第281話 『供儀の御柱』

 そらにも届きそうなほど伸びる光の柱。

 日向が無魔法を使う時に見せる輝きと似ているが、その光の柱は本当の意味で死を呼ぶ恐ろしいモノだ。


『供儀の御柱みはしら』。

 それは第一次世界大戦中期にドイツで作られた魔導具。

 六角柱の水晶をしたそれは、美しい見た目に似合わない呪いが付与されている。


 呪いの名は、『暴食グーラ』。

 相手の魔力を捕食し己の糧にする呪いだが、弱点として対象が一人にしか絞れないこと。本来なら乱用さえしなければ対処できるこの魔法を、ドイツは恐ろしい考えに至った。


 ――この魔法の効果を増幅・拡大できる魔導具を作れば、もっと効率よく魔力を手に入るのではないか?


 正直なところ、魔法を効率化したドイツの考えは合理的だった。

 しかし完成した魔導具の試運転のために、研究所周辺の町の名を地図の上から消した時点で、戦争での利用を止めるべきだった。

 結果、ドイツ軍は敵味方関係なく魔力だけでなく精神エネルギーまで喰らわれ、死者が数千人にも及んだ。


 この魔導具の危険性を知った各国は二〇三条約により『供儀の御柱』の製造・売買を完全禁止にすることを決定。

 魔導具制作に携わった者達は厳重な守秘義務契約を交わされ、当事者達が死亡してからは『供儀の御柱』の製造方法を知る者はいなくなった――――はずだった。


 戦争という名目で作られた忌々しき遺物は、今目の前でその毒牙を向いている。

 しかも、一本ではない。二本、三本、四本……光の柱の数は増え、黒と藍色が混じった空を別物へと変わっていく。

 桃と薄紫が混じった空の色は、まるで暁と黄昏を合わさっており、恐ろしくも幻想的に見えた。


「『供儀の御柱』……それって、一回目の世界大戦の時に使われた禁忌魔導具だよな!? なんであれ起動してんだよ!」

「十中八九カロンの仕業だ! あの男、全世界の人間の命を全て『神話創造装置ミュトロギア』のエネルギーにする気だ!」

「そんな……!」


 ギルベルトの言葉に心菜は絶句するも、日向達は彼ならここまでのことはするだろうとは思っていた。

 あの男は、目的のためならば手段は問わない。それこそ、自分が治める国を戦場と化すのを厭わないほどに。

 だからこそ、カロンが他者を犠牲にする方法を取ると思ってはいたが、ここまで大規模なことになるのは予想外だ。


「……みんな、落ち着くんや。『供儀の御柱』は効果範囲を広げるために、『本体』と『端末』で分かれとる。恐らく、『端末』で吸収した魔力を『本体』に送っとる最中や」

「つまり……『本体』をぶっ壊せば止まるってことか?」

「その通り……と言いたいんやけど、『本体』を壊すには『端末』が集めた魔力より倍の魔力が必要や。それより低いと、最悪『本体』から魔力を喰われるかもしれへん」


 例えば、『本体』の魔力を一〇〇、魔導士の魔力を八〇としよう。

 『本体』は『端末』から収集された魔力を吸い続けるため、魔力がどんどん上昇するが、魔導士は魔力値という壁があるためそうはいかない。


 魔力値は魔導士の実力を測る数値であると同時に、魔力の限界容量である。

 つまり八〇までの魔力値を持つ魔導士は、たとえどれほど精神エネルギーで魔力を変換しても、それ以上の魔力を蓄えることができない。

 しかし、『供儀の御柱』の『本体』にはその限界容量があるのか分からない。対抗策もなしに『本体』に近付けば、魔導士は魔力を喰われ、そのまま『供儀の御柱』の養分と化す。


「…………なら、その役割は俺にやらせてくれ」


『供儀の御柱』への危険性を知るも、樹は迷いのない目で挙手する。


「本気か? 下手したら、あんさんが死ぬんやで?」

「そうならないように対策くらいしてる。俺だって馬鹿じゃない。それに……早速が役に立つからな」


 樹は陽の苦言を一蹴すると、持っていた包みを解いた。

 シュルシュルと布が解かれて、露わになったのは一挺の銃。

 見た目は銃身のハンドガンと似ているが、銃身とグリップの間にはめ込まれている琥珀色の石を見て、日向ははっと息を呑む。


「それ……あたしの魔石ラピス?」

「ああ。これさえあれば、『本体』を壊すのは簡単だろ?」


 確かに、無魔法が込められた魔石ラピスならば、『供儀の御柱』を止めることはできる。

 しかし、魔石ラピスは所有している魔導士の魔力に反映してしまうため、日向と同じ威力の無魔法が発動することはない。

 それを知っている者達は、樹の無謀な行動を止めようとした。


「……なら、私も行く」


 しかし直前で、心菜が静かに挙手をした。

 どこか緊張した面立ちをした彼女に、樹は慌てて詰め寄る。


「なっ……何言ってんだよ! 俺なら大丈夫だ!」

「そっちこそ何を言ってるの!? 魔導工学を専攻していなくても、『供儀の御柱』の恐ろしさくらい私だって知ってる! そんな場所に樹くん一人で行かせることはできないよっ!」


 心菜の言い分は正論だ。

 いくら樹が対抗策を用意してあるからって、目的の達成とイコールではない。

 心菜ならリリウムがいるし、この城内にいるだろう敵に対処はできる。しかし、それでもこの二人だけで行かせるには些か不安がある。


「はぁ……じゃあ、僕がこの二人を護衛するよ。それならいいでしょ?」

「……せやな。なら怜哉、頼むわ」


 一歩も譲れない頑固者カップルを見て、怜哉がため息を吐きながら護衛を買って出ると、そのまま二人の肩を叩いた。

 いくら空中要塞とはいえ、ここは敵地。防衛システムとして戦闘に特化した魔導人形が配置されてもおかしくない。


 というか、絶対にいる。

 ジークが持っていた時から侵入者排除のために魔導人形を数百体も用意していたし、カロンに乗っ取られてからもそれが機能していないとは思えない。

 カロンの合理主義を考えると、魔導人形は現在進行形で起動しているはずだ。


「じゃあ決定。ほら二人とも、さっさと『本体』を探してぶっ壊そう」

「お、おう! ちょ、待て先行くなよ! アンタ、場所分かってんのか!?」


 さくさくと先に進もうとする先輩に、後輩二人は慌てて追いかけ、城内へと入って行く。

 残された五人はその後ろ姿を見て、場違いだと思いながらも肩を竦めた。


「さて……んじゃ、ワイらも行くか」


 気を取り直すように陽が《銀翼》を構えると、日向達も静かに頷いた。



☆★☆★☆



 城内はジークがいた時と比べ、随分と派手に変わっていた。

 清廉さのある白と銀の壁紙や青のカーテンがなくなり、壁紙は黒と金、カーテンは金の房飾りがある真紅。

 カロンが国王即位直後のした模様替えとそっくりで、城の出入りをしていた日向はその内装を見て一瞬だけ息を呑んだ。


「……まったく、人の城を勝手に改造するなんて。何様のつもりなんだ」

「王様だろ。あの人は、生まれた時から王になる人だったんだから」


 それなりに気に入っていた内装を変えられ、ジークがぼやくが途中でぴたりと足を止める。

 ジークの視線の先には同じ回廊が続いているが、そこだけ陽炎のように揺らいでいた。


「これは……」

「罠、だろうな」

「ああ。この揺らぎは空間転移の魔法がかけられとる証。ここを通った直後、ワイらはどこかに飛ばされる」


 さすがに異国の地に飛ばされることはないが、それでも敵との戦闘になることは必須。

 頭の中でも分かっている。だけど。


「進むしか、ないよね」


 ここで戸惑っていても、カロンはこの世界を改変してしまう。

 それに『神話創造装置ミュトロギア』が『蒼球記憶装置アカシックレコード』の劣化版だとしても、『供儀の御柱』によって効力が上がっていたら同等の力を得ているはず。

 そうなっては、日向一人で止めるも難しくなる。


「……だな。考えても仕方ねぇか」

「ああ。さっさと終わらせるぞ」

「せやな」

「行くぞ」


 日向の言葉に四人が同時に頷き、躊躇なく足を陽炎へと伸ばす。

 爪先が触れた直後、彼女らの肉体は一斉に別空間へと飛ばされた。



「いたっ!」


 べしゃっ! と激しい尻餅をつく。

 臀部から感じる痛みに悶えながら、日向はふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。

 空間転移で城内のどこかへ飛ばされた日向がいるのは、さっきいた回廊。でも窓の外から見える視界が高くなっているのを見るに、上の階にいるのだろう。

 警戒するように周囲を見渡すが、どうやらここには敵はいないようだ。


(それにしても、ここ……本当に昔のウェストミンスター宮殿とそっくり。あの城もカロンの命令で一から内装変えてたから)


 警戒する際に見渡した内装に、日向は前世のことを思い出す。

 まだカロンが即位する前、ウェストミンスター宮殿は父である先王の好みに合わせた内装だった。

 天井も床も無駄に綺麗にしていて、子供には想像できない高価な調度品や美術品が所狭しに置かれていた。


 城内には化粧の濃い女性が闊歩し、どこからか酒と脂っぽい匂い、それから香水や汗などの体液の匂いがして、交流会で一度踏み入れた時にはあまりに匂いに目眩を起こしたほどだ。

 それもカロンが即位したらガラリと変わり、先王の痕跡を消すように豪奢な内装もあの時感じた不快な匂いが全部消えた時のことはひどく動揺したのを覚えている。


(……いけないいけない。ここは敵地、気持ちを切り替えないと)


 気を取り直すようにぱんぱんっと頬を二回叩き、魔装についた埃を払った後、日向は毛足の長い絨毯を踏みしめるように歩く。

 物音一つもしない回廊を無言で歩いていると、目の前に日向の背丈の倍はある巨大な扉が現れた。


 それなりに離れているにも関わらず感じる魔力に、腕輪として手首についている《スペラレ》を剣に変える。

 ゆっくりと黒檀の扉を開けると、中は回廊と正反対の内装をしていた。


 大理石の壁と柱、寄木細工の床に敷かれた毛足の長い絨毯。天井には金のレリーフが施され、その中央には精緻な細工をした金と水晶のシャンデリア。

 正面には豪奢な玉座があり、その背後には歯車が合わさった天球儀『神話創造装置ミュトロギア』。

 ガチガチと鳴るそれを聴きながら、日向は玉座に腰かける男を見据える。


「久しぶりだな。ようやくお前を手に入れることができる」

「カロン……!」


 この城の主であるカロンは、日向を見つめながら酷薄な笑みを浮かべた直後、額飾りサークレットが妖しく光った。

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