最終話 この物語の名は

『おはようございます! 今日は日本全国の桜の花が一斉に開き、絶好なお花見日和となりました。今日は休日ということもあり、各地で花見客が急増するでしょう――』


 テレビのニュースキャスターが、モニターに映る桜の映像を見ながら話すのを見ていた陽は、チャンネルを手に取るとそのままテレビを消す。

 今日の陽の装いは、昨日クリーニング店から受け取った黒いスーツ。モスグリーン色のネクタイを締めれば、祝いの席に相応しい格好になる。


「……あれからもう二年、か……」


『世界改変事件』から二年と数ヶ月、日本ではあらゆるところで変化が起きた。

 日向達が卒業した半年後、IMF日本支部は国際準魔導士互助組織『リベルタス』を発足し、その理事長の席を立案者である日向が座った。

 最初は黒宮家の次期当主の婚約者の肩書きを利用しただけの、鳴り物入りで立ち上げた組織だと思われていたが、それも日向の手によって推し進められた改革によってその声もなくなった。


 準魔導士・聖天学園卒業者の雇用内容改善によって、就職率上昇したことで魔導士崩れは大幅に減少。

 裏ルートで販売されていた製造禁止の違法魔導具の流通が完全停止し、魔導士の人身売買を行う地域はなくなった。

 IMFが全面サポートしたことによって、魔導犯罪数はここ二年で大幅に減少し、その成果を知った各国は同じような互助組織を次々と創立させた。


 怒涛の勢いで改革を進めたことで、日向はロクな休みがないまま働き続け、つい三ヶ月前に抱えていた大仕事を全て終わらせた彼女に待っていたのは、職員全員から言い渡された強制長期休暇命令だった。

 しばらくの業務は副理事長に就いた遠野が肩代わりすることになり、今年『リベルタス』に入る凛音と楓華もその業務の手伝いをすると申し出た。


(ま……せっかく婚約したのに、悠護のヤツも卒業したら新米支部長として働いとったしなぁ。自分も頑張らなアカンって思ったんやろ)


 一年前に後を追うようにIMF日本支部長となった悠護の仕事ぶりも凄く、日向もそれに触発されて大仕事をいくつも抱える羽目になった。

 結局、二人は職員全員に強制長期休暇命令を言い渡され、職場に近いマンションの一室でしばらく二人きりの甘い生活を送っていたが……。


(――やからって、さすがに想像できひんやろ! まさかあの二人がデキ婚するなんて!!)


 本当なら結婚式は今年の夏にするつもりだったが、なんと二月に入ってから日向の妊娠が発覚してしまった。

 検査の結果、お腹にいる赤ちゃんは二人。つまり双子だ。

 これにはさすがの陽も絶句し、直後怒りのあまり悠護の顔をフルスイングでぶん殴ってしまった。


 さすがの悠護も結婚式を挙げていないのに、妊娠させてしまったことに罪悪感があったこともあり陽の拳を避けることなくそのまま大人しく受け止めた。

 脳震盪を起こし気絶した悠護を日向が泣きながら介抱し、陽はこれ以上言っても状況が変わらないと悟って空笑いを浮かべるのを、居合わせた愛莉亜がドン引きした顔で見ていたのは当分忘れられない。


 ようやく目覚めた悠護とスマホ越しだが徹一と交えて話し合い、まだ日向のつわりが軽いうちに早めに式を挙げることにした。

 それが今日、この日というわけだ。


「――陽、準備はいい?」


 リビングと廊下を繋ぐドアから、群青色のドレスを着た愛莉亜が声をかける。

 彼女の細い腕の中には、七ヶ月に生まれた愛娘・芽衣めいがピンクの可愛らしいドレス姿で陽を見つめていた。


「ああ、もうできたて」


 日向達の卒業式と同時期に結婚を果たした陽には、すでに新しい家族が増えていた。

 自分と同じ焦げ茶色の髪と、愛莉亜と同じ青紫色の瞳をした娘は首が据わり、髪も伸びて女の子らしく成長しており、陽は愛おしげな眼差しを向けながら優しく頭を撫でた。


「ほな行こうか、お騒がせな妹と義弟おとうとの元に」



 日向と悠護の結婚式の会場は、黒宮家が数十年お世話になっている教会で開かれる。

 教会内にはすでに多くの参列者がおり、その中には心菜と樹、それにギルベルトと怜哉の姿もあった。


「久しぶりだなー、ギル! 顔つきが前より男前になりやがって。国王は忙しいのによく来たな」

「ああ。今は社交シーズンだが、今日のためにわざわざ休暇を貰ったんだ」

「にしても黒宮くんもやるねぇ。まさかデキ婚なんて。七色家始まって以来の珍事じゃない?」

「うーん、でも仕方ないと思いますよ……。二人とも、卒業してからずっと大忙しで、時間も休みもロクに取れなかったし……」

「その結果が、妊娠なのだろう? 我慢もし過ぎると後戻りできない事態を引き起こすというのは今回のことでよ~く分かったぞ」


 ギルベルトのぐうの音も出ない正論に、二人は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 色々と事故が起きてしまったが、それでも今日がおめでたいことには違いない。

 東京魔導具開発センターの一チーム主任である樹も、イギリスの現国王であるギルベルトも、白石家現当主となった怜哉も、そして神藤メディカルコーポレーション女社長として動き始めた心菜も、今日という日を楽しみにしていた。


(きっと、今日は良い式になるわ)


 そんな確信を胸に、心菜はそっと樹の手を握る。

 突然触れた手に、樹は目を丸くしながらもぎゅっと優しく握り返した。

 二人の左手薬指には、キラリと輝く婚約指輪が嵌められていたことに、当然誰もが気付いていた。



☆★☆★☆



『――皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、式を始めます。まずは、新郎入場です』


 司会を務める男性の声に従いながら、式場に先に入ってきたのは悠護。

 学生時代の約束通り、騎士服を模した黒い礼服を身に包み、拍手が鳴りやまない中を一歩一歩力強く赤い絨毯の上を歩く。

 参列者が座る席の一部には大きなフォトフレームが四枚立てられて、日向の両親と悠護の母親、そしてジークの写真が入っている。


 きっと、こんな形で式を挙げてしまった自分達を呆れながらも祝福しているのだろうか。

 そう思うと少しおかしくと、思わず笑みを浮かべてしまうが、そのまま牧師の前に立つ。


『続きまして、新婦の入場です』


 開かれた扉の先に、ウェディングドレスを着た日向が愛莉亜によってヴェールを被せていた。

 今日のために用意したウェディングドレスは、オフショルダーの清楚なデザインをしている。胸元にはダイヤの形をしたルビーのブローチがついていて、ブローチの輝きを損なわせないために首の周りにはアクセサリーはつけないことにした。


 髪は学生時代の時のように結わずそのまま流しており、両耳には大粒の真珠のイヤリング。

 ティアラは華奢ながらも繊細なデザインで、両手には真っ赤な薔薇のブーケ。

 今日のために美しく着飾った花嫁は、兄と共にバージンロードを歩き始める。


 荘厳な音楽が鳴り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 腕を組んでいた陽がそっと手袋をした日向の手を、そっと悠護の手の上に乗せる。

 その時、彼の目が二人に向けられ、声なき言葉が伝わってきた。


 ――絶対に幸せになれ。


 赤紫色の双眸から伝わるその言葉に、二人は静かに頷き、陽は満足したようにその場から離れた。

 新郎新婦が揃うと参列者達は讃美歌を斉唱する。ちぐはぐな音程や声に少しおかしくて笑いそうになったが、それでも必死に我慢して歌終わるのを待つ。

 そして次に来たのは、宣誓。目の前の牧師がお決まりの言葉を告げる。


「新郎悠護、あなたは日向を妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「新郎日向、あなたは悠護を夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 互いに宣誓を終えて、指輪の交換も済ませると、ようやく誓いのキス。

 悠護の手によってヴェールアップすると、ようやく視界が明るくなる。

 目の前には、幸せそうに微笑む悠護がいて、周りには自分達を祝福してくれるみんながいる。


(……これからは、きっと色んなことが待っているだろうな)


 結婚した先に待っているのは、これから生まれてくる子供達との生活。

 昔想像した新婚生活は送れないかもしれないけど、それでも今までが十分幸せだったから、それでもいい。

 むしろ家族が増えて、さらなる幸せが待っていると信じてる。


「日向、お前もお腹の子供達も俺がずっと守ってやる。愛してる」

「あたしも、愛してるよ。悠護」


 万感の想いを胸に、互いに愛の言葉を交わしながら、世界で一番甘いキスをした。



 祝福の鐘が鳴り響き、物語はようやくハッピーエンドを迎える。


 時に笑い。

 時に泣き。

 時に悩み。

 時に戸惑い。

 時に苦しみ。


 様々な出会いと別れを経験し、少女は愛する人との未来を手に入れた。


 それは、ずっと彼女とその周りを見守り続けた〝神〟が望んだ結末。


 そうして、この名がない物語に、ようやく題名タイトルがつけられる。


 魔法マジックのように不可思議に変化し、狂詩曲ラプソディーのように自由で優雅に奏でる、幻想的で儚い叙事詩エピック・ポエム


 この物語の相応しいその名は――――『マジック・ラプソディー』

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