第284話 地上で戦う者

 一〇〇を超える『供儀の御柱』が多くの者達の命すら奪おうとする中、新たな光の柱が伸びた。

『供儀の御柱』のような凶暴で息苦しさを感じない。むしろその逆で、ぬるま湯に浸かったような心地よさを感じ、家や繁華街などで蹲っていた国民達は困惑する。


『こちら国際魔導士連盟日本支部です。現在、魔導犯罪組織による攻撃を受けているため、緊急魔導防衛システム『アイギス』を起動しております。付近の皆様は今すぐIMF日本自部、もしくは近隣のシェルターへ避難してください』


 各所から流れる警報を聞いて、国民は慣れたようにシェルターへと向かう様子が、街中に設置されている監視カメラに映され、全てが政府機関やIMFの指令室へと届けられる。

 東京だけでなく他県の様子も映っており、混乱が多少あるも避難は着々と進んでいた。


「く、黒宮支部長! 弁道院べんどういん議員から着信が……」

「……繋げろ」


 職員の報告に、徹一は軽く眉根を寄せながら、キーボードの隣にあったボタンを押した後に通話を繋げる。

 直後、インカムから鼓膜が破壊されんばかりの大声が直撃した。


『き、貴様ぁ! 一体どういうつもりだ黒宮支部長!?』

「…………ああ、弁道院議員。いかがなさいましたか?」

『どうもこうもあるか! 何故我々に無断で『アイギス』を起動させた!? あれは総理の許可もいるはずだ!』


 確かに、『アイギス』の起動にはIMF本部長・支部長だけでなく、総理大臣や国王などその国の最高責任者の許可が必要となる。

 だが、その中でも例外は存在する。


「確かに通常はそうでしょう。しかし今回のような緊急事態の場合、私の独断で『アイギス』を起動させることができる。弁道院議員、あなたという方がそれをお忘れですか?」

『そ、それは、そうかもしれんが……』

「それに、今は多くの国民の命が奪われかけている。ただでさえ使う機会が限定されすぎている『アイギス』を一体いつ動かすというのですか? 無用の長物にすることが、内閣そちらのお考えか?」


 魔導士が政治・経済・軍事を動かす現代において、有事の際に議員や官僚ではなく徹一のような魔導機関の責任者に許可を取ることが多い。

 もちろん政府機関の許可を取る場合もあるが、その回数は両手の指で数えるほどしかない。故に魔導士優位の現状に不満を抱く者は多く、電話の相手である弁道院議員はその例と言える人物だろう。


 議員というのはなまじ権力を持つ故に、メディアで魔導士を批判すれば国民はその情報に左右される。

 そのために政府はIMFと話し合い、多少の制限をかけられながらも、魔導士と人の境界線を保ってきたが、それでも魔導士の地位を下げようとする者はいる。

 それ故に、徹一がしていることは魔導士に好意的な意見を持つ者が増える行為のため、弁道院のような典型的な魔導士差別主義者にとってこの状況は面白くない。


「……弁道院議員。つまりあなたは我々に『アイギス』を起動せず、黙って国民が殺されるのを見ておけ……そう仰っているのですか?」

『あ、いやっ、それはっ―――』

「―――我々を甘く見るな、この外道がッ!!」

『ひ、ひぃいいいいいいい!?』


 指令室を震わせる徹一の怒声は、オペレーター達の肩を震わせるだけでなく、インカムの向こうにいる弁道院すら怯えさせるほどの威力だった。

 実際、スマホ越しだというのにその怒声を浴びた弁道院は、椅子から転げ落ちて手から離れ床に落ちたそれを、まるで化け物を目の当たりにしたように見つめている。


「差別主義もここまで来るともはや救えないな! 魔導士われわれを忌避し、排除ししたい気持ちを優先するあまり、自国の民の命すら見捨てる! 我が国の政府がここまで腐っていたとは呆れて物も言えない!」

『ま、待て、今のは誤解だ!』

「誤解だと? そんな言い訳が通じるとでも言いたいのか? 貴様は己の言動に責任を持て!」

『きっ、貴様っ、そんな態度を取ってただで済むとでも――』

「ちなみにだが、この会話は全て録音してある」


 悪足掻きとして権力を振りかざそうとした直後、弁道院の呼吸がひゅっと鳴る。


「今回の会話は後日、総理大臣および各議員に提出する。貴様は今後の身振りについて考えておけ」

『待てっ、待ってくれ! 黒宮、私がわる――――!』


 苦し紛れな謝罪を聞く価値もなく、徹一は手元のキーボードを叩き、通話を強制的に切る。

 向こうは必死に電話をかけ直すとするが、その前に弁道院の着信のみ拒否するよう設定する。


「……騒がせてすまなかった」

「いいえ。黒宮支部長のお怒りはごもっともです。職員一同、我々の代弁をしていただきありがとうございます」


 先の会話は徹一のインカムだけでなく、他のオペレーターのインカムにも通話が聞こえるようしていたため、一部始終を知ったオペレーター達は誰も徹一を責めていない。

 むしろ『もっとやれ!』と心の中で叫んでいるほどだ。


 IMFは魔導士のための組織。しかし現代では魔導士を差別もしくは蔑視する者が多く、魔導犯罪が起きれば無関係な魔導士が批判される。

 中には魔導士が力ない人間のために動くのは当然だと思い込み、たとえ聖天学園で教育を受けていない子供あっても、盾としての役割を押しつけることもある。


 弁道院の場合は魔導士優位の現状を快く思わず、『アイギス』の独断使用の責任を徹一に全て被せ、事件後に魔導士の独善的な行動について世間に明かそうとしていたのだろう。

 しかし通話記録を録音したことを知らぬまま好き勝手にほざいたおかげで、政府内にいる差別派の掃除に役に立つ行為をしてしまった。

 小物らしい浅はかな言動と行動をした彼に、今回ばかりは感謝したいほどだ。


「……気を取り直して、救援活動に専念しろ。絶対に国民を誰一人死なせるな」

「「「はいっ!!」」」


 この日本で誰よりも重い責任を背負う敬愛すべき支部長の言葉に、職員達は一斉に答えた。



☆★☆★☆



 聖天学園の地下にあるセキュリティルーム。一時閉鎖された今もこの部屋にいる管理者は、外の光景を見ながら高級アイス(バニラ味)を食べていた。

 この部屋は管理者が改造を施したこともあり、『アイギス』と引けを取らないほどの防衛機能が備わっている。たとえ世界が大災害に見舞われようが、この部屋だけは無傷で生き残ることはできる。


 もちろん学園がなくなることは管理者にとっては本意ではないので、その時は全力で学園の維持に力を尽くすつもりだが。


「にしても『供儀の御柱』なんてよく見つけたねー。ま、相手は数百年も転生を繰り返している化け物だから、その時に『供儀の御柱』のことを知っていてもおかしくないか」


『供儀の御柱』に必要な材料は、透明度の高い水晶のみ。

 水晶は古来よりあらゆるものを浄化し、潜在能力を引き出し、幸運を招く力があると言われているパワーストーンの中で代表的な石。

 太陽や月の光を浴びたりして浄化のパワーを高めるが、『供儀の御柱』として使用する場合は光が一切入らない暗闇の中で、約一年間付与を同時に行いながら急成長させる。


 水晶を急成長させる理由としては、『端末』が『本体』から株分けされたもので、術者が『端末』を欲しい数の分だけ手に入れるには、普通のやり方では難しいからだ。

 しかしまさか世界中、それも大都市から小さな集落にも『端末』を配置させるのは、さすがの管理者もカロンに徹底さにドン引いた。


「ま、相手もそこまで本気だからって思うけど……正直、『アイギス』が持つかなぁ?」


『アイギス』は国を丸ごと守護する巨大魔導具。その分魔力消費量は激しく、たとえ全ポットに魔力値の高い魔導士を入れても、せいぜい五時間未満しか保てない。

 しかも『アイギス』は魔核マギアに溜めていた魔力すら根こそぎ奪うため、魔力が全回復するまで一日以上は費やす。

 これが巨大魔導具、その中で『大食い魔導具』と呼ばれる魔導具の最大のデメリット。


「それでも、これを使わないわけにはいかないよねー……」


 魔力値なら管理者も申し分ないし、本来なら他の職員と同じで『アイギス』のポットの中に入らなければならない。

 しかし過去の制約によって、この学園を一歩も出ることはできない。ここを出たら今まで止めていた老化現象が一気に襲い掛かり、最悪まともに歩くことも話すこともできなくなる。

 大事な母国……いや世界の一大事だというのに、この箱庭を守ることしかできない己の無力さを、まさかここで痛感させられるとは思わなかった。


「でも、それでもサポートくらいはできるよね」


 そう言って、管理者は猛スピードでキーボードを叩く。

 画面に表示されていくのは、全世界のIMFの地下に設置されている『アイギス』達。どの国も『アイギス』を起動させており、現在のポットの魔力持続時間やバッテリー役を担っている魔導士の魔力残量などが数字として示している。


「『アイギス』の最大の弱点は魔力の大食い。なるべくそれを長くするために、ちょっと魔力を消費する機能を軽くいじって……」


 いくら聖天学園に出れないといっても、管理者には時間が腐るほどある。

 そのため専門ではない魔導具の分野にもアマチュア以上プロ未満の知識と腕があり、一部の機能を書き換えることはできる。

 カタカタッとピアノの鍵盤を叩くような軽快な動きをしながら、管理者は今も戦っているだろう友人に声援を送る。


「何もしないっていのは癪だしね。だから、さっさと終わらせてきてね、豊崎くん」

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