第280話 開戦の光

 高度を上げて飛んでいる飛行機の中は、不気味なほどの静寂が降りていた。

 いつ襲撃がきてもいいよう戦闘準備を整えており、陽が愛用している槍型魔導具銀翼には鋭く光る穂先がついていて、陽も本気で挑むつもりだと一目で分かる。

 心菜も樹もギルベルトもいつも以上に無言を貫き、怜哉とジークは無表情のまま窓の外の景色を見ている。


(……やっぱり、みんな緊張してるな)


 無理もない。この戦いの勝敗によっては、カロンに負けたことで世界が奪われるか、それとも勝って望む未来を手に入れるかの二つしかない。

 そう考えると緊張がこちらにも伝わってしまい、自然と手が震えてくる。

 ぎゅっと黒革の手袋をした手を握り締めていると、隣に座っていた悠護がその手を重ねた。


「……やっぱ、怖いか」

「うん……前世でもそうだったけど、やっぱり怖いよ。命を賭けた戦いは」


 悠護の問いに答える日向の声に、自然と全員の意識がそちらに向いた。

 心菜と樹、怜哉は教科書の文字でしか内容を知らない『落陽の血戦』は、ジークを含む日向達にとっては一番辛い記憶だ。

 あの時、ジーク以外はカロンが黒幕だと知らず、彼の思惑通り同じ国に暮らす者同士で剣を交え、血を流した。


 アリナもクロウもローゼンもベネディクトも、本当は戦いたくないと内心思いながらも、剣と槍を手に、襲いかかる敵を倒していった。

 もちろん寸でのところで助けられなかった人もいたし、英雄なのに何故家族を救わなかったと八つ当たりを受けたこともある。

 それでも、国を守るために、魔法をこれ以上悪しきモノにしないよう、みんな必死に戦っていた。


「……そうだな。俺だって怖いよ、またあの時みたいに死んで、お前をまた独りにするんじゃないかって思っちまう」

「……」

「でも、そうならないよう戦いに行くんだ。違うか?」

「ううん……違わない」

「だろ? なら、それ以上ネガティブ思考はやめとけ。いいな?」

「ちょっ、髪ぐしゃぐしゃにしないで!」


 わしゃわしゃと自分の頭を撫で繰り回してくる片手をどかそうとするも、悠護はその様子を見てケラケラと笑う。

 それを見て日向が頬を膨らませ、拗ねたようにそっぽを向く。戦い前なのに緊張感のないやり取りだと思うが、この場にはそれを咎める者は一人もいなかった。


「はいはい、イチャついとること悪いけど、そろそろ目的地に着くで」


 小さく笑った陽の報告に、全員が一斉に椅子から立ち上がる。

 窓からカエレムが見えており、距離は目視にして三キロ弱。

 地上から見たカエレムは思ったより巨大で、前世では魔法のまの字すら触れなかった男がここまでよく改造を施したものだと逆に感心してしまう。


 逆三角形になった大地の上に白亜の城が聳え立ち、その大地周辺を囲む巨大の歯車にはコフィン型の盾が囲むよう大量に配置されている。

 盾の表面には左右対称シンメトリーの模様が入っており、あの模様こそが魔力光線を発射するための回路であると同時に発射口だ。

 飛行機がカエレムに近付いてくると、盾は自動で盾が歯車から離れていく。


「くそっ、自動追尾機能が搭載されてたか!」

「くるで! 全員衝撃に備え!」


 樹が忌々しそうに舌打ちするが、陽が素早く指示を飛ばす。

 指示通りに椅子に掴むと、魔力光線がいくつもの筋を作って襲いかかる。操縦席にいるロボットはAIにより通常飛行モードから空中戦闘モードに切り替わる。

 飛行機は通常より角度の高い傾転ローリングをし、魔力光線を躱す。しかし機内では斜めになったことでバランスが取れず、日向達は必死に椅子にしがみついていた。


「おいおいおい、これちょっとキツいって!」

「つべこべ言うな! 陽、このまま機内に出れないか!?」

「アホ! そんなことしたら、魔力光線がこっちに照準を変えるに決まっとるやろ! せめて一キロ圏内に入るまでは待機や!」


 陽の命令に従いながら、盾から発射される魔力光線を躱すたびに揺れる機体に耐える。

 秒速で数十を超える魔力光線は、的確に飛行機を狙うもロボットの操縦技術が紙一重で回避する。

 しかし回避にも限度があるのか、主翼や垂直尾翼に掠っており、窓の外から黒煙が昇るのが目視できた。


「ちぃっ! このままやと飛行機がもたんな……みんな、今すぐ飛行機に出るんや! 魔法を使って突入する!」

「やっぱそれしかないよね……!」


 魔力光線を浴びて悲鳴を上げる機体を見て、陽が舌を打ちながらドアを開ける。

 高度一三〇〇〇キロメートルの上空、酸素が薄いせいで一瞬だけ息が詰まる感覚になるも、魔法で強化した体で飛行機の上に上る。

 盾からは未だ魔力光線を放出しており、遠慮も慈悲もない。


「うわー、性能滅茶苦茶ね……あれ、一体どうやって動かしてるの?」

「『排除の盾エクスクルシオ』は元々、侵入者を阻むための防衛装置だ。大方、フェリエが改造したんだろう。じゃなきゃあんな高火力光線が出てくるわけがない」


 どうやらあの盾にはちゃんとした名前があるらしい。

 しかし、名前を知ったところで、日向達のやることは変わらない。

 距離が徐々に縮まるたびに、魔力光線の威力と数が増えていく中、機体が空中要塞に近付くのを待つ。


「3、2、1……今や! 飛び乗れ!!」


 陽の合図と同時に、日向達は一斉に機体を蹴って跳躍する。

 直後、魔力光線の一つが飛行機を一直線に貫き、轟音を立てながら爆発する。爆風を受けながらもすぐさま詠唱する。


「『蜘蛛の糸フィルム・アラネア』!」


 詠唱した魔法は、『蜘蛛の糸フィルム・アラネア』。

 本来相手の捕縛目的のために作られた光魔法だが、状況によってはワイヤーアクションのように空中飛びフライングや回転もできる上に、魔力の強弱によって伸縮自在になるため、そのまま目的地まで移動することもできる。


 跳躍と爆風の風圧で距離を詰めたところで、この魔法を使い城壁の尖頭部分に光糸こうしを絡ませた。


 魔力を少しずつ弱めると光糸は徐々に短くなり、ぐんっと体が引っ張られる。

 防御魔法をかけないままの突撃だが、魔力光線は威力と速攻性が強力な分、小さな的を的確に真ん中を狙えるほどの正確性がなく、砲台として利用した魔導具の大きさによっては照準が疎かになっていく。

排除の盾エクスクルシオ』はその典型で、飛行機とそう変わらない大きさをしていることで日向達のような人間サイズの的を狙うことはできない。


 とはいえ、魔力光線が当たらなくても発射と同時に出る風圧のせいで、手に握り締めている光糸を手放しそうになる。

 それでも本物の糸と同じで細いそれを握りしめ、必死に耐える。

 横を掠めていく魔力光線の猛威に何度も肝を冷やしながら、光糸の長さが敷地内まで縮まっていく。


 その瞬間に全員が一斉に手を離し、芝生の上に転がる。

 実技の受け身を習っていたのと、魔装の耐久性のおかげで誰もかすり傷すら負っていない。

 それでも、高所から飛び降りるというのは、誰であっても恐怖を抱いてしまう。


「こっっっわ! めっちゃ怖ぇわ! 受け身受けなきゃ頭打って死んでた!」

「ま、まさかの受け身がここで活かされるなんて……人生分かったもんじゃないね……」

「無駄口叩いる暇はないぞ。早く起きろ!」


 まだ心臓がバクバクとしている悠護と、全身を恐怖で震わせている日向に、ジークが一喝する。

 他の面々もなんとか立ち上がり、目の前の城を目にした直後。


 ――ドウンッ!!


 突如、背後が明るくなる。

 全員が一斉に振り向くと、夜空を背景に光の柱が何本も聳え立ち、空の色を変えていく。

 昼の青でも、夕の赤橙でも、夜の黒ではない、桃と薄紫が混じった不思議な色。

 場違いにも幻想的に見えるそれを見て、ただ一人ジークは声を震わせた。


「これは――『供儀の御柱みはしら』! あの男、全人類から魔力を絞り取る気か!?」



☆★☆★☆



 王の間では、魔力光線が飛び交う音が聴こえていた。

 カロンが入って行った『神話創造装置ミュトロギア』は未だガチガチと歯車を回すだけで、カロン本人が一切出てこない。

 敵が着々と近付いてきているという事実に、サンデスは神経質にあちこち歩き回る。


「………………ああもうっ、まだなわけ!?」

「もうしばらくお待ちください。短気は損気ですわよ」

「落ち着けるわけないだろ! あいつらがすぐそこまで来てるんだ! 俺はまだ死にたくないんだ、ここで君らと共倒れなんてごめんだよ!」


 キーキーを喚くサンデスだが、フィリアは白けた目を向け、リンジーは虚空を眺めるだけ。

 全然こちらに一切の興味のない反応に、サンデスは大きく舌打ちをした。

 もうとっくに自分の扱いがぞんざいなのは知っているが、ここまで酷くなかった。


『レベリス』だった頃は、誰もが自分を都合のいい雑用もしくは玩具として扱ったが、今思えば今よりまだ人間扱いされていた。

 だけど、今の『ノヴァエ・テッラエ』は完全にサンデスをいないもの扱いしていて、むしろ自分に対する意識を別の方に向いていた。


(ああ嫌だ。この感じ、王子だった頃を思い出す)


 あの頃も優秀すぎる第一王子カロン第三王子ローゼンのせいで、第二王子じぶんはいてもいなくても同じ、霞のようなものだった。

 ジークに命を握られて『レベリス』に入った時は国賊として嫌われた。

 自分は国にとって、都合のいい時だけ王族としての責任を取るためだけの存在だったのだ。


 サンデスにだって、王族としての心得は人並みにあった。

 それをいいように利用され、悪として裁かれかけ、数百年も意地汚く生きてきた。

 全てはただ、死にたくないという一心で。


 それに、戦いが始まってしまったら、サンデスは問答無用で戦場に駆り出される。

 仮にこの戦いが終わって生き抜いたとしても、カルケレムに一生幽閉されるか殺されるかの二択しかない。

 そんな未来、絶対にお断りだ。


(とにかく、戦いに乗じてトンズラするしかない。卑怯なんか知るか。俺はもう普通に生きたいんだ)


 こんな狂った兄の妄執に付き合うのも、日向達に関わるのはもうたくさん。

 絶対に生き延びてみせると思い始めた直後、『神話創造装置ミュトロギア』が光り出す。

 咄嗟に目を閉じても瞼越しから伝わる光の強さに、思わず目眩がしてサンデスはその場で尻餅をつく。


 ガチガチガチガチッ!! と激しく歯車が回転し、徐々に弱い音を発した頃になると、やがて光も落ち着き始める。

 そこでようやくサンデスが立ち上がった直後、ほんの一時間くらい前に見た波紋が再び広がった。


 波紋の向こうで、カツンと高い靴音がした直後、現れたのはさっき『神話創造装置ミュトロギア』の中に入って行ったカロン。

 しかし入った時は上半身裸だったのに、今の彼には黒を基調とした豪奢な服を纏い、赤いマントを翻している。そして、その頭には十字架を並べた黒鉄の額飾りサークレットが一際煌めいていた。


「―――ああ、心地好い」


 ひどく落ち着いた、穏やかな声。

 あまりにも自然に出てきたその声は、サンデスに心臓をも凍らせるほどの恐怖を植え付けた。

 だって、本当に、あまりにも、


 顔色が青を通り越して白くなったサンデスと、粛々と頭を垂れたフィリエ、そして今のカロンを不思議そうに見るリンジーを見て、カロンは静かに微笑む。

 そして、その薄い唇で告げた。


「――――さあ、開戦の時は来た。待っていろ、無能で愚かな〝神〟よ。この魔王がその首を貰い受ける!」

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