第2話 ダンジョンマスターのダン



 先程までの痛みは嘘の様に消え失せ、朦朧としていた意識も見違えるほどクリアになり、思考を働かせる事が可能になったダン。


 …しかし、ダンは人間を辞めた。石で出来た仮面を被らずに、人間を辞めたのだ。そう、迷宮族と呼ばれる魔族へと、転身してしまったのだ…。


『おいおい、嘘だろっ⁉︎何だよダンジョンマスターって⁉︎』


 ダンジョンマスターになったダンの悲痛な叫びに、ダンの肉体がちから無く答える。


「僕は千年間…ずっとここで…同じ景色を見てたんだ…」


『いや、知るかよ!』


「ホーム画面…頭の中で意識すると…画面が出てくるでしょ…?」


『ん?コレのことか?何だ、この画面は?』


「右下に…DPって値があると思うんだけど…」


『ああ、なんか47DPって書いてある奴のことか?』


「それがダンジョンを運営するのに必要な…ダンジョンポイント…それがゼロになると…ダンジョンの死…何もしなくても…維持費でDPは消費…でも僕のダンジョンは世界一小さいから…年に1DPの消費…つまり…あと47年間は生きられることに…」


『ちょっと待て!お前がいう寿命を延ばすってのは、残りの人生をダンジョンとして生きるってことか⁉︎』


「……」


 コクリと頷くダンの肉体。そしてダンが叫ぶ。


『ふ〜ざ〜け〜る〜な〜〜〜!!何で俺が人間を辞めなくちゃならねぇんだよ⁉︎あのなあ、俺はどこぞの無駄無駄男じゃねぇからな!人間を辞める気なんか、さらさら無いんだよ!おい!その肉体は世界一の素晴らしい肉体なんだぞ!勝手に奪ってんじゃねぇ!勝手に土気色した顔をしてんじゃねぇ!おい、死ぬな!そして体を返せ!!』


「僕は千年間…ずっとここで…同じ景色を見てたんだ…」


『いや、それはさっき聞いたよ!』


「一度でいいから…別の世界を…見てみたかったんだ…やっと…夢が叶った…死ぬ前に…ずっと見たかった…景色が見れたんだ…」


『そうか、夢が叶ったのか。良かったな!じゃあ、とっとと元の体に戻せよ!』


「ごめんなさい…元に戻すのは…もう無理…でも…安心して…この体が死んだら…それを捕食して…そうすれば…更にあと…百年は…生きられるから…」


 元の体に戻れない上に、更には自分の肉体を捕食しろと?ダンはふざけるなと思う反面、目の前にいる自身の肉体を見て「美味しそう」と感じている自分に戦慄した。

 人間だった頃には絶対にあり得なかった「人を見て食欲が湧く」という感情。更には自身の肉体だ。食欲など湧くものではない。

 勿論、可愛い女の子を見かけたら、むしゃぶりつきたいという感情は、人一番存在していたが…。


『くそっ!くそっ!なんで俺がこんな目に!一難去って、また一難じゃねぇか!ん?おい、お前…意識を失ってるのか⁉︎』


 土気色をした顔の肉体から返事は無い。そろそろ「ただのしかばねのようだ」とナレーションが続きそうな勢いだ。


『女を知らずにダンジョンになって、更にはここで無意味に百年以上も同じ景色を見続けるだけの余生だと?』


「……」


『あり得ねえよ、バカヤロー!このダン様の諦めの悪さはなあ、ストーカーと間違われる程にしつこいんだぞ!生への執着、性へのド執着、それを見せてやる!』


 とは言ったものの、いいアイディアは浮かばない。だから焦らず、落ち着いて現状を把握する。



 まず、目の前の美味しそうに見える自身の肉体。これを何とかしなければならない。

 薬草などでの治療では既に手遅れの危篤状態。回復魔法やポーションでの治療でしか助からないだろう。

 ダンは田舎者で新人の冒険者。魔術の才能は無いし、その訓練すら未経験。つまり、自身が回復魔法を使うことはできない。

 しかし、ダンジョンとしての肉体ではどうだろう?ダンは必死になって目の前の肉体へと話しかける。


『おい!起きろ!お前さっき、隠蔽魔法を使ったよな⁉︎魔法が使えるなら回復魔法は使えないか⁉︎おい、起きろってば!』


 必死になって叫ぶダンの思いが通じたのか、瞼が少し開いた。


「…無理」


 無情な答え。それでもダンは諦めない。


『無理かよ!くそっ!くそっ!…ん?いや、待てよ⁉︎俺はダンジョンだよな?それなら…』


 そう言いながら、頭の中にあるホーム画面に再び目を通す。


『ビンゴ!これしか無い!おい、喜べ!助かるぞ!』


「…?」


『たとえ自分が回復魔法を使えなくても…モンスターならどうだ⁉︎そう、俺は今…ダンジョンなんだ!回復魔法を使えるモンスターを出現させれば、その肉体を回復させることが…』


「…無理」


『なんでだよ⁉︎ホーム画面の「モンスター一覧」のとこに「召喚」とか「カスタム」とか書いてあるじゃねーか!だったら回復魔法を使えるモンスターぐらい、ダンジョンマスターなら召喚できるだろ⁉︎』


「回復魔法を使えるモンスターは…上位種だから…ダンジョンレベルの低いうちは…選べないし…選べても…DPが足りないから…無理…」


 確かにモンスター一覧のところの、回復魔法が使えそうなモンスターのところは、灰色で使用が出来ないようだ。出現させるコストも80DPとかで、今あるDPでは全く足りていない。

 色が付いていて出現できそうなモンスターはスライム、ゴブリン、スケルトンの三種類のみ。到底、回復魔法が使えるモンスターとは思えなかった。


『だったら後はポーションで…ああ、なんであの時、俺はポーションを買っておかなかったんだ!』


 冒険者たる者、回復手段を常備しておくのはギルドの新人冒険者講習会でも、いの一番に教える常識である。しかし、ダンは貧乏な田舎者。一個300 Gゴールドもするポーションを購入するには、借金をするしかなかった。

 借金をしてまでポーションを買うべきでは無いと判断したダンは、一巻きの包帯を購入するだけで留めておいたのだ。

 そして今回、それが裏目となる。今更、嘆いたところで後の祭りなのだが…。


『…だったら敵兵から奪うか⁉︎いや、敵兵がポーションを所持してるか分からないし、ダンジョンの自分は動けないから戦えない!駄目だ!詰んだ!』


 ダンが諦めかけたその時、死にかけの体がピクリと動いた。


「あ…ひょっとしたら…助かるかも…」


『は?マジで⁉︎おい、どうやって⁉︎』


「ポーションなら…モンスターがドロップするし…ポーションをドロップする…モンスターをカスタムすれば…」


『なるほど!ポーションを出現させられるんだな!』


「まず…スライムを…」


『おう!スライムだな!…って、スライムの画面にドロップするアイテムが、薬草って書いてあるぞ!』


「薬草を削除して…確かポーションに…変更できるはず…」


『お、削除したら毒消し草やゴールドや魔石が一覧に…あった!ポーションがあったぞ!』


「ポーションを選んで…次はドロップ率の変更を…」


『ドロップ率?今は4%ってなってるけど…これを100%にすれば確実に出現するってことだな?』


「あとはスライムの強さの…カスタムを…弱くすれば召喚費用の…DPも少なくて済むし…簡単に倒せるから…」



【種族】スライム


HP 6

MP 0


STR 2

DEF 3

AGI 2

DEX 3

INT 1


召喚費用 4DP


『なるほど、このステータスを下げればいいんだな?全部ゼロに…ん?HPはゼロにはならないのか?ならHPを1にして、他をゼロに…よし、召喚費用が4DPから2DPに減ったぞ!』


「あとは召喚を…」


『よし、召喚…って、エラーって表示されてできないぞ⁉︎』


「あ…多分…自分がここにいるからかも…人がいると…召喚ゲートの設置ができないから…ちょっと僕が移動すれば…」


『お、召喚可能になった!よし、いくぞ!最弱スライム召喚!』


47DP→45DP


 ポンっと出現したスライム。ステータスがゼロの為、微動だにせず。それを元ダンの肉体が何とか踏み潰し、討伐。すると予定通りにポーションをドロップした。


『出たー!ポーションだー!よし、飲め!今すぐ飲め!急いで飲め!』


 ダンに急かされるがままにポーションを飲む。体内からジワジワと治癒が始まるのを感じ取れる。


『もう一丁!ほら、スライムを出したぞ!とっとと倒してポーションを!今度は傷口にかけろ!内と外から治すんだ!』


 ダンの指示通りにポーションを二個使って、何とか一命を取り留める事に成功した。


『ふい〜何とか峠を越えたようだな…』


 ポーションのお陰で傷口も完全とは言えないが塞がり始め、同じ様に骨折の腫れも引き始めた。


「うん。ごめんね。僕の身勝手に付き合わせちゃって…」


『なーに言ってんだ?お前が助けてくれなかったら、確実に俺は死んでたんだぞ?お互いに助かったんだ。結果オーライじゃねぇか!』


「でも…」


『でもじゃねぇよ。それよりも血を流しすぎて顔色がすこぶる悪いぞ?少し横になってろ。このダンジョンを拡張できたらいいんだけど…ってホーム画面に拡張の画面があるじゃねーか!』


「拡張は無闇にやらない方がいいよ。拡張した分、ダンジョンの維持費用にDPの消費が増えるし、拡張にもDPは使うから…」


『1m、深くするぐらい問題ないだろ?まだDPにも余裕が…あれっ⁉︎さっきよりかなり減ってる!残り23DPしかないぞ⁉︎』


「あ、アイテムをドロップすると召喚費用だけじゃなくて、アイテム分のDPも消費するんだった。確かポーションは10DP減るから、残り23DPなら間違いでは無い筈だよ」


『て、ことは寿命にすると残り23年間か。厳しいな…。なあ、このDPを手っ取り早く増やすにはどうすればいいんだ?』


「今、この状況からだと、人を殺して捕食するしかないけど…」


『ふむ…なら、さっきの敵兵三人を捕食するのがベストかな?』


「え?どうやって⁉︎僕は傷で殆ど動けないよ!」


『このホーム画面を先程から調べてるんだが、罠ってのがあるじゃん?それと拡張、あと隠蔽魔法を駆使すれば何とかなるんじゃね?たとえば…』


 そう言うとダンは思いついた策を話してみた。







『…と、まあこんな感じだが、元ダンジョンマスターとしての意見は?』


「…うん、確かにこれなら行けるかも!でも、失敗したら僕たち二人とも死ぬことになるかも知れないよ?」


『何もしなければ、どのみち死ぬだろう?ならやってみる価値はあると思うんだ。お前がここに隠れててもジリ貧だしな。それより、名前が無いと不便だな…』


「え?名前?」


『お前の名前だよ。その体は俺のものだが、ダンって名前はダンジョンマスターになってる俺が今、使ってる。お前は別の名前を名乗れ。そうだな…ジョンってのはどうだ?』


「ジョン?うん、悪くないね。じゃあ僕はこれからジョンと名乗るよ!」


『よし、じゃあ早速作戦にうつるぞ、ジョン!』


「うん、任せて!」


 こうしてダンとジョン、二人による敵兵殲滅作戦が遂行されるのであった!


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