俺TUEEEE!と思ってた
交差点の信号が青に変わり、横断歩道を進んでいたときだった。
サイレンの音とともに、「止まれ!」と拡声器みたいなもので機械化された声が遠くが聞こえる。
僕に言ってるわけじゃないよな、と思いつつ、右側に目を向けたときだった。
一台の車が、猛スピードで僕を襲った。
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目が覚めると、いきなり太陽のまぶしさが差し込んできた。くらんだ視界に悶えながら身を起こす。
僕は芝生の上で寝ていた。ちょっと待ってくれ、寝ていたのは、せめて担架の上でじゃなかったか? そう思って僕は最後の記憶を呼び起こした。確か、横断歩道を渡っているときに猛スピードで車が突っ込んできて……今は街でもなんでもない、自然豊かな知らない場所にいる。
周囲をおそるおそる見渡す。正面には鬱蒼と茂った木々がずっと並んでいる。後ろ側では僕の背丈ぐらいの草むらが途切れ途切れに続いていた。
その間を通る道は、目視で測ると10人ぐらいに並んで歩けそうな幅だった。僕はその道のど真ん中で寝ていたのだ。この瞬間僕は悟った。ちょっと怖さも感じたけど、同時に喜びがあふれ出しそうだった。
「もしかして、異世界転生……?」
僕はそう呟いた。その瞬間、僕の心の奥底から一種の強烈な期待感が湧き出た。
「まさか、ネット小説でよく見る、『異世界転生から俺TUEEEE!』ってやつ?
実際に昨日までスマートフォンで読んでいたネット小説の数々は、異世界転生から凄まじい特殊能力やら魔法スキルやらを生かして、異世界の敵をバッタバッタとなぎ倒していくものだった。それに大きく影響された自分は、ついにネット小説でよく見る『俺TUEEEE!』的勇者物語の主人公になったのか。
とりあえず僕は歩み始めた。まっすぐ行けば何かしら建物は見えるだろうし、誰かしらには会えるはずだ。しかしそんな気配はないまま、何分経ったかわからないぐらいに時は過ぎた。太陽が大きく傾いているわけではないので、午前からちょうどお昼に入った頃だと思う。
お腹が空いた。何か食べよう。
しかしここにコンビニなんて期待できない。木からりんごか何かぶら下がってないだろうか。淡い期待を抱いて、近くにあった木に目をつけた。そこには何もなっていない。まだ何かあるかなと思い、その木と草むらの間に入っていく。草むらの裏側に、岩が隠れているのが見えた。車一台分ぐらいの大きさをした岩。しかし問題は大きさではなかった。
真っ黒な棒のような物体が、その岩に刺さっている。よく見ると先端は渦を巻いている。僕は岩の存在が気になって仕方がなかった。何でそんなことになっている? そもそも誰が岩に棒みたいなものをぶっ刺した?
ささいなことながら放っておけなくて、とりあえず岩から棒を抜いた。あっさりと抜けた。家の裏庭に生えていた大きめの草を抜くのも、ここまで楽じゃなかった。
触った感じを確かめてみると、木製品の触り心地だった。ホームセンターのホウキに近い。先端の渦巻きを再確認すると、自分が魔法少年に生まれ変わったような感覚が、魂の底からあふれ出した。
間違いない。やっぱりここは異世界だ。僕はこの杖から繰り出した魔法で、ライバルやらドラゴンやらを一網打尽にするんだ。喜び勇んで、草むらから抜け出した。
「トオリァアアアアア!」
僕は試しに掛け声を上げながら、木の棒を振るってみた。次の瞬間、棒の先から太陽の核みたいな深紅に輝く物体が現れ、大砲のように放たれた。それは生い茂った木々に当たると激しい爆発を起こした。想定外の衝撃音に、僕は思わず身を伏せる。凄まじい砂埃があたりを支配する。
衝撃が収まると、今度は視界に入った光景が僕に別の衝撃を与えた。エネルギーらしきものがぶつかったところで、おびただしい数の木々がなぎ倒されていた。その数推定200本か。隕石が落ちて焼け野原ができたかのように、木々が木っ端みじんになっていた。
いずれにしても僕は本当にとんでもない力を手に入れてしまったようだ。この瞬間、僕の全身が歓喜に包まれた。
「僕、異世界に転生して、すげえ力を手に入れたんだ!よっしゃああああああああああっ!」
ひととおり喜んだ後、僕はなおも歩みを進めていた。遠くに建物の数々が見えてきたので、街は近いとふんだ。
また少し歩みを進めた後、僕は肩を二度叩かれる感触を受けた。ハッとして振り向いたら、僕と同じくらいの身長をした女子がいた。背中からきらびやかな羽が生えている。服装はなんかメイドみたいな感じだけど、基調としている色はパステルグリーン。もしかして妖精か?
「あの、さっきすごいの撃ちました?」
「あっ、すみません」
僕は気まずそうにしながら、妖精に凄まじい爆音で迷惑をかけたと思い、平謝りした。
「もしかして」
「ダヴァル国の妖精であるリーザと申します。今からあなたを街へお連れします」
「えっ、いいの?」
正直、推定3時間以上は歩き通しだから、その救いの手はありがたかった。リーザはまるで友達のように僕の手をつなぐと、突発的に周りの風景が変わった。
そこは紛れもなく通りの一角だった。さっきまで遠くに見えていた街なのか。周辺を見渡すと、一際巨大な建造物が目に入る。その周辺で、観光スポット並の量といえる通行人が何やら崇高なものを見る感じで建造物に見入っているようだった。
「あの、ここって何ですか?」
「コロシアム」
「もしかして、戦う場所?」
「そう、ここで魔法戦士が年がら年中魔法をぶつけあっているの。『ソル・デュエル』とかいって」
「『ソル・デュエル?』」
「それが魔法の格闘技の名称よ。ちょうど今、大会が行われているところね。飛び入り参加しましょう」
リーザの突然すぎる要求に僕はうろたえた。
「いやいやいやいやいや、確かに僕、この杖で『俺TUEEEE!』になれちゃったかなって思ったけど、今日いきなりバトルなんて気が早すぎるんじゃ」
「あの木々を200本ぐらいなぎ倒した力を使えば間違いないって。それにアンタみたいな凄腕ウィザードをスカウトできたと妖精界で知られれば、私も昇進間違いなしだから」
僕のためなのか自分のためなのか、リーザの目的が読めない。
「ほらほら、手続き、手続き」
リーザに無理矢理背中を押され、僕はコロシアムへ入っていった。
壁に等間隔で燭台が飾られた廊下を進むと、途中の奥ばったところで、一人のメガネをかけた少年が古臭い長机に座っていた。申し訳ないがその長机は、足の一本が腐りかけていて、安定性に欠けているようだった。
「今からエントリーできる?」
机の足元に気を取られている間に、リーザが急ぐように手続きへ入った。
「ちょっと待って勝手にそんなことしたら」
「フェラカルドですか?」
「今、この人は何て言ったの?」
僕はおそるおそるリーザに質問した。
「『フェラカルド』、飛び入り参加って意味よ」
リーザの答えに僕はドキッとした。
「ほらほらほら、木を200本ぐらい木っ端みじんにする魔法の持ち主でしょ?」
彼女が僕をヨイショしてくる。
「アンタ、魔法は好き?」
「はい、魔法使いの物語を一杯読みました。ライトノベルっていうんです」
「ライトノベル?」
リーザが戸惑った様子を見せた。
「ああ、あの、この国でいうところの、英雄伝っていうのかな? すなわちサーガみたいな感じです。時折登場人物の可愛い絵が出てきたりして、手軽に読みやすくなっています」
僕はできる範囲内でライトノベルの説明をした。
「あっそ、納得。じゃあ、そのライトノベルとかサーガとかの主役に自分もなってみたいと思った?」
「はい」
僕は食いつくように返事した。
「今からその主人公になれるチャンスなのよ。ほら、この強おおおおい魔法でどんな相手が来てもチャッチャと吹っ飛ばしちゃえばいいじゃない」
リーザにそう言われて杖を見つめる。僕の記憶が正しければ確かにこの先からドラゴンレベルの魔法が放たれ、森をぶっ壊したのだ。これがあれば、今からとんでもない化け物が来ても怖くないというリーザの意見もわかった。そう思うと心の奥底から熱いものがどんどん湧いてきた。
「本当に、いいのか」
「本当に、いいの」
リーザは自信満々のウインクを見せる。
「僕、主人公になれるんだ」
「それだけじゃなくて、ここの女の子にモテモテになるわよ。アンタの世界ではどうだったか知らないけど、ここの世界でも可愛い女子がいっぱいいる。その人たちにもみくちゃにされちゃったりしてね」
不覚にも鼻の下が伸びた。その頃には、僕は戦いに乗り気になっていた。
「すみません、 桜庭健吾と申します。 飛び入り参加、してもいいですか」
「はい、いいでしょう」
「ありがとうございます」
僕は嬉しさに任せ、全力で頭を下げた。
「改めて、その力をぶっ放してきな」
リーザが嬉々として僕にささやいた。
「わかった、行ってくるよ」
---
「これより飛び入り参加者による特別試合を開催します。桜井健吾の入場!」
会場をあおるアナウンスを聞くなり、僕は緊張感を持ちながら歩みを進めた。フィールドの中央から四方を見渡し、大観衆に圧倒された。僕は手に入れたばかりの杖を見つめ、「頼んだよ」と心の中で唱えるように念を入れた。
「続きまして、対戦相手のエルドレッド・アンドリュース=レッドフィールド入場!」
今、気づいたが、選手を呼ぶ声の主はスタジアムのどこを探しても見当たらない。フィールド中央からちょっと右に寄ったところには審判が仁王立ちしていて、その人が選手を呼んだとは到底思えない。その審判は、黒を基調に白い一本線がド真ん中を通ったローブをまとっていて、頭にはフードを被っていた。
対戦相手として一人の魔法少年が出てきた。大きめの縁がついた帽子をかぶり、袖が地面につきそうなほど広いローブをまとっている。完全に異世界でしか見ない格好だ。彼は僕よりわずかに身長が低そうだが、かすかな微笑みがどこか僕を見下している印象を受けるのはなぜだろう。
場内が今か今かと試合開始を待ちわびるようにざわめくなか、審判が「レック!」と叫んだ。どこからともなく重々しい鐘の音が2度鳴り響く。それが試合開始のサインか。
「行くぞ!」
エルドレッドがいきなり銀色のエネルギーの弾を撃ってきた。いきなり僕はまともに腹で攻撃を受けてしまった。
「次はマルカットだ!」
エルドレッドは再び呪文的なワンフレーズを叫ぶと、そいつの杖の先からレーザーのような光線が飛び出し、砂地のフィールドにエッジの利いた線を描きながら僕に急接近してきた。僕はとっさに前の方へ飛び出し、身を伏せた。その後方をレーザーが通り抜ける。
「間違いない、お前、素人だろ?」
エルドレッドが確信犯的に笑いながら僕を罵倒してきた。初対面から間もないけど、無性にムカついた。
「うるさい、これでも喰らえ!」
僕はヒザ立ち状態に体勢を変えると、自分の杖をエルドレッドの体に向けた。あの森の一部を焼け野原に変えた壮絶なエネルギーを至近距離で放てば、コイツなんかひとたまりもないだろうと思っていた。
「……あれ?」
何も起きない状況に僕の中で焦りが生まれた。僕は何度も杖を振り、魔法の放出を促す。しかし、その先からは何も出てこない。
ウソだろ、そしたらあのとき森の木々をなぎ倒したエネルギーは何だったんだ?僕は今の状況がいろんな意味で理解できなかった。
「やっぱりコイツ、素人だな」
エルドレッドの言葉に反論の余地はなく、僕はただただ絶望するしかなかった。エルドレッドが満を持してとばかりに僕から数歩下がる。
「クリスタル・X・シンティラーノ!」
エルドレッドは別の呪文を叫ぶと、杖の先から、見るからに力強いエネルギーがたまり出した。その大きさはこの試合の一発目とは比べ物にならず、2倍、3倍、いや10倍規模に膨れ上がり、危険なオーラに包まれていた。
「おりゃあああああっ!」
敵の叫び声に合わせて、魔法エネルギーが狂ったように僕に迫ってきた。僕は途方に暮れたまま、非情な攻撃を受ける羽目になった。
一瞬鼓膜が破れるような衝撃音に支配されたと思った。その次からの記憶は、全くなかった。
目が覚めたとき、コロシアムの青空は見えなかった。背中の感触がシーツっぽかったので、僕はベッドの上にいるんだと実感した。
「健吾、大丈夫?」
ベッドの側からリーザが声をかけてくる。
「い、一応……」
僕はそう言いながらリーザから目を逸らした。
「おかしいなあ、あの力があれば、ウザいエルドレッドなんか一発アウトにできたはずなのに」
「魔法は出なかった。なぜか教えてくれ」
僕はリーザから目を背けたまま、彼女に答えを求めた。
「それが、私にもよくわからなくて。だってこれ、ドラゴンのDNAが宿ったものだし。それはちゃんとわかっているのよ。でも、試合でどうして何も出なかったのか」
「そこにいたのね、リーザ」
唐突にドアが開き、奥から別の女子のような声がしたので振り向いた。その女子からも、背中越しに立派な羽が生えていたので、僕はもう一体妖精が来たと悟った。リーザよりも一回り体格が大きくて、彼女にとっての先輩のような風格が感じられた。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ妖精が僕へ寄って話しかけてきた。
「なんとか」
僕は突然のことに妙な緊張感を覚えながら、言葉少なに答えた。
「リーザ、またもしくじったわね」
謎の妖精がリーザに詰め寄る。一体何のやり取りか僕にはピンと来なかった。
「すみません、ディオン先輩。私はただ、健吾が放った凄まじい力を目の当たりにして」
「この杖のこと?」
ディオンが、壁に密接したベッドの頭の部分にたてかけられた杖を見た。
「これ、『ドラコロッド』ね。この種類の魔法の杖はコロシアムでは使えないのよ」
ディオンが放った衝撃の言葉に、僕は愕然とした。
「そんな、これを手に入れたときは、200本ぐらい木をなぎ倒したんですけど」
「結界も何もない場所だったからできたことでしょ」
ディオンが毅然と僕をたしなめた。
「リーザ、この杖が刺さった岩の近くを住処にしているなら、あなただけはわかってしかるべきだったはず。この杖はドラゴンのDNAが宿っていて、コロシアムでは使えないって」
「す、すみませんでした」
リーザの謝る姿が、本当にバイト先の使えない新人の姿と重なりすぎて、彼女が妖精である事実を忘れそうになる。
「ドラコロッドは『ダヴァル・ソル・デュエル委員会』の決定でコロシアムでは使えないの。理由はドラゴンは街を滅ぼす脅威、あまりにも強い威力を出し過ぎて喰らった人の体が持たないと言われている。使っている本人もドラゴンの DNAに魂をコントロールされ、凶暴化する危険性がある。だから委員会は国にあるすべてのコロシアムに結界を張って、こういう杖は使用禁止にしたの」
「あの、僕、杖を手に入れたばかりなんですが、それが使えないとなると」
「真面目に一から鍛えなおしなさい」
ディオンのバッサリとした発言に僕はすっかり打ちひしがれた。彼女の横で、必死で頭を下げ、心から申し訳なさそうに非礼を詫びるリーザの姿があった。
こうして僕の「俺TUEEEE!」伝説は幻となったのだ。
(完)
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