忘れられた君と謎の男

 俺はコンピュータの専門学校に通っている。街のはずれにあり自転車では大体50分から1時間ほどかかるが、車の免許を持っていなかった為、毎日それだけの時間をかけて通っていた。


 授業はプログラムや計算式だったり複雑な内容の勉強をするため、真面目に聞いていてもわからないことばかりだ。

 俺は入学してまもなく自分には難しい世界だと悟り、その方向での就職は早々に諦めている。だから、いつも授業中はバレないようにネットサーフィンをしていた。


 だが、今日はネットサーフィンはしなかった。する気にならなかった。

 今、頭をめぐるのは奈良崎のことばかりだ。まわりの話も頭に入ってこない。

 授業中も先生の話を聞いてる風を装いながら、頭の中では様々な可能性を探っていた。だが、どれも違和感がありしっくりこない。考えているうちに頭がこんがらがって、訳が分からなくなってしまった。


 誰に相談出来るのか、すればいいのかもわからず、俺の思考は堂々巡りを繰り返していた。

 その週の土曜日―


 バイトの帰り道、俺は自転車でとある場所を目指していた。

 授業が終わってからではバイトもあったりで時間が取れず、行動を起こすまでに4日が過ぎてしまっていた。


 ―午後2時

 たまたま今日はバイトが早く上がれた。普段ならこの時間はまだバイトをしている。

 信号待ちの間にスマホを開く。画面にはマップが表示されている。目的地はよく知っている場所だ。細かい住所こそ知らなかったが、周辺に来ることは多く、通っていた中学校もこの近辺にあった。


 少し広い国道を10分程進むと左手に有名なファーストフード店が見えてくる。そこが角になっている交差点を右に渡るとコンビニがあり、その裏側の通りは住宅街になっていた。

 スマホのマップはここを指している。奈良崎からの年賀状に記されていた住所だった。


 授業中にふと浮かんだことだった。自分が持っている情報にはそもそも少なかったが、その中に彼女について知ることが出来る手がかりがあったのだ。

 写真や当時の同級生の記憶から消えていたのに、年賀状には名前も住所も残っている。


 冷静に考えれば、なんでそれだけ残っているのかは謎でもあったが、こういう場合は考えずに都合よく利用しよう。


 実際、家やその周辺に行けば何かしらの情報を見つけられる可能性が高いのではないだろうか。そして、明るい内に探した方が怪しまれないだろうと考えていたら、学校が休みの今日までかかってしまった。


 自転車をコンビニに止め、歩いて行くとすぐがその住所の家のはずだった。

 しかし、そこにある家の表札には『奈良崎』とは書かれていなかった。通りの家も全て見てまわったが、『奈良崎』という名字の家は見つからなかった。


 引っ越したのだろうか。まぁ卒業してから5年も経っているのだから、引っ越していても不思議ではないが・・・。

 俺は、確かにマップが指している場所に戻ってくる。

 

何度確かめても表札の名前が違うことに変わりはない。あんまり長い時間ウロウロしていたら、不審者だと疑われるだろうし、とりあえず今日は帰るか。


「あの」

 歩きだそうとした時、後ろから声をかけられる。

 振り返ると男性が立っていた。目が合うと、ニコッとして軽く会釈する。俺も同じように会釈する。


 男性は首元までの伸びた髪に中世的な顔立ちで眼鏡をかけている。すらっとしていて、紺のパンツに、白のシャツの上から黒のジャケットを羽織っている。営業の人か?だとしたら、格好が少々ラフかもしれない。


「すみません、この辺りに奈良崎さんという人の家があるって聞いたんですけど、知りませんか?」

 思いがけぬ問いに俺は思わず驚いていた。


「知らないですけど…」

 その驚きを悟られないように答えると、そっか、となにやら考え込むような仕草を見せた。

 悪い人には見えなかったが、だからといって見ず知らずの人に安易にこの話は出来なかった。


「あの、奈良崎さんって」

 そのまま去ろうかと思ったが、一つだけ確認しておこうと思った。

「奈良崎千早さんと、何か関係はあったりしますか?」

 どんな風に聞けば良いか分からなかったが、それくらい聞き方なら大丈夫だろうか。もしそうなら、その時に逆に何か聞けないだろうか。

 しかし、そんな軽い気持ちで聞いたはずが、男性の反応や表情はそれとは違った。


「君は奈良崎千早さんをわかるの?」

 男性は不思議そうに、そして意味深に言う。その事に少々戸惑いつつ、

『えぇ、まぁ』と俺は答える。実際のところは、あまり詳しくはないが。


「ちょっと詳しく話を聞きたいんだけど、いいかな」

 一瞬何か考えていたようだが、すぐに結論が出たのか、今度は慌てたように言ってきた。


「詳しく、ですか?」

 躊躇いがちに聞くと、あ、と何かを思い出したようにカバンからなにか取り出した。男性は歩み寄ってきて一枚の小さな紙を渡してくる。その紙は名刺だった。

 そこには、

『未来屋工房 須藤貴人』と記されていた。

 未来屋工房…?聞いたことの無い名前だった。


「こんなとこで立ち話もなんだから、別の場所で話せるかな」

『須藤さん』はその未来屋工房で詳しい話をしようと言ってきた。


 正直かなり怪しく感じていた。初対面で、なんの会社なのかよく分からない名前の名刺を渡され、怪しいと思わない方がおかしい。だが、奈良崎について話を聞きたいと言われた。さっきの言い方だと聞いているのは自分にだけではないのだろうか。


 もし不審者でなくても、そう思われてもおかしくないし、不審者ならば、協力してしまえば自分も共犯者になってしまうのではないか。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、この『須藤さん』に色々話してみても良いのかもしれない、とも思っていた。


 奈良崎の情報は中々見つけられないし、今回も結局は無駄足であり、結果的に時間の無駄になってしまった。

 自分一人の力では限界があり、情報も探しようがなく、現状では彼に頼るしか情報を探す方法をないのではないだろうか。


その考えにまとまった俺は、一度家に戻り自転車を置いてから、迎えに来てくれた須藤さんの車に乗せてもらい、『未来屋工房』という所へ向かった。

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