成人式と再会

 会場は横松ドームという県内でも大きな会場で、街の中心部のやや外れた場所にある。県庁所在地である横松市の成人式は、毎年ここで行われている。他にもアイドルやロックバンドのライブ会場として使われたりもしている。また、競輪の会場としても使用されている。

 橋を挟んだ反対側には県庁がそびれ立っている。なんでも、全国の県庁の中で一の高さを持っているらしい。確かに、最上階の展望ホールからの景色は見晴らしがよく綺麗だった。


 家からドームまでは歩いて大体20~30分。多少離れているものの歩いて行けない距離ではない。イヤホンから流れる音楽に耳を傾けながら黙々と歩いた。

 開始は10時。30分前についていれば問題ないだろう。


 空には青空が広がって陽も出ていたが、流石に寒い。マフラーをして厚手のコートを羽織っていても凍えてしまいそうで、思わず手袋のままスボンのポケットに手を突っ込んでいた。

 でも、寒空の下を歩きながら音楽を聴いていると、その寒さがどこか心地がよく気が紛れた。


 ドームが近づいてくるにつれ、段々と人の数が増えてくる。

 自分と同じようにスーツの男性や、派手な振袖を着た女性。歩行者の半分以上が成人式に向かっている人のようだ。

 また、その大半が複数人のグループだった。そのあとを1人、追うように歩いていくとすぐにドームに到着した。


 ドームの前にある広場には既に人が溢れかえっていた。何とかスペースを見つけると、そこにとりあえず収まる。

 待ち合わせはしていない。するような友人もいない。だから適当に、スマホを弄りながら時間が来るのを待った。

 段々とそれにも飽きてきて、携帯をポケットにしまい、イヤホンを外してボーッと空を見上げてみていた。

「よっ」

 少しして誰かの声が聞こえてくる。

 自分に声をかけて来ているんだよな。と思いながら、その声の方を見る。


「おぉ」

 そこにいたのは星井孝之だった。

 中学時代の同級生で、俺の数少ない当時からの友人だ。

「久しぶりじゃん。少し太った?」

 失礼な物言いだが、それが許される関係性でもあり、4、5年経ってもそれは変わっていなかった。

「失礼だな、"かなり"だぞ」

 気兼ねなくそんな会話ができるのは彼くらいかもしれなかった。


 それでも、卒業してからは会うのは初めてだし、連絡も取っていなかった。

 だから、彼のことは進学した高校しか知らなかったし、それも曖昧なくらいだった。

 だから、お互いに近況報告も兼ねて世間話に花を咲かせた。彼は今大学生らしい。


 しばらく話していると人波が動き始める。

 俺たちは話しながらそれに紛れていくと、星井は誰かに話しかけられていた。自分は知らない男性で、高校か大学の知り合いなんだろう。気がつけば2人で盛り上がり始めていた。

 だから俺は、ちょっとずつ彼から距離を取っていった。


『学校にいる間しか会わない、話さないなら、それは友人じゃなくて知り合いと言うのではないでしょうか』


 1人になって人波を歩きながら、この前テレビでどこかの評論家が話していた言葉を思い出していた。

 どこか今の自分に重なる気がしていた。

 こうして会えば話しこそするが、一度離れると一切連絡はとらない。向こうからも何も来ない。

 俺たちはどういう関係性なのだろう。これが普通なのだろうか・・・。

 そんなことを考えているうちに、ドームの入り口まで来ていた。

 受付を済ませ、成人式が行われる会場に進んでいく。


 入口を抜けてすぐの階段を降りた先が会場になっていた。

 降りていくと、パイプ椅子がずらっと並べられていて、奥のステージにはマイクや長机、正面の壁にはスクリーンがセッティングされている。その前を制服を着た男女数名が忙しなく右往左往していた。

 座る席は自由だった。

 俺は階段を降り、客席の後方の端の席に座る。まだ開始までもう少し時間があるため、ほとんどが空席だった。


 とりあえずトイレを済ませておこう。

 受付でもらった記念品を座っていた席に置いて、階段を上るとスロープ沿いにのぼっていく。  


 少し歩くと、人が多く並んでいる場所があった。

 上の方を見るとトイレのマークが見えた。

 その入り口から出来ていた列の最後尾に並ぶ。

 スーツ姿の男がこれだけ並ぶと、ちょっと怖いな、と思う。

 特にやることも無く、手持ち無沙汰に周りをきょろきょろと見てしまう。

 何気なく見知った顔を探していた。が、結局ここで誰かを見つけられることは無かった。


 考えてみれば、見つかったからところで特に何も無いなと思った。会えば多少会話はするとは思うけど、それ以上は何も無いだろう。

 特に会いたいと思う人もいない。今思えばある程度親しい友達ですら、星井以外ほとんどいなかったのだ。


 トイレを済ませたあとは、来た道をゆっくり歩いて戻る。少々時間はかかったが、それでもまだまだ余裕があった。焦る必要もなく、その最中もさり気にすれ違う人の顔を見たりしたが、意外と知り合いは見つからなかった。

 当然だが、当時とは雰囲気も違っているだろうし、特に女子は晴れ着に合わせた化粧をしているから気づかなかっただけかもしれない。実はトイレの近くにもいたのかもしれない、と席に座りながら思った。


 時間が迫ってきて、気がつけば大体席は埋まっていた。

 ステージも準備がおおよそ出来たようで、恐らく最終チェックを行っている。

 少し周りを見れば、見覚えのある顔を何人か確認できた。だからといってわざわざ話しかけることない。

 本人なのか確証はないし、そもそもそこまで仲良くはなかった。そんな相手にダメ元で声をかけてみる、そんな勇気は自分は持ち合わせていなかった。


 記念品と一緒にもらったパンフレットに目を通していると、会場にアナウンスが流れてくる。そろそろ始まるようで、続々と皆椅子が埋まっていく。

 先程まで右往左往していた制服の男女が数人ステージ上で並んで立っていた。その後ろには、長机がこちらからから向かってハの字に置かれている。そこにステージ脇から年配の男性が4、5人程上がってきて座った。


 まもなく、客席は埋まりざわざわとしていた会場も静かになっていく。それに合わせて、司会の男子生徒がマイクを使って後ろに座る男性を促す。その声が全体に響くと、会場全体が静まり返った。

 その男性により成人式の開会が宣言され、成人式は始まった。

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