ショート×2集・エドワードは魔法が強くなった代わりに
STキャナル
エドワードは魔法が強くなった代わりに
「インサニレット・ヴィリディ!」
俺の手持ちサイズのマジックロッドから大量の木の葉が噴き出した。木の葉は竜巻のように渦を巻きながら、対戦相手の方へ伸びていく。ソイツは、我ながら凄まじい威力の魔法エネルギーを前に、怯えていた。しかしそんな表情を見るのも一瞬だけだった。
「ぐあああああああああああああああっ!」
少年の悲鳴が会場中にこだまする。今までなら俺がそんな声を上げてばかりだった。木の葉の渦は彼を呑み込んだまま、空の方へ反り立ち、とどろき続けた。
その事実を知った瞬間、新鮮な感情がこみ上げる。俺はぶちのめされていない、ぶちのめされているのは、アイツだ。これが俺の強さなんだ。
いいぞ、いいぞ、木の葉の渦よ、もっとソイツを苦しめろ。ソイツの名前はフランクリン・ドルフ・ボールドウィン。49回の負けのうち3回はアイツに打ちのめされてのもの。そのたびにアイツはやられた俺を見て、「虫けらみたいに美味しくない相手だな」と決まって言ってきた。
そうやって平然とした顔でバカにするアイツを、俺は許せなかった。だが、今は違う。俺はエドワードを虫けらだなんて思わないが、彼にやられっぱなしでウィザード人生を終えるのもシャクだから、この機会に一発お釣りをつけて借りを返させてもらうよ。
俺はそう心に決め込むと、ロッドを振り下ろした。
竜巻のように猛威を振るっていた木の葉の渦が急に傾いたかと思うと、地面へ激突した。爆発のような衝撃が、巨大な砂ぼこりとなって広大なバトルフィールドを包み、場内を騒然とさせる。俺も思わず砂塵を吸い込まぬように腕をかざして鼻と口を防御した。
砂塵が晴れると、静まり返ったフィールドには大の字に倒れたエドワードの姿があった。ということは、俺、もしかして……!?
「フランクリン・ドルフ・ボールドウィン、戦闘不能! エドワード・ジョセフ・マクファーリンの勝利!」
「よっしゃああああああああああ!」
大歓声を背景に、俺は雲ひとつない快晴の空に拳を突き上げた。この瞬間、俺は、マジックウィザードデビューから49回続いた連敗にピリオドを打ったのだ。
これもひとえに、あのエルナという妖精のおかげである。
---
「エルナ、エルナ」
俺は喜び勇んで森の泉に駆け寄った。あの日と同じように、泉が虹色に輝き、ゆっくりとエルナの姿が上がってきた。緑色を基調とし、胸元に白いリボンをあしらったローブを身にまとった妖精、またの種族名を「アウリス」。体格は魔法学校の女子の標準と比べ、4分の3ぐらいの小ささだ。それがあふれんばかりの愛嬌を引き出す。俺らにとって妖精アピファ国のマスコットなんだ。
「ありがとう、俺に強力な魔法エネルギーをくれて」
「良かった、じゃあ、試合に勝てたんだ?」
妖精で体が小さいといっても、その見た目は俺たちと同い年ぐらいの可憐な少女。それにしても声が幼くて、甘い感じだった。とある異世界から転生した人曰く、その声は「アニメ声」というらしい。
「やっと1勝できたんだよ。チーフコーチから、『50連敗したら、インセプエルに変えてやる』って言われてたからな」
「インセプエル……もしかして、虫みたいな格好して適当なところ飛び回っている人?」
「そうだよ」
俺が安堵をこめてうなずくと、背後で何か大きいのが飛び回る音がした。俺がそっちの方向を向くと、ダークグリーンを基調に、白い水玉模様の羽をつけて飛ぶ少女の姿があった。
「あんな感じ?」
「まあ、どうなんだろう」
俺の近くで羽をはためかせている女子は紛れもなくインセプエルだが、はっきり言ってしまうと申し訳ないのではぐらかしてしまった。
「アンタ、インセプエルなんだよね?」
エルナが無邪気な顔で女子に問いかけると、女子はゲンナリした様子で、逃げるように飛び去った。
「あんまり言ってやるなよ。インセプエルは悪いことしたり、悪い奴に致命的な呪いをかけられたり、とにかく色んなパターンで魔法人間が変身しちゃう奴ではあるけど。どういう理由でも、一回インセプエルになったら、みんなから煙たがられるんだよ。殴る蹴る、木の棒で叩くなどで思いっきりいじめちゃう奴もいるんだし」
「私の先輩2人も昨日、虫っぽいのをいじめてたわね」
エルナはしみじみすべきでないところでしみじみと語った。
「インセプエルを免れて良かったよ。初勝利したから、もうその手の罰ゲームの心配もないからな。とにかく俺に強力な魔法エネルギーを授けてくれてありがとう。
「それは良かった」
ホッと胸をなで下ろすエルナのアクションに、純粋に引き込まれそうになる。
「あとはタマネギを食べられるようになれれば、完璧じゃない?」
「嫌だよっ!」
俺は本気で拒否した。はっきり言って、あんな露骨に不快で鼻が曲がりそうになる青臭さを放つもの、ソイツはもはや食べ物ではない。人は何であんなものを食べねばならんのだ。
「この間から俺と泉で会うたびに、いつも挟んでくるよね。俺が魔法で強くなりたいと最初に相談したときも、即答で『玉ねぎ食べれば?』って返してきたし、女子にモテたいなってつぶやいても、『玉ねぎ食べて体を強くすればモテるよ』ってワケの分からないタイミングで言ってくるし」
「だって、玉ねぎって、焼いたり炒めたりしたら甘いんだし、生で食べてもシャキシャキしていて、私にとってはちょっとクセになるのよね~。あっ、一回木にぶら下がっているのを直接かじったときは、辛すぎて一口で断念しちゃったけど。ちゃんと調理すれば問題ないから私は好きよ」
「君の好みは聞いてないけど」
俺はエルナの玉ねぎトークにもはや呆れるしかなかった。
「もう最強の魔法エネルギーつけたから問題ないでしょ?あと玉ねぎでも食べれば」
「玉ねぎ以外は問題ない。でも玉ねぎ食べなくても大丈夫だよ。エネルギーが衰えないようにそれなりに練習すれば良いことだしさ、そろそろ寮に戻るよ」
「分かった、じゃあまたここで会おうね」
「こちらこそ」
俺はほんのり苦味の混じった笑いをエルナに返し、その場を去った。
---
俺は食堂で黙々とローストチキンをしゃぶりつくしていた。すっかり骨のほとんどがむき出しになったけど、端っこに残った身をそっとかじり取る。
「あーっ、お兄ちゃんまた残し……」
隣で非難の声を上げる妹のマリーの口に手を押しつけ、問答無用でクレームを阻止した。マリーはその手をどかす。
「また玉ねぎ100%残して」
マリーは俺の目の前にある皿にきれいに残っている玉ねぎのソテーを指摘した。
「しょうがないだろう、俺の味覚は玉ねぎを寄せつけない体質なんだから」
「また言い訳して~」
マリーの不満が止まらない。周囲も俺に対し好奇の目を向けているが、俺からしてみれば何でそこまで不審者を見るような視線を向けられるのか理解できなかった。
「言い訳じゃない、れっきとした事実だ」
俺はマリーの言い分に1ミリも取り合う気はなかった。基本的に妹は人として好きだが、この件に関しては全く譲るつもりはない。
「ごちそうさま」
「玉ねぎ食べないと強くなれな……」
「うるさい」
俺はマリーを静かに黙らせた。
---
「グフフフフ、やっぱりウルフ・ウォリアー・サーガは面白いな」
俺の趣味といえば、寮にある自分の部屋のベッドに横たわりながら、枕元に置いた『ウルフ・ウォリアー・サーガ』という挿絵付きの英雄伝を読むことだった。このお話はフィクション。だからこそウルフ・ウォリアーという狼の姿をして剣を持った勇者がモンスター相手に大立ち回りする姿が神々しくてかっこよくて、本当に面白いのだ。
「お兄ちゃん」
マリーが扉をバタンと開けると同時に、クレームみたいなシリアスな声で俺を呼んだ。
「何だよ、部屋に入るならノックぐらいしてくれよ」
俺は楽しい時に水を差された気持ちでマリーに反応した。
「急に魔法が強くなったからって、余計になまけてる?」
「な、何を失礼な!」
俺は意地になってベッドの上で立ち上がった。
「土足のままベッドに立ってたら見回りの先生に怒られるわよ」
マリーに注意され、俺はベッドから降り、そのまま彼女の元へ歩み寄る。
「とりあえず、なまけてるつもりは一切ないから」
俺はそう弁解しながら扉を閉め、マリーの肩を持って部屋の奥へ連れていく。
「あのね、俺も何でこんなに強くなったか、よく分からないんだよね。天からの贈り物かな?もしかして俺、世界を救う運命にあるとか?だから神様か誰かがインサニレット・ヴィリディなんて壮絶な技を授けてくれたんじゃないかな?」
「アウリスとかいう変なのからもらったんでしょ?」
「なっ!?」
マリーの図星の一言に俺はドキッとした。
「そんなものを無条件でもらっちゃって、後で変なことにならなきゃいいけど。とりあえず、1週間後、次の試合あるんだって? 頑張ってね」
マリーはドライな顔でそう告げると、さっさと部屋を出て行ってしまった。自分から乗り込んでおいてよく分からない態度をする妹だ。いつからあんな風になっちゃったんだろう。小さい頃は本当に可愛かったんだけどな。
---
「ベルム!」
「ヘルバ・アクス!」
俺は先制攻撃で、ロッドから無数の草の針を飛ばした。相手は咄嗟に避けようとしたが、数本の針はソイツの左腰をかすめた。それだけで相手はよろめき、フィールドに倒れ込む。
「コイツ、いつからこんなおっかない技を?」
「自分でもよくわかんないけど、正直、このパワーに俺は感謝しているよ」
俺は強さを心から楽しみながら、狼狽している相手の男子ウィザードの問いに答える余裕を見せた。
「何のこれしき……」
そう呟きながら相手が立ち上がったときだった。
「ウッディアー!」
俺はロッドから樹木の槍を突き出し、相手のドテッ腹を思いっきり突いてやった。相手はボロボロの姿で悶えながらも立ち上がり、得体の知れない叫びを上げながらこちらに突進してきた。
「インサニレット・ヴィリディ!」
俺はカウンターを当てるように、あのダークグリーンの竜巻をロッドから放ち、相手を丸呑みにさせた。竜巻は天井に上がりしばらく激しく回り続けた後、独りでに地面へとしなりぶつかった。
俺が初めて勝ったときみたいに、凄まじい砂埃がフィールドを支配する。相変わらず煙たいが、それ自体が俺の勝利を祝福しているようにさえ感じた。煙が晴れると、相手は清々しいまでの大の字で倒れていた。
「コーネリアス・ゲインズボロー、戦闘不能!」
「また勝った」
俺は大の字のコーネリアスを見つめながら呟き、再び湧き上がった喜びをじっくり味わっていた。1週間後には、試合が控えてんじゃなく、2勝目が控えているというのか。それほどまでに俺自身もエルナに与えられた力をひしひしと感じていた。
---
「本当に大丈夫?」
コロシアムでの喧噪が廊下にまで漏れ聞こえる中、マリーは疑心暗鬼の様子で俺に問うてきた。
「大丈夫だよ。エルナからもらった力がある。今までより少しは心に余裕を持って臨めそうだよ」
「それならいいけど。でも朝ごはんのとき、またポタージュスープに入っていた玉ねぎ、全部残してたよね」
相変わらず妹は可愛げない顔で俺をなじってくる。
「試しに一切れのほんの端っこをかじってみたけど、やっぱり駄目だよ。あんなの食べ物じゃないから。逆に俺以外の人類が何であんなのニコニコして食べられるかが問題なんじゃないの?」
俺は淡々と弁明するだけだ。
「そうやって玉ねぎの悪口ばかり言っていたら、玉ねぎのモンスターに襲われるわよ」
「エルナからもらった力があるんだ。むしろやってみろって感じだね」
俺はマリーの小言を煩わしく受け流しながら、コロシアムへ向かった。
相手として出てきたのは、カルヴィン・ストックデイル。年齢は17歳と聞いている。普通に丸っこい体で、髪の毛は逆立ち、先端が紫がかっていて妖しい。何よりも、初対面なのに、校則を軽く50は破ってそうなおっかない雰囲気が顔立ちから伝わってくる。
俺は気圧されそうな感じを覚えたが、エルナから授かった力があるんだといい利かせ、無理矢理胸を張って後ずさりはこらえた。
「お互い、準備はいいか?」
審判が俺と相手に問う。首に巻いたフィスターと呼ばれる細長いパイプの先端が口元にそっと伸びていて、そこに声を当てれば遠くまで響くのだ。
「はい」
俺は勢い任せに返事した。カルヴィンは、ふてぶてしくうなずくだけだ。やっぱりコイツ、おっかない。でも、本当は今の俺の力の方が。そう、今の俺は強いんだ。今の俺は強いんだ。何度もそう言い聞かせた。
「ベルム!」
審判の宣言で、コロシアムの入場口の上にあった鐘が鳴り響く。それを背景に俺は身構えた。
「ウェービット!」
カルヴィンが先制攻撃でロッドから放ったのは、暗闇色のおどろおどろしい波動だった。荒れた海の大波みたいに俺をさらおうとしてくる。俺は恐れをなして、横に逃げた。
「逃げるんじゃねえよ、女子か」
カルヴィンは俺を挑発しながら、執拗にウェービットを撃ってくる。俺は右へ左へ避けるのに精一杯だった。
「この野郎、ならばこれだ。タロ・ラヴィット!」
ロッドから突き出た紫煙の拳が突き出る。
「ヘルバ・アクス!」
俺もロッドを突き出し、カウンターで草の針を無数に飛ばそうとした。しかし、何も起きない。コロシアムも寒い芸を見たみたいな雰囲気で静まり返っている。
「ヘルバ・アクス!」
俺は語気を強めながらもう一度魔法の名前を言った。しかし、本当に何も起きない。何故だ。
「ウッ!」
タロ・ラヴィットの一撃は腹にめり込む。煙でできたとは思えないほど強烈だった。問答無用で吹っ飛ばされる俺。腸が潰れたような気がした。あれ、全然煙じゃないんですけど。人の拳でもあんなに強いパンチを打てますか。
カルヴィンが俺の方へ歩み寄る。俺の足元から三歩ぐらいの距離まで近づいてきた。
「なめやがって。サジッタ・テネブリス!」
俺は嫌な予感がするとともに、本能で転がってかわした。それまで頭があった場所に、亡霊のようなおっかないオーラをまとった紫色の矢が突き刺さっている。まさに砂地のフィールドにめり込んでいたのだ。
「ウッディアー!」
尖った物を実体化させる魔法なら俺も負けていない。樹木の槍を放つときと判断した。
樹木の槍は……出てこない。
「何でえええええっ!?」
受け入れがたい現実に俺は思わず絶叫してしまった。
「ウェービット!」
無慈悲な悪霊の波が、俺に浴びせられた。強烈なフォースにフィールド間際まで流されてしまう。ここから外に出てしまえば、フィールドアウト負けだ。
「とどめだ」
「ピラ!」
俺は草属性の魔法玉をカルヴィンに放ち、アゴに命中させた。ビー玉ぐらいの魔法エネルギーを飛ばす基本攻撃技は、一応出せるみたいだ。隙を作って、カルヴィンの背後に動く。これでフィールドアウトは一応阻止できた。しかし、なぜ魔法が使えないのかが分からないまま、絶望的なピンチは続く。こんな状況でどうしたらいいんだ。49敗するぐらい魔法が弱いことはあっても、魔法が全然使えないことなんてなかったぞ。
「おのれ」
振り向いたカルヴィンが脅迫するような声を漏らす。
「インサニレット・ヴィリディ!」
俺は残された望みを託すように、必殺技を叫んだ。もう、後には引けない思いだった。今はこの技しか頼れるものがなかったのだ。
それでも、俺のロッドからは、何も出なかった。
「嘘……」
俺はロッドの先を見ながら、絶望をつぶやいた。
カルヴィンがサディスティックな笑いを浮かべながら、俺へと一歩ずつ近づいていく。俺はもはや絶体絶命だった。
「エドワード!」
突如聞き覚えのある妖精らしき声が飛び込んできた。俺はその方を振り向く。
「これを食べるのよ!」
そこにいたのは紛れもないエルナ。いきなり何かを投げてきた。俺はとっさに口を開いてしまった。スライスされた玉ねぎのような物体が、俺の口の中に吸い込まれていく……って!
「辛っ!臭っ!オエッ!」
「ああっ、出しちゃダメ、汚いわよ!ていうかここで出したら絶望しかないわよ!」
「マジで食べなきゃダメなの!?これ本当に食べなきゃだめなの!?」
「息を止めて20回ぐらい噛んで、そしたら無理やりでもゴクッとすれば大丈夫だから!今は鼻で空気を吸っちゃダメ、口呼吸ができるでしょ!」
エルナの意味不明な励ましと、口の中で広がるエグい味わいに、俺は混乱していた。これは玉ねぎじゃない、玉ねぎじゃないはずだ、と自分に言い聞かせることで精一杯だった。とにかく口呼吸しながら、素早く10回噛んだ。口の中に広がる青々とした汁が、身震いするような不快感をもたらす。
「ウウエエッ!」
「ダメ、こらえて!アンタならできるんだから!アンタなら玉ねぎという名の壁を乗り越えられるの!そこにいる豚だってぶっ飛ばせるから!」
「……何つった?」
カルヴィンがエルナに殺意的なものをこめた声色で詰め寄る。俺は必死で玉ねぎを噛み砕きながら、本気でエルナが心配になった。ていうか、とにかくマジでヤバい雰囲気だ。
エルナが恐れを成して後ずさりする。
「ウェービット!」
カルヴィンが無慈悲にも悪の波でエルナを呑み込んでしまった。波が引くと、いたいけな妖精がフィールドに倒れこむ姿が見えた。俺は心に渦巻く様々な色の嫌な気持ちを感じながら、玉ねぎをゴクリと喉の奥へ押し流した。その瞬間、心にとどまった感情は、奴への怒りだけになった。
「よくも、可愛い妖精を!」
俺は感情任せの声をコロシアム中に響かせた。そのとき、俺は自分の体の周囲が、妙に温かくなっていることに感じた。
暗さがかかった緑色をしたミスト的物体が俺を包んでいる。それは決して優しい感じではない。ちょっとピリピリしていて、俺に「もっと怒れ、ぶちかませ」とたきつけているみたいだった。そう考えているうちに、心の奥底から怒りの泉が吹き出すのを全身で感じていた。
「カルヴィン・ストックデイル!」
目の前の名前を怒りに任せて叫ぶ。
「お前は、超えてはいけない一線を超えた!歯を食いしばって覚悟しろ。今から俺にどんなにブチのめされてもチビるなよ!たとえ嫌いなものがあっても、正しくあることを嫌うんじゃねえ!この妖精に今すぐ三つ指ついてお詫びするか、棒立ちで俺にブチのめされるがいい!いや、お前には強制的に後の方を選んでもらう!」
あのがない目つきをしていたカルヴィンが恐れている。しかし、俺の勢いは止まらなかった。
「さあ、生贄の時間だ!」
俺がロッドを振り上げた瞬間、いつもの2倍ぐらいに先端が大きく輝く。ということは、魔法能力が戻ったのか。怒りの中で俺はそう感じていた。
「世の乱を治めし自然の力、解かれよ!インサニレット……ヴィリディ!」
その瞬間、ロッドからは凄まじい竜巻が放たれた。それは初めて買った時よりも2倍、3倍ぐらい、3階建ての建物2軒分ほどの幅を持ち、空につながりそうなスケールだった。
ソイツが無慈悲に、一人の罪深き少年を呑み込んだ。
「うがあああああ……」
カルヴィンの悲鳴は、壮絶な竜巻の中に消えた。 コロシアム中を所狭しと竜巻が駆けめぐり、お客さんも予期せぬ突風に悲鳴を上げたり、吹き飛ばされまいと体をかがめたりしていた。
フィールドを駆けめぐるだけ駆けめぐり、竜巻はしなり、一人の少年を激しく地面に叩きつけた。
コロシアムそのものが爆発したかのような砂煙が場を支配する。俺もさすがにそこは怒りを忘れ、地面に伏せて身を守るのに必死だった。我ながらエルナが与えた力の恐ろしい一面を見た。
砂埃が晴れ、フィールドに再び太陽の光が差し始める。俺はカルヴィンがどこにいるのかを目で追った。斜め後ろに十歩余り進んだところに、奴はうつ伏せに倒れていた。左手を地面につき、微力ながらも立ち上がろうとしている。
「……ごめん……なさい」
エルナへの暴挙に対してだろうか。謝罪の言葉を振り絞ると、カルヴィンは力尽きた。
「カルヴィン・ストックデイル、戦闘不能、勝者、エドワード・ジョセフ・マクファーリン!」
勝者として俺の名前がコールされた瞬間、コロシアムが歓声に湧きかえる。俺はまだ自分の必殺技のインパクトの強さに圧倒されていて、2勝目を挙げたことを、この時点ではまだ実感しきれていなかった。
---
「凄かったね」
石造りで対角二面の壁の中央に燭台がかけられた控え室の中で、マリーは未だに驚きを隠せないようだった。
「自分でもあんな技が出せるなんて思わなかったよ」
俺はだんだんと身に染みてきた喜びを感じながら、必殺技に秘められた衝撃を語った。
扉をノックする音が響く。
「どちら様ですか?」
マリーが扉を開いて応対する。
「どうも」
エルナは軽すぎる挨拶もそこそこに俺の元へやってきた。
「まずは単純におめでとう」
「どうもありがとうございます」
彼女なりに祝福するエルナに対し、俺は丁寧に感謝を述べた。
「ここから練習して技を磨いていけば、そのうちコロシアム全体をぶっ壊せるほど強くなれるわね」
エルナは無邪気な声によるドぎつめの表現で俺を激励する。
「確かにそうだな」
俺はとりあえず彼女に調子を合わせることにした。
「ところで」
マリーがエルナに何かを問いかけたいようだった。
「さっきのあれ、何?」
「あれ?普通に玉ねぎだよ」
やっぱりあれそうだったのか!薄々感じてはいたけど正式に宣告されたくなかった事実に、俺は一瞬にして喜びが飛んでしまうのを感じた。直後に、俺は一つの疑問を覚える。
「ちょっと待ってくれ、あの玉ねぎを食べたら、魔法能力が戻ったんだが」
「そういう仕組みなの」
さらりとしたエルナの一言に、俺は耳を疑い始める。
「さっきまで全然魔法を使えなかったでしょ。私が与えた能力って、1週間嫌いなものから逃げ続けていたら、全然使えなくなっちゃうのよね」
だからか!えっ!?ということは!?
「これからアンタ、さっきみたいなスライス一切れだけでいいの。とりあえず私が能力を与えた相手は今後、嫌いな食べ物を食べないと、能力をキープできないから」
これから俺はずっと玉ねぎと付き合わなければいけないらしい。食べ物の殻をかぶり、強烈な臭いと不快この上ない食感を伴う異常物質である。
「あっ、今週は5グラムだけでいいけど、来週からちょっとずつグラムの数も増えていく。それを満たさなければまた魔法が使えなくなるわよ。一応必要なグラム数には上限があるから、そのうち100個も玉ねぎ食べなきゃってことにはならないから安心して」
グラム数が増えるというあたりからエルナの話を聞く気には到底なれなかった。その時点で僕は絶望に支配されているからだ。
「つまり、お兄ちゃんは……」
「魔法が強くなった代わりに、ずっと嫌いな食べ物を食べ続けなければならなくなったわけ」
マリーとエルナがこんなやり取りをしている間に、俺は壁際に座り込み、現実から離れたい気分になっていた。こんなことになるなら、一から真面目に努力すれば良かった。
(完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます