第269話 新時代の幕開け
時は少し遡る。
職員の避難中、日向は物陰に潜む気配を察知していた。
それは前世での経験を経て得た直感というべきか、いわゆる『嫌な気配』というものを首筋から感じ、《スペラレ》を剣にした直後、その人物の首に刃を当てた。
「ひぃっ!?」
「……今、何しようとしてたの?」
鋭い目つきで見つめると、男はガチガチと震えた後、恐怖が限界に来たのか白目を剥いて気絶する。
ずるずると床に座り込む男を見て、日向は懐から拳銃型魔導具を取り出し、それをぽいっと樹に投げ渡す。
「っと、ぶね…………あー、これはアメリカの最新型だな。魔力を一回入れれば、最大一〇発撃てるやつ」
「運送中に奪われたブツやな。それを隠し持っていたってことは、内部犯か……」
「そんな……」
IMFに内部犯がいる事実に戸惑う樹と心菜。だが、感傷に浸る間もなく襲撃者が現れる。
手に持つのは、最新鋭の武器型魔導具。あれも、運送中に奪われた品の一つなのだろう。
本来ならその魔道具を手に、苦しむ人々を救うはずだった。だけど、今は同胞を傷つけ殺めるため、その銃口を向けている。
その銃口を見て、日向は
彼女も最初、同じ国の人間と戦う時、ひどく足を竦ませていた。
本来なら守り導くはずの民が、武器を、敵意を、憎悪を向けられ、それでも斃さなければ永遠に終わらないと分かっていた。
だからこそ、その手を血に染めて、持ったことのない剣を必死に振るい、何度も胃の中を吐きながら戦い続けた。
その結果が、不要な犠牲を積み上げて、最後は
(あの時、あたしはその終わりが一番の最善だと思った。それしかもう道がないと分かっていたから)
だけど。
今の日向には、アリナと同じ道を歩む気はない。
かつてのように不要な犠牲を積み上げても、それでもその先に待つ未来を手に入れたい。
(なら、あたしがすることは――――この人達を、倒すこと)
殺しはしない。だけど、傷つけないと保証できない。矛盾した考えだが、それしかこの騒ぎは止められない。
小さく唇を噛みしめながら、日向は《スペラレ》を構える。それを見た内部犯が一斉に銃口の引き金に指をかける。
瞬間、日向の姿が一瞬で消えた。
視界から消えた
別の方向から魔法を放とうとする仲間がいたが、剣身に無魔法を付与させてそのまま振り下ろす。
剣を振り下ろしたと同時に無魔法も放たれ、詠唱していた魔法は強制的に無効化される。
ブレスレット型魔導具しか身につけていないあたり、恐らく後衛担当の魔導士なのだろう。だからといって、手加減するもなく、日向は躊躇なく彼らを斬り捨てた。
血飛沫を上げて倒れる裏切り者達を見下ろす日向の顔は、いつも以上に冷酷で無慈悲な雰囲気を漂わせていた。
「ひ、日向……?」
「…………」
心菜が恐る恐る声をかけるが、本人はちらっと一瞥しただけで返事はない。
そのまま窓の方へ歩み寄ると、正門のある一点を見つめる。気になった陽も魔法を使って視力強化して外を見ると、IMFへ向かっている集団を見つける。
どの相手も最新鋭の魔導具を手にし、途中で建物内に入って器物の破壊や金品の強奪など好き勝手に暴れながらも、足は
「……陽兄、ここお願いね」
「おい、ちょい待ち日向。何するつもりや」
こんなこと訊かなくても、実妹が一体何をしようとしているのか理解していた。
それでも訊いたのは、信じたくないという気持ちがあったから。
だけど、日向は穏やかに――かつてのアリナを思わる口調で――言った。
「――――決まってるでしょ。敵を斃してくるの」
そして、現在。
先ほどの戦闘で浴びた返り血をそのままに、凪のように澄んだ目をしながら敵を見据えていた。
ここに来る直前に兄の制止を聞いたが、今の日向の頭には敵を倒すことしか頭にない。
「あぁ? なんだこの女」
「もしかして、オレらに可愛がられに来たとか?」
「おいおいマジかよ! でも……結構イイ女じゃね?」
突然現れた日向を見て、魔導犯罪者――主に男性は色欲の混じった目で向けた。
今年で一八歳を迎える日向だが、女性としての体へと成長し続けている。同年代と比べて肉付きも色っぽさもあるのは当然で、その視線を受けながらも自分は平然としていることに内心驚いた。
前世では、知らない男からの下卑た目を向けられることすら、あれほど嫌悪していたのに。
(まあ……それは今どうでもいいか)
今の日向とって、最優先事項は敵の殲滅。
それ以外のことなど、気にする価値もない。
あの時のように、ただひたすら、敵を斃せばいい。
下品な笑い声が響く中、日向は静かに《スペラレ》を構える。
それを見た魔導犯罪者は、ぴたりと笑い声を止めると、今度は見下した目をした。
「あぁ? おいおい、お嬢ちゃんよぉ。そんなモン持ったって、オレらにはかなわ――――」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
一閃。たった一回、剣を横に振っただけで、
血飛沫を舞い、悲鳴も上げられず、ただ衝撃と斬撃の痛みに悶えながら、彼らは地面に倒れ伏す。
「な……な……っ!?」
「悪いけど、
絶句し震える悪を前に、日向は冷酷な声で告げる。
「――死にたくないなら、今の内に逃げなさい。でないと、全員殺してしまうから」
殺気を混じらせた魔力を放出させながら言う日向の様子は、彼らに恐怖を与えるほどの効力があった。
しかしそこは魔導士崩れのプライドなのか。世間の辛さを知らない生意気な小娘を一泡吹かせようと、次々と武器を構え始める。
誰もが戦闘態勢になったのを見て、日向は小さくため息を吐き、《スペラレ》を構えた。
「忠告はした。……行くよ」
直後、日向は地面を強く蹴った。
☆★☆★☆
日向が地上で魔導犯罪集団と戦う少し前。
悠護はジークと共に、サンデスを地下駐車場に連れて行っていた。
顔を青くするサンデスの横には、リンジーがぐったりした様子で横になっており、今の彼には戦う余力が残されていない。
「……なるほど。IMFの機能停止に東京都内の治安崩壊、それがカロンの計画に必要だったのか」
「そ、そうだよ……少なくとも、魔導士が多いこの地が追い込まれれば、身動きが取れなくなるだろ?」
日本の中で、東京都は一番魔導士が多い。
イギリスではロンドン、アメリカではニューヨークというように、各国の首都や州の主要都市となっている地域は魔導士が多くいる傾向になり、地方では一〇〇人ちょっと、それ以外の場所では両手の指で数えられる程度しかいない。
魔導士が華々しく活躍できる場所など、
昔は数が少なく『量より質』を求めていたが、今は『質より量』の時代になっている。
現代の弱点を容赦なく突いてくるあたり、カロンらしいやり方だと思わざるを得ない。
「その……はず、なのに……なんっで『サングラン・ドルチェ』が邪魔してるわけ!? おかげで計画の半分がパァだよ!」
「ああ、それは私達が彼女らと協力関係を結んだからだ」
「お前らの仕業か! 毎度毎度邪魔しやがってぇぇぇ……!!」
さすがのサンデスも『サングラン・ドルチェ』が手を出すことを予想していなかったのか、ジークの答えを聞いてぎゃーぎゃーと喚く。
相も変わらずやかましい元第三王子にげんなりしながらも、悠護は話を進めることにした。
「……サンデス、どうしてお前達が今になって動いたんだ? あれからずっと動いていなかったのに」
七月の期末試験の日から、三ヶ月近く経っている。
カロンの寿命を考えると、もっと早くに動かなければならないはずだ。しかし彼は今までずっと動きを見せず、今日になっていきなり活動し始めた。
それだけが、一番の疑問なのだ。
「…………それは…………」
悠護の問いにサンデスが口を開いた時だ、悠護のスマホに着信が入ったのは。
バイブレーションするスマホがズボンのポケットで震えるのを感じ、軽く舌を打ちながら相手の名前を確認せず電話に出た。
「っ、なんだよ! 今こっちは取り込み中――」
『悠護! 今どこおるんや!?』
「は? どこって……地下駐車場。サンデスをちょっと尋問してて……」
『んなもん後回しにしぃ! 今、地上で日向が魔導犯罪者らと交戦中や! ワイらも駆けつけたいけど、内部犯のせいで行けへん! はよ行ってくれ!!』
スマホから銃声が聞こえたのと同時に、陽からの電話が一方的に切れる。
耳から離しても聞こえるほどの音量だったせいで、さっきの陽との会話はジークにもサンデスにも丸聞こえだ。
「行け、こいつは私から話を聞く」
「っ……分かった!」
ジークからの後押しを受け、悠護は地下駐車場から出て行く。
彼の後ろ姿を見送ったジークは、再びサンデスに視線を向けた。
「……で? 散々引きこもっていた理由はなんだ? さっさと白状した方が身のためだぞ」
「…………分かってる、言うよ。言えばいいだろ!」
まるで自棄になったように叫ぶサンデス。
脳内でカロンの企てについて数十通りのパターンを考えていたジークは、その答えを聞いて目を見開いた。
「――――準備が済んだんだ。兄上は、現実世界の空に、異位相空間の居城を顕現するんだ。この世界を、あの人の理想の世界にするために」
走る。走る。走る。
爆発で壁に亀裂が入り、床が凹凸にへこんで走りにくくても、それでも愛する少女の元へ走る。
途中で裏切り者が現れたけど、全て《ノクティス》で薙ぎ倒した。
裏切り者にも眼中にないほど、それだけ急いでいた。
今IMFに襲撃してきた魔導犯罪者集団がどれほどの数なのか分からないが、日向がたった一人で応戦できるほどの量ではないくらい察した。
なにより……。
(あいつが、死ぬかもしれない)
カロンの目的が日向である以上、最悪な事態になる前に手を打つだろう。
しかし、万が一の可能性がある。
急いでエントランスホールを通り、入口の自動ドアの前で足を止めた。
目の前に広がるのは、血を流しながらアスファルトの上に倒れる魔導犯罪者達。
しかし血を流しているのはたったの数名だけで、それ以外の者は苦しげな表情を浮かべていた。
彼らの体の上で宙を浮く綺麗な宝玉。その全てから魔力の流れを感じ、瞬時に理解した。
――ああ。これは全部、
万華鏡のように色鮮やかな宝玉が浮かぶ光景は、一種の幻想的なものだろう。
だけど、それ以上に輝く琥珀の魔力を可視化させ、《スペラレ》を初めて見る杖の姿に変えている日向を見て、これから行われることはそんな優しいものではないと気付く。
彼女は今、ここで
「――――『
詠唱されたのは、無魔法の一つ。その効果は
シャランと白銀の杖が数十人の
理不尽に苦しめられ、闇の世界へ行ってしまった者達を縛っていた
これでもう二度と、彼らは魔法が使えなくなった。
それが果たして良いことなのか、悠護には分からない。
少なくとも、これからの人生は彼らにとって、幾分か生きやすいものになったと信じたい。
全ての
日向の生魔法の成績は普通よりちょっといいくらいで、少なくとも止血と傷跡を消すくらいの力はある。
無事に治療を終えると、目の前にいる悠護に気付いて、弱々しく笑みを浮かべた。
悠護が一番嫌うその笑顔を見て、耐え切れず日向を抱きしめる。
力強く抱きしめると、腕の中にいる日向はびくりと体を震わせるも、すり寄るように額を胸板に押しつけた。
「……ごめん、また間に合わなくて……」
「ううん、いいの。来てくれて、ありがとう」
いいわけがない。
命を奪ってないけれど、
だからこそ無魔法の存在は危険視されているし、利用価値があるから世界中の誰もが日向を狙う。
そうだと分かっていても、これ以上被害を広げないためには、彼らから
どの道、カロンの計画に乗った彼らの末路は死だ。たとえ人間になったとしても、その事実は変わらない。
日向もそれを知って尚、気丈にも笑みを浮かべるが、あまりにも痛々しく映ってしまう。自分の不甲斐なさに嫌気を差しながらも、抱擁に力を込めた時だ。
バリバリバリバリバリバリィイイイイイイイイッ!!
突如、何かが破れる音が空間全体に響き渡る。
あまりの音に誰もが耳を塞ぐ中、その
遙か頭上に広がる青き空。
空に生まれた亀裂は徐々に広がり、闇の中から突起物が出てくる。
突起物……いや、翼のように中央の城を守る城壁が、青空の破片を撒き散らしながらその場を浮遊する。
中央の城の下には、逆三角形の巨大なガーネットが飛び出しており、遠目からでも高密度な魔力を宿っていた。
空中要塞カエレム。
『ノヴァエ・テッラエ』が一年以上の年月をかけて改造した、異位相空間の産物が現実世界に君臨する。
城壁と城の間にある庭の先。一歩踏み外せば落下するその場所で、背後にフィリエを控えさせ、真紅のマントを纏うカロンは、かつての王としての威風をなびかせながら告げる。
「――――傍観しか能のない〝神〟よ! 我が名はカロン・アルマンディン。貴様の腐りきった世界を破壊し、真の楽園を築く者なり!」
その声は、魔法によって全世界に響き渡る。
この世界の裏側に存在する、〝神〟にも届くように、カロンは宣言した。
「本日を以て、貴様の世界は私が創り変えてやろう! 我が『理想』の実現のため、私は――貴様に変わる〝神〟となろう――――!!」
その宣言により、魔導士達は四度目の時代を迎える。
後に【魔導士事変期】と呼ばれる、最も波乱と変革に満ちた時代の幕開けでもあった――――
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