第275話 決戦前夜Ⅰ

 一〇月二九日。

 Xデーではある三〇日まで、残り一日弱になった。

 今日は作戦の最終段階ということで、再び豊崎家のリビングにやってきた。


 室内には日向達は勿論、リリアーヌ、そしてイアンもいた。

 今回の作戦において、イアンの魔導具提供は非常に心強い。リビングの入り口近くには大きなキャリアケースがあり、あの中に魔導具が入っていることは全員が察している。

 リリアーヌは持参したマカロンをぽいぽい口の中に入れており、思わずじっと見ていたら欲しがっていると勘違いして、無言でマカロンを一つくれた。ちなみにラズベリー味だった。


「……んじゃ、明日に控えた決戦の話をするで」


 甘酸っぱく美味しいマカロンをさくさくとリスみたいに齧っていると、陽が声の調子を整えるように咳込んでから本題に入る。

 これは陽が本当に大事な話をする時にしか出さない癖というのは、妹の自分は知っている。

 だからこそ、自然と背筋がピンと伸びていく。それは他の者も同じだった。


「ワイらは明日、カロンのおる空中要塞に乗り込んで、『ノヴァエ・テッラエ』を壊滅。そんで『神話創造装置ミュトロギア』の破壊が目的や」

「だが、この作戦において懸念しておくべくことがある。あいつの呪いについてだ」


 陽が話をした直後、ジークが厳しい顔をしながら言うのを見て、樹が首を傾げる。


「呪いって……三一日になったら死ぬやつの?」

「ああ。以前、呪いの発動が一〇月三一日の〇時〇分〇秒〇〇だと言ったのを覚えているな?」

「それが……どうかしたんですか?」

「もしかしたら、その時間になっても奴が死なない可能性がある」

「はあ!?」


 決戦前日に言われた新事実に、樹が大声を上げながら椅子から立ち上がる。

 だが、日向や悠護、それにギルベルトの顔を見て嘘ではないと理解した。


「な、なんだよお前ら! もしかして、知ってたのか!?」

「いや、知っていたというより可能性があるとは思っていただけだ」

「考えてもみろよ。向こうは『神話創造装置ミュトロギア』を持ってるんだぜ? いくら『蒼球記憶装置アカシックレコード』の劣化版とはいえ、その力は未知数。ならカロンはそれを使ってタイムリミットを最大限延ばしているはずだ」

「あ、そ、そっか……相手がその弱点を攻略してないほうがおかしいか」

「でも、それでもたった数時間が限度だと思う。数百年も巣食っていた呪いを一朝一夕で完全に消すことはできないから」

「だが、面倒には違いない。たとえ『蒼球記憶装置ほんもの』より劣ろうが、『神話創造装置にせもの』でも呪いに影響を与えることはできる。限界値の魔力で呪いのタイムリミットを延ばしたとして……最大で六時間弱も猶予はあるはずだ。もっとも、向こうが何かをしなければ、だが」

「マジかよ……」


 話を聞いていくうちに、樹と心菜の顔色が悪くなっていく。

 今までのように敵を倒して終わりだったが、相手の力が未知数の上にタイムリミットが延びていることはこちらの戦況が悪くなるということ。

 しかも手玉も隠していることをも考えると、今日まで整えてきた準備が全部無駄になる可能性もある。


「いちいち気にしても仕方あるまい。どの道、明日戦うことになるのだ。その時に考えればいい」

「そうねぇ。で、こっちはどうすればいいのかしらぁ?」

「……お前達の行動については、正直に言うと考えていない。当日は自由に動いてもらうつもりだ」


 そもそも『サングラン・ドルチェ』はどれもかなりの手練れ揃い。

 ジークも『レベリス』として多くの構成員を動かしてきたが、そのほとんどが力のない者ばかりだった。

 だからこそ、リリアーヌが揃えた優秀過ぎる手駒を動かすことに慣れていない。


「……そう。じゃあ、わたしは好きに動くことにするわぁ。あと、もね」

「露払い……?」

「ふふふ」


 気になるワードが出てきて首を傾げる日向に、リリアーヌは意味深に微笑むだけ。

 思わず悠護達の方を見るが、彼らも分からないのが一様に首を横に振った。


「そして空中要塞に行く方法なんやけど……ちょっと昔のツテを借りて、空港の飛行機を一機貸してもらえるようになったで」

「飛行機!? なんでそんなモン貸せたんスか!?」

「ネタバレすると、その空港に陽に色々と借りを作った同級生がいたんだ」


 ジークの発言に、全員が「ああ……」と声を出して納得する。

 小学校の頃からなにかと頼りにされていた+魔法士としての才能がありまくっていた陽は、その時から色んなところで借りを作っていた。

 今回はその借りの一つを使ったらしいが……飛行機一機を貸すほどの借りとは一体なんだろうか?


(気になるけど、聞いたら後悔しそうだからやめておこう……)


 この世には知らなくていいことなど山ほどある。


「移動方法はいいとして……あ、その飛行機に防御魔法付与しとく? 機体のどっかに魔法陣入れればイケると思う」

「それはこっちでやっとくわ。付与は元々そんなに手間のかかるモンやないし」

「なら、今度はこっちの番だな」


 イアンが待ってましたとばかりにソファーから立ち上がり、キャリアケースを持ってくる。

 リビングのローテーブルに置いたそれを開けると、中に入っていたのは様々な色の魔装。上は袖口やあわせが白で、ラインが金色の裾の長い上着。下はスカートかズボン。


 色は白、黒、青、赤、緑、紫、群青、黄色の八種類。

 その中で日向は白、悠護は黒、樹は群青、心菜は緑、ギルベルトは赤、怜哉は青、陽は黄色、そしてジークは紫を選ぶ。

 滑らかな肌触りをしており、質の悪い魔装では感じられない高品質に、誰もが感嘆の息を漏らす。


「軽量性、伸縮性に富んでいるのはもちろん、生地には魔法で作った特殊な金属をふんだんに織り込んでいる。これにより通常の魔装と比べて耐久性は三〇パーセントアップしているし、付与した魔法は防御魔法、治癒魔法、そして身体と魔法の強化魔法の三つ。これなら存分に戦えるだろ?」

「さっすがイアン! 魔導具の腕が昔より上がってるな」

「伊達に現代まで生きていない。知識は常にアップロードされていくんだから、これくらいできて当然だ」


 手渡された魔装を見て感想を述べた悠護に、イアンはどこか誇らしげに語る。

 前世ではこの二人は主従であると同時に魔導具の師弟関係であった。悠護の中にある魔導技術は数百年前のものしかなく、それに対してイアンは【魔導士黎明期】から技術と知識を蓄え続けている。

 自然と腕に差ができてしまうが、悠護はそれを気にするどころか素直に賞賛している。イアンもそれが分かっているからこそ、そう返事をしたのだ。


「注文通りの仕上がりだ。ご苦労だったな」

「いいえ。元々、『神話創造装置ミュトロギア』は俺にも責任がある。これくらいで罪滅ぼしになるとは思えないが……」

「あれは私の命令もあったからこそ生まれてしまったものだ。それに、お前は今までよくやってくれている。気にするな」

「……はい」


 優しい声で元部下を労わるジークとその労いを嬉しそうに聞くイアン。

 経緯は違えど、長年たった一つの目的のためだけに行動を共にしていた。その間にも部下以上の戦友に近い関係を結べていたことは、元主人として少し喜ばしいと思えた。


「魔装も移動手段もこれでばっちりや。あとは、当日までに英気を養う。ええか? 絶っっっっっ対に! 模擬戦とか魔法の練習とかするんやないで! 特にそこの教え子共!!」

「「「「「ぎくっ」」」」」


 陽の指摘を受けて、日向達は一斉に肩を震わせる。

 どうやら全員帰ったらウォーミングアップという名の訓練をするつもりだったらしく、思わず顔を見合わせると一斉にくすくすと笑い出す。

 あまりにも息の合った光景に、陽達も呆れながらも笑みが零れた。


 本当なら、前世の因縁も罪関係なく、何も知らないまま一人の魔導士として普通に成長していくはずだった。

 だけど、彼女らは知ってしまった。もはや後戻りはできない。

 あと一日で待ち受ける戦いで全て終わらせなければ、この子達は永遠に幸福な未来はやってこない。


(それだけは避けてみせる。ワイの人生を懸けても)


 ジークの詰問に誤魔化すように笑う教え子達を見つめながら、陽はズボンの上で拳を握り締めた。



☆★☆★☆



 IMFアメリカ支部。

 ワシントンのペンシルベニア大通り、より正確に言うと合衆国議会議事堂とホワイトハウスを三角形で結ぶように点在しており、日本での襲撃事件の影響でアメリカ軍所属の魔導士が警備についている。

 そして、IMFアメリカ支部の地下にはアメリカ魔法総合研究所が存在している。


 アメリカはスーパーやネットで銃が二〇〇〇円くらいで買えるほど、銃の所持する国民が多い。

 魔導具や魔導医療品を売買する会社では、企業スパイの侵入防止のために警備員には拳銃の所持が許可されているが、中には警備員に変装したスパイが社員を数名撃って大怪我させたこともある。


 アメリカ魔法総合研究所はアメリカ全土で開発された魔法・魔導具のデータが創立当時から保管されており、スパイの侵入と情報漏洩を防ぐ目的として、一番セキュリティが厳重なIMFアメリカ支部の地下に建設した。

 地下にあるせいで時間感覚が狂うと思われがちだが、最新鋭技術によって天空を再現し、太陽光に近い光源を使用。


 さらに中庭には人工的に造られた小さな森林や河川もあり、室内でも自然の空気を味わることができる。

 その中庭にあるベンチで、デリックは頬をぷくーっと膨らませていた。

 完全に拗ねているその姿は、さすがに三〇代を迎えた男性に見えなかった。


「……所長、そんなに拗ねないでください。ほら、他の所員がこっち見てるじゃないですか」

「だってさぁ、こんな命令が一方的にされたのは納得いかないんだよ~」

「気持ちは分かりますが、ベンチに寝転ばないでください。そのまま猫みたいに伸びをしないでください。ああもう、いい加減に姿勢を正せバカ上司!!」


 一応研究所の最高責任者に拳骨を落とすという所業をしたメリアだが、むしろこの所長にこのような態度を取れる所員は彼女しかおらず、他の所員は何も言わない。

 むしろ応援までしており、それを知っているデリックは渋々起き上がる。


「はぁ~、政府も何を考えてるんだろうねぇ。この時期に部隊を結成させるなんて」

「はい。しかも……目的が『ノヴァエ・テッラエ』が所有しているだろう大型魔導具の回収と、無魔法使いの捕縛だなんて……」


『ノヴァエ・テッラエ』。

 今では全世界の魔導犯罪組織が参加に入っている、知らない者はいない特急魔導犯罪組織。

 聖天学園襲撃事件から一ヶ月後、彼らが世界に影響を及ぼす大型魔導具を所有している、という匿名のタレコミがあった。


 このタレコミは他の国にも伝わり、回収部隊を結成した。

 そこまではいい。だが、問題はその数日後に再び舞い込んだタレコミの内容だ。


 ――日本在住の無魔法使い・豊崎日向は、件の魔導具によって無魔法を手に入れた。


 このタレコミは上層部にも衝撃を与えた。

 世界に影響を及ぼす魔導具によって、無魔法を手に入れた。

 それはつまり、現代魔法よりも強力な魔法を大量生産できると同義だ。


 無魔法はその成功例であり、それを使える日向の身柄を手に入れて研究したいと思う連中が現れて当然だった。

 その結果、デリックを含む所員に言い渡されたのは、無魔法使いの捕縛用魔導具の制作。

 国は、世界の危機よりも、己の欲を優先させた。


「はぁ~~、ほんっとやる気でないよ。こんなつまんない魔導具を作るなんて」

「私も正直反対よ。でも……作らないと、今後の魔法研究の費用を削減されるんでしょ?」「そうなんだよ! こっちの弱みを突きつけるなんて最低だよ! ねぇ、やっぱりさっき帰った伝令の人殴ってきていい!?」

「いいわけないでしょう! 無関係な人を巻き込まないで!」


 さっき帰った黒スーツの男を思い出して、八つ当たりの要求を述べた上司を叱る。

 伝令という名のパシりを殴るのは、さすがのメリアもできない。

 部下からの言葉にぶすりと再び拗ねたデリックは、またベンチに寝転んで人工太陽光を浴びながらため息を吐いた。


「あーあ。いっそのこと、誰か回収部隊を壊滅させてくれないかなー」

「やめて。あなたが言うと本当に起きそうだから」


 せめてもの反抗のように呟いた願望に、メリアは深いため息を吐いた。

 しかし、これがまさか現実になってしまうことは、この時の二人は予想だにしていなかった。

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