第4話 ジョンの生い立ち



「…結局、逃げた男と三人の兵士は戻ってこなかったな」


 ババロア王国の小隊長であるリーヴは忌々しそうに呟いた。

 本来であれば罠に嵌めた新人冒険者どもを一網打尽にする予定だったのだ。

 それがたった一人とはいえ、包囲網を抜けて逃げ出した冒険者がいた。その為、予定が大幅に狂う事に。

 致命傷を負っていた為、少数である三人の部下を追跡させたが、未だに帰還せず。

 日暮れまで待ったが、リーヴは帰還しない三人を、返り討ちにあったと結論づけた。


「仕方ない。王国に帰還するぞ」


「よろしいのですか?全滅が作戦内容だった筈では…?」


 一人の兵士が心配そうに尋ねるが、リーヴは腹立たしそうに怒鳴り散らす。


「バーカ!あの傷なら今頃、死んでるだろう!それとも何か?お前が夜通し、山狩りでもするのか?生きてるか死んでるか分からない、新人冒険者の捜索をよ!」


「いえ、それは…」


「そもそも国境沿いの山の中で、大掛かりな山狩りなんかやってみろ!目立って仕方がねぇだろ!本来であれば冒険者を殲滅して即刻帰還が任務だ。ここまで待ってるだけでも、十二分に任務は遂行している!分かったら、とっとと帰還の準備を始めろ!」


「も、申し訳ありません!」


 怒鳴られた兵士は慌てて帰還の準備に取り掛かる。しかし、苦言を呈した兵士は行方不明になった三人の兵士の事が気になっていた。

 致命傷を負った新人冒険者が三人の追手を返り討ちにするのは無理がある。つまり、他に何者かがいたのではないのだろうか、と。


 しかし、そんな一抹の不安を進言しようものなら、再び怒鳴られるのは目に見えている。

 兵士は考えるのをやめて、他の兵士達と共に帰還の準備に取り掛かるのであった。







『ああ、美味かった…。人間を辞めちまったがな。でも三人のうち、一番最初に捕食した男が一番美味かった気がする…』


 日が暮れ、更なる追手の気配を感じなかったダンは、兵は引き上げたと判断してジョンと共にくつろいでいた。


「美味しいと感じたのは千年間生きてきて、初の食事だったからかも知れないね。僕がダンジョンマスターだった時は食事をした事が無いから。だから、初めての食事に身体が歓喜したのかも。断言はできないけど…」


『…そのダンジョンについてだけどよ、詳しく説明してくれないか?なんでお前はこんなところで30cmのダンジョンとして千年間も生きてきたのか。なんで俺がダンジョンマスターになったのか。他にも…』


「うん、順を追って説明するね。まず、僕は迷宮族って魔族なのは先に言ったけど、その繁殖方法って知ってる?」


『いや、知らん。生憎と無学な田舎者なんでね。かいつまんで説明してくれ』


「迷宮族は経験値やDPを稼いで成長し、ある一定の大きさまで育つと自分の分身といえる、ダンジョンコアを生成する事が出来る様になるんだ。その新しいコアを距離が離れた遠い土地へと放出し、そこに新たなダンジョンが生まれる。僕はそうやって千年前に生まれたんだ」


『ほう。なんともつまらない繁殖方法だな。人間の男と女なんか最高の繁殖方法なのにな』


「人間の繁殖方法については詳しく知らないけど、迷宮族はこんな感じで子孫を増やすんだ。そして僕も魔王レドリゲル様から作られたダンジョンコアで…」


『は⁉︎魔王?』


「うん。迷宮族のトップに君臨するのが魔王レドリゲル様。大迷宮レドリゲルって聞いたことない?大陸の半分近くを占める世界最大の大迷宮なんだけど?」


『いや、知らん!田舎者の無知を舐めるなよ!それよりもお前、魔王の子供って言ったら凄いんじゃないのか⁉︎人間で言えば王子だろ⁉︎』


「王子?人間の世界だとそう呼ばれるかも知らないけど、多分迷宮族だと王子とは呼ばれないんじゃないかな?大陸の殆どのダンジョンコアは、魔王レドリゲル様から生み出されたダンジョンだからね」


『なんでい、種族の殆どが魔王の直系なら王族もクソもねぇか。てっきり魔王様から可愛がられてる王子かと思ったのに…』


「ははは…それは無いよ、絶対にね。だって魔王レドリゲル様は自分の子供を捕食するんだもん」


『は?捕食⁉︎俺がさっき三人の兵士を喰らったみたいにか⁉︎』


「少し違うけど、まあ似たようなものかな?少し話がズレるけど、ダンジョンコアには固有スキルってのが存在するんだ。ホーム画面でダンのステータスを確認すると、固有スキルの欄があると思うけど?」


『あー確かにあるけど、横線が引かれてるだけだぞ?』


「それはまだ発現してないんだね。生まれつき固有スキルを持つ者や、後天的に発現するタイプの人がいるけど、ダンはレベルが上がったら発現するタイプだよ」


『なるほど。んで、この話の流れからすると魔王ってのは…』


「うん。固有スキルで【吸収】ってのが魔王様の持つスキル。これで魔王様は他の迷宮族を吸収して巨大になり、魔王の座を不動の地位にしたんだ」


『それじゃあ、さっきの子供を捕食するってのは…まさか…』


「そのまさか。魔王様は自分の子供を産み、その子供が成長したらダンジョンを拡張して、その子供を吸収して巨大化。それを繰り返してるんだ」


『最低じゃねぇか、その魔王は!自分の子供を殺して喰らう⁉︎それも己の為に⁉︎人間じゃあ絶対にありえねぇよ、そんなの!』


「人間の理屈だとそうかも知れないけど、迷宮族ではそれが数千年も続いてるから、これがダンジョンでは当たり前なんだよ。残念ながら」


『納得いかねぇなぁ…』


「まあ、僕も納得はしてないよ。だから僕が生まれた時、ダンジョンを拡張して大きくなる事に躊躇いがあり、生まれたままの姿…深さ30cmのダンジョンとして千年間生きてきたんだ」


『なるほどー。おめぇも苦労してんだなー』


「もし、この辺りに人の往来があったら、ダンジョンを拡張して大きくなってたかも知れないから、吸収されない為ってのは理由の一つでしかないけどね」


『ん?他に拡張をしない理由なんかあるのか?』


「うん。この辺りには龍脈が流れてなくてね。ダンジョンが育つには、かなり不便な立地なんだよ」


『すまねぇ。さっきも言ったが俺は田舎者だ。知らねぇ言葉が多過ぎる。なんだ、龍脈ってのは?』


「龍脈は地中に流れている魔力の流れ。そこまでダンジョンを拡張する事ができると、何もしなくてもジワジワとDPが回復していくんだ。だから龍脈さえあれば人里離れた山の中にあるダンジョンでも、人を捕食せずに時間をかけてダンジョンを大きくする事ができるんだよ」


『え〜⁉︎なんだよ、それ!こちとら必死になって人間を罠に嵌めて捕食してるってのに!』


「スライムの召喚費用、何もしなければ4DPだったでしょ?」


『ああ、そうだったな。最弱にカスタムして2DPにしたけど』


「スライムの召喚費用が4DPなら100DPで25匹のスライムを召喚できることに。でも、25匹のスライムを召喚するだけで冒険者を倒せると思う?」


『俺は新人冒険者でダンジョンに入るのは初めてだが…スライムってのは雑魚モンスターだし、25匹いても無理なのは分かるぞ?』


「だよね。でも仮に倒せたとしても人間一人が約100DPになるから、倒してトントン、倒せなければDPがマイナスになるんだよ」


『…そのマイナスを龍脈で補ってるって訳だ?』


「御名答。それとダンジョンのレベルが上がれば召喚費用の節約とかできるようになるらしいから、100DPでスライム50匹以上の召喚も可能になると思う」


『つまり、話を纏めると、だ。お前が拡張せずに、ここでひっそりと千年間も30cmダンジョンとして生きてきたのは魔王に吸収されない為、あとは龍脈がないから動けなかったってことか?』


「話が長くなったけど、そういうことだよ」


『じゃあ、質問があるんだが…』


「うん、言ってみて」


『なんでお前、そんなにダンジョンについて詳しいんだ?生まれてからずっと、ここで千年間もアホヅラしてたんだろ?』


「アホヅラってのは失礼だけど…まあ、殆ど何もせずに千年間も生きてきた訳だから、否定はできないよね。僕はね、さっきも言ったけど魔王様の子供なんだよ」


『ああ』


「魔王様から生まれる時に、魔王様から継承される能力が、個々のダンジョンコアには備わってるんだ。DPが生まれつき高いコアとか、特殊なスキルを継承してるとか」


『それじゃあジョンも…』


「うん。僕が魔王様から継承したのは知識。普通のコアは残念ながら知識や知恵が低くてね。多分、犬かそれ以下の知能しかないと思う。だから生まれたてのコアは本能の赴くままに生き、計画性もなく拡張や罠の設置をおこない、自滅して死ぬのが多いそうだよ」


『ジョンは知識があったから下手に拡張せずに、今まで生きてこれたって訳だな』


「そう。人が来ない山奥で、龍脈も無かったからね。拡張したら維持費で死ぬと理解できたから、常に大人しくしてたんだ。でも余りにも人が来ないから、自殺を考えたこともあったんだよ。それでも…僕には固有スキルのマスターチェンジがあったから、それを心の支えに今まで生きてきたんだ!」


『それだ!そのマスターチェンジだ!俺が一番聞きたかったのは!なんだよ、それは⁉︎』


「マスターチェンジは僕の固有スキル。ダンジョンマスターを他の人と入れ替える事ができるスキルだよ」


『で、俺とジョンは人間と魔族とで入れ替わったって訳か…。そしてジョンは人間になったから固有スキルを使えず、元に戻れない…』


「うん。あの時、僕が死んで捕食されて、残されたDPで上手くダンジョンとして生きてもらえればいいと思ってたんだけど…今にして思えば、ダンジョンの知識も無く、龍脈も無い土地で、ダンジョンとして生きてくれって無理な話だったよね…ごめんね、本当に勝手なことをして」


『さっきも言ったが気にするな。ああしなければ、俺は死んでたんだし。寧ろあの時、俺が食欲に負けて自分の身体を捕食してたらと思うとゾッとするよ…。まあ、俺の体は世界一だから、食欲に負けて捕食するほどバカじゃあねぇがな!』


「…世界一の体?」


『ああ、そうだ。ジョンのことはある程度、理解できたし…なら今度は俺の事を語る番だな!ジョン…お前の今の肉体は…そう、世界一の体なんだよ!』


「え?どこが?あんなにボロボロで死にかけてたのに⁉︎」


『ふはははは!どこがと聞かれたら、答えるしかあるまい!ジョンよ!恐れずに…自分の股間を触ってみろ!』


「股間を?…っえ?何コレ⁉︎足が…足が三本もある!」


『そうだ!三本目の足と見間違う程の立派なイチモツ!それが30cmマグナムのダンと呼ばれた俺様の愛棒よ!!』


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