第301話 卒業後の道
一二月になり、聖天学園が再開した。
一日登校はしたが、やはり通常登校できると訳が違い、心なしか通学路を歩く生徒達の顔は晴れやかだ。
早朝集会のために講堂に集められた生徒達は、学園長から今の情勢の中、無事今日を迎えたことに対する感謝の言葉を贈ってくれた。
その中で『世界改変事件』やジークがこの事件の鎮圧に協力した結果、命を落としたことも告げられた。
一年生はあまり接点がなかったせいで動揺はそこまでではなかったが、二年生と三年生は顕著だった。
中でもA組は大騒ぎで、中には信じられないあまり号泣や失神する生徒もいた。
もちろん集会後は日向達に質問するために大勢の生徒が押し掛けたが、陽の的確な指示とジークの死の顛末については後日個別でメールを送るということで納得した。
この学園の一角には慰霊碑があり、この慰霊碑に名前が刻まれているのは何かしらの事件や事故で死亡した学園関係者だ。
基本、墓地などのプライバシーに関わる場所へ行くことを禁じられているため、生徒や教師達はここで花や食べ物などを供える。
放課後、ジークの名が刻まれた慰霊碑の前には多くの生徒が花を持っていて、日向達も倣って花を手向けた。
その中にちょうど花を手向け終えたノエルもいて、そのまま慰霊碑を後にする彼を止める。
「ノエル」
「ああ、日向か。お前達は無事だったんだな」
「うん……ノエルは……その、平気なの……?」
前世で死んだ後、ノエルはずっとジークのそばで支えていた。
付き合いの年月ならば自分の倍あるはずのノエルにそう訊くと、彼のスプリンググリーンの双眸がほの暗く陰った。
「…………正直なところ、未だ信じられない。アイツは槍の雨が降っても平然としている男だと思っていたからな」
「それは……言い過ぎじゃないかな……?」
だが、ジークならばそれくらいの障害を乗り越えそうな気がして、正直ありえなくもない。
「だが……死は死だ。生き返ることはできないし、アイツはやっとその重荷を降ろした。なら俺にできることは……来世では幸せになれることを願うだけだ」
「……うん、そうだね」
死を悲しむことは誰にでもできるが、来世で生まれる相手の幸せを願うことは意外と難しい。
それをあっさりと言いのけたノエルは、あの頃とは変わらない。
「お前も今世ではちゃんと幸せになれ。それがジークの願いなんだからな」
「分かってるよ。もう……充分泣いたから。あたしはちゃんと前に進むよ」
それだけ言うと、ノエルは小さく笑い、日向の頭を優しく撫でる。
それがノエルなりの激励なのは、長い付き合いの中で理解していた。
彼の後ろ姿を見送り、寮に戻ると噴水の前でギルベルトがスマホを片手に電話をしていた。喋っている言葉は英語だが、前世がイングランド王国もといイギリス人だった日向には理解できた。
「……ん? なんだ、日向か。盗み聞きか?」
電話を終えて、視線を感じたギルベルトが苦笑を浮かべる。
きっと日向があの電話の内容を理解したと分かっているからだ。
「ギル……あなた、卒業したらイギリスに帰るの?」
「元々、この留学自体オレのわがままで始めたからな。それにいずれ国王として継ぐことは生まれた時から決まっている」
そういえば、ギルベルトが聖天学園に入学してきたのは、無魔法を使える日向に会うことと、自分に一目惚れをして妃にするためだと言っていた。
あの時は前世を思い出していなかったから困惑したが、今ならずっと訊きたかった質問をしてもいいだろう。
「あのさ、ギル。あなたは留学した時からもう前世の記憶があったのよね? なら……どうしてあたしにプロポーズなんてしたの?」
日向の直球過ぎる言い方にギルベルトは目を見開くも、すぐに苦笑を浮かべた。
「ああ、あれか……最初は本当に一目惚れだった。無魔法が使えて、アリナと瓜二つとはいえ、魂は全くの別物という可能性があった。だが、たとえそうだとしても、オレは……お前を失いたくない。今度こそ、この手で守りたいと思った。……結局、悠護も前世を思い出したから返したがな」
「……そっか」
そう言ったギルベルトの顔には、未練などなく、むしろ清々しいほどの解放感が感じられた。
きっと、彼も後悔していたのだろう。前世で大事な友を立て続けに失い、それでも疲弊した国を建て直すために弱みを見せず、ずっと国の頂点としていた日々は、きっととんでもない重荷を背負っていたはずだ。
だが、今世では違う。
ギルベルトは周りに流されることなく、自分の意思で王になることを決めている。
ならば、きっと大丈夫だ。
「今世でも、あんまり無理しないで王様してよね」
「ああ、もちろんだ。今のオレには頼れる弟達もいるしな。今度こそ、兄弟仲良く国を治めていくつもりだ」
前世では確執を残したままバラバラになったが、今世では仲良く国を支えていく。
それはきっと、ローゼンがどれだけ望んでも叶えられなかった夢。
まだ用事があるギルベルトと別れた時、日向は確かに見た。
ギルベルトの隣で、自分とは違う道を歩むことを喜ぶローゼンの姿を。
☆★☆★☆
寮の部屋は閉鎖中も魔導ロボットが掃除してくれたおかげで、埃どころか塵一つもないほど綺麗だった。
久しぶりに寮のキッチンで料理をして、テーブルの上に完成したそれを並べる。
今日の夕飯は、鶏モモ肉を丸々一枚使ったチキンステーキ。
皮はパリパリに焼き上げているが、肉の部分はふっくらジューシー。お手製の醤油ソースをかければ空腹を刺激する匂いが漂う。
付け合わせは粉ふき芋とインゲンのソテー、副菜は半熟卵乗せのシーザーサラダ。汁物はニンジンとタマネギのコンソメスープ。
お茶碗に米粒がツヤツヤなご飯を盛り付け、準備は完了。
ちょうど心菜もサラダを盛り付け終えたため、一緒になって食卓につく。
ときおり料理の感想を言いながら食事を終えると、食後のお茶を用意した心菜が言った。
「日向、入省試験はどう?」
「ぼちぼちかな。一応陽兄に実力テストしてもらったけど、この調子で頑張れば普通に合格できるって」
「そっか。よかったぁ」
「そういう心菜は? 家を継ぐんだよね?」
「うん。でも今の医学について学ぶために、しばらく医大で聴講生かな」
魔導士は聖天学園卒業後、IMFで働くか警察学校や魔導士部隊専門の学校に進学する。
心菜の家のような魔法関連の企業だと新卒として入社できるが、その代わり普通の一般大学に入学する必要性はなくなり、履歴書の学歴では高等学校卒業で終わる。
しかし心菜の家では家業を継ぐための下準備と現代医学を知るために、しばらくは聴講生として医大で勉強するらしい。
「樹はそのままセンター就職でしょ? イアンが喜びそうだなぁ」
「ふふっ。でも樹くん、『センターに就職できるのは嬉しいけど、イアンの奴が完全にパシリにする気満々なんだよー! 俺、結婚する前に過労死しないよな!?』って心配していたよ」
「あはは……さすがにイアンもそこまではしないでしょ」
あれでも身重の妻がいる既婚者だ。
心菜という婚約者がいる樹を使い潰すような真似はしない……はずだ。多分。
「そういえば……悠護くんはまだIMFにいるの?」
「うん。そのせいで来年の一月いっぱいまでは学園に帰れないみたい」
七色家の当主の一人として、そしてIMF日本支部次期支部長として学ぶことが多く、学園に通いながらは難しいらしい。
出席や授業はオンラインでなんとかするらしいが、それでも約束のデートの日まで会えないのは少し寂しい。
「そっか……でも、この学園から卒業すると思うと、なんだか色々と思い出しちゃうね」
「そうだね。特にあたし達、平穏とはほど遠い事件に巻き込まれてるしね」
ジークやカロンなどの前世の因縁によって、日向達は他の学生では味わえない経験や事件と遭遇した。
その中には普通に暮らしていたら一生縁の無い人達との出会いもあれば、救えず死なせてしまった人達との別れもあった。
それでも、その時間の数々は、これからも自分達の糧として生きていくはずだ。
(来年の春……あたし達は学園を卒業して、別々の道を進む。でも、その先に待っているのがジークの望んだ幸せな未来だって信じてる)
その想いを無駄にしないために、日向達はこれから先の人生も生き続けなければならない。
そう思いながら、チキンステーキの最後の一切れを噛みしめるように口に入れた。
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