第302話 誓いを今、ここに
結局、悠護は終業式を迎えても一度も登校しなかった。
オンラインではしっかり授業に出ていたし、寝る前にテレビ電話したから顔は見ているが、それでもやはり現実の悠護に会えないのは寂しすぎて死ぬほどだった。
その結果、二人のSNSのメッセージはそれなりに荒れた。具体的にはこんな感じに。
【悠護、IMFに缶詰めになってからどれくらい経ったのかな?
学校も始まったのに、一度も登校しないとかどんだけ忙しいの。
もしかして、IMFって学生の間にブラック企業の社畜精神を植え付けるのが当たり前なの?
だったらあたし、IMFに正式に職務規定について訴えるつもりだけど】
【日向、久しぶりだな。
登校の件は本当に悪いと思ってるし、俺は元気だ。ちゃんと三食食べれてるし、睡眠だってきっちり八時間取ってる。
だから、頼むからそれだけはやめてくれ。親父の時もこんな感じだったらしいけど、別にそこまでじゃない】
【でもでも、やっぱり悠護に会えないの寂しいよー。
会いたいのもそうだけど、話したいこととかいっぱいあるんだよ。
この前、食堂の厨房がうっかり爆発してみんなと一緒にずぶ濡れになったとか】
【食堂の厨房がうっかり爆発したっていうのが、もうパワーワードすぎて気になってる。
つか、何があってそうなった? 怪我はしてないのか?】
【食堂のおばちゃんの話だと、厨房の機材がそろそろ古くなって買い替えようと思った時に、いつも通り調理したらいきなりボンッ! て爆破したって。
おかげで火災報知器が作動して、食堂にいた生徒はあたし達含めてみんなずぶ濡れです。
あ、怪我人は厨房のおばちゃんの一人が転んで擦り傷作ったくらい】
【そっか、それはよかった……。
ひとまず、その怪我したそのおばちゃんにはお大事にって伝えといてくれ。
それと……俺も、お前に会えなくて寂しいよ。
休みの時も一緒にいたせいもあるけど、やっぱり寝る時に日向が隣にいないと寒く感じるな……】
【 】
【日向さん?
なんで空白のままメッセ送った??】
【いやー! 悠護のエッチー! 色欲魔ー!
こんないやらしいこと言うなんて、そんな風に育てた覚えないよー!?】
【お前は俺のおふくろかッ!
ああいや、ちょっと大袈裟に言ったかもしれないけど、そんな気はないからな!?】
【えっ……そんな気がないって……。
もしかして、もうマンネリ化した?
あたし、もう魅力なくなったの……??】
【そういう意味じゃねぇよ!!
というかお前、寂しさのあまり頭おかしくなってね!?
落ち着け! 正気に戻れ!
俺はいつもの日向が好きだぞ! 愛してる!!】
【うん、ありがとう。
愛の言葉でやっと正気に戻ったよ。
でもやっぱり会えないのは寂しいよー、樹なんて最近買ったサボテンに悠護の名前つけてるよ。
「悠護、大きくなれよー」って学習棟の部屋で言ってたの見たもん】
【え、マジで?】
【ほんとほんと。
心菜も一緒になってそのサボテンの世話してるし、ギルベルトや怜哉先輩なんて「悠護……貴様、随分と鮮やかな緑色になったな」とか「肌艶もいいね。棘も鋭くていい感じだ」って言ってたし】
【……とりあえず、陽先生と心菜以外の連中は会ったら説教だな。
でも、こればかりは我慢してくれ。
クリスマスのデート、楽しみに待っていてくれ】
【……うん。待ってる】
……そんなやり取りをした数日後、約束のクリスマスを迎えた。
冬休みに突入し、せっかく開放された学園は再び閉鎖されたが、それは通年通りのため誰も文句は言わなかった。
他の生徒と同じように家に戻った日向は、制服の上からコートを着て、必需品が入った鞄を持って外に出た。
今日のデートは、クリスマス限定でイルミネーションが展開されている丸の内でするらしく、電車に乗るとクリスマスにちなんで赤や緑を基調とした服を着たカップルが多かった。
日向のような制服でデートするカップルもいるが、やはり私服率が高かった。
(悠護が制服デートしたいから着たけど……なんで制服?)
あの時は制服デートをしたことがないから深く聞かなったが、今になってその理由が気になってくる。
理由は本人に会ってから話そうと思いながら、三回ほど電車を乗り換えてようやく丸の内に辿り着く。
改札口前で黒いコートを着た悠護は、柱に寄り掛かるように立っていた。
元が整っているせいで通りすがりの女子達から熱い視線を受けるも、彼はそれを全て無視する。
日向が改札を抜けると、ようやく気付いたのかこちらを見ると優しく微笑んでくる。
その笑みがとても大人っぽく見えて、久しぶりに心臓が高鳴った。
……それと同時に、悠護に視線が釘付けだった女子達から嫉妬の視線を向けられたが。
「早かったな」
「うん、今日のデートが楽しみすぎちゃって……」
「ははっ、そうか。俺も今日が楽しみすぎて早くきたからおあいこだな」
「……うん、そうだね」
にこにこ、ほわほわ。
二人の笑顔とそこから溢れ出る幸せオーラを擬音で表すなら、きっとこんな感じだろう。
そのオーラに当てられた周囲は、顔を赤くし、必死に顔を背けながら、早歩きでその場を去る。もちろん、日向に嫉妬の視線を向けていた女子達も。
「んじゃ、行くか。今年のイルミネーションは去年と比べて派手みたいだ」
「へー、どんなのだろう。楽しみ」
自然と手を繋ぎながら、二人はイルミネーションへと向かう。
丸の内のイルミネーションは、ブランドショップが並ぶ丸の内仲通りを中心とした約一・二キロの区間にある三四〇本を超える街路樹が、上品な輝きのシャンパンゴールド色のLEDが約一二〇万球で彩られる。
淡い金の光に包まれたメインストリートは、『世界改変事件』でヤハウェが世界を癒すために降らせた『神の
「綺麗……」
「今年は向こうの商業施設のホールに大型のイルミネーションオブジェとか飾られてみるみたいだぜ」
「行ってみよう!」
「ああ」
悠護の情報を聞いて、そのオブジェを見たくなった日向が自然と手を取って走る。
どちらも手袋をしておらず、握った瞬間には互いの手の冷たさと柔らかさが直に感じられた。
目的地の商業施設では、巨大なクリスマスツリーを中心にはサンタや雪だるま、それにトナカイなどクリスマスに相応しいオブジェクトがキラキラと輝いており、ホールの照明だけ暗くしているおかげで優しい眩しさをしている。
綺麗なオブジェクトを見て満足した日向は、悠護に連れられて商業施設の中を回ることにした。
クリスマス限定の商品を売りに出されており、誰もが限定品に目を輝かせる中、日向は雑貨屋の前で立ち止まった。
店先のテーブルに並べられたスノードーム。
数あるそれの中で、日向の視線を奪ったのはたくさんのプレゼントに囲まれた煌びやかなクリスマスツリーと可愛らしい雪だるまが入った、ありふれたデザインのもの。
それに釘付けになっている恋人を見て、悠護は優しく微笑んだ。
「それが欲しいのか?」
「……うん。欲しいな」
「じゃあ、それ買ってやるよ。お前の誕生日プレゼントとして」
「ありがとう」
日向の誕生日は『世界改変事件』の後始末やジークの葬式ですっかり忘れていて、自分の誕生日が過ぎたと気付いたのは学園に一日登校した日だ。
心菜達は後日プレゼントを贈ってくれたが、悠護だけは多忙のせいで用意すらできなかった。
日向が気に入ったスノードームを手に取った悠護は、迷いのない足取りでレジに駆け込む。
待っている間、色んな形をしたオーナメントを見ていると、むにっと頬に何か押しつけられた。
驚いて振り返ると、悠護が日向の頬にスノードームが入った箱を押しつけていた。
包装紙はクリスマス用のしかなかったが、そこに貼られたシールはちゃんと誕生日用のものだった。
「誕生日おめでとう。日向」
「ありがとう。悠護」
渡されたそれを丁寧に受け取ると、そのまま鞄の中に入れる。
それを見た悠護は、ふと日向の手を握った。
外で握った時とは違い、少しだけ高いぬくもりが伝わってきた。
「……悠護?」
「日向、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」
「? うん、いいけど……」
突然真面目な顔でそう言った悠護に戸惑いながらも了承した途端、そのまま手を引かれながら雑貨屋から離れる。
こちらを見ず歩く悠護の横顔は、覚悟を決めた男の顔をしていた。
☆★☆★☆
悠護に手を引かれ、連れてこられたのは教会だった。
クリスマス仕様ということで、赤子を抱いた聖母像の前には火が灯った蝋燭がガラスの容器に入れられ、淡い色を放っていた。
今は誰もいないこともあり、ひどく静かだった。
「教会……」
「懐かしいだろ? 全然違うけど、前世じゃ
「そうだね。あの時ほど緊張したことはないよ」
華々しい王都の中にありながらも、誰からも忘れ去られてしまった教会。
本来なら、貴族の子供ならばあんな寂れた場所で婚約を交わすことはしない。
だけど、アリナとクロウはそこがよかった。
立会人も、神父もいない、華やかな内装をしていなくても。
ただ、二人だけで交わした誓いと口づけさえあれば、それで十分だった。
「あの時は婚約しかしてなかったけど……今度は違う」
「悠護……?」
おもむろに悠護が日向の左手を取ると、そのまますっと薬指に何かが嵌められる。
薬指に入ったのは、白銀に輝く指輪。
その中央を飾るのは、薔薇を模した台座――その上に光り輝くダイヤモンド。
その指輪がなんなのか、さすがの日向も鈍くない。
これは――前世で贈れなかった、約束の印だ。
「悠護……こ、これ……これって……っ」
「ずっと後悔してた。なんであの時、結婚しなかったんだろうって。もし俺が死んでも、お前に大切な子を遺せたかもしれないのにって……。
涙目になりかける日向に、悠護がぽつりぽつりと語る前世の後悔。
あの時、何も言わず国のために魔導具を作っていた彼が、そんなことを思っていたなんて知らなくて、思わず目を丸くしながら見つめてしまう。
「でも、今世ではそんな後悔はもう二度としたくない。俺は、ずっとお前のそばにいたい。それこそ、死ぬまで一緒に」
指輪をはめた左手の甲に、悠護の唇が落ちる。
それが永遠の誓いを約束しているようで、遂に日向の目から真珠のような涙が零れていく。
「だから――日向、俺と結婚してください」
ようやく伝えられ、言えたプロポーズ。
前世では言う暇もなく、二人は同じ国の土の上で命を落とした。
〝神〟からの奇跡でも無い限り、永遠に告げることも、答えることもなかった。
でも、今は違う。
永い時間をかけてしまったが、自分達はようやく巡り合えた。
あの桜の花びらが舞う季節に。自分達を出会わせ、育てたあの学園で。
真剣に、だけど微かな恐怖を宿した目で見つめてくる。
万が一にも断れると思っているのだろうが、そんなものはただの杞憂だ。
――だって、断る理由なんて、ないんだもの。
だからこそ、日向は笑顔で答える。
涙を流しながら、今まで見た中で一番綺麗な笑顔で。
「――あたしも……ずっと悠護といたい……っ。あたしを、あなたのお嫁さんにしてください」
日向なりの答えに、悠護は満面の笑みを浮かべながら抱きしめる。
力が強くて息を詰まらせたけど、それでも胸の中にあるのは幸福感だけだ。
自然と体を離し、静かに唇を重ねる。
それは、共に歩む未来に向けての約束のキス。
蝋燭の温かな灯に包まれながら、二人は息が続くまでそのままでいた。
今日と同じように、誓いを交わせる日が遠くないと思いながら。
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