タイムマシンとタイムスリップ

「どうして、奈良崎のことを調べているんですか?」

 世間話をしつつ、話も心もとりあえず落ち着いてきた頃聞いてみる。


 元を辿れば、最初に詳しく聞きたいと言ってきたのは須藤さんの方だ。須藤さんはなぜ奈良崎を知っていたのだろうか。俺以外にも奈良崎のことを知っている―覚えている―人間がいるのだろうか。


「あぁ、そっか。その話がまだだったね」

 須藤さんは頷いてから書類を取り出す。

「実は、とある依頼を受けていてね」

「依頼?」

 色々と聞くことが多くて忘れていたが、そもそも未来屋工房とはどういった所なのか。タイムスリップできるという事しか、まるでわからない。


「依頼主のところを見てみて」

 須藤さんは一枚の紙を俺の前におく。置かれた紙には『依頼書』と書かれてあり、依頼主の名前、依頼対象者の名前やその人との続柄、依頼内容が書かれている。

 俺は言われた通り、その依頼書の上部左側にある依頼人の記入欄に視線をうつす。

『奈良崎 裕美』とあった。

「奈良崎…」

 その下に依頼対象者の名前の欄があり、

『奈良崎千早』と書かれていた。

 裕美さんとの続柄には『娘』とある。


「これって」

 俺は須藤さんを見る。

「依頼内容のとこも読んでみて」

 もう一度紙に視線を戻し、『依頼内容』の欄の文章を読んでいく。


 簡単にまとめると、


 今から3年前―現在からは4年前―に突然奈良崎が姿を消し、警察に相談した。しかし、『奈良崎千早』という人間は存在してないから捜索できないという答えが返ってきた。

 納得のいかない両親は、様々な方法を探した。探しているうちに"未来屋工房"の存在を知った。奈良崎のことを探して欲しい

 という内容の文章だった。


 やはり、奈良崎はいなくなっている。しかも、4年も前から。

 ただいなくなっている訳では無い。存在が最初からなかったことになっているらしい。

「僕の所に依頼に来たのはつい最近だった。それから、奈良崎さんについて色々と調査している、というわけなんだ」

 須藤さんは様々な方法で情報を探していたが、ほとんど無駄足となってしまっているらしい。奈良崎の存在を知っている人間は、家族以外では俺が初めてだったとのことだ。


「正直、今の状況では手の打ちようもないんだ。警察にも断られていて、多分探偵とかでもダメだったんだと思う。だから、僕も自力で情報を探してみたけどそれでもダメだったんだ。恐らくは、タイムスリップをして解決策を探すしかないのかもしれない、って思ってる」

 とは言いながらも、今回の件は普段の内容とは異なる『特殊な案件』らしく、この依頼に受けるのは時間的にも人員的にも厳しいため、俺にタイムスリップして欲しいという事のようだった。

 ここって他にどのくらいの従業員がいるのだろうか。他の人の姿が全く見えないが。


「君はどうして奈良崎さんを?」

 そう聞かれた俺は、成人式の朝からのことを思い出しながら、大まかに説明をする。

 『成人式に彼女がいなかったこと』

 『誰も彼女のことを覚えていなかったこと』

 『卒業アルバムにも彼女は載っていなかったこと』

 須藤さんは時折相槌を打ちながら合間で何か聞いたりはせず、最後まで黙って聞いていた。


「なるほど」

 話が終わったころ、言いながら腕を組む。

「でも、君は覚えていたんだね。君だけは覚えていた。なぜだか、なにか心当たりはある?」

 そう聞かれて、"あのこと"を思い出す。

「そうだ、夢です」

「夢?」

 成人式の朝に見た夢。忘れていたつもりは無いけれど、忘れてしまっていたのだろうか。他の友人達と同じように。

「その日の朝に、奈良崎さんの夢を見たんだね。それまでに、彼女の夢を見たことは?」

 どうだっただろうか。その朝にも同じことを考えた気もする。

「なかった・・・ですかね」

 夢なんてそんな長い間覚えていることも少ないし、それが何年も前になってしまえば覚え続けているのも難しいだろう。例え、好きな女性が出ていたとしても―。

 そもそも俺は、あの夢をみて奈良崎のことを思い出したのだろうか。急に不安が俺の心を蝕んでいく。

 

 俺の答えを聞いた須藤さんは、腕を組んだまま顎に手をやる。

「じゃあ、夢を見るまでに彼女のことを考えたりとかは?成人式や同窓会の話になった時に彼女のことを思い出したりしなかったの?」

 そう聞かれて、俺は何も答えられなかった。考えていたことを見透かされていたようだったから。この不安が、想像ではなく真実だと言われたような気がしたからだ。


 違うはずなのなのに、違うと言いきれないことがどこかもどかしい。

 もしかすれば、"忘れたことすら気づいていなかった"のではないか。そうじゃないと頭では否定していても、冷静に考えればそれが一番しっくりくる気がした。

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