第3話 捕食



 致命傷を負いながらも逃げる男。それを三人がかりで追跡し、そのまま見失う。失態だ。三方に分かれて必死で探したが、結局見失ってしまった。


 他の二人が何らかの手がかりを見つけているかも知れないので、ババロア王国の兵士であるナオバルは、一度散開した場所へと戻ってみた。


「…グラフターもペギンもまだ戻ってないか。まさか返り討ちに…いや、あの深手を負った男に抵抗する術があるとは思えない。なら誰かが助けに来たか、もしくはこの辺りで息を潜めて隠れて…ん?」


 ナオバルの視線の先に、一枚の布切れが落ちていた。先程、通った時には見かけなかった布切れ。こんな山奥に人工物である布切れが落ちているのは、おかしな話である。

 追跡中の男が落とした物か?もしくは他の二人が先に来て、残していったメッセージか?


 何らかの手がかりかも知れない。そう思ったナオバルがしゃがみ込み、そっと布切れに手を伸ばすと…突然、岩壁からニュッと手が伸びてきて、ナオバルの手を掴む。


「んなっ⁉︎」


 不意に伸びてきた手に対応する術もなく、そのまま岩壁へと引きずり込まれた。

 本来であれば岩壁がある場所。そこにナオバルが吸い込まれるように、上半身だけを岩壁の中へと引きずり込まれるのであった。


『よっしゃあ!今だあー!!』


 そんな叫び声と共に、天井からナオバルに向かってギロチンが落ちてきた。とっさに避けようとするナオバルであったが、腕と共に身体を押さえつける…追跡中の男が、ナオバルの回避を妨げる。



 ズシュッ!



 ナオバルの上半身と下半身、三十五年間を共に歩んできた半身が、永遠の別れを迎えた。


 薄れゆく意識の中、ナオバルは追跡中の男の喜ぶ声ともう一人、別の誰かの声を聞いていた。誰かは分からない。だが、増援がいた事は間違い無い。

 敵は一人では無い。そうグラフターとペギンに伝えたかったが、その術なく…ナオバルは三十五年の生涯を終えた。



『ぃやったぜ〜!このダン様を殺そうとした敵兵を、見事返り討ちにしてやったぞ!ザマーミロ!はっはっはっ!』


「よかった!作戦が上手くいったみたいだね!」


 ダンとジョン、二人が実行したのは、いたってシンプルな罠であった。

 まず、ダンジョンの深さを2メートル程に拡張。そして入り口に隠蔽魔法で岩壁を偽装。ギロチンの罠を手動で発動にセットし、あとは入り口に布切れを置いておく。

 戻ってきた敵兵が確認の為に手を伸ばしたら、ジョンがダンジョンへと引きずり込んで押さえつける。あとはダンがギロチンを発動。


『こんなに単純な罠でも、簡単に敵を倒せるんだな。まあ、三人が同時に戻ってきてたらアウトだったから、複数人で戻って来てたら、すぐに布切れをダンジョンにしまう手筈だったけど…上手くいって、何よりだ!』


「うん!この調子で残りの二人もおびき出せると、簡単に倒せそうだね!」


『ああ…まあ…そうなんだが…』


「え?どうしたの?」


『いや、この死体なんだが…滅茶苦茶、美味しそうじゃね?』


「そりゃ死体だもの。美味しそうなのは当たり前でしょ?」


 キョトンとするジョンであったが、ダンはそれに反論。


『魔族の感覚で語るな。俺は元々、人間だ。人間がな、他の人間を見て美味しそうだなんて、普通は思わないんだよ。可愛い女の子が相手なら、むしゃぶりつきたいがな!』


「へー不思議だね」


『いや、不思議じゃねぇよ!これが普通だ!でもな、今この上半身と下半身が永遠の別れを迎えたオッサンの体がよぉ、無性に美味しそうに見えるんだよ。人間であるこのダン様が、だ!魔族の様に人間を捕食する…これは完全に人間を辞める線引きじゃねぇか?ここで人間を食べた瞬間、俺は…完全に人間を辞めるんだと思う…』


「なら捕食は諦める?」


『いや、食べるよ?』


「……」


『そんな顔をするな。一応、自分にはまだ人間の心を残していると、そう言い聞かせてるだけだ。綺麗事を並べて野垂れ死ぬ気はないからな。たとえ魔族になっても女を知らずに死ぬ程、愚かじゃあねぇ!』


 そう言うとナオバルの上半身がズブズブと地面へと取り込まれていく。完全に地面へと吸収されると…。


『う、うめ〜!何これ⁉︎え?人間ってこんなに美味しいの⁉︎』


「多分、人間の味覚とダンジョンによる吸収って似てる様で別物なのかも知れないよ?人間が人間を食べて、本当に美味しいと感じるなら、食人文化が人間の世界で花開いてると思うし…」


『ああ、そんな御託はいいから!下半身の方もダンジョンに引きずり込んでくれ!』


「あ、うん」


 そう言うとジョンはナオバルの下半身をダンジョンへと引きずり込んだ。そしてダンが捕食。舌鼓。そして一息つくと、ダンが呟く。


『拡張とギロチンの設置で消費したDPだったけど、今の食事で115DP増えたな。現在130DPもあるから、寿命に換算すれば130年、生きられるってことか…』


「ううん。ダンジョンを拡張して深さを30cmから2mと、約七倍にしたから、年に7DP近く消費する筈だよ」


『なら、20年以下ってことか?だったら、あとの二人も上手くおびき出せれば…』


「言ってるそばから来たみたいだよ。ほら…」


 ジョンが指差す方向に、ダンを探しに散開した敵兵の一人が戻ってきた。


 急いで罠である布切れを設置。そして先程と同じように罠に嵌めて捕食。その後、三人目も戻ってくると再び罠に。そして捕食。

 こうして追手である敵兵三人を、ダンとジョンは上手く罠に嵌め、そして捕食する事に成功するのであった!


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