謎の男と未来屋工房

 横松駅の周りはお世辞にも栄えているとは言い難い。市街地から少し離れた場所にあるとはいえ、行き交う人の数は正直多いとは言えないだろう。

 近くにも店はあまりなく、唯一あるデパートのような建物の中にもあまり人はいなかった。あとは少し歩いた所にショッピングモールがあるくらいで、駅を利用しているのは通勤や通学に使っている人くらいと言ってもいいくらい、人の姿は見られなかった。

 おまけに新幹線も通っておらず、"県庁所在地"にしては、少々寂しい雰囲気が漂っていた。


『未来屋工房』は、そんな横松駅の裏路地にあった。表通りでさえ寂しい雰囲気で、裏路地はもっと殺風景だ。俺も来るのはほぼ初めてでは無いだろうか。

 寂れた外観の店が並び、シャッター街と化しまっている町の中心街よりも廃れている感じがする。ほぼ全部の店のシャッターが閉まっていた。


 須藤さんの車が止まったのはファミレスの跡地の前だった。窓には長年貼られていたのか、ボロボロになった『テナント募集』の張り紙がしてある。

 工房というので、小綺麗でこじんまりとした場所を勝手にイメージしていたので、少し拍子抜けした。


 車から先に降りて外観を眺めつつ見上げると上にも部屋があるようだった。白のカーテンで閉め切られていて中は窺えないが、家の一室のようで、一見してとってつけたようにも思える。


「その部屋が仕事場だよ」

 後から降りてきた須藤さんは、俺がその部屋を見ていることに気づいたのかそう教えてくれる。

 そのまま、ファミレス入口の右脇のあまり手入れのされていなさそうな茂みと、隣の店との境の塀の間を進んでいった。

『未来屋工房 奥』という文字と横向きの矢印が、建物に対して横向きに刺してある看板に書かれていた。俺はそれを見つつ須藤さんのあとを着いていった。


 その茂みはそこまで長くはなかった。すぐに抜けたがその先は塀が曲がって行き止まりになっていた。須藤さんはその行き止まりの突き当りを左に曲がった。初めてではなかなか分かりづらい場所だと思った。


 曲がった先はファミレスの裏側で、二階に繋がる階段もある。それをのぼっていった。のぼってすぐ左にある手動のドアを手前に引いて建物に入る。

 中は薄暗かった。入ってすぐの正面に受付があるが、しばらく使われていないのか机にはホコリが溜まっていた。しかし、受付があるということは、元々は別も何かに使われていた場所なのだろう、下のファミレスの事務所だったのだったのかもしれない。


 そこを左に進む。奥にテレビや自動販売機、それに向かってソファーがいくつも置かれていた。まるで病院の待合室のように思えた。

 須藤さんはその間を今度は右に曲がり進んでいく。その先には廊下があり、両側に2つ、正面の奥に1つ扉があった。

 須藤さんが開けたのは一番の奥の扉だった。扉の中央には『未来屋工房』という札がかけられ、すぐ横にはインターホンもついていた。


 中はそれまでと違い、明るく綺麗な部屋だった。まるで、やはりこの建物の外見には似つかわない部屋だった。

 怪しげな仕事に対して綺麗で明るい雰囲気だ。奥が白のカーテンが閉め切られており、外で見ていた部屋がここだろうというのはわかった。


 横に広い部屋で左側の奥には机とパソコンがあり、机の上には書類がいくつも置かれている。入ってすぐ横には簡易的なキッチンと冷蔵庫があり、どことなく生活感も漂っていた。右側の奥には小さめなソファーとテーブルが置かれていた。そこで依頼の話しなどをするのだろうか。


「この部屋だけ改修してもらったんだ」

 机の隣にあるポールハンガーにジャケットをかけながら須藤さんは言う。

 この場所は元々下の階のファミレスの事務所に使われていて、当時そのファミレスごと取り壊す予定だったらしい。そのことを知り合いづてに聞いた須藤さんは、無理言ってその部屋を貰いうけ使わせてもらっているとのこと。


「丁度良い場所もなかなか見つからなくてさ、ラッキーだったよ」

「そうなんですか・・・」

 綺麗さが故なのか、部屋の中は妙な雰囲気があり緊張感を漂わせていた。


 須藤さんは俺をソファーに促して、台所へ向かった。

 座って待っている間、なんだか落ち着かなくてそわそわした。専門学校の入学試験の面接の時の感覚に近い気がした。


「はい、おまたせ」

 少しすると、いい香りのするホットコーヒーを2つ持って戻ってくる。一緒に書類をいくつか持っていた。座りながらテーブルの上にその書類を置く。

「とりあえず、まず僕の仕事を教えないとだよね」

 聞くより先に須藤さんの方から言ってくれた。

「まずは、そうだなぁ、未来屋工房ここの事って知ってた?」

「いえ、すみません初めてでした」

 そう答えると須藤さんは、そうだよね、と苦笑いした。


「うーん、どう説明するのがいいのかな」

 須藤さんは腕を組んで唸っている。

「かなり簡単に言ってしまうと、未来を変える仕事なんだけど・・・。そうだなぁ、詳しく言うと、誰かの過去にタイムスリップをして、その過去を修正することで未来を変えるって感じかな」

「はぁ・・・」

 何を言っているのかわからなかった。タイムスリップ?未来を変える?何かの映画の内容か?もしかしたら新手の詐欺か?と、色んな思考がどんどん頭を駆け巡っていく。


「確かに、いきなりそんな風に言われたらそんな表情にもなるよね」

 続けて何か話そうとしていた須藤さんは、俺の表情を見てその言葉を止め、また苦笑いしながらコーヒーをすする。

 どうやら、顔に出てしまっていたようだ。


「あれですか?えっと・・・『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいな?」

 バック・トゥ・ザ・フューチャーとは、今から20年くらい前に公開されたアメリカの映画だ。日本でも人気となり、シリーズは3作目まで作られている。

 その映画が、まさにタイムスリップして未来を変える物語だった。

 だが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はあくまで映画であり、フィクションだ。仮に出来たとしたら、多分世界中でもっと騒がれている気もするのだが・・・。

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