第300話 後始末とデートの約束
『世界改変事件』と呼ばれたあの事件の後、日向達は数ヶ月ぶりに一日だけ聖天学園に戻った。
研修などで帰ってきた同級生達は事件の話をしていたが、内容を全て知らないために的外れな推測やでたらめばかりだ。
日向達もようやく戻った平穏に享受したいところだが、それより前にやるべきことがあった。
まず、ジークの葬式だ。
本当ならイギリスか彼の故郷であるドイツの地に骨を埋めるべきなのだが、ギルベルトはこの日本で眠らせるべきだと言った。
それはきっと、自分達がいつでも墓参りできるようにという配慮だろうが、それでも彼の提案に乗ることにした。
葬式には喪服ではなく聖天学園の制服で出席し、墓地は自分達兄妹の両親が眠っている墓の隣にしてもらった。
両親の墓の隣にジークの墓が並んでいるのは妙な感じがしたけど、洋型の墓石の下にジークの遺骨が入った骨壺が収められたのを見て、酷い喪失感に襲われた。
それはきっと、死ぬまで一緒にいるだろうと思っていた大切な人との別れだからだ。
日向にとって悠護は大切な人で、彼意外と結婚することは考えられない。だけどジークは、陽のように家族のように、欠けてはいけないと思えるほどの大切な人だ。
矛盾しているだろうが、それでも日向は彼に生きて欲しかった。
だからなのか、墓石に骨壺が収められるまでの間ずっと涙を流す日向を、悠護がずっと寄り添っていた。
用意した仏花を飾った後、無事葬式を終えた日向達は豊崎宅に集まり、精進落とし(葬式後にする会食のことだ)をする。
用意した料理は寿司や天ぷら、煮物などみんなで食べられるもの。陽も普段飲まないビールを飲み、まだ学生である日向達は烏龍茶を飲みながら食事に手に付ける。
食事をしながら、陽はビールを片手に『世界改変事件』と名付けられた先の騒動の後始末について話してくれた。
あの後、空中要塞カエレムや『マギア・ゴーレム』はIMFですら把握できていない技術が使われているということで、一旦日本支部が預かりになった。
カエレムは半壊、『マギア・ゴーレム』はほぼ全壊されていたが、幸いにも動力などは無事だったので、今後解析結果は平等に全世界に通達することになった。
日向達がカエレムにいる間、市街地で『マギア・ゴーレム』と戦った『サングラン・ドルチェ』は、事件後すぐに姿を消した。
だが彼女らのことだから、ほとぼりが冷めたらすぐに動き出すと言っていた。
そして、日向の魔力値は三〇〇万越えから一〇〇万近くまで一気に下がっていた。
その時にヤハウェと交わした提案について話したら、全員は納得すると同時に複雑そうな顔をした。
無魔法が全ての魔導士が使えるようになったのはいい、だけど日向の魔力弱体化は今後の彼女の魔導士活動にヒビが入る可能性があったと思った。
「何を心配しているか分かるけどさ……今の豊崎さんの魔力は一〇〇万近くなら、別に気にしなくていいよ。さすがのIMFも、魔力値が下がったとしても一般的から見れば高すぎる彼女を捨てるような真似はできないだろうし」
しかし怜哉の言葉によって、全員が目を覚めたような感覚になった。
今まで常識とは外れた出来事に遭遇しっぱなしだったせいで、世間一般レベルがどれくらいなのかすっかり忘れていた。
今の日向の魔力値でもなんら問題ないと分かり、精進落としはそのままお開きとなった。
「……さて、ワイが片付けとくわ。日向はフロ入り」
「うん。ありがとう」
陽の言葉に甘え、日向は一旦自室で制服を脱いでラフな格好になった後、パジャマを持って脱衣所に入る。
久しぶりの我が家の風呂に入り、全身にへばりついた埃や垢を落とす。
長い髪もしっかり洗った後は、シャンプーの泡を洗い落とし、そのままリンスを丁寧に塗り込む。それも残らないようにシャワーで流したら、そのまま風呂場に出て脱衣所で体を拭く。
水滴一つ残さずしっかりバスタオルで拭い、パジャマに着替える。
そしてドライヤー魔法で髪をしっかり乾かして、そのままゆっくりと部屋に戻る。
陽が定期的に掃除してくれたおかげで、部屋には埃もなく、シーツも洗い立ての匂いがした。
ぼふっとベッドに寝転び、ゆっくりと瞼を閉じる。
本当ならそのまま、葬式での疲れで眠りに落ちるはずだが、眠気は全然こなかった。
代わりに来たのは――ジークとの思い出ばかり。
『お嬢様、そんなところで寝ないでください。仮にも貴族のご令嬢が庭で寝顔を晒さないでください』
『今日、農家の方から野菜と運よく獲れた鴨をくださいました。夕飯は豪勢に行きますから楽しみにしていてください』
『日向、お前の気持ちは分かるが……いくらなんでも課題内容を根こそぎ否定するレポートを書くな。担当教員が大泣きしていたぞ』
『そういえば、また新しい魔法を考えたんだ。……おい待て、なんだその恨みがましい目は。悔しかったらお前も何か新しい魔法の一つでも生み出してみろ』
従者だった前世と、自分達の副担任だった現世。
心底呆れた顔が、貰い物を見せる笑顔が、眉間にシワを寄せた困り顔が、堂々としたドヤ顔が、浮かんでは次々と消えていく。
大切な記憶を思い出すたびに、やがて耐え切れなくなって嗚咽を漏らす。
「ジーク……ジーク……っ! なんで……勝手にっ、死んだのよぉ……!」
ジークの犠牲がなければ、日向はカロンを斃すことはできなかった。
そう理解していても、やはり彼の死を易々と受け入れるほど聞き分けがいいわけではない。
いつ現れるか分からない自分と出会うために、何百年も罪を犯しながら生き続けた彼を忘れることなどできない。
どれだけ忘れたいと思っても、忘れることは許されない。
それが、彼の元主人である日向の役目だから。
だから――――今だけ、泣くことを許して欲しい。
自室のベッドで堰を切るように泣き叫ぶ妹を、兄はただ黙って見守る。
それしか、彼にはできなかった。
☆★☆★☆
ジークの葬式から三日後、IMFは聖天学園の校舎開放を一二月にすることを発表した。
その間は学園側が無線LANで送られた課題をこなしつつ、IMFの入省試験対策をする、それが今の日向の日常となった。
『世界改変事件』で魔導士に対する排斥運動が一時活発になったものの、今の時代では魔導士なしで成り立たない事業や政策が数多くある。
しかし
どの政党も苦情の対処で頭を抱えている隙に、徹一は日本支部長として声明を出した。
『『世界改変事件』で我ら魔導士が恐ろしい生き物だと思う者はたくさんいるでしょう。しかし、私はこの世界は魔導士と非魔導士、そして準魔導士が真の意味で共存できる社会にしていきたいと思っている。
その間にも様々な確執があるだろう。……しかし、この事件を止めるために奮闘した名もなき魔導士達の努力を無駄にしたくない。私は、我が息子と信頼する職員達と共にこの世界を変えていく。
それが……それこそが、
その声明は魔導士だけでなく、非魔導士も準魔導士もSNSで賞賛のコメントを大量に流した。
中には偽善だと批判する内容もあったが、徹一を支持する者が多いとそれはただの烏合の衆と成り果てる。
七色家もこれを機に、『供儀の御柱』や『マギア・ゴーレム』で被害を出した都市部や地方に復興部隊を派遣したり、今後の魔導士社会のために尽力したりと大忙しらしい。
樹は東京魔導具開発センターでイアンにこき使われていて、心菜は神藤メディカルコーポレーションで手伝いが増え、怜哉は言わずもがな。ギルベルトは一時帰国しており、イギリスで今後について王宮関係者やIMF本部と会合を続けている。
陽は学園再開のために留守にしがちで、悠護は徹一と一緒に各行政機関を走り回っている。
自分だけ何もしないというのは非常に肩身の狭い思いをしているが、むしろ周りは今まで苦労した分ゆっくり休んで欲しいと土下座しながら頼まれたのもそうだが、この事件を機に互助組織の創立が確立したことも理由だ。
以前から互助組織を創ろうと思っていたが、血統主義者や実力主義者の圧力がかかり、あと一歩手前で足踏みするという現状だった。
しかし先の事件と徹一の声明により、互助組織の必要性を改めた家々が増え、今では資金援助を申し出る魔導士家系も増えている。
本格的に互助組織を創立するのはIMFを入省してからだが、それでもそういったパイプを持てるのは嬉しい。
そのために、まずは入省試験の合格を目指さなければならない。
「はぁ……みんなに……悠護に会いたいなぁ……」
とはいえ、長い間恋人どころか友人達に会えない状況はかなり辛い。
今日はもう課題も試験対策もする気になれず、気分転換に商店街のケーキ屋でお茶をしようと思った時だ。
ちょうど勉強机の上に置かれていたスマホが震え、手に取る。画面に表示されていたのは、『黒宮悠護』。それを見て、慌てて着信をタップする。
「も、もしもし?」
『日向か。今、平気か?』
「うん、今ちょっと休憩しようと思ってたところ。そういう悠護は? ちゃんとご飯食べてる?」
久しぶりの恋人からの電話に、日向は嬉しさを隠さないまま上擦った声を出す。
それを気にしないまま、悠護は電話を続けた。
『食べてるよ。ここ最近は会食ばかりで、ちょっと太ったかもって思ってるくらいだ。……それでよ、まだ先になると思うけど、来月のクリスマスにデートしようぜ。制服で』
「制服で?」
聖天学園の制服は学内外でも着用は認められているが、今年は魔導士差別活動が頻繁に起こっていたため、外では私服でいることを学園側から厳命されていた。
今はそれも落ち着いてきたため、制服でも外に出てはいいかもしれないが、悠護がそんな提案するとは少し驚いた。
『今考えれば、俺達学外で制服デートってしたことないだろ? 制服着るのもあと数ヶ月で終わるし、一回でもやってみたくて』
「ああ、そうだよね……あと少しで卒業だもんね……」
三年前に魔導士と目覚めてから、聖天学園に入学してからの日々はどれも目まぐるしく、慌ただしいものだった。
平和とは程遠いトラブルに巻き込まれ、何度も死ぬ思いをしたし、心に深い傷を残した。
それも今になっては今の自分を形作る糧となっているのも事実だ。
「……分かった。じゃあクリスマスに、デート先の駅で待ち合わせでいい?」
『ああ。それでいい。――楽しみにしてる』
それだけ言うと、悠護は電話を切る。
その声に覚悟を滲ませていたことに気付かないまま、日向は予定通りケーキ屋に向かうのだった。
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