第295話 因縁の終焉<上>

「日向! いい加減に起きろっ!」


 ジークが主人の名前を呼ぶ。

 その声に釣られて、カロンが宙に百を超える魔力弾を生み出し、そのままジークに向けて発射。

 迫りくる脅威に、ジークは《デスペラド》で弾き飛ばすも、いくつが頬や足に掠る。


「目覚めさせるかっ! 彼女は、永遠に私と共に新世界へ―――!」

「チッ、往生際の悪いストーカーだな!」


 目を血走らせながら、カロンは容赦のない魔力弾の雨を降らせる。


「――リリウム!」


 直後、カロンの背後に白百合の修道女が現れる。

 リリウムの持つ剣が振り下ろされるも、すぐに『不屈の盾インヴィクトム』で防ぐ。


「小癪な!」

「うぁ……っ!?」


 カロンが苛立ちながら魔力弾の一発をリリウムの腹部に打ち込むと、何故か心菜が悲鳴を上げる。

 よく見ると彼女の腹部が赤く染まっており、その位置がリリウムに魔力弾を撃ち込まれた場所と一致した。


「心菜! 今すぐ召喚魔法をやめろ! 『リンク』は今のお前には危険すぎる!」


『リンク』。それは、召喚魔法の技のひとつだ。

 通常、魔物は魔導士と感覚を共有していない。魔物自体が媒介から生み出されたもので、元より肉体も五感もない。

 しかし『リンク』は違う。魔物へ供給する魔力が大幅に触れるメリットはあるが、その代わり非物質化になることができず、さらに魔物へ与えられたダメージは全て主人が肩代わりするというメリットがある。


 召喚魔法を使う魔導士にとって、『リンク』は諸刃の剣。

 それでもこの技を使うことを、心菜は決めていた。


(ヘレンさんからこの技を聞いた時……私は、これを使わないって思わなかった)


 まだこの作戦が始まる前、特訓中だった心菜にヘレンが電話で教えてくれた。

 カロンの実力が分からない以上、余計な世話かもしれないが、『リンク』を習得した方がいい。けれど、その場合心菜あなたの体が壊れるかもしれない、とヘレンは言ってくれた。


 確かに『リンク』は魔物と感覚共有するだけではなく、魔力で力を底上げする間に術者の体に大きな負担がかかる。

 過去にも『リンク』を実行し、体の一部が使い物にならないほどボロボロになった魔導士も少なくない。

 それでも、心菜にはその力が必要だった。


(『リンク』はあくまでリリウムへの魔力供給優先! 『無限天恵』のおかげで魔力はたくさんある! 日向が起きるまで、持ちこたえてリリウム!!)


 心菜しゅじんの想いに呼応し、リリウムの剣の素早さを増す。

 多方面から飛ばされる剣戟は、カロンの防御に徹させるほどの威力と勢いがある。

 だが、そのままやられるカロンではない。


「チッ……『マギア・ゴーレム』ッ! こいつらを殺せ!」


 舌を打ちながらカロンが『マギア・ゴーレス』を呼ぶ。

 どうやらこの城の中に配備していたらしく、カロンの声に反応して悠護達の前に三体も降りて来る。

 王の命令を聞いて、『マギア・ゴーレム』は活動を開始させる。


 だがその瞬間、一体の『マギア・ゴーレム』胴体に黄金の雷が撃ち込まれる。

 雷の正体は、半獣化したギルベルト。

 人間の姿を保ちながら、両腕と両足、さらに背中から翼、腰に尾を出現させたギルベルトの姿は、まさに異形そのもの。


「ガラクタ風情が調子を乗るなぁ!!」


 雄叫びを上げながら、ギルベルトは高圧力の電撃を放つ。

 いくら防魔加工されているとはいえ、その耐久値を超える雷撃に『マギア・ゴーレム』は悲鳴を上げる。

 黄金が黒ずみになっていく横で、二体目の『マギア・ゴーレム』がギルベルトに向けて刃を振り下ろそうとする。

 しかし、そうなる前に全身が赤紫色の魔力弾によって撃ち抜かれた。


「ここまで来て、邪魔させてたまるかぁ!」


 陽の魔法陣から放たれる、膨大な魔力弾の雨。

 二体目が防御も虚しく撃ち抜かれていく中、三体目が陽もギルベルトも殺そうと近付くが、その前に頭部に誰かが降り立った。


「核はここか……弱いけど、これくらいはできんだよ!」


『マギア・ゴーレム』の頭部にしがみついた樹が、強化魔法をかけた拳を一発打ち込む。

 心菜の『無限天恵』の恩恵により魔力が底上げされている樹の拳は、『マギア・ゴーレム』の頭部を貫き、そのまま中にあった魔石ラピスを砕く。

 青い目から光を失い、活動停止する三体目。自分にとって自慢の魔導殺戮人形が、因縁の敵である彼らにこうも呆気なく倒され、カロンはさらに目を血走らせた。


「貴様らぁ……!!」

「よそ見とは、随分と余裕だな」


 隙を逃さず、ジークが《デスペラト》を振るう。

 一瞬だけ反応の遅れたカロンは、魔法を展開する暇もなく一太刀浴びる。

 わずかに頬に掠った傷。だけど、それはジーク達にとって真の反撃の一歩だ。


 互いの剣が交わされ合う。

 金属音が響き、周囲では魔法が飛び交う。

 それはまるで、華やかなイメージとはかけ離れた舞踏会のようだった。


 誰もが血を流し、目を血走らせ、魔法や武器を振るう。

 これが本当の社交界だったら、なんて血生臭いと忌避するだろう。

 だけど、一人一人の息遣いや強い信念を見せ、そしてしのぎを削り合うこの戦場は、魔導士にしか生み出せない会場だった。


 ジークとカロンの剣がぶつかり合い、甲高い音が響く。

 鍔迫り合いしながら、互いを睨みつける。

 その瞬間、鉄の壁に亀裂が走る。


「「「!!」」」


 ピシピシピシッ!! と壁が壊れていき、亀裂から見えるのは琥珀色の光。

 そして鉄の壁が崩れていき、カツン――と靴音が響く。

 その靴音に、感じ取れた魔力に、誰もが笑みを浮かべる。


「――ったく、すげぇ寝坊だぞ。日向」

「――――だね。遅くなって、ごめんね。悠護」


 悠護の言葉に、壁から現れた少女――日向は苦く笑う。

 その手に、白銀の剣《スペラレ》を握りながら。


 悪魔の王に囚われていた英雄が、今目覚めた。



☆★☆★☆



「――――何故だ?」


神話創造装置ミュトロギア』で眠らせたはずの日向が、起きた。

 あの中で見せていたのは、彼女が望む世界。ずっと昔に思い描いていた夢。

 彼女ならば共感してくれると思って描いた理想郷だった。


 ――そのはずなのに。


「何故、あの世界から出た? あの世界はお前が心から願った、理想郷だったはずだ。誰も傷つかず、誰も飢えず、誰も死なない。そんな甘い理想を詰め込んだ夢の世界を」


 それを一番望む彼女アリナが、カロンの世界を否定した!

 他の誰でもない、この娘が!!


「…………………確かに、あの世界は私が望んだものだった。両親がいて、みんながいて、笑顔で過ごす楽しい日々……」


 目を閉じても、あの世界での出来事を思い出す。

 あの世界は、両親を亡くした日向が、現実逃避のために描いた夢と似ていた。

 あの日、陽が部屋に入って現実に戻らせてくれるまで、きっと死ぬまであの夢を見続けていただろう。


 でも、あの時があったからこそ、今の日向がいる。

 だからこそ、この世界で生きることができた。


 一年目は、今の絆を紡いでくれた友との出会いもあれば、恋敵との容赦ない別れもあった。

 二年目は、忘れてはいけない前世を思い出し、想い人と想いを重ね合った。

 そして三年目は、この長い因縁を終わらせる、前世との別離わかれであり、未来と邂逅であう時がきた。


「でも、あの世界ではあたしが望む日常モノは手に入らない。だから――ここで全部終わらせる。あなたとの因縁も、全て」


 日向が《スペラレ》の剣先をカロンに向ける。

 白銀と琥珀色の瞳に射抜かれたカロンは。呆然とそれを見つめる。


(アリナ――いや、あれはもはや、アリナではない。アリナに似た、別の女だ)


 姿は前世のままなのに。

 思考も性格も似ているのに。

 でも、細胞が、神経が告げる。


 ――お前の愛した女神アリナはいない。今目の前にいるのは、女神アリナの姿をしたひなただ。


 それは、カロンの中にあったすうはいが壊れた合図。

 彼の中に残るは、敵を殺すという純粋な殺意のみ。


「………………………そうか。ならば、も仲間と共に死ね」


 今まで執拗に名を呼んでいたカロンが、日向を『貴様』と呼んだ。

 それはカロンにとって、日向はもはやいらない存在だということ。

 そして――これから殺す、ただの虫けらに成り下がったことを意味する。


(今までずっと思っていたけど…………本当に、自分勝手な人)


 前世でも、魔法の研究を早く進めるよう命令するだけで、公務やパーティーなどでは全然接触しなかったくせに、たまに窓からこちらを舐めるように見つめていた。

 あの時はそんな目を向ける理由は、内心魔導士を蔑視していると思っていた。

 だが今にして思えば、あれは口では何も言えない不器用すぎる国王の、視線だけで好意を伝えようとしていたのだろう。


(でも、あたしは言葉にしないと分からないくらいの鈍感。だからこそ、あの視線の本当の意味について気付くことはできなかった)


 だからこそ、あの日カロンが全てを手に入れたと錯覚していた時、全て理解した。

 カロンは、アリナを愛していた。

 しかしそれは、女性としてではなく、崇高な女神のような存在として。


 現代で言うならば、アイドルに恋するファンに近い感情。

 それをまともな愛情をくれなかったカロンにとって、その差異に気付くことは到底不可能。

 だからこそ、あそこまで愛情を歪ませた。


 手に入れるためならなんでもする。

 それで何人、何十人、何百人死のうが。

 女神アリナを手にすることができるなら、喜んで国すら売る。


 それが、カロン・アルマンディンの本性。

 長年患った人嫌いによって、愛情も目的も歪みに歪みまくってしまった、哀れな王様。


(だからこそ――ここであなたを殺す。そして、『蒼球記憶装置アカシックレコード』をヤハウェに還す)


 それでようやく、この因縁が終わる。

 〝神〟の所有物を勝手に借りたことで始まった、数百年越しの決着が。

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