第1話 新人冒険者のダン

【第1章 30cmと30cm】



「くそっ!くそっ!死にたくねぇよ!こんなところで…女を知らずに死んでたまるかよっ!」


 致命傷を負った新人冒険者のダンが、必死で森の中を駆け抜ける。

 しかし、地面に滴り落ちた血糊から、追手は正確にダンの居場所を追跡。

 致命傷を負ったダンと、追跡する無傷の敵兵三人。追いつかない訳がない。


 ダンと追手、その距離はジリジリと縮まって行く。矢傷と骨折の痛みを必死で抑えながら、死に物狂いで逃げるダン。

 それでも遂には年貢の納め時。逃げて逃げて森を抜けて、その先にあるのは殺風景な山岳地帯。身を隠せる場所など殆ど無い。


 たった今、ダンが走り抜けてきた森の中ならば、少なからず身を隠せる場所はある。しかし、森へと戻ろうにも追手の敵兵はすぐそこまで迫っていた。森に戻る選択肢は無い。そして走る気力も体力も尽きている。


 諦めて投降するか?いや、敵兵は確実にダンを殺す勢いで追跡している。投降=死。女を知らずに死を選ぶダンでは無い。

 では、逃げずに戦って勝機を…見出せるぐらいなら、とっくに戦闘になっている。

 致命傷を負った新人冒険者のダンが、三人の手練れの兵を相手に勝てる訳がない。


 逃走も投降も戦闘も選べない。ならばダンに残された手はたった一つ…ただ、その場で隠れることだけであった。


 ダンの視界に映る岩壁。丁度そこに30cm程の窪みがあった。幅1m、高さ2m。人が一人隠れる程の窪みだ。勿論、そんな窪みに身を隠したところで、すぐに追手に見つかってしまうのは、ダンにも理解できた。それでも他に道はないのだ。


 藁にもすがる思いでヨタヨタと歩きながら、岩壁にある窪みへと身を隠すダン。すぐに追手の敵兵が迫ってきた。万事休す。

 そんな死を覚悟したダンの耳元に、囁く声が聞こえてきた。


『追われてるの?助けてあげようか?』


「だ、誰だっ⁉︎」


 ダンが辺りを見渡すが、追手以外の人影は見当たらない。しかし、謎の声は再びダンに話しかける。


『僕のお願いを聞いてくれるなら、君の寿命を少しだけ延ばせるかも知れないよ。どう?助けてあげようか?』


 空耳ではない。確かに誰かがダンに話しかけている。もしコレが夢でないのなら、返答は一つしかない。


「誰でもいい!助けてくれるなら願いぐらい聞いてやる!俺に叶えられる願いならな!だから…だから、助けてくれ!」


『了解。じゃあ、そのまま微動だにしないで声を潜めてて』


「は?」


 謎の声による指示の意味を理解する間もなく、追手である敵兵三人が森を抜けて、ダンの目の前まで迫ってきた。

 敵兵の一人と目が合う。終わりだ。そう思ったダンであったが、敵兵は目の前にいるダンを無視するように、地面を指差して声を荒げた。


「くそっ!どこに行った⁉︎ここで血糊が途絶えてるぞ!」


「そう遠くには行ってないはずだ!よし、手分けして探すぞ!」


 そう言うと、敵兵三人は散り散りになってダンを探す為に散開した。目の前にいるダンの存在に、全く気が付く様子も無く…。


 一体、何が起きたのか?理解出来ないダンに、謎の声が再び話しかけてきた。


『良かった。どうやら上手くいったようだね』


「おい。助けてくれたのは有り難いが、どういうことだ?あいつら、目の前にいる俺の存在に全く気が付いていなかったぞ?あと、お前は誰だ?どこにいる?」


『一度に質問されても困るよ。取り敢えず最初の質問に答えるけど、あれは僕が隠蔽魔法を使ったから。この岩壁を窪みが無い、普通の岩壁に見えるように隠蔽魔法を展開。だからあの三人には、あたかも岩壁があるだけの様に見えて、他の場所を探しに行ったんだよ』


「…なるほど。敵兵と目があった時は死を覚悟したけど、そんな理由があったのか。こちらからは見えてても、向こうからは見えていない。つまり、先程から声はすれども姿は見えずってのも、その隠蔽魔法を展開しているからか?」


『いや、それは違うよ。僕はさっきから君の目の前に姿を見せているよ。ほら、ここだよ!』


 謎の声が示す所、それは窪みがある岩壁の丁度真ん中の辺り。そこに小さな黒い玉が、岩壁に埋め込まれていた。


「んんん?何だ、これは?」


『これは僕の本体。通称ダンジョンコア。僕は迷宮族と言われる魔族。名前は残念ながら無いから名乗れないけど、ここで千年ほどダンジョンとして存在する、世界一小さいダンジョンだよ!』


「迷宮族?ダンジョン?いや、それよりも…俺を助けてくれたのは魔族ってことか…」


『ごめんね。急だったから、よく説明もできずに…』


「いや、謝ることじゃ無い。寧ろ感謝している。それどころか、こちらが謝罪するべきだ。申し訳ない。助けてもらってなんだが、この命…もうすぐ尽きる予定だ。見ろ、この脇腹を。流血が止まらない。左腕も恐らく折れている」


『うわっ!本当だ!顔も真っ青だよ!』


「はは…折角、追手を振り切ったのにな…俺はこんなところで死ぬ為に王都に来たわけじゃないのによ…女も知らずに…くそっ!意識が朦朧としてきた…せめて…匿ってくれたお前の願いってやつを叶えてから…あと、女の子とエロいことをしてから…死にたかった…」


『僕の願いを叶えてくれるの?なら寿命が延びると思うよ!』


「…すまない…意識が朦朧としてて…意味が分からない…ただ…死なずにすむのなら…願いを言ってくれ…」


『じゃあ、僕の身体に触れてみて!』


「…?」


 ダンは意味が分からずとも、言われるがままにダンジョンコアに手を触れた。


『初めてのことだから、上手く行くかどうか分からないけど…いざ!マスターチェンジ!!!』


 ダンジョンコアが一瞬光り輝くと、それと同時にダンの視界が急転。気が付くと目の前に血に塗れた自身の姿が、ダンの視界を覆っていた。


 突然、ダンの目の前に巨大な鏡が現れたのか?いや、違う。ダンの意識がダンジョンコアになったのだ。

 そして青い顔をしたダンの肉体が、ちから無くニコリと笑う。


「よかった…成功した…今日から君が…僕の代わりに…ダンジョンマスターだよ…」


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