠しもしないで嫌がります。おお、共感者がここに!
恋愛結婚をしたマリさんだともっと自分に自信を持てだの曖昧な答えしかくれないのでわたしの気持ちなんてわからないよーと否定しがちでしたが、もしかしたら彼女はわたしの気持ちを理解してくれる逸材かも知れません。
『はい。マリさんには気を遣ってもらって思い出づくりにこのゲームに誘われたんですけどねー』
「ああ、その思い出第一号がボス討伐って訳ね?」
『あれはたまたまうまく行っただけですよ。リチャードさんが居なければ勝てなかったと思います』
「あのリッチーが? ふーん……まぁそういうことにしとくわ。それじゃあミュウ……装備はどうすればいいの?」
『えっとですね。まず背中装備を外して頂いて、わたしがその上に飛び乗ったら装備しますかと出ますのでOK貰えればこっちに装備されますか? と出るのでOK仕返せば完了です』
「なるほど……こっちは準備オッケーよ」
『では行きますよー。はっ!』
ぴょん、飛び着きます。
「きゃ!」
『着地成功です! 表示出ました?』
「こっちはOK出したわ」
『こちらもOK出しました。これでもう揺すられても落っこちません。あとはわたしの装備時の注意事項がありますので』
「聞きましょう」
精霊装備実装の時と検証班の調べであらかた出尽くしている……とはいえそれは種族で役割が違うということ。
そしてドライアドは自衛特化という評価を下されていた。
しかしそれを決めつけるのは早計ではないでしょうか? ここは想像力が力になる世界です。「
このゲームでもルナの力には凶暴さを引き立てる役割があります。
なので普段ノンアクティブであるエリア1~2のMOBも、より活動的になります。普段見せない行動パターンで動き出し、昼間とは様相を一変させるのです……手に入る経験値と素材は変わりませんけどね。
ヴァンパイアであるココットさんの戦い方はやや特殊。まず移動法は徒歩ではなく影移動。滑るように移動したり、影の中に潜水したりもできちゃいます。
そして回避する時に肉体を霧状にして直撃をそらしたり致命傷を避けたりします。これは自動で反応しますが一度使うと再使用の際は20秒のクールタイムがかかってしまうそうです。
さらに将来的には影から眷属も出せちゃう……のですけど、せめて種族LVが10にならないと契約できないんですって。残念、見たかったのに。
あとは蝙蝠化。わたしの本体より小さくなっちゃうけど健気に羽をパタパタさせて空も飛べちゃう。精霊は肉体は飾りだから重量が0なの。だから何もつけてないみたいに軽いけど、確かにそこにいる感覚が残るんだ~。
そんな彼女が扱う武器はスレッジハンマー。柄が長く、先端に鉄の塊がくっついてる巨大なハンマーが彼女の武器なのだとか。しかしこれは武器であって武器ではない様子。正体は彼女の闇を濃縮させた分身体であり、影そのもの。
影を操る練習を兼ねて武器化しているんだって。すごいよね。
なのでわたしは闇を移動しながら普段通りの彼女の戦闘スタイルを見つつ、こう提案してみました。
『ココットさん』
「ココで良いわ。あたしもミュウって呼び捨てにしてるし……それに独身仲間でしょ? 遠慮はいらないわ」
『……それじゃあココ、提案ですが相手を真上にあげるトス役をわたしに任せて貰えないですか?』
「それは固有スキルで?」
『そうです。【ノック】は本来なら対象を打ち上げるのに使います』
「へぇ、面白そうじゃない。許可するわ、やってみなさい」
『では次から打ち上げる角度と高さを模索しよう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます