第7話 レアアイテムの使い道

 と、マリさんはこのままエリア移動をするようですね。何やら観察するような動きでしたがもういいのでしょうか? もういいみたいですね。次のエリアに進みます。


 エリア2はカエルに支配された楽園です。草原と言うよりは湿原に近いかな? 

 草がぼうぼうと生い茂っており、水気を帯びてぬかるむ足元は重装備をつけた冒険者の動きを封じ込めます。ここでは斬撃よりも打撃の方が通用するらしいですよ? 掲示板で騒がれていました。



『ここで狩る?』

「まさか。冒険者の戦い方を参考にしたいと思ったのだけど、今は居ないみたいね」

『入れ違いになっちゃったかもね』

「あり得る。次行こっか」

『オッケー。本命はそこ?』

「もち。稼ぐなら一攫千金、浪漫を狙わなくちゃ」

『でも信用度低いのに買い取ってくれると思う?』

「地に落ちたからこそのやりようがあるのよ」

『ふーん、任せる』

「任された!」



 軽い会話を交えてエリア移動。

 エリア3は巨大草食獣が群生する広大な地域。確認されているMOBはたった二種類。チャージシープとジャッジメントホーンの二体。後者は出現条件が稀であり、遭遇したら逃げろと呼ばれているほど厄介な相手なのだとか。

 冒険者基準ではそうでしょうけど、ここにも冒険者は見当たらなかった。



『ここも居ないねー』

「だねー。こちらには好都合だけど。早速狩るからお手伝いよろしくー」

『オッケー。わたしの糸に張り付けにされたいのはだーれー?』

「んとねー、真下にいるチャージシープを狙ってるんだけどね」

『でもそのモンスタートレインするよね? 結構群がってるし』

「するね」

『めっちゃ群がってくるよね?』

「来るね。素材を集めようもんなら、注目の的決定」

『危なくない?』

「いけるいける! あたしとミュウさんなら余裕だって!」

『えー……。まあやるけどさ。魔力サークルは5メートルしか無いから無理は禁物だよ? 足止めはするけどさ』

「オッケー、オッケーバッチリよー。んじゃ、ゴー!」



 言うや否やマリさんは重力に身を任せ、獲物に向けて一直線に落下しました。


 チャージシープ、と言うモンスターの特徴は例えるならば大型の羊。

 身の丈4メートルを越える大型の個体であり、溜め込んでからの突進に定評があり、多くの魂を天に返してきたLV5のモンスターである。

 そこから得られる素材は多く、角は調薬素材に、羊毛は防具素材に、蹄なんかはその重量を支えてきた耐久性を買われていろんな用途で使われている。

 肉質は脂身も程よく、独特の臭みはあるものの、その場で食す上では高級品とされている。持ち帰るにはリンクしやすい事から多くの犠牲が付きまとうために高価な値段で買われることが多く、彼女の狙いはこちらであるのだろう。

 品質=ヘイト値とは言え空を飛ぶ手段のない哀れな子羊を高みの見物を決め込みながら一方的な狩猟をしてみせると言い切った彼女の横顔はまさしく勇気と無謀を履き違えた自殺志願者しにたがりのそれでした。


 獲物に向けて急降下地面との距離がぐんぐんと近づくにつれて、のんびりと食事していたチャージシープも明確な殺意の乗ったその特攻に気づく。しかし時既に遅し。実は精霊は魔力サークル展開中は何処にでもスキル・魔法を任意で置くことが出来る種族なんです。

 サークルの範囲に上下の限界はなく、空中に設置することもできちゃいます。横の範囲は現状種族LV依存なので上がりようがないのであまり無理はできません。


 対して糸使いと言うのはその中でもかなり異質な枠組みに当てはまるの。

 魔力糸生成は文字通り魔力を糸状に放出することができるもので、一度に出せる長さはMP1に対して1センチ。つまり最大MPが510あるわたしにとって一度に出せる限界は5メートルと10センチ。

 長いようで短いそれらの用途は何もただ出すだけではない。

 例えるならフィールドを生地として俯瞰して見ることによって、対象モンスターをサークルの届く範囲でアップリケのごとく縫い付けることも可能なの! どう、すごいでしょ? 

 縫い付けた対象は30秒間身動きが取れなくなっちゃう! 

 ダメージは一切入らないから相手は動けないことにすぐには気づかないんだー。気づかれちゃったらずっとヘイト取っちゃうから注意が必要だけどね! 


 それからわたし達はその方法でヒットアンドアウェイを繰り返し、精霊装備のおかげでHP、MP、スタミナが回復し続けるマリさんのアイテムバッグが埋まるまで一方的狩猟が行いました。


 マリさんは種族LVを、わたしは固有スキルのLVをそれぞれ5に上げてホクホク顔で帰路につく。

 わたしは新たに《罠作成》のスキルを得る事が出来ました。

 これでサポート面がより充実し、今から何を仕掛けてやろうかワクワクとしていました。


 ヘイト値の高い素材を持ち帰るには空を飛んで街に帰るしか安全ルートはなく、それは精霊を装備しているマリさんにしかできない偉業でもある。

 未だトレインの続くチャージシープはエリアを切り替えてもしつこく追ってくる。

 しかし草原フィールドからイマジンの街に逃げかえればヘイトは切れるのだ。

 うまく逃げ帰ったマリさんは高度を落とし、門番を務めている住民のおじさんに「ご苦労様です!」と上から挨拶を交わすと「お疲れさん、景気はどうだ?」と返されます。

 少し自慢したいのもあったのだろう。マリさんは門番のおじさんにだけ見えるような角度でカバンの中身を見せびらかし、歯を見せて笑った。



「こいつは……まさかお嬢ちゃんが倒したってわけじゃないよな?」

「じゃなきゃどうやって手に入れるのよー。こちとら危険な目にあってまで手に入れたんだからね」



 マリさんは横から掠め取ったのではないか? と難癖をつけられてぶーぶーと口を尖らしていました。



「それもそうか……それにしても大変じゃなかったか? 【F】でアレに挑むなんて命知らずのこの街のやつらでも実行しないぞ?」

「あははー。あたしには頼りになる仲間がいるからねー」

『ふんすっ』



 わたしは門番のおじさんに見えるようにアピールした。

 それを見た門番のおじさんは顎を撫で、納得したようにマリさんを見た。



「ああ……嬢ちゃんが精霊装備の第一人者か」

「あ、こらミュウさんバラさないでよ! 今あたしの偉大さをアピールしてたのに!」

『えー、わたしもついでにアピールしてよー』

「はいはい。まったくしょうのない子ねー。えっとね、こちらはミュウさん。あたし達旅人なんだ」

「へー、じゃあそっちの精霊の子は“はぐれ”なんだ?」

『うん、見えない?』

「ここじゃ“はぐれ”どころか“原種オリジン”も見かけないからおじさんわからないなー。でも酒場で話題に上ってたぞ。精霊が広場でぼんやりしてたって。そう言うことなら納得だな。それにしても羨ましいなぁ」

「おっちゃんにも素敵な出会いがあるといいねー『ねー』」



 声を合わせてやると、少し照れたように門番のおじさんは笑った。ていうかリアル年齢だとお兄さんかな? まさか年下なんてことは? ……いやー、この世界の年齢謎なのよねー。いいや、おじさんで決定。そういうことにしておこう。



「こらこら大人をからかうんじゃない。話は了解した。ところでこの素材は買取屋に卸すのか?」

「そのつもりー。お金欲しいもん」

『その為の素材だもんね』

「まーそりゃそうだ。こっちも手持ちが少ないから強くは言えないが組合に回してくれると嬉しい。買取屋に回っちまうといいものは全部金持ち連中に取られちまうからな」

「あー……そう言う仕組みなんだ」

「世知辛いことにな。じゃあな、変なのに絡まれんなよ」

「大丈夫、頼りになる仲間がいるから」

「はは、そうだった。まぁこんな仕事してると口癖みたいに出ちまうんだ。気にしないでくれ」

「なるる。まったねー『ねー』」



 気のいい門番のおじさんと別れ、マリさんは肉以外の素材を全て買取屋に流したようです。

 手に入れたGは4000。実に初期資産の4倍にも上る。

 それだけの実入りがあったにも関わらず、マリさんの表情は少し納得いかないようでした。



『……どうしたの? 浮かない顔して』

「思った通り、足元見られちゃった。だからこれ以上ないって演技を見せた上で取引したんだけど、付け上がってきたからあれは確定だね。門番のおじさんのいう通り、ここで悪い感情が渦巻いてる。

 出るときも入るときもみんな暗い顔してた。これは誰か一人が高品質持ってきても解決しない。そういうところまで来てる」

『ふーん』

「だからここからもう一手打つよ」

『何か考えがあるんだ?』

「もっちろん。ここがダメならもう一つってね」



 そういって素材買取屋から元気よく飛び出したわたし達はその足でうだつの上がらない冒険者組合に入った。

 そして納品依頼の受注書と共に素材を納品した。出したのはチャージシープの肉だ。

 鑑定では高品質。貢献度ポイントも割と高く、組合職員の顔にも笑顔が浮かんでいた。まさに快挙とでもいうべき振る舞いに、出し抜かれたかとうだつの上がらない冒険者達もお祭り騒ぎのように騒ぎ出した。

 今回取得した『信頼度』は50。

 そしてランクアップに必要な信頼度は300もあるので全然足りない。でもそれは大きな一歩だった。残念ながら同じ品質のものは取り扱ってもらえないので次なる手を考えなくてはいけない。

 マリさんは笑顔で「また来るわ」と冒険者組合を後にした。

 背後からは歓声が上がった。この程度で? いいや、この程度のことすらできなかった冒険者が多かったのだ。組合はそれこそお祭り騒ぎのように賑やかになっていた。



『良いことすると気分がいいね?』

「だねー」



 そう言ってマリさんはバッグから『もう半分の肉』を出して笑う。



『ねぇそれって……』

「半分で大喜びだよ? これで後からこっちを出すとどう思う?」

『すごく悪い顔してるよ?』

「っと、お昼前だしそろそろ落ちなきゃ」

『あれ? もうそんな時間?』

「うん、またねミュウさん。続きはまた後で」



 そう言って、実に楽しそうにマリさんはログアウトしました。

 楽しかった時間はあっという間に終わった。リアルではもう3時間近く経っている。あんなにも長いと思われた時間がここではこんなにも緩やかでおぼろげだったんだ。

 見送った後もどこか空虚感に包まれて、少しぼうっとしてしまう。

 ゆっくりと沈む夕日を眺め、夜の帳が下りきった後にふとログアウトしなきゃと思い至る。



『わたし……想像以上にここに馴染んじゃったのかなぁ……』



 いつでもここに来れるって気持ちよりも、まだここに残っていたいという気持ちが強く残っていた。

 しかしログアウト時間が伸びれば伸びるほど、再ログイン時間を合わせにくくなる。

 背に腹は変えられないかと諦観の念で月夜を惜しむようにログアウトする事にしました。

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