第291話 ありえない再会

 最初に動いたのは、樹だった。

 彼の基本戦闘スタイルは近接格闘。もちろん魔法を使うが、射撃系の魔法の魔法が最悪と言っていいほど悪い。

 それでも学園の実技授業では体術を含む格闘技では、近接戦闘を得意とする魔導士家系出身者には敵わないものの、一般家庭出身者の中ではそれなりに上位に君臨する。


 それに樹の『精霊眼』。

 魔法に関する力を察知し、その特性を読み取ることができる希少な目は、カロンが発動する魔法を瞬時に解析・予測する。

 カロンの放つ雷弾らいだんを躱し、今度は樹が土魔法を放つ。


 土魔法によってカロンの足元の大理石が渦を巻き、彼を暗闇と共に閉じ込める。

 しかし瞬時に閉じ込めた大理石が細切れにされ、無傷のカロンが出てくる。

 どうやら閉じ込められる寸前に光魔法で光剣こうけんを作り、それで大理石を切ったのだろう。SFチックに言うとレーザーソードと似たようなそれは、昔愛用していた剣と姿が似ていた。


 カロンが光剣を振るうと、黄金の剣戟が飛んできた。

 大理石を傷付けながら迫るも、樹は両腕を交差すると同時に防御魔法を張る。

 ガギィンッ!! と、鈍い金属音を響かせながら防ぐも、剣戟は強化魔法も付与している樹の腕を吹き飛ばさんばかりの重さと鋭さがあった。


「うおおおおおッ!!」


 雄叫びを上げながら、樹は腕を天井に向けて上げる。

 両腕が上がったと同時に剣戟も天井に直撃し、ガラガラと崩れていく。

 瓦礫が降ってくる中を樹はステップを踏むように後退し、荒くなった息を整える。


「大丈夫か!?」

「あ、ああ……クソ強いなぁアイツ!」

「そんなのは見れば分かる! 『神話創造装置ミュトロギア』のデメリットを、日向を取り込むことでゼロにし好きなだけ魔力を高める……反則もいいところだ!」

「というか、悪役らしいよね。部下には辛い思いさせといて、自分だけ美味しいとこ取りするところとか」


 怜哉が皮肉を言った直後、彼は猛スピードで接近した。

 接近と同時に繰り出したのは、八連撃の刺突技だ。


 本来、《白鷹》のような日本刀型魔導具が繰り出すに相応しくない技だ。しかし《白鷹》は柄と鞘はそのままに、刀身が両刃の細身のものに変わっていた。

 刃渡りはちょうどレイピアと同じくらい。それを見て、悠護はぎりっと歯を噛みしめた。


「あんにゃろう……黒宮家ウチの十八番を盗みやがったな!」


 黒宮家が七色家の前身である『魔導士徴兵団』の頭になる前は、鎌倉時代から幕府に刀や鎧を製造する鍛治家系だった。

 廃刀令で刀が必要とされなくなった後も、その技は後世に残すために伝授されていき、やがて西洋の剣についても調べるようになった。

 その影響なのか、黒宮家が金属操作魔法を得意とする魔導士となった。


 もちろんこの魔法は黒宮家のものではないため、怜哉が使えてもおかしくはない。

 しかし、悠護のように武器そのものの形状を変えることはできないようだ。

 それを抜きにしても、怜哉の金属操作魔法は完璧だ。


 怜哉が繰り出した刺突技は、相手の人体の急所を的確に狙う。

 素早い動きで繰り出される剣戟だが、カロンにとっては小石が軽く壁に当たったようなものでしかない。

 目視では確認できない、極薄の防御魔法を全身に張っていたのだ。


(なんて頑丈さ。強化魔法を上乗せしても、この鉄壁の防御を破る気配ないんだけど)


 だからといって、そこで諦める怜哉ではない。

 相手が強ければ強いほど燃えるタイプの戦闘狂は、刺突技を繰り出した後に新たに連続撃を繰り出す。

 敏捷度を生かした怜哉の剣戟は、目に見えないほど速く、傷を与えられたと認識するまでタイムラグが生じるほどだ。


 しかしカロンの鉄壁は、その傷すら与えない。

 チッと忌々しそうに舌打ちをする怜哉だが、直後横腹に重たい一撃が入る。

 骨がミシリと鳴ると同時に口から血を噴き出すも、怜哉の細い体はそのまま壁に叩きつけられる。


「怜哉ッ!!」


 悠護が悲鳴混じりに叫ぶが、瓦礫に埋もれた怜哉は咳をするだけで返事を返さない。

 ぐったりとした様子で項垂れ、額からも血を流す怜哉の姿に、悠護はカロンを睨みつける。

 恋敵の睨みを受けても平然とするだけでなく、今も愛しい少女の力を貪る悪魔が静かに笑うだけ。


「クソッたれがぁ……!!」


 その姿を見ただけで、彼の頭に血が上る。

 倒れ、傷ついた仲間達の姿を思い浮かべながら、悠護は床を蹴った。



☆★☆★☆



 誰もが傷つき、血を流す戦い。

 目を逸らしたいその光景を、日向は額縁の向こうから見ていた。

 この額縁は自分の顔とそっくりな少女が出したもので、あまりにも凄惨な光景に何度も目を瞑ったが何故か目を離すことはできない。


(知らない。こんな人達、知らない。あたしには関係のない人達)


 そうだ。

 日向にとって、名前も知らない人達。


 身動きもせず眠っている白髪の男も。

 荒い息を吐きながら意識を保とうとするポニーテールの男も。

 必死に看病する亜麻色の髪の少女も。

 襲い掛かる風圧に堪える赤髪の少年も。

 瓦礫の中でぐったりしている銀髪の青年も。

 そして、金髪の悪魔と戦う黒髪の少年も。


 名前も、性格も知らない人達。

 日向には関係のない赤の他人。

 そう、関係ない…………はずなのに。


(どうして……? どうしてこの人達の姿を見ていると、涙が出てくるの……?)


 何も知らない。

 顔すら初めて見た。

 なのに、魂が叫ぶ。


 ――あたしは彼らを知っている。思い出して!


 必死さを滲ませたその声だけは、日向は無視できない。

 頭を抱え、荒い息を吐き、汗を流す迷子を見下ろす少女は、そっと自分の額を日向の額に重ねた。


『彼らはあなたの大切な人達。その命を燃やしてでも、守りたいと想う仲間。そんな彼らを……あなたは見殺しにするの?』

「見殺し……違う、あたしはただ、この世界にいたくて……こんなのを見たくなくて……それで……!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 何故、この少女はこんな残酷なものを見せるのだろう。

 自分はただ、誰も傷つかない、平和で自由な世界で生きたいだけ。


 こんなもの、壊してしまえばいい。そうすれば元の幸せな日々に戻る。

 そう理解していても、日向はこの光景を壊すことも、少女を跳ね除けることもしない。

 それはきっと、目を逸らすなと言わんばかりに目だけで真摯に訴えてくる。


『…………今のあなたにとって、この光景すら酷なものだと思います。ですが、彼らを救えるのはあなただけなのです』

「あたし……だけ……?」


 救う? 自分が、この者たちを?

 何故、そんなことしなくてはならない。


 ――だって、あたしには関係ないのだから。


「………………………ない」

『えっ?』

「関係ない。あたしには関係ない。こんな……顔を初めて見た、名前を知らない人達のために、怖いことする義理なんてないッ!!」


 悲鳴混じりの声で叫びながら、日向は少女が作った額縁を叩き落す。

 バキィ! と音を立てたそれは、砂嵐を起こしながらさっきまでの光景を消し、それと同時に日向は走り出す。

 辺りは闇でどこに出口があるか分からない。それでも、少女から逃げるように走る。


(早く。早く戻りたい。あの世界に)


 あんな惨い光景がない、平和で幸せな世界を。

 それこそ、日向が求める世界なのだ。

 額縁の向こうにいた人達など、自分には関係のない、ただの赤の他人なのだ。


 だからこそ、早くここから出たかった。

 自分には関係ないものが一切ない、理想の世界に帰るために。

 その思いに駆られるように、さらに足を速めた時だった。


『――――呆れたものね』

「!?」


 鋭く冷たい声に、日向の足が止まる。

 声をした方を振り返ると、さっきの瓜二つの少女ではない、黒髪の少女が立っていた。

 着ている服も日向の着ているワンピースと違い、上着にベルトのついた変わった服だ。


(あれ……? この服、どこかで見たような……?)


 黒を基調としたシックなデザインの、ベルトのついたブレザー。

 襟とあわせは白で、ブレザーの左胸に六芒星とそれを囲む月桂樹の冠のエンブレムが縫いつけられている。

 襞が揃った白のスカートの下から伸びる足は黒のストッキングで覆われ、白のブラウスの首元に結ばれた大きなリボンは闇の中でも鮮明に映える青。


 何より目を惹いたのは、そのリボンより強烈な桃色の瞳だ。

 この闇の中で、リボンよりもはっきりと見えて、あの額縁の時のように目を逸らすことができない。

 猫のように鋭い目つきをした少女は、腕を組みながら日向を見下ろした。


『私から愛しいゆうちゃんを奪っておいて、こんなところに引きこもって逃げるなんて……あなた、本当に豊崎日向なの?』

「あなたは…………?」


 自分を知っているような口ぶりをする少女は、これ見よがしに深いため息を吐く。

 その姿を見て、日向が恐る恐る訊ねると、少女は毅然とした態度で言った。


『――私は桃瀬希美。あなたをこの世で一番憎んでいる女よ』

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