ルキウスは勇者から罪人になっちゃいました
「まさか、アイツが罪人になっちまうなんてな」
「3日前にドラゴンを倒して、ヴェリート国の正しき勇者になったはずなのに」
「もしかしたらドラゴンを倒す前からやっちまってたのかもしれないよ」
背後の傍聴席から聞こえる陰口が、いちいち僕の心に冷たく突き刺さる。
「静粛に、静粛に!」
裁判長が木槌を強く鳴らし、裁判所を静まらせた。
「これより、異端裁判を始める!」
裁判長の力強い声により、ついに望まれないときを迎えてしまった。僕は裁かれてしまうんだ。僕が勇者として有頂天の幸せを実感できたのは、せいぜい3日間だけ。後は暗闇のどん底で生きるしかないんだ。
「被告、名前を名乗れ」
「ルキウス・バルテルスです」
「職業は?」
「勇者です」
「『元』勇者だろう?」
「いやいやいやいや、一応事実なんですよ。ほら、ワイバーバリアンっていう、摂氏4500度の炎を吐いて街を焼き尽くしてしまうドラゴンから、僕の地元を守ったんですから。そりゃ確かに、一部は見事に焼け野が原になってはしまいましたが」
僕は必死で自分の実績を訴え、善良ぶりを訴えた。
「ヴェリート国は真実の国だ。法に背き、警団に拘束された者は、その場で職を失うっていうのは知っているだろう?」
裁判長が子供を冷徹にたしなめるような口調で、僕に問いかけてきた。
「それは知ってます。でも、勇者までそんな風になるとまでは思いませんでした」
言葉を出すだけでこんなに辛く感じるときが来るなんて思わなかった。
「まあいい。とりあえず、最後に言葉はないか?」
「えっ?」
僕は目が点になった。
「すみません!」
すぐさま一方的に話を持って行かれまいと裁判長に声を上げた。
「こういう時は普通、弁護人とかが僕をかばったり、調べ屋が証拠を出しながら僕が捕まった理由とかを色々述べたり、証人が出てきてその人が見たことを言ったり、そんな色々なやり取りがあってから、『最後に一言』って振るものじゃないんですか?」
「何をおっしゃっているのか、全く理解できませんね」
僕の言葉は、驚くことに裁判長の耳にも心にも響いていなかった。現に裁判所内を見渡しても、右サイドの被告人の味方をする弁護人、左サイドの罪状の詳細などを説明する調べ屋、裁判長の脇を固める審議団など、みんな静まり返っていた。全く意味が分からない。
「むしろあなたの方が、犯した罪の重大さを理解していますか?」
「えっ……」
裁判長の言葉に対し、僕は途方に暮れるしかなかった。
「本当に待ってください!ここで自慢するわけじゃありませんが、これでも勇者なんですよ?皆さんから見たら『元』かもしれませんが、これでも勇者なんですよ?この町を、ヴェリート国史上に残る凶悪なドラゴンから救った張本人なんですよ?」
「むしろ勇者であったからこそ、お前の罪は、裁判で尋問や証言を要さないほど重くなっているのだ」
裁判長はやや語気を強め、僕に一喝した。
「ヴェリート国の勇者は、常に皆の模範でなければならない。すなわち、模範に著しく反する行いがあった場合は、速やかに裁かれる。逃亡や弁解で元勇者の心証が悪くなろうものなら、お前自身だけでなく、勇者と認めた国の威信にも関わるのだ。だからこうやって手続きは速やかにやるわけだ」
どうやら、この国では、勇者になったらかなり厳しいしきたりに従わなければならないらしい。それは分かるが、だからと言って弁解の余地もなく判決を受けるのは納得がいかなかった。
「しかし、僕にだって言い分はあります。あの件で僕は拘束されてしまったんですよね?だとしたら、ほんの気の緩みから、軽はずみな行動に出てしまっただけなんです」
「その有様で、よくそんなことが言えるね?」
裁判長が再び冷徹な口調で言い放つ。
「あなたの隣にいるのが誰か、分かっているのか!?」
僕は左隣を見た。そこには、羽をはためかせながら、僕の腕に優しく絡みつく妖精がいた。白いローブを身にまとい、フードを被った妖精の名は、イブリース。つぶらな瞳を無邪気にキラキラさせながら、僕を見上げていた。
「ずっと一緒だね」
イブリースには空気を読む能力は全くないようだ。空気が読めない妖精だからこそ、無垢な一言を口にする姿が愛らしく思える。
「いい加減にルキウスから離れろ、この純白の悪魔!」
傍聴席から一人の女子が立ち上がり、猛抗議の怒声を上げた。僕はますますその子に申し訳なくなった。何故なら、イブリースを「純白の悪魔」呼ばわりした女子こそが、本当の僕の彼女、エリザベスだったからだ。目がツンとしていて、前髪が眉毛のあたりで揃っていて、サラサラとした黒い長髪がたなびいている。普通のときはクールな可愛さがありながら、怒ったらちょっと怖いとは思っていた。今は本物の鬼の形相だ。
「ドラゴンやっつける数日前からおかしいと思ったのよ! せっかく私とルキウスが愛の力で、ドラゴンをやっつけようねと誓い合っていたのに!」
エリザベスは法廷の場であることも気にせず、嫉妬と憤怒が入り混じったような感情を遺憾なく爆発させた。
「ドラゴンをやっつけられたはいいわ。ルキウス、アンタが私たちルークス魔法戦士団のリーダーだった。ドラゴンが倒れた瞬間、私は勇者の彼女でいられるんだと心から嬉しくなった。しかしその数秒後、アンタはイブリースとチュッチュしてたじゃない!」
まさにエリザベスの言う通りだった。言い逃れはできなかった。僕はワイバーバリアンとの戦いというプレッシャーが消えた開放感と、ドラゴンを倒して街を守った喜びのはずみで、あろうことかエリザベスの前でイブリースとキスをしてしまったのだ。
エリザベスの眼には、「メモリア・オクルス」という特殊能力がある。見たものを瞬時に記憶し一生忘れず、目からビジョンとして放ち人前で現実化させられる。彼女は僕とイブリースのキスシーンを見るやどこかへ走り去った。魔法警団にキスシーンのビジョンを放ったのは想像に難くない。
「勇者の罪は、ヴェリート国への致命的な背徳を意味する。ましてや今回は警団が決定的な証拠を手に入れた。お前はもう逃げられないのだぞ。イブリース、お前も妖精失格だ。ともに裁かれるがいい」
「ええ、たかが男女の問題でしょ?もうちょっとお手柔らかに」
「静粛に!」
とうとう裁判長は木槌も打たずに怒鳴り散らした。イブリースは怯えた風に僕の腕をギュッと締めつける。裁判長が二度、木槌を鳴らす。
「判決、二人とも転移刑とする!」
ちょっと待って、浮気一回で僕はこの国にいられなくなってしまったというのかな。本当に何なの、この国。今頃になって思うけど、どうなってるんだ、この国の司法システムは。
「さっさと失せるがいい!」
裁判長はそう言い放つと、机の下から木槌よりも一回り大きい黒いハンマーを取り出す。木槌の台は裁判長の左手側にあったのだが、右手側に謎の赤い台があった。裁判長は強めに黒いハンマーを赤い台に振り下ろした。
無慈悲な音が法定中に響いた直後、床が抜けて、僕たちは転落を始めた。ただ落ちているだけでなく、上から余計な重力が加わり、僕たちを頭から押し付けているようだった。だから羽を持った妖精でも容赦なく落とされてしまう。
「や・め・て~!」
妖精が悲鳴を上げる。何か見えないものに体を引っ張られ、しがみついていた僕の腕からひき離されそうになっている。
「イブリース!」
「ルビウス!」
イブリースの目から何滴も大粒の涙が飛んでいる。上下左右から押し寄せる重力は、妖精の涙にも容赦はしなかった。
僕の腕から、愛した妖精は引き離されてしまった。
「ルビウス~!」
「イブリース!」
互いにそう叫んだ後、僕の視界は急に真っ暗になった。
---
「で、私の部屋の床で寝てたのね?」
「はい」
僕は木でできた床に正座しながら、ベッドの上で崩れまくった正座をする寝間着の女子に転移までの経緯を説明していた。
「ちなみに、ここはどこですか?」
「トーキョー」
「トーキョーって国ですか?」
「ニッポンっていう国の、トーキョーって地域よ」
そう説明する女子は、顔立ちが普通にエリザベスに似ていた。
(完)
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