第4話『天使と荷解き』

 何を以て、『偶然』を『運命』と呼ぶのか。

 ここだけ聞けば何かのポエムのように聞こえるだろう……。


 もしかすれば、恋詠の言う運命は今の状況のことを指しているのかもしれない。

 学園のアイドルが義妹になるなんて普通ありえない。確率はゼロではないが……うん、まずありえない。


 部屋に入ったあと、リビングに置かれた三人掛けのソファーに俺たちはすぐに腰を落とした。


 隣、一人分の隙間をあけて恋詠が座っている。


 ふぅ、平常心平常心。


 隣に座っている。ただそれだけのことなのだが、彼女いない歴=年齢の俺からすれば恋詠との距離は近すぎるくらいだ。



 よし、とりあえずすることと言えば……部屋決めだな。


 間取りは2LDK。リビングの他に二つの部屋がある。正直俺はどちらの部屋でもいいので、ここは恋詠に決めてもらうとしよう。

 部屋決めは割と重要だ。もしかすればここで好感度を上げられるかもしれない。


「恋詠、どっちの部屋がいい?」

「じゃあクローゼットの広いこっちの部屋でお願いします」

「了解、じゃあ俺はこっちだね」

 

 恋詠はリビングから見て左の部屋を選んだ。

 部屋の広さはほぼ同じで、角部屋だがベランダにはどちらの部屋からでもいけるので、部屋自体の差はあまりない。

 違いと言えば、恋詠の言ったクローゼットの大きさくらいだろう。


 部屋が決まり、それぞれ一度自分の部屋へと入っていく。

 部屋に足を一歩踏み入れ、全体を数十秒眺めた後、俺は小さく唸った。


「……うーん、悩む」

「どうしたんですか?」

「ひゃっ」

「なんですか、那月くん。その可愛らしい声は」

「い、いや……」



 恥ずかしい。

 恋詠ほどの美少女が現れて、突然声を掛けてきたんだ。この状況に驚かない男はいないだろう。とはいえ、「ひゃっ」は失態だ。死にたい。

 恋詠のいる生活はまだ慣れないな……。


「恋詠こそ、自分の部屋に行ってたんじゃないのか?」

「クローゼットの広さ確認しただけですよ」

「そうか」

「はい、そうです」


 恋詠の足元を見ると背伸びをしているのが見えた。

 頬を掻いて、恋詠のいない方向へ目を逸らす。


 ……そういえば内見の時は何故か恋詠はいなかったな。


「那月くんは何をしているのですか?」

「家具のレイアウトを考えているところなんだけど、いまいちパッとしなくてな」

「そんなのテキトーでいいんじゃないですか? 私はテキトーに置く予定ですよ」

「まぁ気に入らなければ移動させればいいだけだしな……」


 できることなら一番納得のいくレイアウトを考えたい……的な。 

 あくまで自己満足なのだが、恋詠は不思議そうに俺を見て首を傾げている。


 まぁとりあえずレイアウトは後で考えるとして。

 今日中には荷解きや家具の設置を終えておきたい。

 現在時刻は正午を少し過ぎたくらいだ。今からやり始めたら夕方くらいには終わるだろう。


「よし、荷解き始めるか。恋詠はリビングの段ボールを頼む。俺は重い荷物とかをそれぞれの部屋に運んで組み立てておくから」


 恋詠は首肯する。

 必要な生活用品は明日買いに行くとして。今日の夕飯はコンビニ弁当とかでいいか。恋詠がなんていうかは分からないが、それが一番簡単で安上がりだ。


      

 ◇ ◇ ◇ ◇


 それぞれが各部屋で作業を始めて、約一時間近く経った。

 つい作業に集中しすぎた。とりあえずリビングにいる恋詠の様子を見に行くことにした。


「恋詠、大丈夫そうか? ……って、全然終わってない⁉」

「すみません、チェス盤を見たらどうしてもやりたくなって……」


 恋詠はリビングで一人チェスをしていた。俺が持ってきたものではないので、おそらく恋詠のものだろう。


「はぁ……夜、俺が恋詠の気が済むまでチェスの相手するから、とりあえず後ろの段ボールだけ処理してくれ……」


 一時間前から高さが変わってない段ボールの山を指差して俺は言う。


「那月くん、チェスできるんですか?」

「まぁ、ボードゲーム全般好きだからな。チェスも多少だができるぞ」

「本当ですか。早く終わらせます」


 相変わらず無表情だが、声は心なしか弾んでいる。

 ……喜んでくれているのか?

 それにしても、恋詠がチェス好きだなんて初耳だな。いや、俺が知らなかっただけかもしれないが。


「まぁこっちもできるだけ早く終わらせて、そっちの荷解き手伝うよ」

「ありがとうございます。私も頑張ります」


 俺は実質三部屋分の家具を組み立てている。相当時間が掛かる上に、俺一人でするとなると今日中に終わらせられるか怪しい。先に恋詠の部屋を取り掛かってはいるが。


「あ、そういえば今日の夜ご飯コンビニ弁当でいいか?」

「もしあれでしたら、私が夕食をお作りしましょうか? このあと買い出しにいけば」

「いや、今日はコンビニ弁当にしよう。多分時間的にも体力的にも厳しいだろうし」

「……そうですね。わかりました」


 恋詠の手作り料理が食べられるなら是非食べてみたいが、さすがに荷解きのあとに買い出し&料理はかなりきついと思う。

 今日は諦めてコンビニ弁当で我慢する。

 食材は明日、生活用品と一緒に買いに行くことにしよう。

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