夢と成人式
俺ははっとして目を開く。
身体を起こし夢だとわかると、安堵の様な、はたまた残念とも言う様に一息をついた。
奈良崎千早―
夢に出てきた少女の名。中学校の同級生。
会わなくなって5年しか経っていないのに、もう懐かしさを感じてしまう。それが普通なのだろうか。
夢の中で、俺―今井壮太―はその奈良崎とキスしていた。いや、正確に言えばそれを見ていた。俺がキスをしている所を、第三者として見ていたような感じだ。
過去にそういったことがあった訳では無い。ましてそんな関係になれるわけなんて―
俺は当時彼女に片想いをしていた。でも、その思いを伝えることは出来ないまま卒業してしまい、今では会うことは疎か連絡もとっていない。そもそも連絡先すら知らなかった。
進学して他にも気になる女子が出来たこともあり、彼女のことは自然に考えることはなくなっていった。
人とは不思議なもので、どれだけ好きだった人の事も、簡単に記憶の隅に追いやることが出来てしまうらしい。
そんな感じで彼女の事は、
彼女が夢に出てきたことなんて今までにあっただろうか。
まぁどんな夢をみたかなんてすぐに忘れてしまうものだろうし、覚えていないだけなのかもしれないが…。
コンコン―
そんなことを考えていた俺は、その音で我に返る。
慌てて音のした方を見ると、ドアは半開きになっていた。
「壮太?」
そのドアから母が顔を覗かせていた。
「なんだ起きてたの?返事ないから心配しちゃったわ」
その言葉に、スマホの時計を確認してみる。
2014年1月12日(月) 7時30分
なんだ、まだそんな時間じゃないか。
と思いながら、なんとなく何かが頭の中で引っかかった。
「朝ごはんの準備出来てるからね」
そう言うと母はドアを閉めていなくなる。
なんの理由もなく母が朝食の準備をしてくれていることは無いだろうし、起こしに来ることも無いだろう。普段は寝ている時間だ。
そんなこと考えながら、ひとまず居間に向かった。
居間のテーブルには、焼けたトーストが置かれていた。マーガリンが塗られていて、香ばしい匂いがそこまで空腹感のなかった俺の食欲をそそった。
定位置に腰を下ろすと、早速それを口に運ぶ。
『昨日行われた各地の成人式では・・・』
テレビでは、昨日行われていた成人式の様子がニュース番組の中で流れていた。
成人式…?
その言葉に違和感を感じていた。
「今日成人式か」
思わず呟いていた。合点がいった。それが違和感の正体だとすぐに気づいた。
「今更何言ってんの。じゃなきゃ起こさないでしょ」
母は呆れた様に言っていた。
いつもバイトで同じくらいの時間に起きているはすなのだが… 。
気がつけばテレビでは成人式のニュースは終わっていて、今夜が流星群のピークだということを伝えていた。
成人式の後には中学校の同窓会が予定されていた。
正直、あまり参加したくはなかった。
中学時代のことはあまり覚えていない。
友人も少なかったし、印象的な出来事も特になかった。
むしろ覚えていないのではなく、無理矢理消していたんだろう。
一緒に、奈良崎に片想いをしていたことも、消したい過去の一つにしてしまっていた。
だが今は、参加したいという思いが強くなっていた。奈良崎の夢を見て、参加してみようと思い直したのだ。
卒業してからだから、会うのは大体5年ぶりくらいか。
奈良崎も参加するだろうか。
話すことは出来ないとは思うが、遠巻きにその姿を見れれば十分だ。
どうせ頭も運動神経も良いイケメンの彼氏がいるのだろうし、知らない方が幸せなこともあるのだ、と自分に言い聞かせた。
部屋に戻り、スーツに着替える。
パジャマ代わりのジャージを脱ぐと、そのジャージに隠れていた弛んだ身体が晒け出された。
部屋にある姿見でその姿を見ると、やっぱり同窓会には行かない方が良いんじゃないかと、思ってしまう。
元々結構太っていて、中学生になり部活でサッカーはじめて、長い距離を毎日の様に走ったり身長が伸びたりでかなり痩せた。
だが、部活を辞めた途端どんどん太っていった。
部活と同じだけの量の運動は個人では早々出来ないし、そこまでは行かなくても、それに近い量の運動もなかなか出来ることではない。それどころかほとんど運動すらしなくなって、今ではこのザマとなってしまっている、という訳だ。
ワイシャツやスーツパンツを着ると、肉付きが良くなったことがよくわかる。
ダイエットしよう・・・。
何回目かの誓いを心にしつつ、身支度を済ませていく。
ネクタイを締めて、姿見で微調整をする。
就活や面接に行く時ほどかしこまる必要は無いとは思うが…と、首元は軽く緩めた。
時間は8時50分。
早めに起きても、結局こんな時間だ。
スボンのポケットに財布やスマホにしまう。必要な持ち物は受付に出すハガキくらいで、他には特になかったはずだ。と、頭の中で確認しながら、若干不安になりつつ耳にイヤホンをさし家を出た。
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