新生活

第3話『天使との新生活』

 高校の入学式一週間前。そして引っ越し当日。

 俺と蓮咲が住む部屋は駅から徒歩五分、俺の通う高校から徒歩十分という非常に便利な位置にあるアパートだ。ちなみに蓮咲も俺と同じ高校に通うらしい。

 蓮咲ほどの頭脳があればトップレベルの高校だって楽勝だろうとは思ったが、理由は未だ不明。詮索して嫌われてもあれだから聞かないでおくことにしている。


「荷物はこれで全部になります」

「あ、お疲れ様です」

「では私たちはこれで。何かあればまたこちらまでご連絡を」

「ありがとうございます」


 業者さんが荷物を全て運び終えた辺りで、美琴さんたちの車がやってきたのが見えた。

 美琴さんとは以前から数回外食などで会っているが、蓮咲と会うのは卒業式以来になる。

 

(……と、そういえば苗字変わったんだったな。なんて呼べばいいんだろうか?)


 父さんたちは正式に夫婦になったため、それに伴い、恋詠の苗字も俺と同じ赤宮になった。

 恋詠? 恋詠ちゃん? あるいは敬意を払って恋詠様?

 万年ぼっちの俺に女子との正しい距離感なんて分からない。最初は無難に恋詠さんとかでいいか。


 そんなことを考えている間に、階段を上る足音が聞こえてきた。

 俺たちの住む部屋は二階の角、206号室。オートロックに防犯カメラは至る所にあり、セキュリティは万全。バス・トイレ別の2LDK。高校生二人で住むには十二分の広さだ。


内見の時も驚いた。当たり前だが家賃もそこそこする。

だが、セキュリティの万全さや交通の便利さ等を父さんたちが加味した上で、このアパートに決まった。


「……久しぶり。これからよろしく、恋詠、さん……?」

「…………」


 うん、気まずい。

 怒っているのか? 無表情過ぎて何を考えているのか読めない……。

 それにしても蓮咲の私服姿は初めて見た。

白いワンピースに赤いスカート。微かに香水の匂いがする。普段はこんな感じなんだな……。

相変わらず、白い髪に三日月のヘアピンが似合っている。うん、可愛い。

 

 ジーっと、恋詠は数秒間俺の顔を見た後、その小さな口を開けた。


「これ、あげます。那月くん」


 恋詠から差し出されたのはピンク色のハンカチだった。


「えっと」

「今日の運勢、那月くんの双子座最下位だったので、ラッキーアイテムだったピンクのハンカチを先程買ってきたんです」

「え? わざわざ?」

「てんびん座は好きな人にプレゼントすると運勢アップと書いてあったので」


 好きな人……⁉

 今確かに恋詠は好きな人と言った。……いや、俺たちは家族だしな。好きな人というのは言葉の綾かもしれない。

 実際、卒業式の日の告白は恋愛感情によるものではなかったようだし。


「あ、ありがとう」


 せっかく買ってきてくれたハンカチだ。いらないというのも、恋詠からしては不快だろう。

 ここは素直に受け取っておく。

 父さんは俺たちの隣で美琴さんと仲良く会話している。俺も美琴さんに挨拶するタイミングを伺う。


「あ、お久しぶりです、美琴さん」

「ふふ、前にも言いましたが、固いですよ、那月くん」

「まだ慣れないんですよ、はは」


 ふと、美琴さんと目が合い、挨拶をする。

 物心ついた頃から母親がいなかったため、『母』という人間への接し方がいまいち分からない。唯でさえ、同級生の女子とも話せないというのに。


「那月、父さんたちはそろそろ行くぞ。あとは自分たちでできるな?」

「ああ、うん。できるだけ俺一人で頑張るよ」

「できることなら四人で暮らしたかったが……絶対三年後には四人で住めるように父さんたち頑張ってくるからな」

「うん、頑張って。それと体には気をつけてな」

「大丈夫、こっちには美琴さんがいるんだ。安心しろ!」


どういう理屈だ……。まぁ幸せなのは間違えなさそうだ。


 隣を見ると美琴さんと恋詠も話していた。


「恋詠、何かあったらすぐに電話してくださいね。すぐ帰ってきますから。もしあれでしたら今からでも飛行機を……」


 恋詠が目を瞑り、首を横に振る。それを否定と受け取り、美琴さんは小さく笑った。

美琴さんからすれば一人娘を日本に残すんだもんな。相当心配なはずだ。

 どういう話し合いをしたのか、俺には分からない。でも恋詠の意思は固いように見えた。

 

「じゃあ行ってくるからな、二人とも」

「仲良くしてくださいね」


 そう言い残し、二人はアパートを後にした。

 そうだな。美琴さんも言っていた通り、仲良くしないとな。

 卒業式の日のことをどう思っているのか訊いておきたいところである。もう俺に無関心ならいいのだが、占い好きの恋詠の思考は読めない。


「とりあえず中に入ろうか、恋詠さん」

「そうですね……それと、私のことは呼び捨てで大丈夫ですよ」

「わ、わかった……恋詠」


 まぁ、一先ずはこの新生活に慣れるとしよう。

 俺は俯きながら内心呟いた。

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