第270話 状況把握
空中要塞カエレムの出現は、毎日世界各国のニュースで取り上げられるほどの騒動となった。
この出現があった翌日、アメリカやドイツなど軍事力に優れている国では、航空機を使って数日偵察をしに行ったが、それが今日の昼前に全て撃ち落とされた。
突然の速報によって、あの要塞が強力な魔導兵器を兼ね備えている事実を知らされると同時に、この脅威に立ち向かうための戦力はどこから派遣すればいいのか議論となった。
カエレムは太平洋をぐるりと回っており、その海に面しているアジア・アメリカ・オーストラリア周辺国が対応すべきだと言う諸外国。
対して、太平洋以外の国も協力すべきだと言う太平洋周辺国。
議論は白熱するが、こんなのは永遠に答えの出ない水掛け論。
各国の政治家達は、ただ面倒事を押し付けているだけで、一向に解決案を出さない。
リモートで解決案も出さないまま終わった無意味な会議に出席した徹一は、椅子にもたれかけながら深くため息を吐いた。
(……まさか、政府機関がこれほど役に立たないとは。この問題はどの国も一丸となって取り組まなければならないというのに)
カエレムによる航空機撃墜を考えるに、彼らの戦力は少なくともどの国の魔導士よりも上だ。
先の襲撃により、IMF日本支部は一部業務を政府機関に譲渡させ、他の業務は通常通り動かしている。あの事件の後は毎日起きていた魔導犯罪が鳴りを潜めた。
しかもカエレムの出現により、街ではあの空中要塞を『世界の救世主がいる城』と呼び、信仰者を増やそうとする新興宗教団体が現れている。
こうも立て続けに事態が急変し、激務に追われ続けていた徹一も、さすがに頭が痛くなってくる。
「今が歴史の
【魔導士黎明期】、【魔導士革命期】、【魔導士大戦期】……この世界で魔導士達は三つの時代を乗り越えた。
もし、今の時代がその歴史の
思考回路がマイナスへ傾き、憂鬱を吐き出すようにため息を吐く。
その時、控えめなノックがした。
「……入れ」
「失礼するわ」
相手は徹一が想像した通り、二人目の妻である朱美だ。
茶器や菓子を載せたお盆を持っており、スカートをなびかせながらそれを執務机の上に置いた。
「お茶を持ってきたわ。少し休憩しましょう」
「……コーヒーじゃないのか」
「胃が荒れるからハーブティーよ」
すっかり常飲しているコーヒーはないことに気落ちしたが、それもティーカップから漂う香りと味で変わってしまった。
数種類のハーブを混ぜた紅茶は、ささくれ立つ徹一の気持ちを落ち着かせ、茶菓子であるショートブレットはバターの風味が口の中で広がる。
ここ最近働き詰めで、眠気覚ましのコーヒーやエナジードリンクばかり飲んでいたせいもあり、久しぶりに飲むハーブティーはひどく美味しく感じられた。
「……すまないな、いつも迷惑をかけて」
「いいえ。あなたの妻になると決めた日から覚悟しているわ」
七色家当主の妻というのは、何もしなくてもその地位にいるだけで狙われ、多大な苦労を背負う。
朱美も魔導士だがその能力は平均的で、彼女と再婚する際に親族から別の相手を選ぶよう迫られた。
それでも、いつも苦労をかけてもこうして自分に安らぎを与える朱美を選んだのは間違いではないと思える。
「ところで……悠護くんと日向さんは? 鈴花が遊びたがっていたけど」
「……あの二人なら、豊崎家に行っている」
「そう……」
徹一の言葉に、朱美は察した顔をした。
IMFの襲撃と都内の同時魔道犯罪発生を機に、政府は外出自粛を要請。
結果、飲食店は軒並み長期の休業になり、仕事はリモートワーク、日用品などの購入はアンドロイドによる搬送になった。
その状況下での外出は危険だが、今の豊崎家には【五星】であり兄の陽とジークという凄腕の教師もいる。
あの二人ならば、家にかけられている結界と同じ強度の魔法を使うことはできる。
だけど、自分の息子と息子の嫁となる少女があの家に行く理由など、一つしかない。
「……まったく。情けない大人だな、私達は」
ハーブティーを飲んだ徹一は、襲撃後に息子に聞かされた荒唐無稽かつ現実味のある話を思い出しながら、自嘲を含ませた声で吐き捨てる。
「この世界の命運を、年端もいかない子共達に背負わせるなんて」
豊崎家は今、かなり強固な結界が敷かれている。
先の襲撃により、IMF日本支部は半壊に陥った。もちろん魔導具で修復はしたが、襲撃によって職員の半数近くが重傷を負ったことと、また狙われる可能性があるため、一部業務を政府機関に譲渡と施設の利用が関係者以外立ち入り禁止になってしまった。
今まで会議室を借りていた日向達も立ち入り禁止対象とされ、一番出入りしやすい実家に場所を移すのは当然の流れだった。
リビングにはいつものメンバーが揃っており、一つ違いがあるとすれば、ド派手なローズピンクのドレスを着た女性がいる。
【ハートの女王】リリアーヌ・シャーロット。現在協力関係にある『サングラン・ドルチェ』のボスで、今日は紅水晶玉越しではなく本人が登場した。
「まずは……IMF襲撃の時、都内各地に出てきた魔導犯罪者らの逮捕に手を貸してくれたこと感謝する」
「礼なんていらないわぁ。どの道、連中の思い通りになるのが気に入らなかったし」
マグカップに注がれたミルク砂糖たっぷりに激甘カフェオレを優雅に飲むリリアーヌ。
彼女自身はなんでもないように言うが、事実彼女らの協力がなければ、都内は破壊の爪痕を色濃く残すひどい有様になっていただろう。
カフェオレを飲んでいるだけなのに高貴な雰囲気を漂わせているリリアーヌを横目に、ジークは話を続ける。
「現在、カエレムは太平洋周辺を不規則に動きながらも浮遊している。昨日はアメリカ、ドイツを含む軍事国家の偵察部隊である航空機が撃ち落とされた」
「おいおい、ちょっと待てよ。今の魔法技術の恩恵で科学技術もかなり発展してんだぜ? 軍事利用されている航空機なら、材料の金属には防魔加工されてるはずだろ?」
ジークの話を聞いて、魔導具に詳しい樹がストップをかける。
魔法の恩恵によって、どの建物や乗り物の材料には防魔加工するよう推奨されている。
防魔加工は材料に防御魔法に付与させるだけだが、その付与が均一に行き渡るために最低でも三日かかる。
昔は軍事にしか利用できない技術だったが、今では魔導士の量が増えて、今では官庁や商業施設、さらにはマンションや一戸建てなどの住宅にも普及するようになった。
しかし当時の影響もあり、軍事用の乗り物や武器にも防魔加工が今でも続けられており、軍事国家ではその技術が他より群を抜いている。
「防魔加工されているとはいえ、耐久値を超える魔法をぶつけられたらひとたまりもない。しかも二〇近くもいた航空機を全て撃墜させたことを推測するに……敵は攻撃力の高い魔力光線を使っているな」
「魔力光線って、あの魔法版レールガンのこと?」
「レールガン……言い得て妙だな。だが、あの魔法を使ったら航空機など両断されるな」
樹のたとえを聞いて、ギルベルトは脳内で想像して納得する。
魔力光線は魔力弾の上位互換であり、魔導士単体でも撃てるが、大半は魔導具を通して使用されている。
そこは単純に性能という壁があり、魔導士単体より魔導具の方が威力・連射性にも優れているからだ。
「あれはドイツが特許を取ったこともあり、他国に技術漏洩されないよう厳重に管理されていたはずだ。何故その技術を奴らが使っている?」
「大方、開発元にスパイがいたんだろう。そいつが技術を盗み出した……初歩的かつ原始的なやり方だ」
「じゃあ、そのスパイはもう死んでる可能性はあるね……」
カロンは利用価値がある人間は利用するだけ利用し、その後は口封じとして殺害する。
合理的な方法を好む彼らしいやり方だが、それでも生理的嫌悪感がある。
「それ以前に、異位相空間に創った城を現実世界に移動させるなんて、普通にアホの所業やろ! つか、そんなことさせる発想自体起きひんわ!」
「確かにぃ。異位相空間の方が現実世界と比べて衛星で位置をバラされる心配がないし、なにより異位相空間は創った本人の力が増す絶対領域になるメリットがある。なのに、なんでメリットを捨てるような真似をしたのかしらぁ?」
「あの城を動かさないといけない事情があったから、とか……?」
「それしかないだろうな。向こうには『
『
ジークがイアンと共に作り上げた、『
かの魔導具の力は
因果整合性――いわゆる起承転結に則っていなければ本領発揮しないが、逆を言えば則ってさえいれば驚異的な力を得られるようになってしまう。
歴史・文明を司る『理の情報』は無理でも、生物を司る『魂の情報』ならば上辺だけでも書き換えることができる。
かつてアリナが成し遂げた力より弱くても、その威力や影響は申し分ない。
「……とにかく、相手がこちらにこようが変わらない。私達は、あの連中を叩きのめす。それだけだ」
ジークの冷たくも現実味を帯びた戦いの予兆は、否応にも日向達の胸に突き刺さった。
☆★☆★☆
「随分と意地悪ねぇ。年端もいかない子供相手に」
日向達が家を出た後、まだ残っていたリリアーヌは、勝手に戸棚を漁って見つけたクラッカーにジャムをたっぷり塗っていた。
豊崎家にはその日の気分に合わせてフルーツ系のジャムは全種類揃っており、リリアーヌは冷蔵庫からそのジャムを全部持ち出し、豪快かつ遠慮なく使っていた。
日向が黒宮家の預かりになってから、ジャムの減りがいつもより遅くなっていたため、別に消費しても問題はないが、それにしては躊躇がない。
彼女の二つ名はこういう我儘かつ自由奔放だからこそ、付けられたのだと改めて思った。
「事実だ。どの道、カロンとの戦闘は避けられない事態。今の内に覚悟を決めた方がいい」
「そうねぇ……二人くらいまだ覚悟できてなかったわねぇ」
指先についたイチジクジャムを妖艶に舐め取るリリアーヌを見て、ジークは舌打ちしそうな顔をする。
神藤心菜と真村樹。
前世を持つジークたちや幼少期から汚れ仕事をし続ける怜哉と違い、この二人は平和で穏やかな現代を生きる魔導士。手を血で汚す必要のない、本来なら無関係だった子供達。
それがどんな運命の悪戯か。二人は日向達と出会ってしまったことがきっかけで、様々な事件に巻き込まれてしまった。
時に血を、涙を流した二人は、その身に合った実力を得つつある。
だけど、その手を汚すことだけは、未だ覚悟も決意もできていない。
「わたしとしては別に構わないわよぉ? ただ死体が増えるだけの話だから」
「ふざけたこと言うんやない。あの二人はこっちの事情に巻き込まれただけや。死なすなんてできるか」
クラッカーを平らげ、今度はバケットに手を出したリリアーヌの発言に、陽は眦を釣り上げながら睥睨する。
経緯はどうあれ、心菜と樹はこちらの事情に付き合わされているだけ。それが原因で死なせるなどもってのほかだ。
「心配しなくても、あの二人ならば大丈夫だ」
睨む陽と意地悪い笑みを浮かべるリリアーヌがガンを飛ばし合っていると、何故か釘を刺した張本人が断言する。
これにはさすがの二人もジークに白い目を向けた。
「いやいやいや……さっきあんな風に言っとったヤツが何ほざいとんねん?」
「手の平返しするには早すぎじゃないかしらぁ?」
一緒になって責める視線を向ける二人に、意外と仲良いな? と思いながら、ジークはいつの時代でも老若男女を魅了する笑みを浮かべながら言った。
「あの二人は、私が思うよりずっと、負けず嫌いだ」
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