第289話 帰る場所

「お前が……〝神〟になるだと……?」


 あまりにも壮大、しかして非現実的な目的にジークは言葉を失う。

 古来より〝神〟という存在は、人々の願いであったり、自然そのものであったり、果てには動物や人であったり、〝神〟という概念は曖昧だ。

 しかし、この場においての〝神〟はアリナに魔法を教えた彼のこと。


 ヤハウェ。

 この世界を創造し、あらゆる奇跡を魔法としてまとめ、アリナに魔法を伝授した超越存在。

 ジークにとっても好印象を抱かないけれど、死を望むほどではない。


「私が〝神〟になれば、この世界はまだまともになる。新世界という新たな鳥籠の中で、私という唯一神に支配されながら凪のような静穏を過ごす……これこそが、人類の望む世界なのだ!」

「っ、そんなのはお前の幻想だ! 人は、そんな世界で生きていけないほど弱くはないッ!」


 カロンの言い分は、自分の都合に合わせた暴論だ。

 しかしジークは知っている。時折現実世界に来ては、その長い歴史の中で起きた事件や戦争を経験しても、人々は根気強く立ち上がり、明日を生きるための努力をしている。

 その尊い営みを、個人の感情のみで壊してはいけない。


 だが、そんなことカロンにとっては関係ないことだ。

 彼は元々、人間嫌いの男。アリナ以外がどうなっても知らない顔をできる非道な王。

 そんな男に、ジークの言葉など届かない。


「……所詮、力なき人間の戯言だ。私の新世界の創造を邪魔するなら、容赦などしない」

「それはこちらのセリフだッ!」


 ジークが亜空間に収納していた《デスペラト》を取り出し、そのままジークに向かって吶喊する。

《デスペラト》の剣先がカロンの心臓目掛けて刺突しようとするが、その前に甲高い音と共に防がれる。

 淡くガーネット色に光る不可視の盾――防御魔法だ。


(だが、なんだこの強度は……!?)


 魔導士が最初に学ぶと言われている防御魔法。

 何故この魔法を一番に学ぶことを推奨しているのは、主に自衛のためだ。

 魔導士として覚醒した子供は、まだ一桁で善人と悪人の区別がまだつかない。いくら親から『知らない人にはついてはいけない』と教え込んでも、誘拐犯は言葉巧みに子供の知的好奇心を煽り、善人の仮面を被って連れ去る。


 特に魔導士は出生率が五〇パーセントあるとはいえ、素人の目では魔導士か一般人の区別がつかない。

 しかしまだ魔力の制御が上手くいかないこともあり、子供には魔力抑制具の装着を義務付けられている。

 形は様々だが基本的に金でできた細工の細かいアクセサリーであるため、身なりから分不相応のアクセサリーをつけている子供がいれば、その子供は魔導士であると判断がついてしまう。


 だからこそ、魔導士を生んだ家庭は、IMFで防御魔法を学ぶ重要性を教えるための特別講義を必須としているし、魔導士達も自分の身を守るために防御魔法の特訓をする。

 中にはその防御魔法を得意魔法にする者もいるが、そこは個人差などがあるので今は関係のない話だ。


 閑話休題。

 しかし、カロンは前世では魔法のまの字を触れていない。

 いくら今世が魔導士家系出身だからといって、ジークの攻撃を防ぐほど魔力があるわけがない。


「……何故? と言う顔をしているな、ジーク」

「!」

「確かに私の魔力はそこらにいる魔導士より少し上の魔力しかない。だが、劣化品とはいえ『神話創造装置ミュトロギア』と完全に接続している状態だ。魔力の底上げくらいなんとでもなる」

「っ、『鬼に金棒』とはまさにこのことだな……!」


 リンジーのようにカロンも『神話創造装置ミュトロギア』に接続しているが、彼のような急激な老化現象はない。

 恐らくカロンは間接的にではなく直接『神話創造装置ミュトロギア』と接続しているため、あのデメリットを負うことなく好きに魔法を使う。

 ああ、本当に――――


「最悪だな、貴様は」



☆★☆★☆



「おいおいおいおい聞いてねーよ! こんなに魔導人形増えるとか!!」


『供儀の御柱』破壊後、樹達に待っていたのは魔導人形集団による猛攻撃だった。

 どうやら怜哉とリリウムが相手していた魔導人形はほんの一部だったらしく、今は『供儀の御柱』を破壊した自分達の排除が彼らの任務になっていた。


「ごめんね、樹くん……私、足手まといになって……」

「大丈夫だ! それより、しっかり捕まってろ。振り落とされんなよ!」


 自分に背負われている心菜のか細い声を聞いて、樹は荒い息を吐きながら走る。

 あのデタラメな『秘法』・『無限天恵』を使った反動で、今の心菜は魔力切れに近い症状を起こしている。

 精神エネルギーからの魔力精製が上手くいかず、リリウムも召喚できない。その上体力の半分以上も奪われていると知り、樹が取ったのは彼女をおぶって逃げることだ。


 怜哉もさすがにあの数を相手にすることはしたくないらしく、一緒に逃走している。

 位置は樹達の後ろで、完全に自分が囮になる気満々だ。


(…………いや、あの人のことだから、俺らを逃がした後に楽しむかもな)


 忘れていたが、怜哉は超がつくほどの戦闘狂。

 たとえ相手が魔導人形でも、人間のように簡単に壊れないから、練習相手としては最適だ。

 なんとなく先輩の思惑を読んでしまった樹が微妙な顔をした直後、背後からとんでもない爆音が響いた。


「な、なんだあ!?」


 思わず急ブレーキをかけて振り返ると、さっきまで自分達を追いかけていた魔導人形は、むしろこっちが同情するほど破壊されていた。

 斬撃跡に銃跡、さらには防魔加工されているはずの金属を炭化するまで真っ黒焦げにされた魔導人形まである。

 こんな所業をできる人物達は、彼らしかいない。


「あ? なんだ同時だったのか」

「ふん、こんな玩具どもなどオレの足止めにはならん」

「おー、みんな無事やったんやな」

「悠護! それにギルベルトに陽先生まで!」


 時間はどれほど経ったのか分からないが、長い間離れていた仲間に再会し喜ぶ樹達。

 無残に破壊された魔導人形を踏み潰しながら、彼らは一堂に集結する。


「……さて。やっぱり、予想通り日向とジークはおらんな」

「あの二人なら、すでに親玉のところでしょ。……問題は、最悪なパターンになっていないかだよね」


 怜哉の言う最悪のパターン。

 それはカロンに対抗できる魔導士であるジークが死に、日向が奪われているという事態。

 カロンの目的がこの世界を滅ぼすことならば、邪魔者を消し、欲しいモノを手に入れるための努力は惜しまない。


「……ひとまず急ぐぞ」


 魔導士としての第六感なのか、それとも前世で植え付けられた疑念なのか。

 早足で行こうとする悠護の後を、樹達は無言で顔を見合わせながらも追いかける。

 その間、樹は走りながら改めてこの城の内装に目を向けた。


 持ち主の趣向を凝らした内装は、何も考えず見れば華美かつシックなものだと見ていた。

 だけど、この内装から感じるのは拒絶だ。

 誰の手を加えることを許さない、自分を守る強固な盾――そう樹は感じた。


(なんつーか、持ち主の内面を顕著に表してんな)


 魔導具ひとつでも、作り手の手や中の構造を見れば、どれほど試行錯誤がされているが分かる。

 この内装もそれと同じ理屈で、まるでカロンの拒絶を表した造りをしたここは、樹だけでなく誰もが息詰まる空間だ。


「……! あそこだ!」

「そうか。気を引き締めろ、お前達!」


 今まで以上に大きな扉。そこから漏れ出す魔力は、背筋がぞわぞわするほどの威圧感がある。

 向こうの気配を気にすることもできず、悠護達は扉を蹴破る。

 バンッ! と開いた瞬間、目にしたのは信じがたい光景だった。


 あちこちに血がへばりつき、魔王のような出で立ちをしたカロンの足元に倒れるジークの姿。

 ゲホッと血混じりの咳を吐く仲間の姿に絶句するも、悠護達に気付いたカロンはぎょろりと無感情の目を向けた。


「……ようやく来たか。私も、彼女も、待ちくたびれたぞ」


 そう言って、カロンは『神話創造装置ミュトロギア』の方を振り返る。

 ガチガチと歯車を回るその中で、日向は胎児のように膝を抱えながら眠っていた。



 砂浜を歩く。青い波が足元にやってきて、そのまま引いていくとぞわぞわと肌が粟立つ。

 色鮮やかな魚達が海の向こうで優雅に泳ぎ、波から遠い浜で動物のぬいぐるみ達が砂のお城を立てている。

 とても穏やかで、気持ちのいい時間。軽やかなステップを踏みながら、日向はその場でくるくる回る。


(ああ、とても気持ちがいい。ずっとこのまま過ごしたい)


 争いも、いじめも、病気もない、平和な世界。

 ここではみんなが幸せになれる。

 そう、ここなら―――


 ――本当に?


「……?」


 どこからか声がした。

 きょろきょろと振り返るも、ぬいぐるみ達はお城作りに夢中だ。

 そもそも、ここのぬいぐるみ達は喋らない。気のせいだと思い、もう一度海で戯れようとした。


 ――お願い、思い出して。


 やはり、声がした。

 聞き覚えのある、優しくも戸惑いのある声。


「……誰? あなたは、一体……」


 何故だかその声が気になり、日向の足は海の方へ向かう。

 そこでぬいぐるみ達が慌てて追いかけるも、見えない壁で阻まれ、それ以上追いかけることはできない。

 徐々に海の中へ入っていき、どぽんっと音と共に青い世界に入る。


 優雅に泳ぐ魚達はいなくなり、あるのは真っ黒な暗闇。

 しかし海底で淡く白く光り、そこから細長い腕が伸びてくる。

 腕を伸ばした光は日向の手を握り、ゆっくりと底へ沈ませる。


 ――こっちよ。あなたが帰る場所は、ここじゃない。


 光が人の形になり、日向を抱きしめるように包み込む。

 その時、日向はこの声の持ち主に気付く。


(ああ、この声は――だ)


 そう認識した瞬間、光は日向そっくりに形作られた。

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