第17話 英雄NPC
案内された冒険者組合の酒場では今も熱狂冷めやらぬとばかりにグデグデの酔っ払いNPC達が活動的に席を埋めていました。
その中の一人……というかそのグループにひどく懐かしい顔がありました。
あれってどう考えてもあいつだよね。
ちょいちょいとマリさんの肩を叩いて視線を誘導させます。
その先にいる相手を見て彼女もわたしの言いたいことがわかったのか、「あー……しれっと混じってるね」と呆れた口調でつぶやいてました。
わたしにとって “かつてのあいつ” のままそこに居たのはNPC化された【英雄】マサムネ。今から10年以上も前、わたしがあのゲームをリアル都合で引退する時まで一緒に同じクランで活動していたプレイヤーの一人。
カテゴリ[獣人]種族/ウルフ。動きを阻害されるので衣服を着用することを嫌う種族であるのに対し、あいつは《サムライ》に恥じない紋付袴を着用。そして嗅覚の妨げになる《鉱物》を使用した二振りの大刀と小刀を腰にぶら下げた変j……変な狼さん。
かつてのクランでは火力トップクラスの彼が、なんでかわたしにつきまとってきてまして、さすがに困り果てて趣味じゃないことをはっきりと伝えましたら3日間ログインしなかったことから本気だったらしく……クラン対抗戦も近いことからなんとかしてやる気を出させてくれと当時のクラメンから頼み込まれて随分と苦労した記憶があります。
今にして思えばそんな彼が精霊でドライアドを見ようものなら……ということでしょうかね、あのヘイト率は。
それを脇目にして席に案内してもらいます。先に席へついていたリージュさんとラディさんと、もう一人知らない人が手を振ってアーサーさんを呼んでました。
「遅れてすまない、入り口で彼女達と合流してな」
「あら、重役出勤ね。5次会もう始まってるわよ?」
「あ、お二人とも、先日はお世話になりました」
「先日? もしかしてこの子達が?」
アーサーさんの返答に対してラディさんはわたし達に驚愕の真実を叩きつけます。あの飲み会まだ続いてたんですね……
リージュさんの丁寧な挨拶に先ほど同様軽い挨拶を交えて席に着き……マリさんのバード種由来の大きすぎるお尻がヒューマンに合わせた椅子に乗り切らないみたいで少し窮屈そうです。
そしてもう一人。ヒューマン? にしては背丈の小さい女性が身の丈に合わないほどの胸部装甲と鈍器を携えてそれこそ清楚系が似合いそうな顔でうふふと笑っています。マリさん曰くキャラ被りらしいんですって。でも全然負けてるよ?
「あららー、もしかしてあたしら有名人?」
「もしかしなくてもな。リッチ、こっち来るついでにバード種用の腰掛けを持ってきてくれー!」
「はいっす! お待たせしましたっすよー」
「お、ありでーす」
アーサーさんの気遣いにマリさんは感謝してました。リチャードさんが運ん出来たのは大木を真横にスライスしただけでは? と疑ってしまうほどの切り株……型のバード種専用チェアー。
マリさんはでっぷりとしたお尻をそこへ乗せるとやっとひと心地つけると安堵の吐息を漏らしました。
そこで自己紹介を交わし、マリさんが勝手にライバル心を抱いている相手の名前がわかります。
彼女はココット。一目見てわからないですがこう見えて異形のヴァンパイアだそうで。
艶やかな腰まで届きそうな長さの黒髪、幼いながらもどこか落ち着きのある顔立ち、そして特徴的な真っ赤な瞳が目を引きます。その赤さは不健康そうな真っ白な肌と相まってとても怪しく光っていました。
そしてなんといっても幼児体型。ボリューミーなお胸は所謂「ロリ巨乳」と呼ばれるもので、見た目に似合わず怪力である為武器は「スレッジハンマー」とパワフルです。全然清楚系じゃないですね。マリさんの中での清楚の基準を改めて教えて欲しいと思いました。
と、話が脱線しました。先程紹介されたアコさんとココットさんともう一人男性プレイヤーがいるらしく、本来なら夕方以降に活動をしていたらしいんですよね、アーサーさん達のパーティって。
お昼じゃココットさんの力が発揮出来ませんからね。そのために精霊装備で「サン属性スリップダメージ」「乾きゲージの減少」を抑えられないか頭を悩ませていたそうです。
乾きゲージというのはヴァンパイア専用満腹度のことで、モンスターの血液を吸収することによって満たされるのだそうです。面白いのは種族によって薄め~濃いめと様々ですが味が違うようですね。
本来なら血を飲むなんてそうそうできませんが、ヴァンパイアの彼女にしてみたら美味しいジュースに変換されるらしく、モンスターの強さによって美味しさが変わるようです。こういったところでも味覚システムが関わってきているんですね。
根っからのバトルジャンキーな彼女曰く「日中出歩けないのがきついけど、そこら辺は時間調整でなんとかできるし別にいい。それよりもあたしがいない時に面白そうな相手と戦ってずるいー」と憤慨されていました。ごもっともです。
現在既にレンゼルフィアも弱体化されてリスポーンしており、大量に教会へお布施をしているプレイヤーが後を絶ちません。
掲示板ではホーンジャッジメントまでがチュートリアルで本番はボスからと取り上げられている模様ですね。
あれは本番というか、わたし達でもなんとか倒せた感じですからね。
アーサーさんもその事で頭を悩ませているようでした。
「掲示板に戦闘ログを公開しても良いだろうか?」
という事らしいです。つまりはパーティ情報とか構成とかバラす許可が欲しいとの事。別にいいんじゃないですか? こればかりは知ったからってできるものではありませんし。わたしの【ノック】捌きは過去においても追従を許した覚えもありません。
マリさんも同意のようで興味なさそうにお返事してました。
「別にいいんじゃない? 上空ヘイト取りなんて知れ渡ってるし、あたし応援しかしてないし」
『わたしもいいよー。それで同胞が増えてるんなら嬉しいし……もっと広がれ、ドライアドの輪!』
「あー、そういう感じなんだ。どうもオレはそこら辺を難しく考えすぎてたようだ。おーい、料理を運んでくれー」
わたし達のゆるい答えにアーサーさんは心底安心したとばかりに料理人プレイヤーへ食事を持ってきてくれるよう頼みました。
ここの酒場では若き料理人が「ゲンさん」率いる料理人グループから派遣されてきているらしく、大変好評らしいですよ。いつの間に交渉していたんですかね? たしかに昨日のお昼頃の焼肉パーティー以降は既に仲よさそうでしたけど。
運ばれてきたのはお肉主体の料理の数々。やはりリアルとは全然違いますね。脂のノリが段違いです。
ココットさんは脂身の多い肉にはそれほど興味ないのか鮮やかな赤身のレア肉を口にしていました。血も滴る生肉は彼女のようなヴァンパイアや獣人の皆さんに好評のようですね。ヒューマンには独特な臭みが気になるらしく、柑橘類の果汁を垂らして頂くのが美味しい食べ方らしいです。
わたしとしては焼いて余計な脂を落とし切ったほうが好みですね。ローストビーフのようなものが出てくれると嬉しいのですが、まだ料理人という枠組みが出来上がったばかりの世界ですし高望みはやめましょうか。
ゲームの中では直接胃袋に入るわけではないのでパクパクいけちゃいますね。ゲームって最高です。
食後、アーサーさんがわたしの記憶している範囲でまとめた情報を掲示板にアップしたところ、多くの反響をいただいたようです。
それと同時に理解したようですね、そのステータスとスキル構成のエゲツなさに。
パーティ編成に問題がありすぎたわたし達でしたが、蓋を開けてみたら一人も落とす事なく勝ち抜けた事に絶賛を贈られたようです。
最後にリザルトまで確認してこのゲームの意図に気づいた自称検証班に火がついたようです。
最近になってアーサーさんが言って周ってた「モンスターは種族相性次第でどうとでもなる、そこにステータスの差は関係ない」という言葉により、種族に拘らない検証へ本格的に乗り出したようです。
情報公開によってこちらを伺うような視線も消えました。どうも独占しているなら情報公開して欲しいとの交渉をしに来ていたのでしょう。
こういう輩に教えたところで他の人へ拡散する訳もなく、それこそ独占しかねません。なのでアーサーさんも頭を抱えていたのでしょうね。
それに精霊ならモンスターのステータスが閲覧できる旨を示してあります。
わたし程度に頼らなくてもいいようにステータスの公開も許可しました。
むしろよくそのLVと構成で弱体化前に倒せたな、という議論もあるようでしたが、そういうのは無視です。一人お荷物でしたもん。その上二人は自由意志を持つ住民NPCですからね。
ふははは
あいつは焦点の合わない目でじろじろとこちらへ不躾な視線を送ると……急に泣き始めました。
そういえば彼は泣上戸でしたね。なんだか懐かしいです。
マリさんは空いてる椅子を引いては馬鹿にした態度で宥め始めてます。
「こーら、こんなところで何してんのよ」
「うるさいぞマリー。お前に言われたくない……ってあれ? 誰だお前? たしか今しがたマリーの声がしたと思ったが……」
「マリーって誰よ。何、もしかしてあたし今ナンパされてんのかしら?」
「マリさん、その辺で」
「うーわ、ごめんなさい。そんな古い手で引っかかる女だと思われてたのかしら。あたしそこまで尻軽じゃないわよ。こう見えて身持ちは硬いんですからね?」
本当は知っているけどあえて他人であると主張するようにマリさんはそう答えます。
アーサーさんは頭をボリボリと掻きながら困り果て、ラディさんは床で寝てしまったカインさんを介抱し始め……ませんね。柑橘系果汁を目に向けてプシッっとしてました。慌てて飛び起きるカインさんに「バーカ」と軽口を叩きます。
それをみて笑い転げるココットさんは清楚さのかけらもありません。どこに笑いのツボがあるんでしょう。わたしにはかわいそうだとしか思えません。
アコさんとリージュさんはリアルでの彼氏の愚痴を挙げてのプチ女子会を開いてました。
まさにカオス。
この一言につきます。
飲み会というのは回を重ねるとここまでひどくなるのですね。始めて目の当たりにして困惑しているとアーサーさんからボスを倒してから解放されたNPCであることを紹介されました。知ってます……とも言えないので軽く会釈して挨拶すると、あいつはわたしへ泣き言をいってきました。
「ノワール……こいつをなんとかしてくれ。有る事無い事騒ぎ立てて面倒でかなわん」
『ノワールじゃないよ、わたしはミュウ』
「……? 確かにノワールの気配がしたと思ったが気のせいか。うむ、済まない。人違いだったようだ」
名前の間違いを指摘すると耳と尻尾をピンと張って、うな垂れるように垂れ下げた。
「どうも今日はおかしいことばかり起きる。こういう日は心を無にして素振りをするに限るな。邪魔したな。少し夜風を浴びてくる」
そう言ってマサムネは刀を担いで外に出て行ってしまった。なんだかかわいそうなことしちゃったかな?
見た目こそ昔のままだけど、今のあいつはNPC。中に人は居ないというのに……
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