第5話 注目の的

 考え事を横に逸らしてしまうのはわたしの悪い癖です。ここはゲームの中なのですから楽しい気持ちで行きませんと。


 しかしマリさんの背中越しに眺める景色は電車に揺られているような心地よさがありますね。睡眠を必要としない種族ですが……ふぁ、少し眠くなってきました。ですが作業中に寝てしまうのは社会人としてはあるまじきことです。


 そして先程から少しづつ裁縫で編み込んでいる糸もだんだんと形になってきました。あとでマリさんに見せびらかして自慢してやろっと。

 なんて思っていると彼女から話しかけられました。どうしたんでしょうか? 



「ところでミュウさん?」

『なに?』

「さっきから後ろで何やってるの? 周りからの視線が若干痛いんだけど」

『んー? 少しこの街のマッピングをね』

「何でまた?」

『マリさんは興味ない? オープニングで語られていた謎とか』

「あー、あたしそういうの連打してスキップする派だから」

『ほんと、マリさんてば変わらないね。全部力技でねじ伏せちゃうんだから』

「ミュウも出会った頃とおんなじ。難しい顔してるよ?」

『そ、そう……って表情筋の無いドライアドの顔をどうやって判別してるのよー』

「ふはは、バレたか! スピード上げるよ!」

『え、うん。楽しくなってきちゃった?』

「あ、分かる?」

『わかるよー。だって金槌握ってる時とおんなじ顔してるもん』



 あはははは。

 互いに笑い合い、道行く人たちに変な目で見られる。

 そのことを思い出してまた笑い出す。

 こんなふうに大声で笑ったのは本当に久しぶり。今日は誘ってもらって良かった、なんて年甲斐もなくそう思ってしまいました。

 まだ街の中を少しぶらついた程度なのですけどね。

 ところで……



『マリさんはさっきから何探してるの?』

「ん? うんとね、料理屋さん」

『ああ、プレイヤーさんによるやつ?』

「それそれ。ミュウさんどこにあるか知らない?」

『わたし食べない系だから詳しく調べてないんだよねー』

「ああ、しまった! 精霊ってそういやそうだもんねー。仕方がない……見つけたら目の前で食レポしてやろ」

『あー、あー、そういうことしちゃうんだ!』

「にししし。これぞ種族格差! じゃない、早く料理屋さん探さないと満腹度空っぽになっちゃうよ。ミュウさんも手伝って」

『えー、急に手伝う気なくなってきちゃったんだけど』

「そこを何とか頼みますよ。ミュウ様 神様 仏様、この空腹で力の出ないあたしにどうか御慈悲を~」

『ふむ、貸し一つで手を打ちましょう』

「ははー、ありがたき幸せ。それで、どこにあるのよ?」



 この……先ほどまで見せていた感謝の念を霧散させたような顔でマリさんはバカっぽい口調と共にそう問いただしてきた。

 まあいいでしょう。変に畏まった口調は彼女らしくありませんし、わたしに気を使ってくれたのでしょう。そう思うことにしてわたしは進行方向にある噴水公園広場を指差します。



『あそこ』

「って目の前じゃん!」

『貸し一つだからね?』

「くっそー、ハメられた!」

『大声でそういう事言わないの。ほら、マリさんに注目が刺さってる』

「うあー、でも半分はミュウさんに行ってるよね?」

『知らない。わたしリュックに擬態してるから変なのはマリさんだけだよ?』

「くんぬぉ──」



 どこか吹っ切れたように変な声を上げながらマリさんは最後列に並びました。

 めっちゃじろじろ見られて照れてますね。しかしお肉を焼いた匂いが煙と共にやってきたのか途端にだらしない顔つきになりました。油断しすぎですよ? 

 ああほら……ヨダレまで垂らしちゃって。うちの子がごめんなさいって母親にでもなったような気持ちでわたしはぺこぺこと周囲に頭を下げました。

 それほど美味しそうな匂いなのでしょうか? 彼女はもとよりお客さんは一様に匂いを嗅いではお腹を空かせているような感じです。

 少しどんな味がするか気になってきました。ちょっとだけですよ? 


 そして順番が回ってきて彼女は有り金全部を叩いて串焼きを12本購入しました。一本80Gを12本で960G……残り40Gを先に受け取るとアイテムバックの中へチャリンと入れます。

 それで収納できるんですからゲームですよね。立て続けに6本づつ持ち帰り用に布に包んで貰ってバッグに詰め込んで、もう6本を受け取るとすぐそこに備え付けてあるベンチに座り、同じ過ちで後頭部を強打! ……完全に自分の肉体のことを忘れていたようですね。


 少し照れながら打った場所を手でさすっています。そして小さく唸る腹の虫で我に帰ると周囲を確認し、その場で座り込むと膝の上で串焼きの詰め合わせを広げ始めました。あ、ここで食べるんだ。


 マリさんは羽で覆われた手を小器用に動かして串を握り、大きさがバラバラに切り分けられたお肉を眺めていました。

 その表情はどこか嬉しそうです。

 焼きたてなのかほんのりと湯気が漂い、それを勢いのまま一口。直後幸せそうな笑顔を漲らせています。

 先ほどまで食レポをすると息巻いていたマリさんは何処へやら……ばくばくとすごい勢いで口に入れ、もぐもぐごくんと飲み込みました。

 あっという間です。

 あっという間に串に三つ刺さってた不揃いのお肉が消えて、マリさんの満腹度が10%回復します。

 みんなからすごい見られてますが、本人は特に気にならないようですね。

 次々と何も刺さっていない串を量産し続け、最後の一本を申し訳なさそうに口に入れ、よく噛んでから飲み込みました。

 ……この子バッグにしまった分も開け始めたんですよ? ここまで計画性のない子でしたっけ? 少し不安になってしまいます。もしかしてストレスによる過食でしょうか? 旦那さんとうまく行ってないとか愚痴をこぼしていたようですが、そこのところも関係ありそうですね。こちらでケアして上げませんと。つい忘れがちになってしまうけど一応恩人ですから。


 そして最後の一口を惜しむように飲み込んでしまったことを後悔しているように、こちらを向いた時の表情は悲しげです。 感情表現すごいな、って場違いなこと考えてたのは内緒ですよ? 



「ミュウさん、無くなっちゃった……」

『またお金貯めて買お?』

「うん……そうだね」

『そう言えば食レポするって言ってたよね。美味しかった? どんな感じだった?』

「んっとね、まず匂いだけでヨダレが溢れてきて、それを一切れ口に入れると一噛みで口の中に肉汁がぶわーって溢れるの。ちょっと熱いんだけどね、それがこう……癖になる感じで。

 程よい肉の噛み応えと脂身のバランスが絶妙でね! 申し訳程度の塩がアクセントになってるの。それでもう一口、もう一口って言ってるうちになく無くなっちゃったの……」

『ふーん。わたしにはわからない感覚かも』

「ミュウさんは高級志向だもんね。B級グルメは分からないかー」

『うん。でもマリさんが気に入ったんなら手伝うよ』

「いいの?」

『もち。わたし達親友(マブダチ)でしょ?』

「おぉ、心の友よー」

『あはは、もう。単純なんだからー』













【インフォ】精霊装備について語るスレ【聞いた?】


 1:ただの冒険者

 このスレは突発的に起きたワールドアナウンスでもたらされた精霊装備について語るスレです。

 どこかで見た、聞いた人は報告ください。


 概要まとめ

 ①装備者と精霊の両方の合意が必要

 ②精霊によっては装備時の補正が異なる

 ③初合わせ解放者には種族貢献度が貰える



 2:ただの冒険者

 >>1乙



 3:ただの冒険者

 スレ立て乙

 この情報ってあれじゃない? 

 噴水公園広場のあの子達



 4:ただの冒険者

 知っているのか? 



 5:ただの冒険者

 kwsk! 



 6:ただの冒険者

 オレが見たのはたまたまだが、目撃情報は多々あると思うぞ

 ある意味有名だからな



 7:ただの冒険者

 ヒントくれ! 



 8:ただの冒険者

 装備者はバード種のたぶんハルピュイア

 おんぶ

 これで大体のやつには通じる



 9:ただの冒険者

 ああ、あの子達か



 10:ただの冒険者

 くそーどの子達なんだー

 逆に気になる! 



 11:ただの冒険者

 あれだろ? 

 旨そうに串焼き食ってた初心者装備の子



 12:ただの冒険者

 あのおっさんの屋台か! 

 行ってくる! 



 13:ただの冒険者

 深追いはやめとけよ? 

 あの子達やたら逃げ足速いぞ

 ウルフのオレがスタミナで負けたからな



 14:ただの冒険者

 それマ? 



 15:ただの冒険者

 マジだ

 瞬歩使って維持した上で見失った

 単純に速度で負けたんだ



 16:ただの冒険者

 おいおいバード系統でスタミナ軽減持ちなんていたか? 



 17:ただの冒険者

 居ないぞ

 飛行にもスタミナめっちゃ食うからな

 空を飛べるっていう浪漫一点突破だぞ、あの種族って

 そのせいで武器も持てないんだ



 18:ただの冒険者

 それこそ装備補正か



 19:ただの冒険者

 だれかキャラリセットしない? 

 装備してやるからさ



 20:ただの冒険者

 お前がしたら考えてやるよ



 21:ただの冒険者

 だよなー



 22:ただの冒険者

 序盤で詰まりすぎて暇だから協力するぞ



 23:ただの冒険者

 詰まったってどこでだよ? 

 草原はあれほど一人で行くなと



 24:ただの冒険者

 エリア1だよ

 あそこは相性で全部負けてるからな

 これを機に検証しようと思って



 25:ただの冒険者

 相性全負けって何選んだか逆に気になる

 聞いても? 



 26:ただの冒険者

 コロポックル



 27:ただの冒険者

 生産種族じゃねーか! 



 28:ただの冒険者

 せめてハーフリングにしようぜ



 29:ただの冒険者

 お前合法ロリ増やしたいだけだろ



 30:ただの冒険者

 バレたか! 



 31:ただの冒険者

 >>26

 バカどもは放っといて検証行こうぜ



 32:ただの冒険者

 よろしくー

 種族貢献度どれくらい貰えるか書き込みよろー



 33:ただの冒険者

 勿論だぜ



~~~~~~~~~~~~~~



 50:ただの冒険者

 検証行ってきた



 51:ただの冒険者

 おつおつ



 52:ただの冒険者

 それで結果は? 



 53:ただの冒険者

 まあ焦るな

 まず一つ目は陽属性のサン



 54:ただの冒険者

 一番上から行ったのか



 55:ただの冒険者

 安易だな

 だがわかりやすい



 56:ただの冒険者

 だな



 57:ただの冒険者

 効果は最大HP+20%

 日がある所でHP回復

 陽属性スリップダメージ吸収



 58:ただの冒険者

 やっべ

 草原で必須じゃねーか



 59:ただの冒険者

 情報ありがとう

 これであとは精霊を選択する奴が増えてくれればいいな



 56:ただの冒険者

 ただし精霊の方はヘイト高いから乗っかるプレイヤーによっては簡単にキルされるので注意な



 57:ただの冒険者

 そういえばそれがあった

 単体だと狙われないけどパーティに参加すると一番最初に狙われるってやつ



 58:ただの冒険者

 弱いからな

 それに近接戦闘は壊滅的だ

 サンだと目潰しして相手の間合いを潰すことしかできんからな



 59:ただの冒険者

 十分有能だけどな

 パーティの枠使うのが痛い



 60:ただの冒険者

 装備時の精霊は頭数に入らないぞ? 

 装備枠だからな



 61:ただの冒険者

 つまり? 



 62:ただの冒険者

 フルパーティで6体の精霊を雇える



 63:ただの冒険者

 精霊って一人につき一体までしか装備できないの? 



 64:ただの冒険者

 じゃあお前精霊やってくれない? 

 精霊やる人少なすぎてまだそこまで検証仕切れてないんだよ

 ソロ向きじゃないから誰もやりたがらん



 65:ただの冒険者

 どの種族もソロ向かないけどな



 66:ただの冒険者

 違う

 ソロ向きっていうんじゃなくて

 行動制限があるんだ

 一人じゃ何もできないに訂正しとく



 67:ただの冒険者

 kwsk! 



 68:ただの冒険者

 まず精霊ってな、そこにただある存在なんだ

 漂うことはできても移動はできない

 攻撃手段がないから敵から襲われない

 パーティを組んだ時点で敵として初めて認識される

 そしてステータスが貧弱だから真っ先に狙われる



 69:ただの冒険者

 それが装備だと? 



 70:ただの冒険者

 変わらんぞ

 精霊の特性が装備に映るだけだ



 71:ただの冒険者

 なにそれキッツい仕組みじゃん



 72:ただの冒険者

 それでも一時的にブーストかかるのは美味いぜ



 73:ただの冒険者

 だな、特に装備の更新がままならない現状のパワーアップ手段として検証の余地はある

 オレもそれ参加するわ



 74:ただの冒険者

 おいでませ

 集合場所は噴水公園広場な

 精霊は珍しいから一発でわかる



 75:ただの冒険者

 了解

 どの種族でいけばいい? 



 76:ただの冒険者

 次はこっちはルナをやる予定だからサラマンダーでよろしく



 77:ただの冒険者

 あいよー

 ログイン時間が厳しいから一旦落ちてから行くわ



 78:ただの冒険者

 待ってるー

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