第8話『天使と喫茶店』

 ショッピングモールを出て、ほど近い場所にある喫茶店に俺と恋詠、そして白銀の三人は来ていた。落ち着きのある雰囲気を醸し出す店内に、ほんのりコーヒーの香りが漂う。


 白銀の協力もあり、買い物は午後三時には終わった。代償として、白銀と連絡先を交換してしまったがそれは仕方ない。


 俺の努力もあり、買い物中に恋詠の誤解は解けた。



「本物の蓮咲ちゃんだぁ!」

「今の名前は赤宮です……それとすごく気持ちが悪いです」


 白銀は恋詠に、アイドルを見る少年のような瞳を向ける。

 一方俺と隣に座る恋詠は、向かいに座る白銀に冷ややかな視線を送っている。

 だが心なしか、白銀の顔が紅潮しているように見えるが気のせいだろう。ぜひ、気のせいであってほしいところだ。


「ま、那月っちの言い分はわかった」

「さりげなく関係性の距離感を詰めてくるな。そんな呼び方したことないだろ」

「んなこと言うなよ、なっくん」

「うぜぇ……」


 オレンジジュースをストローで吸いながら、恋詠は少し驚いたような表情を浮かべて言った。



「那月くんに友達いたんですね」

「うっ……」


 自覚はしていたが、改めて他人に言われると心に来るものがある。

 悪意のない表情で言われると尚更……。


「私が告白した時には自分でも友達はいないと言っていたじゃないですか」

「いや、白銀を友達としてカウントするべきでないと判断した結果でな……」

「おい、那月ぃ。蓮……赤み……恋詠ちゃんから告白ってどういうこった?」


 怒気の篭った声で白銀は俺を睨む。


「告白つってもなんか勘違いで起こったというか……」

「勘違いで恋詠ちゃんから告白ってありえんのかぁ!? あぁ!?」

「丁重にお断りさせていただいたから安心しろ」

「てめぇ! 恋詠ちゃんからの告白を断っただと!? 殺してやる!」

「どっちだよ」


 呆れながらツッコミつつ、俺はコーヒーを一口。

 砂糖多め。毎日飲んでいたら糖尿病になりそうなほど甘いが、これが一番美味しい。


 中学生の時にコーヒーの美味しさに目覚め、幼少期から貯めていたお年玉やお小遣いで、わざわざコーヒーメーカーを買ったくらいだ。

 もちろんそれは引越しの時に持ってきた。


「まぁ、友人としてお前たちを祝福するさ」

「なんだ、急に素直だな。友人になった覚えも、祝福される覚えもないが……」

「ありがとうございます、白銀くん」

「恋詠!? なんの感謝だ!?」


 そのあと高校の話やら、新居の話やらして、時計を見ると午後四時過ぎだった。


「さて、帰りますか」

「長話したせいで結局こんな時間になった」

「なんか予定でもあったのか?」

「お隣さんへの挨拶だよ。まだできてないし」

「あー、なるほどね」


 白銀は納得したような相槌を打ちながら、スマホをカバンに入れた。


「じゃあまた連絡するからな、那月」



 にやけ顔で言う白銀に、「はいはい」と俺は適当に頷いた。

 千円札一枚を机に置き、白銀はなんやら急ぎ足で店をあとにした。


「なんだあいつ……面倒くさかっただろ?」

「いいお友達だと思いましたよ」

「だから違うから……んじゃ、俺らも帰るか」

「はい、そうしましょう」


 後を追うように、俺と恋詠も店を出た。

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