第10話 最善の一手
『マリさん、おまたせ』
「待ってないよー。さ、行こうか」
『お世話になりまーす』
ガチャッという装備音と共にいつものおんぶスタイルへ。
なんだかこの背中越しに見る景色も随分と定着してきた気もします。
彼女がすたこらと向かう場所は串焼き屋さんでしょう。その為にお金稼ぎをしていたといえばそうなのですが。
人混みを抜けると屋台のあった場所に着きます。しかしどうにも様子がおかしいようで。
周囲から言葉を拾って行くと、串焼き屋さんの腕を見込んで冒険者組合からオファーが来たらしく、本日は屋台を休んでしまっているらしいのです。
その事にマリさんはアテが外れたとばかりにガックリとうなだれてしまいました。よほどお気に入りだったようですね。
精霊はお腹が空かない種族なのでよくわかりませんが、楽しみにしていたものが消えてがっかりしてしまう気持ちはわかります。なので元気出してと宥めてあげました。
『冒険者組合から呼び出されたんなら組合に行けば居るんじゃないかな。だから元気だそ? 元気のないマリさんはわたしの知ってるマリさんじゃないよ』
「なによそれー。あたしだって元気ないときだってあるんだからね?」
『そうそう、その調子』
「むきー、馬鹿にして!」
『あはは』
彼女と語らうとわたしは自然に笑うことができます。こんなに簡単な事なのにリアルではどうしてうまくいかないのでしょうか? 不思議です。
にししと笑い返す彼女はすっかりいつもの雰囲気に戻っていました。やっぱり彼女は笑顔が似合いますね。落ち込んでいると、こっちまで調子が狂ってしまいますからね。
気を取り戻した彼女と共に向かった場所は冒険者組合。いつまでもここで待ってても帰ってこないので、じゃあいる場所に行こうかということになりました。「腕を見込んで」という言葉に何かを嗅ぎ取ったのか彼女の目がギラギラと光ってます。これきっと良からぬことを考えてますよね? また何かしでかさないといいのですが。
組合のある通りに着くと人だかりができていました。中心からは煙がもくもくと天に昇っています。
それと同時にマリさんの速度も急上昇! “美味しい匂い” とやらに食いついたようです。背中越しじゃ顔は見えませんが、移動速度が増したので間違いないでしょう。今のわたしは彼女の装備なので、特に否定することもなく、背に揺られてその場へ連れられて行きました。
組合の前では串焼き屋さんが組合主催の焼肉パーティーの焼き手を担い、集まってくれた冒険者にその焼きたてのお肉を振舞っていました。
お肉の出所は疑うこともなくうちのマリさんのアレでしょうね。だってあのお肉の輝き、見覚えありますもん。
串焼き屋さんのプレイヤーネームは「ゲンさん」。さんまでがネームのようですね。敬称付けで呼ぶときは“ゲンさん” さんになるのでしょうか? 実に紛らわしいです。
そんなことを考えているうちにマリさんもしれっと列に並んでいました。
目の前では一塊のブロックを小さく切り分けるパフォーマンス付き。並んでいる住民からは「もっと厚く切れ!」とヤジが飛んでいましたがゲンさんは構わず無視。
後からどんどんと参加者が増えていく中で、たった一人の意見を聞いていたらそれこそキリがありませんからね。それに今回は無償提供です。「意見を聞いて欲しかったらお金を出して買いに来てくれ」と笑って返されてはヤジを飛ばした住民も言い返さずに小さくなっているばかりでした。
それだけ住民の皆さんは食い気味に冒険者組合の催しに興味の視線を送っていますね。もう、マリさんてばまたヨダレこぼしちゃってますよ?
裁縫にあらかじめレシピ登録しておいたハンカチを取り出して口元をぬぐっていきます。もう、どれだけお腹空いているんですか。そう言ったら「リアルとゲームは別」と全うなお返事を頂いてしまいました。
その工程と焼きあがるまでの過程を見ているうちに、なんだかわたしもお腹が空く思いでした。おかしいですね。焼いてるお肉に縁のない生活を送っていましたのに、こうやって一緒に囲んで食べている風景を見ているとなんだか無性に食べたくなってしまいます。
今日のお昼は軽めにサラダとクロワッサンだった為、こう……お肉! というパワーワードの前には本能的に抗えないっていうか、絶対食べきれないって思うけど食べてみたいって思うような不思議な魅力で、気づけばマリさんに話しかけていました。
『マリさん、マリさん』
「どったのミュウさん。 今忙しいから後ででいい? ……ああ、あの場所すっごい美味しそう」
『緊急を要するの』
「あー……一番美味しそうなところ取られちゃったー。で、急用ってなあに?」
『わたしもお肉食べたい』
「んー? ミュウさんお腹すかないよね? 精霊さんはスタミナも満腹度も無かったはずだよ?」
『で も 食 べ た い のー』
「えー……食い扶持が増えると取り分減っちゃうじゃん急にどうしたの?」
『やだ やだ やだー 食べたい 食べたい 食べたいー ここで食べさせてくれなきゃ、もう手伝ってあげないんだからー』
「もー、急に駄々っ子にならないでよ。はいはい、あげるから背中で暴れないで」
『やったー♪』
交渉成立です。多少大人気ないなとは思いましたが、気を抜くと精霊は子供っぽくなってしまうので仕方がないんですよね。ほんとですよ? わたしはそこまで子供じゃありませんから。ええ、勿論です。
「はい、ミュウさんの分」
そう言って渡された厚めの葉っぱの上には湯気の立つお肉が乗っかっていました。
そこに手を添えて、大地から栄養と水分を吸い上げるように『吸収』します。
最初に感じたのは海の気配。これは少し塩分が含まれていそうですね。それと樹の気配。柑橘系の爽やかなイメージが体内に広がっていきます。そして最後に獣の気配。強い力を感じます。
これが「美味しい」という感情なのでしょうか? 精霊は食事を摂らないのでよくわかりませんが、少しやる気が出る気がしました。
「美味しいでしょ?」
彼女の言葉にこくりと頷きます。口で食べたわけじゃないから味は感じませんでしたが、体から力が湧き上がる感じはリアルでもあまり体験したことはありません。だからこれはきっと「美味しい」で、みんなに混ざって笑顔でいられる。きっとそんな味なのでしょう。
あれだけあったお肉もすぐに無くなってしまいました。集まってくれた冒険者達はもっと食べたいと囃し立てます。
わたしももっと食べたいぞーと非難の声に乗っかります。マリさんも同様です。
何だかんだ似た者同士ですね。
そこで冒険者組合さんから通達がありました。
「
一度美味しい思いをした者は次も同じ思いをしたいという心理をついたのでしょう。冒険者組合の思惑通り、目をギラつかせた冒険者が我先にと草原フィールドに駆け出して行きました。
昼間から酒場で燻っていた冒険者達も一緒です。
一手で最大の効果を出す見本を見せてもらった思いです。社長として見習いたいですね。ゲームの中で教えてもらうなんて社長失格ですが、お飾りなりに苦労も多いのですよ?
全員が出払ったのを見計らうとマリさんは歯をギラつかせて笑いました。きっと“とても悪い顔”をしていたことでしょう。
そうです、彼女が冒険者組合に渡したお肉は半分。もう半分は彼女のバッグの中に入っているのです。
満を辞してマリさんのバッグから出されたお肉のブロックにゲンさんは目を見張りました。
「おっちゃん、これで一つ頼むよ?」
「こいつは……お嬢ちゃんがこれを持ち込んでくれたプレイヤーだったか」
「へへーん。能ある鷹は爪を隠すってね。バードジョーク……あ、ここ笑うところだから」
「ははっ。ああいや、ばかにしていたわけじゃないんだ。昨日会ったときはまだLVが1だったろう? 今はもうLVが5になっているから実力者なのは分かる。
けど昨日の今日でそこまで急激にLVを上げられるほどここの環境は甘くないのはオレが一番わかっていることだ。
……一体どんな手品を使った?」
「タネを見破られたらマジシャンは職を失うのさ。 まあコツがあるんだけどね。あ、そこの美味しいところ厚めにね……そうそう、いい感じ……そうだねぇヒントをあげるとするなら要は相性の問題かな? このゲームで一番重要なところはそこだし……あー焼いたお肉の煙に顔を包まれるのってさいこー、超癒されるぅ~」
すっかり胃袋を掴まれたマリさんは、すごく幸せそうに口を滑らせていきました。まんまと術中にはまっていますよね。バレたところでこちらの懐は少しも痛まないのでモウマンタイらしいです。
結局ヒントも何も要点を洗いざらい喋り、お肉を食べきる頃には冒険者組合の職員達に囲まれて、なんやかんやまた種族貢献度を貰ってました。
この時にはゲンさんともフレンド登録を交わしてたみたいです。マリさんてばちゃっかりしてるよね。
それにすごくゆるゆるだね、ここの人達って。
すっかりお肉も食べ終わって、冒険者組合の入り口からはお肉の匂いが染み付く頃、一番最初のチャレンジャーが現れました。
持ってきたのは『サーベルラビット』のお肉。エリア1のレアモンスターで出現条件を満たすのに時間をかけてしまったらしいです。それでも何とか品質の高い状態で持って帰ってこれたと鼻を高くしていました。きっと美味しいだろうと自信満々です。
早速焼き始め少しすると囮役を買って出た仲間が教会から帰ってきて一緒に卓を囲んでそのお肉にありついていました。
しかし……
「あれ? レアで品質も高いのに……美味しいけどさっきのほどじゃないな……あれ?」
と、揃って首をかしげています。
ゲンさんは笑って誤魔化していましたが、冒険者組合の職員さん達からは若干同情の視線を送られていました。
エリア3のお肉と、エリア1のお肉ではやっぱり味が違うのでしょうか?
少し吸収してみたい気持ちにかられましたが、止めておきます。
だってさっきの感情を心の内に留めておきたいじゃないですか。
次々と戻ってくる冒険者達。
いつになく活気を見せる組合前に、やっぱりゲームはこうでなくちゃと思いました。マリさんも心なしか楽しそうです。
混雑し始めた組合を後にして、わたし達は再び草原フィールドに渡りました。
運良くお金を使わないで食事にありつけたので防具屋さんでゴーグルを買っていました。
どうも彼女は飛翔する時に日光で視界を遮られるのに困っていたらしいです。
ほんの一瞬、とは言え戦闘中ではその一瞬が命取りになりますからね。
革製のしっかりとしたゴーグル。ガラスの技術はどこから仕入れたのか街の環境を見た限りじゃ読み込めませんでしたが、そこはやはりゲーム的な解釈で似たようなものがある……ということでいいのでしょうか?
彼女の背中の上で風に揺られてそんなことばかりを考えていました。
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