第6話『天使と買い物』

 翌日。

 俺は恋詠と二人でとあるショッピングモールへと足を運んだ。


 住んでるアパートから約十五分ほど歩いた場所にあり、日曜日とあってか中はかなりの人で賑わっている。

 駅の近くに半年くらい前にできたらしく、話は聞いていたが以前住んでいた家から少し距離があったため、このショッピングモールに来るのは今日が初めてになる。


 今日はここに日用品など、生活に欠かせないものを買いに来た。


 

「にしてもほんと、すごい人の数だな」

「日曜日なので家族連れが多いようですね。スーパーのレジもすごい列です」

「うわ、帰るの遅くなりそうだな……」


 今日のうちにお隣さんへの挨拶を済ませようかと思ったが、この様子だともしかしたら厳しいかもしれない。

 とはいえ、明日は平日で社会人なら仕事があるだろうし。

 

 スーパーのレジを見て苦笑を浮かべつつ、そんなことを考える。

 混んでいることを予測して、もう少し早く家を出ていればこんなことにはならなかった気もするが、それはそれで難しい。

 昨日は夜遅くまでチェスに相手を付き合っていたため、出発が昼過ぎになってしまったのだ。


 恋詠が想像以上にうまくて、深夜三時辺りまでボコボコにされていたのはまた別の話……。


 

 朝ご飯抜きで2人ともお腹が減っているため、お昼ご飯を食べに二階のレストラン街へと向かっている最中だ。


「恋詠は何か食べたい物とかあるか?」

「私は特にないです。那月くんに合わせますよ」

「合わせるって言ってもなぁ」


 正直なところ、俺も食べたいものなんて思い浮かばない。



「あ、那月くん。これ見てください」

「うおっ」


 レストラン街が見えてきた手前。

 恋詠が俺の袖を引っ張った。


「どうしたんだ?」

「これすごく美味しいそうです」


 恋詠の指差す方向を見ると、そこには色んな和のお菓子が入ったお菓子詰め合わせセットが棚に陳列されていた。

 値段は二千円。学生の俺からすればお菓子ごときでと内心を思ってしまった。まぁ多少奮発しようと考えていたので、お隣さんへのお菓子はこれでいいだろう。

 羊羹や小さめのどら焼きなど。恋詠の言う通り、美味しそうなものばかり入っている。


「帰りにこれ買って帰るか」


 スマホのメモアプリを起動し、買う物一覧を開いて忘れないように『お隣さんへのお菓子』という項目にチェックを入れる。

 シャンプーやお箸などズラッと一つずつ事細かくに項目が書かれている。それを見て、気が重くなった。


「早くご飯食べに行くか……」



 レストラン街に入りお店を一通り見た後、結局入ったのは普通の定食屋さんだった。

 俺は相変わらずの大きなエビフライがメインのミックス定食。恋詠は今日もきつねうどんだ。

 注文して五分後くらいで、頼んだ料理は届いた。


「お待たせ致しました、ミックス定食ときつねうどんになります」

「ありがとうございます」


 恋詠は満足そうに(もちろん無表情)うどんを眺めながら、割り箸を割る。


「恋詠、昨日もきつねうどん食べてたよな?」

「はい。那月くんの方こそ、昨日もエビフライを食べてましたよ」

「まぁそうなんだが……」


 正直エビフライと白米があれば生きていける気がする。俺はそれくらいエビフライを愛している。

 対して恋詠は、好きな物の種類がかなり豊富だ。

 多分きつねうどんも好きな物の一つだろう。


 恋詠の『好きな物リスト』にメモしておこう。




 昼食を食べ終わり次に向かったのは施設内にある家具屋さんだ。

 リビングに一つ、俺と恋詠のそれぞれの部屋に一つずつの、計三つのカーテンを買う必要がある。


 リビングに設置するカーテンは二人で決め終わり、あとは自分の部屋のカーテンを決める。

 それぞれ別の場所で自分の部屋のカーテンを探す。


「うーん、どれにしようか悩むな」


 白の壁紙に黒のカーテンも似合う。

 無地もいいが、少し異なる色の縦線が入ったものもいい。


 俺が数多くあるカーテンを眺めながら頭を悩ませていると、ふと後ろから誰かが俺の名前を呼んだ気がした。


「赤宮じゃねぇか! こんなところで何してんだよ!」


 聞き慣れた声に、俺は聞こえないフリを貫く。


「おいおい! 無視ってひどくねぇか!?」

「はぁ……えっと、どちら様ですか」

「初対面の相手にため息なんて普通吐かんだろ。なんで知らないフリすんだよ、なっつき〜」


 後ろから駆け寄ってきたのは中三の時の友人……ではない知人……いや、ただのクラスメイトの白銀しろがね静夏しずかだった。

 静夏という名前だが、見た目通り普通に男だ。


 同じクラスになって以来一年間、執拗に付き纏われていたのだ。

 ちなみにこいつも恋詠信者の一人なので、恋詠の存在がバレる前にできるだけ穏便にお引き取り願いたいところである。


「那月く――」

「今蓮咲ちゃんの声しなかったか!?」

「気のせいだろ。だからさっさと帰れ」


 カーテンで横から来た恋詠を隠す。売り物だが、この場を乗り切るためには使うしかない。あとでこれを買おう……オシャレな花柄のカーテン……。


「なんでカーテンなんて見てんだ?」

「普通に家で使うためだ。だからさっさと帰れ」

「さっきから『だから』の使い方おかしいだろ!」

「おかしくない。だからさっさと帰れ」

「はぁ、せっかく再会したってのに相変わらず冷てぇな……」


 いつもうざく感じていたが、ふと白銀の表情を見て少し罪悪感を覚えた。

 白銀はぼっちの俺に気を使って、話しかけてくれていたというのに……。


「なんてのは冗談だよ、テヘペロ! 見つけたからには今日一日付き纏ってやるからな!」

「男のテヘペロとか誰得だよ!」


 ダメだこいつ。一瞬でも可哀想に感じた俺が馬鹿だった。中学ん時もそんな感じでからかわれていたな。思い出したくない過去だ……。


 一度家具屋さんから離れてこいつを恋詠から遠ざける必要があるな。

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