第18話 ミュウさん劇場
場がカオスになってどれくらい経ったでしょうか?
これからパーティを組んで出かける予定を立てていたと言うのに、アコとリージュのプチ女子会にラディや住民NPCも加わり収集がつかなくなりました。
マリさんも加わり、アーサーさんにお酌をしてました。アーサーさんもマリさんにお酌を返して愚痴をこぼし始めました。相当溜まっているようですね。この惨状を見ればわかります。いつのまにかリチャードさんとココットさんもどこかへ消えていました。
カインさんは床で寝てます。ラディさんが介抱を放棄したので頬にブーツの跡がある辺り誰かに踏まれたのでしょうか?
あれ? これ全年齢対象でしたよね? こんなダメな大人の惨状を見せて良いのでしょうか? えっ18歳未満にはフィルターがかかる? なら大丈夫ですね。
カインさんをぐるぐる巻きにして端っこに寄せとこう。人の歩く場所に大の字で寝るのは迷惑ですからね。
空中から糸を自分に垂らしてくっつける。
ついでにマリさんから装備を解除、っと。ガシャという解除音と共に自由の身になります。
半径5メートルまでは糸の有効範囲内ですからね。
空いてる椅子に糸を引っ付けてこちらに寄せて、自分の下からノックを弱めに打ち込んで宙を舞う。
あわや床と落下する前に天井から垂らした糸で自分の体を捕まえて、クレーンゲームの景品の如く椅子のある場所まで自分の体を移動させ、無事に着席した。
『混ぜてー』
「おお、ミュウさん。なんか今やってた?」
「クレーンゲームみたいな移動法だな。あれ? ドライアドって動けないんじゃなかったっけ、あれ?」
マリさんは羽のついた手を器用に操りながら炙ったお肉を掴んで口に入れます。彼女はわたしの移動法は見慣れていますからね。
アーサーさんはびっくりするかと思いきや「ミュウさんだからな」と何故か納得されてしまいました。うぬぬ……。
後ろでどんちゃん騒ぎを始めた女子達をよそに、アーサーさんはチビチビエールを煽っては掲示板を覗き込んでいました。
よく見たらマリさんも見てますね。
暇を持て余したわたしは糸で何かを作りましょうか。
カインさんのバスタードソードはおもしろい形をしていましたよね。
色は真っ黒で、柄の部分は真っ赤っかで。よっと……糸に属性を乗せて……剣はダークネス、柄はサラマンダー。こんな感じかな? これだけじゃ寂しいのでカインさんのミニキャラも作りましょう。
髪はボサボサの金髪で、目は碧眼。無精髭の目立つさえないおじさんです。身体はがっしりしてて面白い戦闘法でしたよね。よっし完成しました。
背中にバスタードソードを装着させて……それを右手でつかんで、地に下ろす。剣に振り回される戦い方なんですよねー。でも見ていて危なげではないのが不思議です。
ここで敵役も作ってしまいましょう。
やはりレンゼルフィアが適役でしょうか。銀毛に包まれた巨狼で全長は6メートルはあります。カインさんとのサイズ差はこれくらいですね。
わたしが暇つぶしのお人形遊びをしていると、何か言いたげにアーサーさんがこっちを見てきました。
『なに?』
「いや……なんですか、それ?」
『これ? 糸で作ったお人形さんだよ。よくできてるでしょ?』
「ミュウさん昔からこう言うの得意だったよねー」
『うん。暇だからこのあいだの戦闘を再現しようかなって』
「あたしそれみたいです!」
「どれどれ……なんか面白いことやってるね」
「へー、それは人形か? いつもここでクダ巻いてる呑んだくれにそっくりだな」
なんかいっぱいきたー。あとアコさん、口調変わってますよ? マリさんと同類で猫かぶるタイプだったんですかね?
まあいいです。ギャラリーも増えてきましたしここでミュウさん劇場開演です。
わたしが糸で作った人形を動かしながら、マリさんがそこにナレーションを勝手につける。
大きなレンゼルフィアの頭上ではマリさんを模したバードがぴーひょろろと鳴いては旋回し、カインさんが先制攻撃を仕掛けます。
これは再演ですから史実そのままにレンゼルフィアが動きます。
ひょいと顔をそらし、カインさんは悔しそうな顔。狼はニヤリと笑って一撃を入れようとしたところでラディさんが颯爽と登場します。
パシパシと小弓を打って狼にピシピシ当てます。狼は少しうっとおしそうにちらりと視線をそらしている時にカインさんがよろよろと離脱します。
そこへアーサーさんが追撃します。
レンゼルフィアのHPゲージも作っておきましょうか。じわじわと回復するおまけ付きです。アーサーさんの攻撃で1ミリも減ってないのは史実通りですからね。
リージュさんがアーサーさんのスタミナを回復させている隙にカインさんが仕掛けます。まるで息のあった餅つきのようだとマリさんは実況していました。
HPを少しづつ減らした狼でしたが、座っている状態からすっくと立ち上がり、急に吠えました。
第2ラウンド開始の合図です。
音は出せないのでマリさんが「わおーん」と適当な声を出します。
そして蹂躙が始まりました。
敏捷250の暴力的表現はまさに瞬間移動。ここでスタミナゲージも追加しておきましょう。
なすすべもなくやられていくメンバー達。
しかし狼はスタミナゲージを回復させるために距離をとりました。
マリさんも応援しています。
HPゲージもじわじわと回復し、ギャラリーから悲壮な声が上がりました。
ここでアーサーさんが自分に気合を入れます。マリさんも勝手なナレーションをつけて実況し始めました。そんな事言ったっけ? ぐらいなアドリブを交わし、アーサーさんは必殺ゲージの溜めに入りました。ここでリチャードさんも登場。
毒攻撃の準備をさせておきます。
あれは何をしているの? というギャラリーからの質問に、ラディさんは見てのお楽しみだよとニマニマとした返事を返していました。
しかし状況は最悪でした。
アーサーさんのために時間稼ぎをしていたカインさんやリージュさん、ラディさんにも目をくれず、狼はのしのしとアーサーさんに向かって歩き出します。
ギャラリーからも絶対絶命の声。
そして前足を振り上げた時、真上にマリさんが移動、そこでわたしが高々とスキル発動を宣言します。
「ノック」と。ノーマークだった上からのノックバック攻撃に狼は視線を上に上げます。そこで溜めゲージが終了し、アーサーさんが必殺の一撃!
決まる! ……誰もがそう思いました。
しかし狼は相手を油断させるのが巧みでした。
直前で回避された事で態勢を崩すアーサーさん。
狼はすでに空中で攻撃態勢です。
そして全体重を乗せた前足の攻撃でアーサーさんを狙います。
ここで真上からのノック(大)で狼を地面にぎゅうと押し付けます。
着地を意識してなかった狼は不完全な着地をします。プギャッと、潰れたカエルみたいな格好で身動きできません。
ここでリチャードさんの出番です。
マリさんの演説も熱が入ります。「ポイズン!」
ここで状態異常のマークをつけておきましょうか。ポチッとな。
さて、仕切り直しです。
状態異常の「毒」はHP自動回復を妨げる他に、スタミナ回復阻止も引き起こします。動き回るほど早く毒が回るというものです。
狼は距離をとって「ロックバインド」を仕掛けます。これは一直線に大地が盛り上がって対象を打ち上げる物理的な攻撃です。割合スタン攻撃なので注意しましょう。
それを上から押しつぶす形で「ノック」を使用します。
ここからはずっと技の潰し合いです。
真上から見てれば攻撃モーションは丸わかりですからね。
狼はHPを半分も減らして動揺を隠せません。
ここで毒効果が切れます。
それは狼が足を使い始めるという事です。
パーティメンバーはスタミナ回復に終始してます。
疲労困憊といったところでしょうか。
そして2回行動が始まります。
マリさんのモノマネも迫真の演技です。
筋力と体力が上昇する「咆哮」と同時に鈍足効果の「グラビトン」が発動。
ステータスにも追加しておきましょうねー。
おやおやギャラリーの顔が絶望的ですね。
パーティの方にも鈍足効果をつけておきましょうね。
そして狼が動き回ります。
じわじわと回復するHP。
しかしメンバーに致命打は入りません。
その都度「ノック」で攻撃を弾いているからです。
疲労していく狼。
スタミナを回復しに立ち止まったところへ真上から渾身のノックで押しつぶします。
そこで再びリチャードさんのポイズン!
カインさんとアーサーさんも今のうちと攻撃を加えていきます。
ギャラリーもいいぞいいぞと大歓声。
押し付け効果も切れて狼はHPを残り1割まで減らします。
ここで凶暴化状態に入ります。
銀毛は赤いオーラに包まれて、目も金色に光り出します。
なんとここからはスタミナを無視した三回攻撃が来ます。
わたしはその全てをノックで塞ぎます。
無理な行動でスタミナ切れを起こすアーサーさんや、それをかばうように前に出るカインさん。
離脱させるために奮闘するラディさんに、隙を伺って毒攻撃を仕掛けるリチャードさん。リージュさんはまずいルナポーションを飲みながら必死に前衛のスタミナを回復させてました。
運良く毒攻撃が命中。
最終的なトドメはリチャードさんのもたらした毒でのダメージで狼はHPを全損。咆哮のあとばたりと倒れました。
みんなその場でゼーハーゼーハー言いながら大の字で寝転がり、ミッションコンプリート。
最後にリザルトを公開してミュウさん劇場は拍手に包まれて幕を閉じました。
どうもどうも。
演劇に糸を使いすぎて縛ってたカインさんは壁に寝転がされていました。ごめんよ。
そのあとは当たり前のように6次会が始まったのは言うまでもありません。
わたしの周りにも人だかりができてましたが、マリさんが「この子とお話がしたいなら事務所を通してからにしてください」と訳のわからない言い訳で押し返してくれました。ありがとね。
イマジンではまだ夕方なのに、人だかりは増える一方です。
ミュウさん劇場の観客さんは上機嫌でエールを頼み、先ほどの話で再度盛り上がります。
これ、冒険者組合は笑いが止まらないんじゃないでしょうか?
後片付けの方が大変そうだからどっこいどっこいかな? まあいいや。
後から来たプレイヤーにも再度公演しているうちに窓から差し込む景色はすっかりと日が落ちきってた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます