第4話 ワールドアナウンス

 真っ暗闇な海の中を浮き沈みするように、わたしの体はどんぶらことどこかへ流されていきます。体は自分の意思では動かせず、ただゆっくりと流れていきます。

 それはまるで揺かごに揺れるようにゆらゆらと。やがてゆっくりと上昇し、全身が光に包まれ……まるで意識が覚醒していく感覚に似ていますね。


 気づけば目の前には異世界の風景が広がっていました。


 手入れされてない石畳の街道。少し埃っぽい空気。気候は夏頃…といったところでしょうか? 燦々と輝く太陽が眩しく、道行く人たちもどこか薄着です。


 荒れ果てた街道はところどころ解(ほつ)れ、手入れもされないままそのままに。

 大通りの両端を挟む様にして立ち並ぶ木造建築物は老朽化が進み、修復アイテムをケチった為か屋根の着色剤は剥げ落ち、少し傾きかけている。


 石で囲んだプランターの中ではすくすくと街路樹が陽を浴びて大きく伸び、風を浴びて唄うようにしゃらしゃらと葉を揺らしていてとても気持ち良さそうです。

 そう思うのは『わたし』が樹の精霊になったからでしょうか?


 行き交う人々も同じ顔ぶればかりではなく、多種多様に富んでいます。

 人の中に獣の因子が混ざる獣人さんもちらほらと見かけますし、立派な口ひげを蓄えた筋肉モリモリのドワーフさんなんて大きなハンマーを担いでのっしのっしと我が物顔で歩いてます。

 あ、あの長い耳とクールな横顔がステキな人はエルフさんですね。

 このゲームではプレイヤーと住民の見分けがつきません。

 リアルのネタを振って反応すればプレイヤーだとようやく判別出来るくらいに個々の設定が作り込まれているんですよね。


 ここ、[始まりの街イマジン]ではあの頃当たり前だった、置いてきたままの世界が少しだけ形を変えて残っていました。

 あの当時には実現出来なかった生活を積み重ねてきたような年季の入ったくすみや汚れ。それを力技で修繕したような大雑把な補修具合は管理者の性格を表すよう。

 そこに違和感なく溶け込んでいる近代技術がこの国に新たな歴史が刻まれたことをありありと示してくれています。


 それは【魔導技術】

 街のあちこちに当たり前のように設置されている『街路灯』や、この街のシンボルになっている『噴水』、そして生活魔法として魔石式『簡易魔導具』が普及しているという事実に打ちひしがれていた。


 前作では魔法はあれど魔導はありませんでした。どうにかして作り出そうと努力していた人なら知っています。かつてのクランメンバーに一人いたので、その大変さも理解しているつもりです。

 もしもあの人がこの世界を見たらどう思うでしょうか?

 感動に打ち震えるでしょうか?

 それともそれに携われなかったことに悔し涙を流すでしょうか?

 彼女ならきっと後者でしょうね。

 昨日のことのように思い出せちゃうあたり、あの人も濃いキャラしてたなぁ。こっちで会えたりしないかなぁ、なんて思ってしまいます。

 そうしたら思い出話に花を咲かせたり出来るんですけどねー。


 さて、昔を懐かしむのもそこそこにして、今回はどのように楽しみましょうか?

 オープニングで流された謎を追ってみるのも楽しそうですね。確か……


『かつての世界は持ち込まれた知識により発展し、崩壊を迎える。これは新しく紡がれる物語。打ち砕かれた歴史はかき集められ、新たな歴史を育んでいく……』でしたっけ?


 改めて聞くと、ただの別作品と言うよりは、『前作プレイヤーの影響を大きく受けた歴史』をバラバラに砕いてつなぎ合わせたと言う風に聞こえるのは気のせいでしょうか?

 それに公式から送られてきた小包に同封されていた書類と前作プレイ時のデータのNPC化。

 これはどうやら今作のギミックの一つとしてわたし達は巻き込まれたっぽいですね。


 しかし……


 この街を見てはじめに湧き上がってきたのは郷愁の念でした。リアルでは両親共に忙しくてどこかに連れ出してもらったことなんて一度もなかったけど、そういう意味ではこのゲームで遊んだ記憶は私の空っぽの記憶を埋めるにたり得るものでした。


 その中で出会った仲間たち。一緒にバカやって、苦労を共にした大切な……

 そこへ再び戻ってくるキッカケをくれたマリーさんには感謝しても仕切れないですね。


 いつでも来ようと思えば来れたけど、自分の都合で辞めた手前、どんな顔して会いに行っていいかわからなかったあの頃。

 あーだこーだ考えているうちに月日は流れ、サービス終了の告知を受けてしまって……それ以降VRとは疎遠になってしまいました。

 そんな過去の思い出が一気に溢れ出したのです。

 アバターに涙腺があったらきっとボロボロと涙をこぼしていたに違いないですね。ドライアドでは無理ですけど。


 我ながら涙もろくなったものだと感傷に浸り、未だ姿を現さない茉莉マリーさんの姿が現れるのを待っていました。そんな折、



「ヘイ彼女、お茶しない?」



 直ぐそばから呼びかけられた声。振り向けば、そこには小生意気そうな獣人……半獣かな? 系統はバードの女の子が決めポーズでニヤニヤしていました。ナンパ……にしては同性ですし。


 他に人がいないか確認しても、ここで待ち合わせしている人物はあまりに多く、わたしは人違いかと嘆息します。

 ふぅ、驚かせないでくださいよ。前作ではマリーさんはドワーフでしたからね。今回もきっとそうなのだろうと思っています。

 そういえば同じ名前使えないんでしたよね?

 彼女は一体どんな名前にしてくるのでしょうか? 今から楽しみです。

 そんな風に思っていると先ほどの女の子が追撃してきました。あれ? 人違いじゃなかったのかな?



「ねぇねぇ、無視しないでよ“ ノワール” ぅ」

『!』



 どうしてそれを?

 わたしは改めて半獣の女の子を上から下までじろじろと眺めました。


 童顔でアホっぽい顔つき。

 薄緑色の髪は癖っ毛なのか長く伸びた耳を覆うように内側に跳ねている。

 こちらをまっすぐと見つめる瞳は太陽の光を浴びてオレンジ色に輝いており、わたしの蜂蜜色の瞳と似てて若干うざく感じられます。

 それもこれもゆるい口元のせいでしょうか?

 どこかバカにしたような目元と合わさると効果は抜群です。

 ああ、誰かに似ていると思ったらこの顔つきは待ち人のマリーさんですね。納得しました。彼女ならわたしがドライアドを選択することを知ってますものね。


 でもおかしいですね。今の彼女はドワーフではありません。少し確認してみましょうか?



『もしかしてマリーさんですか?』

「やっと返事してくれた。無視されて寂しかったんだぜぃ」



 ウルウルとした瞳で暫定マリーさんはわたしの直ぐ隣へドカっと腰をかけようとして、そのまま滑り落ち、ゴチンと後頭部を背もたれに強打していました。

 このおっちょこちょいな感じは確かにマリーさんで間違い無いですね。

 それにこのベンチ、バード種向きじゃないみたいです。彼女は後頭部を押さえ込みながら涙目で声にならない声を出してこちらに訴えかけてきます。



「ーー~~~ッ!!」

『何してるんですか……もぅ』



 糸を両手からつるんと出して蹲っている彼女を引っ張るようにして起こします。全くこの子は世話がやけるんですから。



「ありがと、ノワール」

『どういたしまして。ところでマリーさんでよろしいんですよね? それにしてはなんというか……随分と平坦になられたようですね。同情はしませんよ?』



 彼女は何のこと? と疑問符で頭の中をいっぱいにした後何かに気づき、自分のつるんとした胸に手を当てて、「無い、無い!」と驚いていました。彼女のアイデンティティが今ここに消滅した瞬間です。

 先ほども言ったように同情はしませんからね? ぷぷぷ。



「ほんとだ! あれ、どこかで落としたかなー?」

『重力に引っ張られたんじゃないですか? こう、べしょっと』

「あー……かも。ってあるかーーい!」



 スパーンとわたしの頭が彼女の羽根にまみれた手で叩かれました。

 へへーん、街中でダメージを与える行為は禁止されてるよー? おっと失礼。

 油断するとうっかり五歳児の思考になってしまうのを忘れていました。お恥ずかしい限りです。



『あはは、マリーったらおかしい』

「なんだよもー。こっちはこっちで落ち込んでるんだからねー?」



 自己紹介を交わしてフレンド登録を完了させます。これからは暫定マリーさん改めマリさんになります。

 なんと彼女、前作の名前から横棒を一本抜いただけの大胆なネームにしてたんですよ。びっくりですよね。如何にわたしのネームセンスが優れているかを少し自慢したら、彼女ったらひどいことを言うんですよ。



「“ミュウ”さんにだけは言われたくないなー。本名ひっくり返しただけじゃん。ぷぷぷー」



 なんて。

 そのあと取っ組み合いの喧嘩に発展した事は余談にすぎません。

 久しぶりにエクササイズ以外で激しい運動をしました。マリさんったら本気で叩いてくるんですもの。全然痛くなかったですけど、こうやってバカなこと出来るのはゲームの中でのみですからね。

 わたしにとってはかけがえのない財産です。


 そのあと注目を集め過ぎて場所を移動したのは内緒です。ただでさえ精霊が珍しいのか結構注目集めちゃってたらしいんですよね。わたし、人前で行動するのは慣れているのでそれほど気にしないんですけど、マリさんは気にするらしくて移動せざるを得なくなりました。


 と、その前に。一般的に精霊はその場から移動ができない種族です。移動する場合はプレイヤーや住民の体を借りて移動することができるんです。

 それが一般的に『精霊装備』として認識されています。クローズドβでもそのことが噂されていましたからね。なので普通のこととして行動したのですが、突然の荘厳な鐘の音に出鼻を挫かれてしまいます。


 《この世界で初めて精霊が装備されました。以下精霊装備の概要を公式HPのインフォメーション、冒険者組合で公開します》


 《解放プレイヤーには住民より種族貢献度が送られました》


 《引き続きImagination Brave Burstの世界をお楽しみください》



 まさかのワールドアナウンス案件でしたか。でもおかしいですね、あれだけ情報が出揃っているのならどこかの誰かが手を染めててもいいと思ったのですが。

 まあ運が良かったと言うことで、マリさんも早速種族貢献度を貰ってウキウキしてました。

 そしてタイミング的に同じだったことから一層注目を浴びてしまいました。彼女はそういうことは気にしない人ですが、わたしに気を使ってくれたのか、風のように走り去りました。

 それはもうすごい勢いで。



 もともとバード系統は空を飛ぶための種族。

 飛行の際助走をするタイプと、そのまま翼のみで飛び上がるタイプの二種類が存在します。彼女の種族はハルピュイア。どちらかといえば後者なのですが、羞恥を振り払うかのごとくの全力疾走にいつしか変な笑い声を出していました。

 いつまでたっても、スタミナが減らないのですからそりゃ楽しくなりますよね。

 装備された状態の精霊ってパーティを組んでいるような状態になるんですよ。

 言うなればステータス的なものが透けて見えるんですよね。そして彼女はスタミナを一切切らさずに街道を爆走していました。


 このゲームってなにかとスタミナに振り回されるんですよね。序盤なんて尚のことですよ? スタミナの上限値は100%です。行動する度に消費していき、武器を使ったスキルやアイテムを扱うだけでも蓄積していき、常に余力を残しながら行動するのがこのゲームで一番心がけなくてはいけないところです。


 体力に多くステータスを割り振れば、それだけスキルに活用する減少値は下がりますが、そこまで多く割り振ると逆に筋肉の重さで行動力そのものが減少してしまうのであまり推奨されていません。


 それに種族によっては出来ることと出来ないことの役割がはっきり決まっているんですよね。

 一般的なヒューマンであるなら他のゲーム同様住民とコミュニティを育んだり家畜を育てたり、農業を営んだりと割と生産系では有能です。しかし戦闘面においてはステータス値の伸びが悪く、最悪足手まといになる事も多く見られます。

 逆に獣人種はそれぞれの価値観があったりと色々と面倒です。それこそ種族によっては争いが嫌いだったり、争いこそ本望と言って喜び勇んで参戦、なんて種族もいますから。

 異形種はどちらかと言えばMOBに近い本能で生きてますね。自分が自分であり続ける為に他者を圧倒し食らう……ぐらいの殺る気に満ち溢れた方が多いです。街というコミュニティを望まず、対人やプレイヤーキルに重きをおく人たち向けなんですよね、あちら様は。

 精霊だとそこにあり続けて見守る事しかできませんからね。座敷わらし的なポジションです。あまり冒険に向かないと言われているのも納得です。

 しかし今回実装された精霊装備の実態を知ったらプレイヤーの皆さんはどう思うでしょうか? わたしは精霊人口の増加につながると確信しました。



 そしてこのゲームで一番注意しなくちゃいけないのはプレイヤーによる一方的な無双ができない点ではないでしょうか?

 特徴的なのがMOBに搭載されている成長するAIシステムです。

 彼らはシステムによって縛られているためにそこにあり続けますが、ただのモンスターではなくその環境で生き抜いてきた経験則を共有しています。なので対処法を心得ているのです。

 そして[ドロップアイテムヘイトシステム]によって敵意を集めるスリルが常に住民やプレイヤーに付きまといます。

 運悪く高品質素材を入手しようものなら一族総出で手厚く歓迎されてしまうんですって。怖いですね。

 如何に温厚な種族でも、血に濡れた親や仲の良かった遺族の形見をぶらつかせたプレイヤーや住民を目撃しようものなら気が気じゃありませんからね。心中お察しします。


 そんな嫌がらせじみたシステムによって構築されたこの世界では、常識は常に切り替わっていってしまうんですね。昨日は投擲で倒せた序盤の雑魚MOBが、次に出会った時は対処されて一切通じずにキルされた……なんて言うのはこのゲームじゃ日常茶飯事。彼らもまた生きる為に戦っている戦士なのですから。

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