第283話 『アイギス』

 長い回廊を樹達は走っていた。

 黒と金を基調とした壁紙に毛足の長い真紅の絨毯。壁側に飾られている調度品は等間隔に置かれているせいで、まるで美術館にいるような気分になる。


「しっかし、なんでこんなに警備がザルなんだ? 魔導人形くらいいてもおかしくないのによ」

「敵が大事な苗床に向かっているんだから、わざわざ道中に警備をする理由なんかないんでしょ」

「だよなー。だって、目的地前にエグい数の魔力反応あるし」


 怜哉の言う通り、樹達が向かっているのは『供儀の御柱』の『本体』がある地下。

 樹の精霊眼によって見付けられたが、その時に一〇〇を優に超える魔力反応もあった。十中八九、この城の警備を任されている魔導人形だ。


「その魔導人形って、学園の物より強いのかな?」

「当たり前だよ。連中はこの作戦に命を懸けてるんだ。魔導人形だって性能も強度も学園だけじゃなくて各国の軍事用よりも上回ってるよ」

「そ、そうですよね……すみません。余計なことを聞いてしまって」

「別に。むしろ敵を知ることは悪いことじゃない。だからそんなに気にしなくていいよ」


 分かりきったことを訊いて己の浅慮さを恥じる心菜を見て、怜哉はすかさずフォローを入れる。

 それを聞いて心菜がほっと息を吐くと、先頭を走っていた樹は曲がり角を前にした直後で足を止めた。

 そのまま口元に人差し指を持っていき、『静かに』と合図を出した樹の後に続くように、二人はこっそりと角を覗く。


 この曲がり角の先は一本道になっており、その奥に『本体』が設置されている部屋がある。

 だが、その前には魔導人形が大量に配備されている。しかも学園でよく見る魔導人形と違い、ボディに使われているのは防魔加工がふんだんに使われていく特殊金属だ。

 防魔加工は防御魔法を付与した特殊な塗料を塗るのだが、二〇三条約によって規定数値まで金属に使わないよう定めている。


 しかし、目の前の魔導人形に使われている金属は目視で分かるほどその数値を余裕で超えている。

 数値を超えた防魔加工はダイヤモンド以上の高度を誇るが、加工された機械の動作が鈍くなってしまう。だがあの魔導人形の数を見るに、そのデメリットすら視野に入れて施しているのだろう。


「さて……あのメッチャ硬そうな人形をどうするか……」

「あれだけ防魔加工されてると、逆にやりにくいよね……リリウムでも手こずるかも」

「んー、考えても仕方ないでしょ。向かってくる敵は、斬るだけだよ」


 どうあの道を突破しようが考える後輩二人をよそに、怜哉は《白鷹》を抜刀するとそのまま角から飛び出す。

 怜哉の愛刀白鷹は『切断アムプタティオ』が付与されており、現代の武器だけでなく軍事用魔導具もバターみたいに切れる専用魔道具。

 しかし、切れ味が良すぎるあの刀でも、魔導人形を両断することはできなかった。


《白鷹》の刃が魔導人形の胴体に入っても、できたのは使い切り前のボールペンみたいな薄い線だけ。動きが鈍くも警備としての機能が働いた魔導人形は、怜哉に向かって拳を振り下ろす。

 それを《白鷹》で受け止めるも、見た目に合わない重量のせいで彼の細身が徐々に折り曲がり始める。


「怜哉先輩!」

「っ、僕に構うな! 早く行けっ!」


 心菜が反射的に怜哉の名を呼ぶが、彼は額に汗を滲ませながら先を促す。

 二人の声に反応して、魔導人形の一部が標的ターゲットを怜哉から心菜と樹に変わる。それを見て、樹はズボンのポケットから魔石ラピスを取り出す。


「くっそ、これでも喰らえ!」

「リリウム! 敵を殲滅してっ!」


 ビュンッと風切り音を出して放たれたのは、『爆破ディルプティオ』の魔石ラピス

 かつて自分の右腕を失わせたそれは、なるべく遠くに投げたことで爆発するもこちらへの被害はなかった。

 黒煙に紛れながら樹と心菜は走る。途中、魔導人形が侵入者に気付いて排除するも、心菜が召喚したリリウムによって阻まれる。


 魔物のランクの中では【中位メディウム】に該当しているリリウムは、【上位スプラ】と比べれば威力は強くないが、この場にいる魔導人形に遅れを取るほど弱くはない。

 現にリリウムは【中位メディウム】特有の自立思考を用いて、魔導人形を斬り伏せながら、攻撃を受ける前に非物質化しその隙を狙って再び攻撃を仕掛ける。

 以前と比べ洗練された戦いをしているのを見て、怜哉は内心舌を巻く。


(へえ……神藤さんもやるね。ちょっと前までは非戦闘員寄りだったのに)


 これまでの事件を共にしたが、心菜はどちらかというと前線で戦うより後方で支援することが多かった。

 もちろん彼女の卓越した治癒魔法も防御魔法も、どの場面でも必要なものだったが、リリウムで戦わせる時はどこか及び腰だった。


 しかし、何度も同じ目に遭い、己の無力さに打ちひしがれたこともあり、彼女の戦闘技術は日に日に成長している。

 たまに授業をサボッて彼女らの実技授業を覗き見していたが、心菜もそれなりに成長していたのは分かってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。


「二人とも、後は頼んだよ!」

「「はいっ!」」


 未だ攻防を続ける怜哉の言葉に背中を押され、二人は魔導人形の大軍の隙間を縫うように走り出す。

 背後で鳴り響く二つの音の違う剣戟を聞きながら、まるで突進するように扉を開けた。

 二人によって開かれた扉は、これにも魔法がかかっているのか、自動で閉まる仕組みになっている。バタンッと重々しく閉じられた音を聴きながら、目の前の『本体』を見る。


『供儀の御柱』の『本体』は、『端末』より倍の長さをしているのが普通だ。

 しかし、目の前にある『本体』は、樹の想像を超えるほどの大きさをしていた。

 五メートル弱はあるだろう天井の高い室内。その中央に鎮座する『本体』は、この部屋を埋め尽くすほどの大きさをしていた。


 一本だけでなく無数の水晶が生え、空中に漂う虹色に輝く光の粒子――魔力を集めている。

 その魔力の濃度、量の多さは、精霊眼を使わずともはっきりと分かる。


「おいおい……こんなの、どうやって破壊すればいいんだよ……?」


 予想を超える『本体』の大きさに、樹は顔を引きつらせながらも魔導具を持つ手を強めた。



☆★☆★☆



『供儀の御柱』の効果によって、世界は大混乱に陥っていた。

 魔導士だけでなく非魔導士や準魔導士、さらに魔導士崩れと隔たりもなく魔力と精神エネルギーを吸い取られ、家の中や繁華街の道の上で倒れる者が続出した。

 救急車やタクシーを使おうにも、肝心の機関すらも同じ状態になっている以上、どれだけ電話をしても一向に来ることはない。


 そんな中、IMF日本支部――その地下では、支部長の命令で招集されていた職員たちが無数のモニターが壁に設置された指令室で動いていた。

 ここは災害や突発重大事案発生時に使用される部屋で、各テーブルにはデスクトップパソコンが設置されていて、情報課の職員が一心不乱にキーボードを動かしながら状況把握を進める。


「『端末』の所在が分かりました! どうやら日本全土各都道府県に数十個ほど設置されている模様!」

「他の国でも同じです! 大都市から片田舎まで土地・人口問わず『端末』の反応があります!」

「現在も『本体』に魔力が送られています!」


『供儀の御柱』による被害は予想よりも甚大で、徹一は次々と上がる報告を聞きながらモニターを睨むように見る。


(まさか『供儀の御柱』が使われようとはな……。相手は本気で世界を滅ぼしたいようだ)


『ノヴァエ・テッラエ』のボスであるカロンについては、悠護からある程度聞いている。

 かつてイングランド王国の国王として君臨したものの、その裏では四大魔導士に黙って私的に魔法の非合法実験を行い、さらには『落陽の血戦』の引き金となった男。


 さらにはアリナによって二七歳で死ぬ呪いをかけられ、何度かの転生を行った後に烏羽志紀として生まれ変わった時に前世の記憶を思い出した。

 これだけ聞けば荒唐無稽すぎると誰もが笑うだろうが、実の息子が【創造の魔導士】クロウ・カルブンクルスの生まれ変わりなのだから、徹一はその話を笑うことはできない。


「――諸君。これよりIMF日本支部は、『アイギス』を起動させる。魔力供給班は、ただちに所定位置につけ」

「「「はっ!!」」」


 徹一の命令を下すと、一部の職員――正確には魔導犯罪課を含む実戦経験の多い職員達は一斉に駆けだす。

『アイギス』はIMF本部と全支部に搭載さいれている巨大な防衛魔導具。

 指令室の下にあるそれは、槍のような形をしており、その下には透明なポットが囲むように置かれている。


『アイギス』は魔力消費量が激しい魔導具だ。この手の魔導具は『大食い魔導具』と呼ばれており、『アイギス』もその手に入る。

 このポットはその『アイギス』に魔力を供給するために作られた専用機器で、中に入るのは実戦経験豊富かつ魔力値が高い魔導士のみだ。


「第一から第三〇、全ポットに職員達が配備しました」

「全ポット、『アイギス』に接続開始」

「接続完了まで残り二三〇秒」


 オペレーター達がキーボードを叩きながら、モニターに映る情報を伝える。

 ポットに繋がっているコードが、供給班達の魔力を吸い上げていくと、中にいる彼らの顔が苦しそうに歪む。

『大食い魔導具』の名に相応しく、遠慮なく魔力を食らっており、待機組はその様子を見て息を呑んでいる。


 しかし、この状況で『アイギス』を使用しないままだと、『供儀の御柱』に対抗できないまま死に至る。

 たとえ『大食い魔導具』でも、今はこの力に頼る他ない。


「全ポット、『アイギス』に接続完了しました」

「魔力供給率八〇パーセントをキープ」

「指示をお願いします。黒宮支部長」


 オペレーターの言葉に、徹一は椅子から立ち上がる。

 誰にも気づかれないよう息を呑み、毅然かつ尊大な態度を保ちながら告げる。


「――『アイギス』、起動!」


 直後、IMFの天井から、『端末』の光にも負けない光の柱が生まれた。

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