第18章 終焉告げる無限光〈中〉
Introduction 最初の記憶、迫りくる脅威
カロン・アルマンディンの最初の記憶は、豪奢な寝室の窓から差す穏やかな日差し。
その温かさと反対に、とても心が弱い
『ごめんなさい……ごめんなさい、カロン……あなたには、もっと自由な生き方をさせてあげたかった……っ』
何度も何度も、毎日のように謝る
その原因は、イングランド王国の王妃としてまともに扱わない彼女の境遇と、国王であり母の伴侶である父の態度にあった。
色狂いの
数多な令嬢が手つきになる中、
だけど、
当時の国の政治が保っていたのは、ひとえに先王……カロンの祖父の代から仕える重臣達の努力の賜物だ。
カロンも彼らから帝王学を学び、年も二〇代から六〇代と幅広く、彼らを兄や叔父、それこそ父として見て育ってきた。
その間も、本物である
(――――おぞましい)
誰よりも人間らしく、欲望に忠実で、男という性を思う存分に使う
その日から、カロンは人間という種を嫌うようになった。
汗水流して働く平民、豪華に着飾った貴族、顔に深いシワを刻んだ老人……さらにはまだ何も知らない純粋無垢な赤ん坊や子供すら、カロンにとって全て醜い生き物に見えた。
動物の方がまだマシで、人の顔を見たくない時は愛馬に乗って遠出をして、わずかな時間だか一人だけの時間を過ごしたものだ。
そうして成長していき、
――だからこそ、アリナ・エレクトゥルムの存在は、カロンに強烈な
人間臭いけれど、善を全うしようとする少女。他の貴族と同じ振る舞いをするも、素は無邪気な街娘と変わらない。
人間なのに、人間特有の醜悪さを感じない。
この世界で唯一、誰よりも一番美しい人間を、カロンを見つけた。
『欲しい』
一目見て瞬間から、そう思った。
あの気高い輝きを独占したかった。
〝神〟に愛された彼女を手に入れれば。
――――誰よりも醜悪な
☆★☆★☆
空中要塞カエレム。
異位相空間を改造し現実世界への侵攻に成功したこの要塞は、空中に浮くだけでなく城壁にも膨大な魔力を消費している。
城壁に使われている石や金属には、魔力を練り込ませることでその強度を最大限に上昇させている。しかし通常では急激に魔力を注入すると、先に素材の方が耐え切れず壊れてしまうため、時間をかけて少しずつ魔力を練り込ませているおかげで、フィリエが望む強度を手に入れた。
さらにその下は巨大な迷路のようになっており、数々の
まさに難攻不落。
一年以上の歳月を果たして完成した、理想の城。
(……あら、また来たの)
調和と美麗の取れた薔薇園を歩いていると、低い駆動音が空気を震わせる。まるで虫の羽音のようなそれを聞いて、フィリエは眉をひそませた。
現実世界にやってきてからというもの、各国から出動させている航空機がこの城を偵察・狙撃しに何度も侵略してくる。
今は太平洋を中心に飛んでいるが、どの国にも制空権というものがある。いくら今は攻撃をしていなくても、カエレムを煩わしく思うのは当然だ。
とはいえ、それまで脅威ではないため、今まではどれほど飛んでいても無視していたが……。
「……さすがにしつこいわね」
昼はともかく夜に飛ぶのは普通に安眠妨害。
ここらでいっそ、脅威と認定して接近距離を見直すようにしなければならない。
「―――『
フィリエが呟き魔力を放出させた直後、城壁から二〇近くの盾がパーツとして外れ、自律しながら浮遊する。
盾は航空機を敵性物体と認識し、予備動作もなしに高密度の魔力光線を放つ。
魔力弾の上を行く魔力光線は、たった一度浴びせただけで航空機を一刀両断させ、カエレム周辺に爆発を起こす。
赤の炎と黒の煙の花火を無感情で見つめた後、フィリエはそのまま城内へ入る。
外とは違い、ひどく静かな回廊を歩き、フィリエはある場所へ辿り着く。
王の間。
臣下や貴族が王に謁見するために使われる広間は、この城の中で一番小さくも豪華だ。
大理石の壁と柱、寄木細工の床に敷かれた毛足の長い絨毯。天井には金のレリーフが施され、精緻な細工をした金のシャンデリアが広間を照らす。
その広間の一番奥の中央に、カロンが座る玉座がある。
一〇段の階段の上に置かれた玉座は、かつて国王だった頃に座っていた椅子を模したもの。
金箔を張った銀と赤い
金の肩章とボタンがついた詰襟の黒い上着に、金糸で薔薇に刺繍された
これが、カロン・アルマンディン。
いずれ実現する〝世界〟を統べる王となる男。
「……外が騒がしいな」
「申し訳ありません、少々蠅を叩き落しまして」
「まあいい。魔法のないただの兵器など、鉄屑と同じだ」
頭を下げて報告するが、カロンは興味なさげに言うと、パチンッと指を鳴らす。
玉座の背後の壁が消え、現れたのは歯車がいくつもついた天球儀『
ガチガチと歯車が鳴る音を聴きながら、カロンは第二の巨大魔道具を一瞥する。
「『
「では……!」
カロンの言葉にフィリエが頬を紅潮させ、期待に満ちた目を向ける。
もはや見飽きたその顔を見つめながら、王は言った。
「―――始めよう、理想の実現を。我の長年の悲願を叶えようではないか」
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