第19章 終焉告げる無限光〈下〉

Introduction 〝神〟は傍観する

 何時だったのか分からないほど遠い遠い昔。

〝神〟は、真っ暗な空間で生まれた。


 まだ『人類』という種が生まれておらず、肉体を持たない意識の集合体だった〝神〟にとって己が発生したそこはひどく恐ろしく、それこそ一秒たりともいたくない場所だった。

 だからこそ、〝神〟は己にとって安心と言える『世界』を創ることにした。


 一日目は、光を創った。

 二日目は、空を創った。

 三日目は、地上と海、植物を創った。

 四日目は、太陽と月と星を創った。

 五日目は、魚と鳥を創った。

 六日目は、獣と人間を創った。

 そして七日目は、地球にひと手間加えて休んだ。


 これが、後の世に伝わる『天地創造』。

 旧約聖書の文章として残すことになり、名前のない〝神〟はやがて『ヤハウェ』と名付けられた。

 そんなことも露知らず、ヤハウェは世界の裏側に創った楽園で好き勝手に過ごした。


 気分で目を覚まし、気まぐれに地球の様子を観察し、時には地球に赴いて歴史の流れを全身で感じ、新たな発展のために人類に試練を与える。

 それがヤハウェの日課となるも、同じことの繰り返しでやがて退屈と感じるようになった。

 その時ちょうど、地球ではあらゆる万物が神格化された超越存在どうほうが生まれ、彼らが人々に『奇跡』を与えていた。


 超越存在どうほうが生み出した『奇跡』は、人から見れば強大だが、ヤハウェから見れば欠陥だらけのモノ。

 人間の身では耐え切れないそれを見て、ヤハウェは思いついた。


 ――そうだ。この『奇跡』をもっと、使いやすいものに変えてしまおう。


 それは、本当にただの暇つぶし。

 永遠の時を生きるヤハウェにとって、ただ手慰みにするようなことだった。

 だけど、それが間違いだった。


 アリナ・エレクトゥルム。

 後に【起源の魔導士】と呼ばれるようになった彼女の手により、暇つぶしで作り直した『奇跡』は『魔法』と名を変え、やがて世界に多大な影響を及ぼしてした。

 やがて歴史に名を残す抗争が起き、アリナは『蒼球記憶装置アカシックレコード』に手を出し、数百年も続く因縁を生んだ。


 楽園で『蒼球記憶装置アカシックレコード』の起動とアリナの死を知ったヤハウェは、激しく後悔した。


 ――ああ、僕はなんて愚かな真似をしたんだ!

 ――あの子の魔法を、『蒼球記憶装置アカシックレコード』のことを教えるべきではなかった!

 ――そうすれば、彼女は幸せな余生を送れたのに!!


 アリナの死を嘆き、ヤハウェは己の罪の深さを知った。


 あの時、暇つぶしで『奇跡』を作り直そうと考えなければ。

 あの時、あの森でアリナに出会わなかったら。

 あの時、この世界の最大の秘密を教えなければ。


 何度も何度も頭の中にたらればが過るも、それは全て結果論で後戻りができない。

〝神〟でありながら、何もできなかった己を恥じて、ヤハウェは楽園に引きこもった。

 それまで続けていた日課すらやめて、どれほどの時間が経ったのだろうか。


 地球ではヤハウェが試練を与えるまでもなく変動し、三回の分岐点ターニングポイントが終えた頃。

 久しぶりに観察をしたヤハウェは、懐かしい気配を感じた。


 それは、死んでしまったアリナの魂。

 思わず血眼で探したヤハウェは、魂の気配があるのは極東の島国・日本であることを知る。

 その国の首都である東京にあるこぢんまりとした一軒家で、彼女の魂を見つけた。


 優しい女性の膨らんだ腹の中、そこにアリナだった者の魂が宿っていた。

 淡く、儚いその輝きを見て、ヤハウェは泣きながら笑い転げ回った。

 嬉しくて、悲しくて、それでいてうじうじしていた自分がおかしくて。


 とにかく腹が捩れるほど笑い泣いたヤハウェは、一冊の本を取り出す。

 Hinata Toyosaki――やがて生まれてくるアリナの生まれ変わりの少女の名が刻まれたそれを。


「今世では、僕は君の前には現れない。薄情かもしれないけど、それがお互いのためだ」


 もし今世でもヤハウェが接触したら、この少女の運命も悲惨なものに変わってしまう。

 ならば、このまま傍観した方がいい。

 そして、彼女が紡ぐ物語を見届ける。


 それこそが、今のヤハウェのするべきこと。


「アリナ……ううん、日向。僕は、君の未来が幸福に満ちたものになるよう祈ってるよ」


 たとえ地球が己の手から離れようと、自分の首が狙われていることを知っていても、〝神〟は傍観に徹する。

 全ては、一人の少女の幸せのために。

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