第278話 異国の空で願う
東京国際空港。通称、羽田空港。
日本最大の空港であり、成田国際空港と並ぶ首都圏の空の玄関口。
世界で第五位に入るほどの乗客数を誇るこの空港は、完全に無人と化していた。
現在の情勢で外国の行き来は規制され、国内線でも本数を減らしているせいで乗客は日に日に減っていた影響もあり、この空港も他と同じように閑古鳥が鳴く始末。
そして今日、今回の作戦のために陽がツテを使って空港を今日の夜だけ貸し切りにしてもらっている。
ガランとした空港の中で、日向達はイアンから渡された魔装に身を包んでいた。
日向と心菜はワンピースタイプの魔装を着ており、日向の魔装は丈が短いに対し、心菜の魔装は丈が長めだ。それでもスカートの下から伸びる足はすらりとしていて、黒革の編み上げブーツがその肌の白さを強調させていた。
それに対し悠護達はボイラースーツタイプの魔装で、ライダースーツのようにぴっちりしておらず、むしろ動きやすいようにあえて布を残してある。
しかもそれぞれ形状も違い、概念干渉魔法で竜化できるギルベルトには腕の袖が取り外しでき、背中部分にはいつでも翼が出せてもいいようマントのように捲れる仕様になっている。
それぞれの特徴を生かした魔装。
それを身に包んだ時、前世で感じた責務の重さが蘇った。今の自分はただの学生だけど、この世界に影響を及ぼす存在であると再認識され、自然と敗北してしまった時の恐怖が襲い掛かった。
それでも、同じ魔装を着たみんなを見て、その恐怖も薄まった。
勝手な思い込みかもしれない。もしかしたら恐怖のあまり逆に感じなくなくなっただけかもしれない。
でも、少なくとも、日向の心が少し楽になったのは確かだ。
「―――みんな、揃っとるな?」
日向達の前に、同じ魔装を纏った陽とジークが現れる。
彼らの魔装はロングコートタイプで、二人とも足の動きを阻害されない程度の長さにしてある。
でも、その恰好がどこか死に装束に見えたのは、きっと気のせいだ。
「これからワイらは飛行機に乗って、空中要塞へ向かう。操縦は空軍の訓練用ロボットに任せとるから、突入のタイミングで飛行機が撃墜されるが、人的被害はないから安心しぃ」
陽の説明を聞いて、日向は内心安堵の息を吐いた。
移動方法についての説明はあっても、その際誰が操縦するのかという話はなかった。だから一瞬本物のパイロットを使うのかと危惧していたが、取り越し苦労でよかったと切実に思った。
「つか、飛行機一機がおじゃんになるとか……も、もしかして弁償って俺らが!?」
「安心しぃ。IMF経由で事情も話しとるし、弁償も向こう持ち。つまり……ワイらは気にせず飛行機ぶっ壊してええってわけや!」
「おい清々しく最低発言するなよ教師!!」
堂々と言った陽に悠護がツッコむと、一斉にくすくすと笑い出す。
これから戦いへ赴くというのにいつも通りの空気。もしここに第三者がいれば、緊張感がないと怒られてしまうかもしれない。
だが、今はこの空気が一番いいと思ったのは日向だけではないはずだ。
「んじゃ、緊張がある程度ほぐれたところで、そろそろ乗るか」
陽が先頭にして、日向達は発着馬へと向かう。
機械の自動化が進んでいることもあり、夜間では作業用ロボットが稼働している。しかし今もそのロボットは一体もおらず、いるのは発着場に用意されたパイロット用ロボットだけ。
ロボットは日向達の姿を確認すると、丸い目を二回発光する。すると格納庫から非自走型タラップ車が走ってきて、同時に飛行機の入り口も自動で開く。タラップ車が入り口と設置され、そのまま階段を上がり機内へ入る。
誰もいない機内で好きな席に座り、シートベルトをつける。
ポーンと飛行機のアナウンスが流れると、機体はそのままゆっくりと動き始める。
訓練用ロボットはプログラム通りに運転を始めており、突入時には通常なら自動起動する安全装置を解除してそのまま突っ込むらしい。
少々荒々しいやり方だと思うが、今のこれが最善の策なのだろう。
そう思っていると、飛行機は上昇し始め、体にGがかかり始める。
飛行機がゆっくりと地上から離れ、星も月もない夜空へと旅立つ。窓の向こうで電気の明かりがきらめく街を見下ろしながら、誰も知られないまま静かに決戦の地へと向かった。
「……行ったわね」
空港の屋上で、リリアーヌがアンティーク調の双眼鏡を覗き込みながら、飛行機を見つめていた。
離陸して夜空を飛ぶ鉄の鳥は、リリアーヌが生きた時代では見られないものだった。
当時は船による渡来が主流で、人間の手であんな素敵な乗り物を生み出したなんてしばらく信じられなかったものだ。
夜空へ消えていく飛行機を見つめながら、リリアーヌは神妙な面立ちで無言になる。
本来ならあの少女達はこの世界を救った英雄として、世界中の人々から称賛される立場にある。
しかし、この戦いは永遠に歴史の中で誰にも語られることも知ることもない。
時代の
それはひどく悲しく感じるも、それを自分だけが知っているという謎の優越感があった。
「さて……それじゃあ、約束通り
カツンとヒールを鳴らしながら振り返ると、そこにはすでに臨戦態勢でいる愛しい我が子達。
母である自分に向ける眼差しを一心に受けながら、リリアーヌは空港を後にした。
☆★☆★☆
日向達を乗せた飛行機が空中要塞へ飛んだ頃、アメリカ、ドイツ、イギリスなど複数の国家は水面下で動きを見せていた。
国軍や警察などに所属する魔導士の中から選ばれたエリート達で結成された回収部隊。
その目的は、空中要塞にある巨大魔導具と日向の身柄をどの国よりも早く手に入れること。
彼らが得た情報では、巨大魔導具の起動には日向が必要であることも入っており、唯一無二の無魔法使いだけでなく巨大魔導具を手に入ることは、日々魔導具開発や魔導士育成に力を注ぐ国にとって喉から手が出るほど欲するモノ。
だからこそ、同じように空中要塞に潜入し、作戦の手筈通りに魔導具も無魔法使いも手に入れる――――はずだった。
「チクショウ、チクショウ……!」
なのに――何故こうなった?
最新鋭の武器は全て大破し、上が会議を何度も重ねて選別したエリート達が倒れ伏せ、吉全体には爆炎と黒煙が充満している。
こんな、こんな惨状を
「――あーあ、手応えないねぇ。これじゃウォーミングアップにもならないよ」
地に塗れた剣身を見て、【ハートの騎士】レオナルド・シャーロットはがっかりした口調で言う。
赤いコートを返り血で染めている彼を見て、隊員は思い出す。
……そうだ。確かリーダーが作戦を決行しようとした直後、この基地が爆破した。
自分は運よく爆風に紛れて瓦礫となった壁の下にいたが、その間は悲鳴と肉が裂ける音ばかり聞こえ、必死に息を殺していた。
そして、その音がようやく止んだところで瓦礫の下から這い上がり、この惨状を目の当たりにした。
「な、なん、で……なんで、お前らが……!」
「ああ、邪魔するのか? ごめんねー、これはママからの頼みなんだ。『『ノヴァエ・テッラエ』を倒す邪魔をする連中を潰せ』って」
『ノヴァエ・テッラエ』。倒す。邪魔。潰す。
この四つのワードだけで、隊員はひゅっと息を呑んだ。
まさか――まさか――!
「お前ら……豊崎日向と手を組んだのか……!?」
「うーん、正確には違うけど……ま、似たようなものかな」
隊員の言葉をとくに否定しないまま、レオナルドはそっと彼の首筋に剣筋を添えた。
「そういうわけだから――バイバイ」
あっさりと、まるで友達に声をかけるように。
レオナルドの剣――正確には鞘に収まったそれで、隊員の意識を刈り取った。
気絶、もしくは半殺しにした隊員達を見て、レオナルドは満足気に頷く。
「よし! ママの言いつけ通りちゃんと息があるな! 半殺しとか難しいなー、あははっ」
今まで敵は遠慮なく殺しまくっていたせいで、レオナルドを含む子供達は手加減というのが苦手だ。
初めてにしては上出来だと思いながら、レオナルドは基地を去る。
――事の発端は、半月前まで遡る。
リリアーヌの情報網によって、日向と
情報を買うには莫大な金が必要で、以前『ノヴァエ・テッラエ』が襲撃した裏カジノで手に入れた資金は、全てこの情報を買うためにほとんど使ってしまった。
もちろん彼女にとってははした金なので、億を軽くいく出費は許容範囲内だ。
そうして各国の回収部隊の作戦実行時間、基地の所在、隊員の人数など、信憑性の高い情報を片っ端から買収したリリアーヌは、最愛の我が子達に命じた。
『いいかい、わたしの可愛い子供達。今回の作戦の主力メンバーは豊崎日向を筆頭にしたあの子達よぉ。わたし達は作戦を邪魔する害虫を追い払うのがオシゴト。た・だ・しぃ、無闇な殺生だけはやってはダァメ。わたし達がやるのはぁ、あくまで露払い。それ以上は面倒があるからねぇ』
そう命じたリリアーヌによって、レオナルド達は作戦通り回収部隊の基地を潰した。
基地と武器だけを完膚なきまでに破壊し、隊員はなるべく死なせないようにする。
根気と注意力が必要とする作業だったが、それでも最愛のママの命令通りに動くことこそが、自分達にとっての絶対的ルールだ。
「うーん……やっぱり、ここからじゃ飛行機は見えないかー」
目を凝らして空を見上げるも、日向達が乗っているであろう飛行機は一切確認できない。
もっとも、レオナルドがいるのは日本ではなくオーストラリアなのだから、たとえ時差が一時間あっても見えないのは当然だ。
自分達より年下の少年少女達が、悪い魔導士から世界を救おうとする。
まるで物語のようだ。
レオナルドなら読んで一分で飽きてしまうが、不思議とこの物語ならいつでも読んでいたいと思う。
「……なあ、神様。君はこの宇宙のどこかで俺達を見てるのかな? もしそうなら、きっと今の出来事を見ているはずだ」
〝神〟の存在は、レオナルドはそれほど信じていない。
だけど、本能的にいると思う存在へ問いかける。
「君はきっと退屈で暇を持て余しているだろうからさ……彼女らの無事を祈ってくれよ。この物語を、最高のハッピーエンドを迎えるために」
数々の出会いと困難、苦悩と葛藤、そして成就した恋と貫く愛の眩しさ。
この理不尽で醜悪な世界で、己の道をひたすら信じて歩いてきた少年少女達。
彼女らの物語が、悪魔の望む未来で終わってしまうのは嫌だ。
「頼んだよ、神様」
一方的にお願いをしたレオナルドは、崩壊した基地を振り返らないまま『鍵』を使ってスウィートワンダーランドへ戻る。
その様子を世界の裏側で、〝神〟が嬉しそうに口元を綻ばせていたことを知らないまま。
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