第288話 『五星魔砲』

『――ねえ、約束しよう』


 あれは魔法研究の補佐役として選ばれた日、集まったジーク達に突然アリナが言い出した。


『? 何を約束するんだ?』

『それはもちろん、私達五人が一生、永遠! 親友であることをよ!』

『永遠とは……随分と大きく出たな』


 両腕を広げながら高らかに言うアリナに、ローゼンはやや呆れた顔をした。

 無理もない。普段は令嬢らしからぬ態度や言動が目立つが、意外ときちんと言葉を選んで言うアリナが、突拍子もないことを言い出したのだ。

 同じように、ベネディクトもクロウも意味が分からず小首を傾げていた。


『というか、なんでいきなりそんなことを?』

『うーん、分からないけど……なんか今、すっごく約束をしないといけないって、私の勘が告げたの』

『勘……か。『神に愛された者』がそう言うと、意外と馬鹿にできないな』


 エレクトゥルム男爵領で言い伝えられている、『神に愛された者』の伝承。

 実際に本物の〝神〟に魔法を伝授させられたこともあり、アリナの勘はどんな占いよりも信用性があるというのがジーク達の中では暗黙の了解となっている。


『なら、今すぐ約束しないとな』

『だな。『神に愛された者』のお言葉は下心満載の臣下の言葉より聞く価値がある』

『……そうだな』


 そう言って四人が小指を出すと、アリナは嬉しそうに小指を出して絡め合う。

 あまりにも不格好な指切り。だけど、どんな物でも切れない強さがあった。


『では、宣言します。私は一生、永遠に、親友であることをここに約束します!』


 その日、本物の〝神〟に愛された少女と盟友達と交わした約束は、奇しくも数百年の時を経た今でもずっと強く結びついていた――。



「…………ん? しまった、眠っていた……」


 回廊のど真ん中で、ジークは瞼を開けた。

 どうやら立ったまま寝ていたらしい。自分らしからぬ行動と器用さに呆れながら、ジークは再び歩き出す。

 柔らかい絨毯を踏みしめながら、先ほど見た夢――いや、過去を思い出す。


『レベリス』として活動していた頃から、過去の記憶を夢として見ることは多々あった。

 内容の大半は母親が存命していた子供の頃か、カロンに嵌められる前の従者の頃だけ。しかもカロンにとって幸せだと感じられる場面ばかり。

 自分の深層意識がそうさせているのか、あるいは自分自身が戻りたいと強く願っているのか……理由は分からないが、どちらにしても当たっている。


(しっかりしろ。今は大事な局面だ。今更過去を羨ましがるな)


 どの足掻こうが、過去は過去。

 時間干渉魔法でも巻き戻せないほどの遠い時間に羨望を抱くのは、それこそ現実逃避を選んだ愚か者だ。

 かつての自分はその片足に突っ込んでいたが、あの頃とは違う。


 己がすべきことも、死ぬ覚悟も、とうの昔にできている。

 邪念も後悔も全て捨てて、目の前の敵を殺すことに集中する。

 それだけが、ジークがするべきことだ。


 しばらく廊下を歩き続けると、黒檀の扉が視界の端に入る。

 薔薇と茨の浮き彫りが施されたそれは、かつてカロンが城内を模様替えした時に国一番の職人に作らされたものだ。

 客室や執務室など部屋ごとに一目では分からないよう意匠を変えていて、当時はカロンにも遊び心があったのかと内心驚いたものだ。


 しかし、その記憶も彼によって壊された思い出によって消えていく。

 今のジークにとって、カロンの記憶は脳の中にある幸福の記憶を壊す存在。

 彼の姿を思い浮かべるたびに、その憎悪は炎として燃え上がり、ゆっくりと黒檀の扉を開いた。


「――久しぶりだな、カロン」

「――ああ、久しぶりだ。ジーク」


 扉の先にあったのは、片手の指ほどしか訪れたことのない王の間。

 悪趣味にも内装は当時のままだが、唯一違うとすれば玉座だ。


 玉座の前に立つカロン。その後ろには、イアンと共に作り上げた『神話創造装置ミュトロギア』に取り込まれた日向。

 身動ぎ一つもせず、眠り姫のように目覚めを待つ彼女を見て、ジークはタンザナイト色の双眸を鋭くした。


「……何をした」

「少し眠っているだけだ。やがて彼女は『神話創造装置ミュトロギア』と一つとなり、この世界を書き換えてくれる。私はそれを永遠に眺める……実に素敵な未来じゃないか」


 そっと『神話創造装置ミュトロギア』越しに日向の頬を撫でるカロンに、ジークは嫌悪感を滲ませながら睨みつける。

 カロンにとって日向の意識があるかないかなど些末な問題で、自分の手元にあれば目的を達成したのだろう。

 意識があったら、彼女の口から吐くのはカロンが望まない言葉ばかり。ならば、意識を奪い人形のようにガラスケースに閉じ込める方が、彼にとっては好都合なのだ。


「好いた女すらも歯車に変えて手元に置く……随分と趣味の悪い愛で方だ」

「趣味が悪かろうと構うものか。彼女を手に入れた、それだけでこの世界を心置きなく綺麗に消せるんだ」


 ジークの言葉にカロンは応じない。それどころか、好き勝手に喋る様子に苛立ちが起こる。

 本音を言うならばこのまま殴り飛ばしたいが、目的を聞き出すのも自分の役目。

 内側で荒ぶる激情を宥めながら、未だにうっとりとした顔で撫でるカロンに問いかける。


「…………何故、世界を消そうとする?」


 ピタリ、とジークの問いにまともに反応したカロンの手が止まる。

 そこで国王時代のように顎に手を当てて黙り込むと、日向を見つめながら言った。


「――ジーク。お前は、〝神〟のことをどう思っている?」

「……どうもなにも、会ったことのない相手に言うことなどないだろう」

「私はある」


 はっきりと言ったカロンは、再び『神話創造装置ミュトロギア』に触れる。

 さっきのように撫でるのではなく、ガチガチと歯車を鳴らすそれの振動を確認するように。


「〝神〟は実に身勝手だ。ただ出会っただけでアリナを気に入り、彼女の望みとはいえ魔法を教え、そして秘密を明かしてそのまま目の前から消え去った。なにより……彼女の人生の根幹に居座ったことが、心の底から腹立たしい」


 その考えは、認めたくはないがジークも同じだった。

 一度も会ったことのない〝神〟は、一体何を考えてアリナに魔法を教えたのだろうか。

 もし彼女に魔法を教えなければ、魔法は現実にはない創作物として扱われ、今よりもっと平和の世界を築けたのではないかと考えたことも。


 だが、数百年も歴史の分岐点ターニングポイントを見てきたジークにとって、魔法はあってもなくてもこの世界は変わらないと悟った。

 確かに魔法は犯罪や戦争を激化させる事実もあるが、世界各地の自然環境の破壊や核兵器の開発が阻止された事実もある。

 もし魔法がない世界だったら、もっと酷い有様になっていたかもしれない。


 善と悪が表裏一体であるように、魔法にも良い面と悪い面がある。

 そして、魔法を使う人間の心によって善用するか悪用するか変わっていくことを、ジークは長い時間の中で知った。


 しかし、この男にとって、それすらも関係はない。

 ただ日向アリナを唆し、魔法を与えたこと自体、カロンにとっては腸が煮えくり返るほど許せないのだ。

 それはあまりにもドス黒くも根深い執着――いや、欲望。


「……なら、その上で問おう。お前は『神話創造装置ミュトロギア』を使い、世界をどうするつもりだ」


 そうして話を本題に戻すと、カロンはこちらを振り返りはっきりと答える。


「――私の目的は、ただ一つ。忌々しい旧世界の〝神〟を消し、新世界の〝神〟として君臨する。そして、私の望む世界に創り直すことだ」



☆★☆★☆



 フィリエが率いる亡霊達の行進ゴースト・マーチは、美神体質ヴィーノスの効果によって勢いは留まることを知らない。

 中身が世界一の大淫婦だろうと、外見は美の女神の如く。その美貌は、長年貴族の愛妾となることを目指した甲斐もあり、数百年前でも現代でも通用するほど。

 生きた年代は違えど、歴戦を潜り抜けてきた猛者だけあり、手数も威力も陽より上を行く。


「ちぃっ!」


 舌打ちをしながら、陽は魔法陣を展開して魔力弾を放つ。

 ズドドドドドッ!! と機関銃の如く発射された魔力弾は、亡霊と言えど効果はあり、呻き声を上げながら消えていく。

 さっきまで鬱陶しいほどに復活を繰り返していたが、さすがのフィリエも魔力を消耗し過ぎたせいか復活の兆しが見えない。


 そもそも、亡霊を使役する呪魔法は上級にランク付けされている。

 いくらフィリエが呪魔法を一番得意だからといって、連続で使えば魔力が切れ始めるのは必然だ。

 隙を見逃さず、陽は魔法陣の数を増やす。


 この魔法陣は、空間干渉魔法を用いた連続攻撃魔法用術式。

 かつてアリナが大量に残した魔法の書類を一から全て読み直し、そこから再構築したベネディクトのオリジナル術式。

 本来なら『秘法』にすらもならないデタラメな術式。それもベネディクト本人ではなければ使えない代物。


 正直、彼の生まれ変わりである陽ですら、この術式を現代の知識と掛けあわせて作り直すのは大変だった。

 あれを一から作り上げたアリナは純粋に凄いと感嘆したものだ。

 もっとも、『蒼球記憶装置アカシックレコード』を使って術式をすらすらと書いていった日向を見て、八つ当たりでチョップを喰らわしたが。


(それでも、オリジナルには負けへんでッ!)


 こんなのは兄のただの意地だ。

 本当は自分より聡明は妹に負けたくなくて、誰よりも先に行ってしまう家族のために、前世でも今世でもやることは変わらない。

 ただ、兄としての矜持を、ここで思う存分振るうだけだ。


「――――輝け」


 陽の口から詠唱が紡がれる。

 しかしその詠唱は、普通の詠唱とは違う。


(これは――長文詠唱!?)


 通常、詠唱は魔導書庫インデックスに記載されているモノがほとんどだ。

 しかし通常の詠唱より長く言葉を重ねることで、その威力を倍増させることができる。

 現代ではその詠唱をしている者はほとんどいない。当然だ、即効性と威力を取るならば、ほとんどが前者を取る。


「其の光は闇を穿つ光なり。暗黒を切り裂き、一閃の刃となる」

「っ―――させるかッ!!」


 だがフィリエは、その長文詠唱がこの場に置いては危険であることを嫌というほど理解している。

 元々魔法には興味はなく、カロンに近付くための口実として補佐役に出ただけだ。

 長文詠唱に関して一枚も噛んでいない彼女にとって、この手は最悪の手だ。


 フィリエの扇が振るわれると、亡霊達は一斉に陽に襲い掛かる。

 いくつもの魔法が放たれ、花火のように散って行くも、陽は身軽な動きで全て躱していく。


「されど光は時として燃え落ちる。流星のように、隕石のように」


 的確に、それも無駄の動きのない回避。

 体操選手のような柔軟性を兼ね備えたそれは、一朝一夕では為し得ない技。


(これが【五星】の実力というわけね――!)


 フィリエにとってはただの魔導士のお遊びだと思っていた王星祭レクスも、この現代では貴重な疑似戦場。

 その戦場を五年も勝ち進んだだけあり、彼の動きは前世よりも洗練されていた。


「今こそ来たれり。我が名は【五星】。五つの星を抱きし者なり」


 詠唱がラストスパートを迎える。

 陽の背後に現れた五つの魔法陣は、今までよりも輝きが強く、それでいで膨大な魔力を感じる。

 危機を察知したフィリエがすぐさま防御魔法を張るも、それよりも早く詠唱が完了する。


「――『五星魔砲クインクエ・ステラ』」


 瞬間、魔法陣から強大な魔力弾……いや、魔力砲が発射された。

 高度な数式の如く緻密に練り上げた魔力を放出させるその魔法は、陽にしか使えない『秘法』。

 五つの赤紫色の魔力が束ねられ、一つの流星となってフィリエに打ち込まれていく。


 亡霊の手を借りて防ごうも、魔力の出力は陽の方が上。

 かざした手が一瞬で真っ赤に染まるのを見て、フィリエが声なき悲鳴を上げる。

 ドゴォォォォォンッ!! と、城全体を揺るがす轟音と衝撃を響かせ、土埃が周囲に広がっていく。


「……ちっ、上手く逃げたか」


 土埃が収まった視界の先では、フィリエがいたらしき場所に扇のように広がった血痕が付着していたが、当の本人はいない。

 あのどさぐさに紛れて空間転移魔法で逃げたようだ。

 相変わらず逃げ足の速さにもう一度舌を打ちながら、陽は水が蒸発して敷き詰められた頭蓋骨を見つめながら言った。


「……すまんな。今すぐアンタらを墓に戻すのは無理そうや。事が終わったら、ちゃんと土の中に眠らせたる」


 きっと時間はかかるだろう。

 だけど、関係のない戦いに巻き込まれた彼らへの償いとして、大人としてしなくてはいけないけじめだ。

 謝罪を込めて深々と頭を下げた陽は、幾分かボロボロになった《銀翼》を握り締めながら部屋を後にした。

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