第296話 因縁の終焉<中>

 最初に動いたのは、カロンだ。

 彼は強化魔法で脚力を強化し、そのまま疾走すると剣を日向に向けて振り下ろす。

 もちろん日向は《スペラレ》で防ぎ、すぐさま横薙ぎでカロンの剣を振り払う。


 彼が姿勢を崩した間に、陽が魔力弾を放つ。

 兄特製の魔法陣は、魔力弾を補充・連射するために構築した術式。いわば魔法の機関銃ガトリングガン

 スドドドドドッ!! と放たれる魔力弾の雨を、カロンは防御魔法で防いだ。


 しかし、それは予想の範囲内。

 今度は樹の攻撃。拳を床に叩きつけると、大理石の床がチョコレートのように粉々に砕かれる。

 足場の安定を失ったカロンは、勢いよく上に飛ぶがそれは悪手。


 同じタイミングで飛んだ怜哉が、鞘に収めた《白鷹》の柄を握っていた。

 直後、瞬時に鞘から《白鷹》を抜く技――抜刀術を繰り出した。

切断アムプタティオ』と『硬化インドゥリティオ』が付与された《白鷹》は、強烈な一撃を放つも、カロンは一瞬だけ足元に防御魔法を展開して攻撃を躱す。


 姿勢を崩し空中に投げ出されるも、最後にリリウムが仕込み杖の刀身を己の心臓目掛けて突き刺そうとしていた。

 再び防御魔法を展開するも、『無限天恵』と『リンク』によって攻撃力を増したリリウムの一撃はひどく重く、攻撃を防ぐことはできても反動でカロンの体は床に埋め込まれる。


(クソ……! 甘く見ていた! こいつらの連携はそこらの軍隊と比べものにならない!!)


 彼女らは長年共に勉学に励み、苦難を乗り越えてきた。

 一から鍛え上げ、連携をその身に覚えさせる軍隊と違い、日向達は言葉なく目だけで指示を出し、それぞれに適した魔法を繰り出す。

 一糸乱れない動きと、鮮やかな魔法。これが、現代の魔導士達の力。


 しかし、カロンが望むのはこんな力がある世界ではない。

 魔法を自分以外の人類から奪い、己にとって邪魔な存在を排除し、戦争も陰謀もない、カロンが長年夢見た世界だ。

 自分が生き辛い世界なんて、消し去ってみせる。


「――余所見してんなよなッ!」


 そう思い耽っていたのが隙を生み、悠護の攻撃が炸裂する。

 金属干渉魔法によって生み出した、魔力が込められた弾丸。通常の弾丸よりも硬度と殺傷能力の高いそれが、カロンが魔法を展開する前に放たれる。

 全身に弾丸が掠り、服や肌が裂ける。傷をつけられること自体、最初の前世で何度かあったからそこまで気にしなかったが、それをつけたのが憎い男であるのは我慢ならなかった


「――! まず貴様から殺してやる!」


 無意識なのか、それとも怒りで思わず出たのか、初めて悠護の名を叫んだカロンは、火魔法を放つ。

 放たれたのは、『火の矢イグニス・サギッタ』。自然魔法の中では簡単な部類に入るが、威力は折り紙付き。遠慮なく魔力を注ぎ込むと、千を超える火矢が飛んできて、大理石の床に突き刺す。


 それを躱しつつ、ジークは《デスペラト》の刃に魔力を纏わせる。

 風が渦を巻きながら刃に纏わりつき、そのままカロンに向けて振り下ろす。

 風魔法付与による斬撃。〝神〟自ら与えられたその力は、現代の魔法を超える猛威を振るう。


 剣を振り下ろした瞬間、風の渦が巨大化し、カロンだけでなく天井すら巻き込む。

 誰もが吹き飛ばされないよう耐えるも、その勢いは徐々に強まっていく。

 渦の中で全身に裂傷を作りながらも防ぐカロンは、内心舌を打つ。


(どいつもこいつも私の邪魔ばかり……! 何故だ、どうしてこの崇高な使命を誰も理解しない!?)


 ずっと、ずっと考えていた。

 こんなにも醜い人間共がいる世界なんて、一度綺麗に掃除しなければ空気が吸いやすくなるのではないかと。

 最初の前世はまだよかったが、時代が進む度に空気が淀み、人口が増え、醜い争いや貧困が世界中で広がっていく。


 そんな世界を生きるなんて、カロンには到底できない。

 むしろ、こんな世界なんて壊れてしまえばいい。

 なのに――なのに、何故誰もが足掻く!?


「悠護ぉぉぉぉぉぉ!!」

「カロォォォォォン!!」


 宿敵の名を叫びながら、己の得物を振るう。

 その怒涛の剣戟は、まるでこれまでの因縁をぶつけ合う激しい音楽の如く。

 いくら魔導士としての力を身につけていながらも、実力で言えば悠護の方が勝っている。


 そう理解していても、それでも負けたくない。

 最初の前世かつての自分よりも恵まれて、幸せを手にしたこの男に。

 それが男しての矜持によるものか、それともこの身に残っていた嫉妬心によるものか。


 どちらにせよ、今のカロンには些末の問題だ。

 今の彼にあるのは、日向を再び『神話創造装置ミュトロギア』に取り込ませ、新世界を創ること。

 それ以外は全て排除しなくてはならない。


「っ、させるか!」


 しかし自分の思惑を読んだように、ジークが間に入る。

《デスペラト》。クロウが鍛え上げた《スペラレ》の対の剣。

 黒とタンザナイトの宝石が輝くそれは、これまで見た芸術品よりも美しい。


 斬り合う相手が悠護からジークに変わり、カロンは再び斬撃を繰り出す。

 しかし、そこであることに気付く。

 ジークの動きが、最初に斬り合った時と比べてやや鈍くなっている。先ほどまで感じていた攻撃の鋭さが半減しており、額には脂汗が流れている。


「どうした、動きが鈍いぞ? 〝神〟に選ばれた男ではないのか、お前は!」

「うるさい!」


 わざと挑発させると、ジークは苛立ったように声を荒げる。

 先ほどより幾分か遅い剣戟を受け流しながら、カロンは考える。


(恐らくだが……今までこいつは無意識に〝神〟から与えられていた魔力で魔法を使っていた。それだけでも規格外だったが、日向と同じで『蒼球記憶装置アカシックレコード』に接続できている。だが、もしその力がこいつの身を蝕んでいるとしたら……?)


 そもそも『蒼球記憶装置アカシックレコード』は人の手には余る神造機械。

 日向は前世で己の魂と直結することで〝神〟と同じくその力を振るうことはできるが、ジークは〝神〟の魔力のみで扱っている。

 ならばその負担は、日向よりジークの方が大きいはずだ。


(もしそうなら話が早い。先にジークを殺せば、後は簡単だ)


 陽も厄介だが、一番面倒なのはジーク。

 本音を言えば今すぐにでも悠護を斬り殺したいが、合理的に動いていたカロンの頭の中ではその優先順位が変わる。

 剣先をジークに変え、カロンはさらなる剣戟を繰り出す。


 重く激しい剣戟を受けながら、ジークはこの男が今の自分の抱える弱点に気付いたことを察した。

 いくら己の魔法の原点を思い出したとはいえ、『蒼球記憶装置アカシックレコード』を扱えるほどの力量はない。

 そもそも、あれは創造主である〝神〟と『蒼球記憶装置アカシックレコード』に魂を直結繋げた日向しか使えない。


 今のジークは〝神〟から与えられた魔力で、己を創造主として誤認させているだけだ。

蒼球記憶装置アカシックレコード』に接続しているとはいえ、大規模な事象干渉などできない。

 できることは、せいぜい『神話創造装置ミュトロギア』の機能に介入することだけだ。


(だが、それで十分だ)


 ふと、背後にいる悠護達を見る。

 彼らは己の全力を出し切るために、目の前にいるカロンに魔法を、剣戟を放っている。

 だが、彼らには彼らの夢がある。それは日向も同じだ。


 元々、この因縁はカロンが己の目的のために始めたものであると同時に、ジークが復讐のために数百年も長引かせてしまったものだ。

 これ以上、未来ある彼女らに迷惑をかけるわけにはいかない。


 ――だから、ここでお別れだ。



 ジークとカロンが鍔迫り合いをする中、陽は新たな魔法陣を展開しようとしていた。

 だけど、その直前でジークの口元が小さく笑みを作る。

 強敵に立ち向かい、自然と興奮して思わず口元を緩ませるのとは違う笑み。


「―――――――――」


 笑みを浮かべたジークの口が動く。

 剣戟と風圧の音で何を言ったのか聞こえなかったけど、いつだったか興味本位で習った読唇術で割り出した言葉は読み取れた。


『今までありがとう、さようなら』


 たったその言葉で、陽は彼が何をしようか察した。

 制止の声を出す前に、ジークの手から《デスペラト》が離れる。

 カラァン……と金属音と共に、黒と青の剣は激しい戦いで傷ついた大理石の床に落ちた。


 誰もが突然の行動に息を呑み、日向が、悠護が、ギルベルトがすぐさまカロンに迫ろうとするも遅かった。

 肉が裂ける音と一緒に朱色の珠が宙を飛ぶ。黄金の刃が、腹から背中を突き貫いた。

 足元を血で汚すジークの体は、そのまま目の前の敵に寄り掛かった。


「――『装置接続コンネクティオン』」


 瞬間、血を吐き出すジークの口から詠唱が唱えられた。

 カロンはすぐさま彼の思惑に気付くも、時すでに遅し。


「『神話創造装置ミュトロギア』、全機能停止。五秒後に自壊せよ」


 神造機械の模造品が、〝神〟の魔力に連動する。

 歯車を鳴らしていた『神話創造装置ミュトロギア』はジークの命令に従い機能が停止していく。

 そして、徐々に全体を黒く染め上げて、ボロボロと瓦解していく。


 自壊機能。

 それはジークがイアンと共に仕込んだ、カロンすら知らなかった絶対命令システムコマンド

 本来なら日向の助力を得なければ発動しない機能なのだが、〝神〟の魔力を分け与えられたジークでも可能になった。


「ああ……あああ、ああああ……!?」


 錆ついて壊れていく巨大装置に、カロンは絶望交じりの悲鳴を上げる。

 その時に剣が手から離れ、支えを失ったジークの体は仰向けで倒れた。

 必死に形を戻そうとするカロンを横目に、日向達は血相を変えて駆け寄る。


「ジーク! あなた、なんて真似を……!?」

「すまない。こうするしか、『神話創造装置ミュトロギア』を破壊することはできなかった」


 日向に抱きかかえられている間にも、ジークの体から大量の血が流れていく。

 心菜が治癒魔法をかけようとするが、その手をギルベルトが握りして、そのまま首を横に振った。

 聡明な彼のことだ、きっと気付いたはずだ。今のジークに治癒魔法はもはや無意味だと。


「これであいつは『神話創造装置ミュトロギア』を使えない。きっと消していたはずの呪いも、すぐに元に戻るだろう」

「どうしてこんなことに……ジーク、あたしはあなたにも生きて欲しかったのに……っ」

「私はもう十分に生きた。過去の亡霊は、ここで退場するべきだ」


 そう。本当ならジークは、とっくの昔に死ぬはずの命だった。

 それがなんの因果か、こうして数百年も生きてしまった。

 だからこそ、この結末を受け入れるほど、今の自分に未練も後悔もない。


「もう、いいんだ……私は、世界で一番幸せだった……」


 瞼が重くなっていく。体が鉛のようになって、徐々に意識が離れていく。

 ああ、でもその前に。

 この言葉を、彼女らに告げなければ。


「日向、悠護、樹、心菜、陽、ギルベルト、怜哉…………後は、任せた。だから――どうか、勝ってくれ――」


 血に濡れながら、ジークは優しい笑みを浮かべると、そのまま静かに瞼を下ろす。

 だらりと体が弛緩し、心なしか肉体がわずかに軽くなる。

 まるでかつての自分アリナの時と同じように、ジークは眠るように命の火を消す。


 数百年も続く因縁を始め、そして己の命を以て終焉に導いた気高き純白の魔導士。

 それが、後に【終末の魔導士】と呼ばれるジーク・ヴェスペルムの最期だった。

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