第293話 愛と崇拝

「練馬区で正体不明の魔導人形が出現! 被害は今も増加中!」

「こちら、豊島区! やはり同型の魔導人形による殺戮行為が発生!」

「港区、魔導人形による被害が多数! 負傷者も一〇〇名を超えました!」


 指令室にいるオペレーター達から次々と上がる被害報告。

 モニターの向こうでも、黄金の魔導人形――『マギア・ゴーレム』によって殺戮されていくIMF職員や一般市民が映し出されている。

 真っ赤に染まった画面を見て、徹一はすぐさま指示を出す。


「負傷者は全員退避させろ! 『アイギス』の出力を上げて、あの魔導人形の脅威を退けろ!」

「「「了解!!」」」


 徹一の指示で、『供儀の御柱』時に配置していた魔導士達をポットから出す。

 ポットの中にいた魔導士達は、魔力を搾り取られたせいで魔力切れに近い症状に陥っており、全身から脂汗を流しながら荒い息を吐いていた。

 動けない魔導士を担架で運ぶ間に、新たな魔導士がポットの中に入った。


 全てのポットに魔導士が収容されると、『アイギス』は急ピッチで魔力を吸い上げる。

 再び『アイギス』の魔法が発動し、その力を浴びた『マギア・ゴーレム』の動きが鈍くなる。

 がさそれも一瞬で、『マギア・ゴーレム』の全身に琥珀色の魔力が包み込むと、再び俊敏な動きで人々に襲う。


「なっ……!? ダメです、『アイギス』の効果ありません!!」

「なんだと!?」


『アイギス』が起動しているにも関わらず、『マギア・ゴーレム』は変わらず起動する。

 それどころか『アイギス』を使って張った結界すら、まるで紙を切るように切り裂いてしまう。

 明らかに他の力が影響している。しかも、すごく身近な魔法モノが。


(まさか……無魔法!? 連中、日向かのじょの魔法を奪ったのか!?)


 確証はない。しかし、もし何かしらのアクシテンドで無魔法が敵の手中に収まっているのだとしたら、この状況はIMFにとって最悪な事態だ。

 そもそも、無魔法の件については実兄である【五星】に頼んで、彼女が魔石ラピスを作れるようになったら、その魔石ラピスを日本だけでなく数ヶ国にも条件付けで提供することを約束している。


 それは無魔法を日本だけ独占しないためと同時に、科学発展によって魔石ラピス複製コピー技術が運用化したため、無魔法の魔石ラピス複製コピーするために魔石ラピスを欲しがる国々に提供している。

 だがそれは、『無魔法を軍事利用のために使用しない』という【五星】の条件によって、提供国は無魔法を使った魔導兵器を製造していない。


 もししようものなら、他の諸外国からバッシングを受け、最悪【五星】に報復される可能性がある。

 ここ三年で提供国が魔石ラピスを悪用した話は届いておらず、むしろ概念干渉魔法を使う魔導士の異形化率減少や解呪困難の魔法の無効化報告が多数上がっている。


 つまり、今この時に無魔法が悪用しているということは、日向の力を無理矢理利用しているということ。

『ノヴァエ・テッラエ』本拠地攻略に赴いている以上、彼女が敵側に捕まる可能性はあったが、それでも早すぎる。


(それだけ相手が手強いということか……!)


 悠護から聞いた話では、カロン・アルマンディンは魔法に一切興味はなかった。

 むしろ魔導士や魔法の存在を自身の思惑のために利用し、結果【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムによって転生を繰り返しても余命二七年までという呪いをかけられた。

 今世のカロンの生まれ変わりが烏羽志紀であったがために、魔法の腕は最初の前世とは比べ物にならないくらい上達しているはずだ。


「頼むぞ、悠護……!」


 今も天空の城カエレムで戦う息子に応援を飛ばしながら、徹一は職員達に指示を飛ばした。



 東京都内某所。

 『マギア・ゴーレム』と対峙するフェリクスは、三叉槍型魔導具《メルクリウス》を向けながら距離を取る。

 アスファルトを蹴って距離を詰めると、『マギア・ゴーレム』は両腕の刃を振り下ろす。

《メルクリウス》でガードをして、左手を突き出して雷魔法を放つ。だがそれも琥珀色の光によって消えてしまう。


 だが、フェリクスは《メルクリウス》で両腕をかちあげる。

 ガキィンッ!! と音とともに体制を崩した『マギア・ゴーレム』。その隙を逃さず、《メルクリウス》の穂先を胸元に突き立てる。

 突き立てた箇所の黄金が剥がれ落ち、動力源が丸見えになる。シンプルな円形の装置には魔石ラピスが三つはめ込まれていた。


(やはり無魔法か。しかし、見たところ、コイツの動力源ラピスにそれは組み込まれていない)


 動力源の魔石ラピスは、色が違うがどれも琥珀色ではない。

 実際に戦ったフェリクスにはわかるが、『マギア・ゴーレム』が使う魔法は強化魔法の『切断アムプタティオ』と『硬化インドゥリティオ』、そして生魔法の『修復リパラーレ』。

 生魔法は生物にしか効かないと思われがちだが、実は無機物にも効果がある。


修復リパラーレ』はその代表格であり、世界中でこの魔法が付与された建造物や魔導具が数多くある。

 フェリクスが剥がした箇所がその魔法で直される。ギギギと鈍い音を立てて動き出そうとした直後、『マギア・ゴーレム』の頭上に雷が落ちた。


「――何をもたついているのぉ? フェリクス」


 ビルの屋上から降り落ちたのは、愛するママの声。

【ハートの女王】リリアーヌ・シャーロットは、天候を操る魔物アエテリスを従えて、『マギア・ゴーレム』を見下ろす。

 アエテリスの雷を受けて、黒焦げになりながらも動き出そうとする人形を睨みながら、リリアーヌは命令を出す。


「アエテリス、剣になりません」


 主人リリアーヌの命令を受け、美しき魔物アエテリスは白い髪と赤い目をした男性の姿からカットラスに変わる。

 その剣先を『マギア・ゴーレム』に向けながら、無邪気な暴君は告げる。


「ガラクタ風情が。図に乗るんじゃないわよ」


 痛罵を吐いたリリアーヌは、ぐらっと体を前に乗り出す。

 落下特有の体感と全身を襲う強風に煽られながら、『マギア・ゴーレム』に向けてカットラスを振り下ろした。



☆★☆★☆



 カロンに向かって突貫した悠護は、右手に持つ剣を振り下ろした。

 重々しい風切り音と共に襲う凶刃を、カロンは不可視の盾で防ぐ。

 武器を使わない、魔法だけで自分達を圧倒させる王に、悠護は舌打ちをしながら連撃を繰り出す。


 二刀流。それは、かつてクロウ・カランブルクが得意としていた戦術。

 当時は剣を二本持って戦うことはなく、むしろ貴族が格好つけで持つことが多かった。周囲の誰もが二刀流の威力を知らない中、クロウが何故この二刀流に目を付けたのか。

 理由は単純、『なんかカッコいい』と思ったからだ。


 鍛治屋で見習いとして働いていたこともあり、体力と腕力が同年代より上だったクロウは、カランブルク公爵家の養子となってすぐ剣術の勉強を始めた。

 剣を何度も持ったことがあったが、実際に振るったことはない。だが、そこは見習い時代の経験が活きたのか、数日で普通に剣を振るえた。

 その後も剣術を極め、王国の騎士達とも戦えるほどの実力を身につけた。


 それから魔法の研究で忙しくなった頃、王宮で木剣を二本持って遊ぶ貴族達をみかけた。

 その時の貴族達は本当にただ遊んでいただけ。だけど、クロウにはとてもカッコよく見えた。


(二刀流……二本の剣を操る剣術……!)


 そこからは、ただただ突っ走った。

 利き手じゃない左手で剣を振る練習をして、今度は両手で剣を振るう。

 その動きがまるで虫みたいに見えたのか、訓練場に居合わせた騎士達はクロウの奇行を陰で嘲笑した。

 しかし訓練の結果、クロウの二刀流の腕は着々と上がっていき、最終的には二刀流で騎士団長を圧倒するほどの実力を身につけた。


 これには今まで馬鹿にしていた騎士達は何も言えなくなり、アリア達はクロウの努力を讃えた。

 二刀流を身につけたクロウは、『落陽の血戦』ではこの力で多くの民と味方を救うと同時に、多くの敵を殺した。

 一時はこの剣術を身につけたことを後悔もしたが、それも現在いまは感謝している。


(俺がこの技を身につけていなかったら、誰も守れないままだった)


 生まれ変わって『クロウ・カランブルク』から『黒宮悠護』になった後、魔法の練習で剣を作った悠護は、自然と二本の剣を持って二刀流を極めた。

 当時は何故自分がそうしたのか分からなかった。ただ、なんとなく剣を二本持つことがとてもしっくりきていたからだ。

 その理由も前世だと知ると、欠けていたパズルのピースが見つかったかのように納得した。


 前世を思い出してからも、悠護の二刀流の腕はさらに磨きかかった。

 連続で繰り出される剣戟。魔法で限界まで強化された《ノクティス》は、刃毀れ一つもせずあらゆるものを切り裂いた。

 なのに――届かない。


 目の前で大切な少女を奪い、その力を存分に利用する悪王に、この刃が届かない。

 何度も剣を振るっても、肌に傷を一つもつけられない。

 目の前に――今すぐにでも殺したい男がいるのに!!


「クソがぁああああああああああああっ!!」


 剣を振るう。でもそれは、ただ駄々っ子が地団太を踏むような、無茶苦茶な振るい方だった。

 元々が我流だったこともあり、戦い方が雑になっていく。

 その隙を逃さず、カロンは詠唱する。


「『風の砲ヴェントゥス・トルメントル』」

「がっっ―――!?」


 風の砲撃が腹部に直撃し、悠護の体は回転しながら吹っ飛んでいく。

 両手から《ノクティス》が離れ、二本の剣が左右に数メートル先に滑っていった。

 咳をしながら血を吐く悠護に、カロンは静かに近寄るとそのまま汚れのない革靴を履いた足で、彼の足を強く踏む。


「うぐぅ……!?」

「ああ、全く腹が立つ。こんな男が、何故彼女に愛されたのか……」


 ガーネット色の双眸が、瞋恚の炎で揺らめく。

 容赦なく靴裏の雨を降らしながら、カロンは堰を切ったようにこれまでの気持ちを吐露する。


「何故、貴様なんだ。何故、私では駄目だったんだ。何故、彼女は私を拒んだ。何故なんだ……何故だ!? 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!? 私の方が、アリナを愛していたというのに!! 貧民街育ちで教養も品性もない薄汚い貴様が選ばれたんだ―――!?」


それは、カロンが今まで吐き出せなかった嫉妬と憎悪。

 蹴られ続け頭から血を流す悠護は、歯を食いしばって右腕で攻撃してくる足を防ぐ。

 怒りも憎しみもない、凪のように澄んだ真紅色の瞳を向けられ、カロンの動きが止まる。


「あいつが……俺を選んだ理由だと……? そんなの、決まってる……俺の方が、アリナを愛していて、あいつも俺を愛してくれていたからだ……」


 今でも思い出す。

 あの薔薇園で、まるで雪のように儚げで、花冠を作っていた姿を。

 自分を知らないまま、美しい笑みを浮かべて、花冠を頭に乗せてくれた優しい少女を。


 あの邂逅で、クロウは全てを奪われた。

 視線も、呼吸も、音も――そして、初恋を。


「ただ、一人の女を一途に愛する。たったそれだけで、俺はあいつに選ばれた。じゃあ、どうしてお前が選ばれなかったのか。この際だからはっきり言ってやる」


 悠護の言葉が、目が、カロンの全身に怖気を走らせる。

 足元をもつれさせながら立ち上がる少年に、王は怯えながら一歩後ろへ下がる。


「やめろ……」

「お前は、アリナを愛していると言ったが違う」

「やめろ……っ」

「お前は、アリナのことを愛していない」

「やめろっ!!」


 真実を知りたくなくて、カロンが大声で遮ろとする。

 だけど、その前に悠護は告げた。

 この男が認めたくなかった、本当の理由を。


、『

、『

――


 愛ではなく、崇拝。

 それが、カロン・アルマンディンがアリナ・エレクトゥルムに抱いた感情。

 誰よりも善人で、誰よりも美しく気高い、誰の手にも触れられない高潔な琥珀の女神。


 万人に平等の献身を捧げ、世界の平和を望む彼女を、カロンだけでなく周囲は無意識に神格化していた。

 彼女の圧倒的カリスマ性が、多くの者を魅了し、崇め奉った。


 カロンも最初はただ国の発展のために使える駒の一人だと思っていた。

 だが時間が経つにつれて、彼女の清廉な志が眩しく映り、やがて一人の女としてではなく女神として見るようになった。

 だからこそ、あの美しい女神を独り占めしたいと願った。


 その醜悪な独占欲を、彼女への愛だと疑わないまま。


 だが、カロンが目にした現実は残酷だった。

 アリナが愛したのは、自分ではなくクロウ。

 誰よりも劣りながらも、運よく華やかな世界で生きることを許された不純物。


 その事実が、カロンの心を壊した。


 ……何故だ?

 何故、彼女アリナが愛したのはあの男クロウなんだ?

 カロンの方が、女神あなたを愛しているというのに!!


 やがて理性を保ちながら心を病んだカロンは、全てを奪うと決めた。

 アリナから家族を、友を、恋人を、大切にしているものを全て。

 そうすれば、彼女は永遠に自分を愛してくれると信じていたから。


「アリナはそれを知っていた! だからこそ、お前を拒んだ! お前が愛していた女神は、ただの虚像でどこにも存在しないことを教えるために!」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええええええええええええええええええええ!!」

「がぁっ!?」


 正論を紡ぐ悠護を黙らせるように、カロンが腹部に目掛けて容赦ない蹴りを繰り出す。

 鳩尾に落ちた重い一撃を受け、悠護の体は軽く吹っ飛んだ。


「もういい……お前の話など、もはや聞く価値もない」


 カロンが服についていたボタンを乱暴に引きちぎると、そのままガーネット色の魔力を纏わせる。

 金を混ぜているそのボタンは、魔力に反応してほぼ刃しかない無骨な剣を生み出す。


「―――死ね、悠護クロウ

「――――っ!」


 カロンの刃が悠護の心臓にめがけて突き刺さろうと迫る。

 強大な力に打ちのめされ、床を這いずる仲間達が制止の言葉をかけようとするも間に合わない。

 金の刃が、大切な友の命を狩り取ろうとする。


「――――『0ゼルム』」


 瞬間、タンザナイト色の魔力が周囲を包み込んだ。

 魔力の粒子が雨のように降ると、カロンが手に持っていた剣が砂のように溶けて消えていく。

 頭上から降る魔力と、先ほど聞こえた詠唱に驚愕しながら、カロンの視線が悠護から別の魔導士へと移る。


「き、さま……何故、貴様が、無魔法を……!?」


 そう、今発動している魔法は無魔法。

 アリナ以外では、日向にしか使えない特別な魔法ちから

 その魔法ちからを使った魔導士――ジークは、カロンと目を見開く仲間達に向けて、悪戯が成功した子供のような笑みを見せた。

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