第6話 やる気のない住民

 金欠のマリさんが悲しみを乗り越えてやってきたのは冒険者組合。

 串焼き屋台の目と鼻の先ですからね。


 時間にして数分もかからないところです。

 実はここ、ヒューマンをはじめとした街にコミュニティを置く種族は必ず通らなければなりません。


 別に通らなくてもいいのでしょうが、後ろ盾と言うのはあると便利ですよ。

 なんと言ってもそれを通じての仲間意識が無償で得られますからね。

 信用は一日にしてならず。と言うのはこの世界でも同じなんですね。世知辛い限りです。


 主にここでは旅人プレイヤーや住民達が冒険者になる為の手続きやアドバイス、その他諸々がGを支払うことで得られます。既存情報すらタダじゃないあたり運営が火の車なのが見て取れますね。どこも経営難なのは一緒ですか。


 初期登録を終えた冒険者は【ランク:F】からスタートし、冒険者組合から出される《納品依頼》をこなして初めて功績を認められ【ランク:E】に昇格します。

 ランクアップの際、一切の賃金は発生しません。優しいですよね。

 ……果たして本当にそうでしょうか? 


 さて、ここで問題なのは《納品》です。《納品》とはそもそも本来ならお金になるはずの素材を住民からの好感度とも言える目に見えないデータの『信頼度』に置き変えるシステムです。

 素材やレアリティによって得られる『信頼度』はピンキリですが、それがプレイヤーと冒険者組合との強い結びつきになります。

 ……しかしそれを素材買取屋に売った方が断然懐が暖かくなる現実を前にプレイヤーがたかが知れた情報欲しさに納品するでしょうか?


 その答えは昼間っから冒険者組合に併設されている酒場でクダを巻いている冒険者の態度に現れていますね。

 見ていて実に不快でした。

 自ら行動せず、死に戻った同じ冒険者を嘲笑い、恐喝まがいの事をする。

 それをプレイヤーでは無く住民がやるのだからタチが悪い。

 なぜ行動しないのか。それを説いてやりたい気持ちになりながらもグッと堪えます。いくら前作で【英雄】だなんて言われようと、この世界では新参の、その上冒険者でも無い小娘に何を言われても彼等は痛くも痒くもないでしょうから。


 それだけこのゲームではランクアップによる発言力は重要です。

《種族貢献度》をいくら得たからといってもそれは所詮大雑把な印象の違いでしかありません。

 未だなんの活動もしてない小娘……それも精霊の言葉は実際に死ぬ思いをして手に入れた素材を二束三文で買い叩かれた冒険者かれらには届かないのです。

 それはリアルでもこのゲームでも一緒です。前作も似たようなものでしたけど、ここまで腐って居ませんでしたよ? 


 わたしが憤慨しながらぷりぷりしていると、マリさんは相手にするなと手羽先をひらひらとさせて《納品依頼》厳選に集中力を発揮しました。

 少しして小器用に2、3枚剥がすと受付に新規冒険者登録料……全財産の1/4を支払い、ついでにクエスト受注をしました。


 安く済んだと笑っていますが、マリさん……これ最初から狙ってましたね? 

 冒険者組合では高性能の判別魔導具が設置されてます。いくら口上で手持ちが100Gしかないと言っても、靴の裏に隠していた、剣の柄に隠していたなどすぐに看破してしまいます。

 実際に空腹だったのでしょうし美味しく食べてましたからすっかり騙されていました。

 彼女最初から冒険者登録費ケチるつもりでしたよ。なんかしてやったって顔してますもん。いっけないんだ。そりゃ組合の職員さんも呆れたような顔になるよ。

 それよりも何よりも心配なのは武器も防具も買うお金も無く冒険に旅出とうとしている彼女の事です。

 知ってますか? バード種って精霊と同じく冒険に不向きな種族なんですよ。



「まーなんとかなるなる。今のあたしにはミュウさんという力強い味方がついてるからねー」

『はいはい。そういうことにしておきます』

「もー、もっとノッてきてよー。あ、出かける前に情報チェック。ちょい買取屋寄っていい?」

『んー。売るものもないのに何調べんの?』

「ここは売買のプロに任せなさい。鍛治で培った観察眼を披露してあげちゃうんだから」



 そう言ってマリさんは南門のすぐ横にあるやたら目立つ看板のお店……素材買取屋さんに足を運びました。


『素材買取屋』さんは言ってみれば小規模な市場です。取り扱ってる商品は多岐にわたり、『冒険者組合』よりもマニアックなコレクターからの依頼や新種の素材を高値で買い取ったり、溢れた素材を安く販売したりと売ったり買ったり出来る専門店。欲しい素材は大体ここで揃いますし、数万を越える品質別の素材情報群の中から今欲しい素材の生きた値段を知るのは専用の魔導具を利用する事で入手可能です。

 利用料は1回10G。1回で調べられるのは一品だけなので数が多い場合はその分出費が多くなり厄介です。

 しかしその相場の信頼度もアテにはなりません。

 どこかの誰かが新しい素材を入れるたびに逐一変動されるからです。

 そして魔導具で入手できる情報は前日までの情報です。入力に時間がかかるらしいのでそれで食べている人も決して楽ではないようですね。



「うーん……なんかおかしいぞー?」

『どうしたの?』

「ああ、いやね。出回ってる素材の品質がどれも低いのしかないんだよねー。それも平均よりだいぶ安く出回ってる」

『良いことじゃない?』

「それ以外があり得ないくらい高騰してるのよ」

『売り手側が吊り上げている可能性は?』

「今んとこ不透明ー。実際に戦場を見てないからあれこれ悩んだって妄想にしかなんないし」

『それじゃあさっきの冒険者組合の惨状は?』

「持ち込み素材の買取価格の低下かなー? それか腕のいい冒険者が近隣素材を提供しなくなったかのどっちか」

『特定素材の需要がありすぎて供給が間に合わないのもあるかもよ?』

「100%それだね。吊り上がり続ける売値と品質の低さで買い叩かれる持ち込み素材。こりゃ負の連鎖が始まってるわ。掲示板ではこんな事噂になってなかったのに……さては種族検証に目を奪われちゃってるかな?」

『かもねー。ここの住民タフネスだけど自ら切り開かないでプレイヤー任せだから放っとくとどんどん悪循環にはまっちゃうよね』

「そこなんだよねー。こちとらスローライフを堪能したいのにそれもさせてくれない」

『無視してすれば良いじゃない?』

「そうは言うけどねー、このまま行くとこの街詰んじゃうよ? 知ってるでしょ? MOBもLV上がるし進化するって」

『あー……、ね。ここは一肌脱ぐ感じ?』

「だねー。ほんの少しだけ後押ししてあげよう。あの串焼き屋さんが無くなるのだけは阻止したいから」

『はいはい、マリさんは自分に素直だよね。そう言うところ、わたし好きだよ』

「いくらミュウさんでもわたしのこの身はダーリンのものだからー」



 そういうとマリさんは自分の両肩をヒシと掴んでぐりんぐりんと身をくねらせた。おぉお、新手のアトラクションですか! 受けて立ちましょう。



 5分後。

 ふぅ……堪能しました。スクワットしながらの横回転を交えた縦振動はなかなか芯にクるものがありました。



『腕を上げましたねマリさん』



 親指を立てるポーズでグッとサムズアップ。



「なんの話?」



 しかしよくわからないぞ? とばかりに首を傾げたので仕方なしとしました。

 なんだよー、そっちこそノリ悪いじゃん。



『なんでもないですー』

「ふーん、変なミュウさん。さ、早速行こっか」



 その場で大きく羽を広げると、トン、と大地から離れて羽ばたきます。バード種は飛行時にアイテムバッグが軽ければ軽いほど高度を取れるんだって。凄いですよね。わたしもそっちをとればよかったかもしれません。

 せっかく1からやり直せる権利をいただきましたのに、わたしったらこう言うところがダメですね。



『目的地は?』

「草原よー」

『目と鼻の先じゃないですか。どこに飛ぶ必要が?』

「そこに空があり、あたしには羽がある。理由はそれだけで十分!」



 そう言って優雅な空の旅を満喫……できればよかったのだけど、うまく空を滑空出来るようになるまで30分の練習をしました。

 何度も風を掴み損ねて墜落した実績がある彼女です。精霊装備の影響下なので体は無傷でも精神的疲労が目に見えています。



「よ、よーしこれでバッチリマスターしたよ! 次こそは絶対うまく行くって!」



 意気込む彼女にわたしはただ応援をしました。

 ついさっき茶々を出して口論になり、墜落したばかりです。同じ轍を踏まない。それが社会で生き延びる秘訣です。

 また一つ成長したわね、ミュウ。

 なんて脳内ナレーションで自分を励ましながら草原のエリア1を上空から眺めます。


 そこに広がるのは一切の遮蔽物がない大草原。ノンアクティブのホワイトラビット達が午睡をとったりお食事中だったり見ていて和みますね。


 そこへ近付く複数の影。

 冒険者です。獲物を前に舌舐めずり。ぐへへと脳内ナレーションではノリノリで冒険者に悪者の悪役ロールでした。

 絵面はどこからどう見ても悪者でしたからね。


 しかしそこで実際に被害にあっていたのは食事中のホワイトラビットではなく、明らかに背後から忍び寄った冒険者でした。

 脇腹を背後から貫く角……ホーンラビットの突進攻撃を受けたのでしょう。あっけなく欠損するHPゲージに、憎らしげに背後を振り返る冒険者は、その体を光の粒子に変換してデス……死に戻りしました。

 ノンアクティブなのはMOB側から攻撃してこないというだけで、一度でも攻撃されようものなら自警団が現れます。それがこのホーンラビットなんですね。


 ホワイトラビットには「草を食む」「昼寝をする」のアクションスキルの他に「魅了する」のサポートスキルが存在します。これがまた厄介で、魅了された冒険者は10秒間無防備を晒し続けるという効果があります。

 そしてホーンラビットは「溜める」「突進」のアタックスキルの他に「気配を殺す」「臭いを消す」「直感」のサポートスキルがあります。

 ホワイトラビットとブラックラビットで足止めをしてホーンラビットで不意打ちからのクリティカルで確殺。この流れで多くの冒険者が教会に送られていきます。


 仕留め損なっても高確率で出血効果をもたらして弱体化させますので隙のない二段構えなんですよね。

 更に獲物の血の匂いに集まってきた同胞達に囲まれて、冒険者は全滅する……という見慣れた景色が映ってました。


 このゲームってMOB弱くないんですよね。これ序盤の序盤ですよ? 一番最底辺のMOBですら連携攻撃を取ってきます。怖いですよねー。

 他にもフィールドそのものに状態異常のデバフ効果が付いています。

 陽の出ている間はサン属性のスリップダメージと、長時間日光にさらされ続けていると陥る『日射病』。これは衰弱状態に陥って、スタミナが回復しなくなる厄介な効果を持っています。

 スタミナが重要なこのゲームで初っ端からこの仕打ちです。製作者からの思いやりはかけらも感じられませんね。わたしもそう思います。

 その上空に上がると言うことは、自ら環境デバフに当たりに行くということで……とはならないんですよね。そこは精霊装備わたしの影響下。

 樹の精霊は『陽、月、水属性ダメージを吸収』しちゃいます。つまりマリさんには徐々にHP回復の効果が付与されるんです。すごいでしょ?

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