第268話 戦況変化
東京都内は今、混乱に陥っていた。
本来どこかの地区で鳴るはずの魔導犯罪警報が、今日に限って二三区全体に響き渡る。警報を聴いて都民はすぐさまシェルターがある場所へ駆け込む。
その間、IMFが警察機動隊と共に現場に駆け付け、事態収拾のために動く……というのが、本来の手筈。
しかし、IMFが襲撃され、魔導犯罪課が現場に駆け付けられない事態になっている。
この場合、通常の倍の人員を機動隊に配備し、現場に急行するようされているが、二三区全てで起きているせいで、その人員の配備にすら手間取る。
なんとか各区に人員を割り当てても、問題は現場でも発生する。
一つ目の問題は、武器の数。
七月末から魔導犯罪が多発し、東京魔導具開発センターから武器型魔導具を受注するも、魔導具は制作過程から使用許可が下りるまで最低一週間はかかる。
しかも現場に持ち込まれる魔導具の七割をIMFが所持しているせいで、警察が保有する魔導具の数は五〇を超えない。従って、使用する隊員の数も限られてしまう。
二つ目の問題は、魔導犯罪者の数。
これまで少なくても五人、多くて一〇人だったはずの数が、今回に限り一地区につき一〇〇人という数字を割り出した。
しかも相手の手には最新鋭の魔導具が一人一個持っており、二世代前の魔導具しかない機動隊にとってはとても不利な状況になっている。
故に、通常の武器を交えて交戦するも、その差は歴然としていた。
「クソったれが! こんなアサルトライフルで持ちこたえろとか、上も随分な無茶を言いやがる!! これが戦時だったらまだ楽勝だったんだけどなぁ!?」
渋谷駅前の交差点。
即席バリケードの前で、必死にアサルトライフル(しかも各種アタッチメントを付けられる無駄に最新鋭のやつ)を撃ちまくる警察機動隊隊員・
嵐山は魔導士とは関係ない一般家庭出身で、厳しくも優しい両親の愛を受けて育った。
国家公務員として安定した生活のために警察学校に入学、そして以前から趣味であったサバイバルゲームの才能を買われ、機動隊に配属された。
本物の銃を使った訓練は緊張したし、こうして現場に立たされた時は死の恐怖が勝ってロクに援護もできないまま終わったこともあった。
だけど同じ経験をした仲間にも恵まれ、合コンで会った女性と結婚して、死の恐怖を克服とまではいかないが慣れていき、それなりに順風満帆な人生を送っていると思っていた。
だが、今年の夏からおかしくなり始めた。
日に日に増えていく出動、数日も帰宅できない日々が続いた。妻は今の状況に怯えてしばらく実家に避難すると言ったが、それは自然な考えだったし嵐山も特に反対はしなかった。
それは、この状況がすぐに収まるという楽観的な考えがあったからだ。
しかし嵐山の予想に反し、事態は徐々に加速していき、ついには職場でも過労で倒れる同僚が続出。
さらには殉職者の数も増えていき、慣れていたはずの死の恐怖が再び掘り起こされた。
妻からの一日一回の電話が活力となる中、今回の出動はさすがの嵐山ももう出たくないという気持ちで一杯だ。
「クソクソクソクソがぁあああああああ!!」
それでも罵声を吐きながら、必死に引き金を引き続ける。
銃口から火を噴き、弾丸は発射されるも、魔導犯罪者の前ではそれは無意味、無駄に薬莢が量産される。
同僚が同じようにアサルトライフルを撃ち続けるも、火魔法によってバリケードごと吹っ飛ばされた。
肉が焦げる嫌な匂いが鼻を刺激しながらも、嵐山はアサルトライフルを撃つ手を止めない。
銃弾が切れても素早く新しいマガジンに変えて、再び銃口に火を噴かせる。
たとえ無意味な抵抗だと分かっても、この手を止めてしまえば自分の命は尽きる。母方の田舎に避難している妻の腹には、ようやく新しい命が宿っている。せめて生まれてくる子供の顔を見るまで……いや、むしろ結婚式を迎える年になるまで死ぬわけにはいかない。
それでも、目の前の魔導犯罪者共は嵐山がいる部隊の攻撃を諸共せず、バカスカと魔法を撃ちまくる。
弄ぶようにしてくる向こうに腹が立ち、同僚が雪合戦の如く手榴弾を投げ続けるも、相手はびくともしない。
さらに攻撃を仕掛けようとした直後、目の前が真っ白になる。
地上を揺らす轟音と火薬の匂い。それからゴロゴロとアスファルトを転がる体。
キ―――ン、と耳鳴りが響き、霞む視界がクリアになると同時に自分が倒れていることと、相手が殺傷性のある魔法をバリケード向こうまで撃ち込んだことに気付く。
即席バリケードも役に立たなくなるほど損傷し、呻き声を上げながら這いつくばる同僚達を見て、嵐山はガチガチと歯を震わせる。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!)
こんなところで死にたくない。自分にはやりたいことも、したいこともたくさんある。
たとえ命を張る仕事をしていても、人間なのだから生存本能はあって当然だ。
嵐山の懇願など気にせず、足音はどんどん近づいてくる。
本気で死を覚悟した直後、足音は轟音と悲鳴と共に消えた。
おもむろに体を起こすと、目の前には屈強な男が立っていて、こちらを見ないまま三叉槍を構えながら言った。
「――弱者を嬲るなど、それこそ真の弱者の所業。あまりにも見苦しい貴様らは、今ここで俺が殺してやろう」
『――そろそろ連中が動き出すから、今から言うところに行って存分に暴れてきな』
いつものようにお茶会をしていたら、
手渡された指令状に書かれていたのは、『ノヴァエ・テッラエ』はIMFを機能停止に追い込んでいる間、都内各地で魔導犯罪を起こさせ、事態の悪化を招くというもの。
これには日向達でも対処できないという
事実、その見解は正解だった。
IMFは魔導士優位の現代において、必要不可欠な政府機関。
その機関が襲撃され、機能停止にまで陥ったら、それこそこの国は彼らの思うがまま自由に操れる。
協力関係を結んだ以上、この事態を無視することはできない。
《メルクリウス》に付いた血と脂を振り落とし、こちらに敵意を向ける魔導犯罪者を見る。
見たところ、彼らは全員『ノヴァエ・テッラエ』によって買収された組織に属している魔導士崩れ。これくらい、フェリクスの敵ではない。
「ア、アンタは……」
「名乗る暇はない。下がっていろ」
この国の警察関係者らしき男にそう吐き捨てると、彼は悔しげな顔を浮かべてそのまま無線で連絡を取り合いながら同僚と共に後退する。
それでいい。これから行うのは、血生臭い
日の光が当たる場所にいる者は、
「……さて」
先ほどの一振りのせいで、二〇人以上が血を流しながらアスファルトの上に伏していた。
首や胸、腕などの箇所から致命傷を受けて、呻き声と苦痛を堪える表情を出している面々を見て、他の魔導犯罪者達は恐怖で身を竦ませる。
しかし、無謀にも最新鋭の魔導具を片手にフェリクスに吶喊する。
瞬間。
フェリクスが《メルクリウス》を振り回しただけで、周囲に竜巻が起こり、吹き飛ばされた魔導犯罪者達は悲鳴を上げながらアスファルトに墜落する。
ぐしゃっ、ぐしゃっと果物が潰れるような音と共に、魔導犯罪者の命が奪われていく様は、退却中に後ろを振り返った嵐山の息を呑ませるほど凄惨なものだ。
フェリクスが使ったのは、初球魔法である『
たとえ簡単な魔法でも、使う魔力量の強さをあげれば、竜巻の一つくらい簡単に作れる。
アスファルトの上にできた血だまりを踏みながら、【帽子屋】は三叉槍を片手でくるりと回した。
「来い。夜のお茶会の時間にまでには終わらよう」
☆★☆★☆
「――はぁ!? 『サングラン・ドルチェ』の連中が魔導犯罪者を倒してる!?」
IMF内で職員の避難に絶賛てんてこ舞い中の
『は、はい! 何故彼らが我々に協力しているかは不明ですが、おかげで他地区への応援に行けます!』
「バカ野郎! 相手は同じ魔導犯罪者なんだぞ!? そっちも捕縛しろよ!」
「いいえ、このまま彼らに対処させましょう」
『サングラン・ドルチェ』をも捕縛するよう橙田が指示を飛ばした直後、それを紺野が遮る。
同じ七色家の分家出身者として、上司としても尊敬している彼の発言に、さすがの橙田も戸惑う。
「な、なんでスか!?」
「彼らの目的は不明ですが、今の私達には応援へ向かう余裕はない。ならそのまま、相手にさせてもらった方が我々は救助に専念できる」
「だけど……ッ!」
「灯くん。君が魔導犯罪者を嫌う理由は分かりますが、今は非常事態。時には清濁に拘る暇などないのです」
「……っ、分かり、ました……」
完全に納得することはできないが、それでも紺野の言うことは正しい。
いくら魔導士が頑健だからといって、三ヶ月以上休みなしの残業当たり前の激務が続いたせいで、非常勤の職員すら駆り出されたがそれでも人手が足りなかった。
しかもこの襲撃のせいで、怪我人が続出し機動隊への応援要請に答えられる余裕もない。
だからこそ、『サングラン・ドルチェ』が魔導犯罪者を排除してくれるなら、こちらとしても大助かり。
頭では理解できる。……だが、白石と黒宮の補助として治安の維持を役割とする橙田家としては、やはり素直に受け入れられない。
憮然とする橙田に、紺野は苦笑する。
「――――何してるの、君ら」
ちょうどタイミングを見計らって、《白鷹》を持った怜哉が気だるい態度で話しかける。
いや、訂正。気だるいのは彼の
「ああ、白石くん。職員の避難は?」
「もう済ませてある。あとは僕らだけだよ」
「そうか……チッ、クソ犯罪者共が。IMFを狙いやがって」
「相手側の判断としては正しいですよ。こちらが疲弊するのを待ち、時期が来たら一気に畳みかける。実にシンプルです」
「それに、IMFは過去に数度襲撃にあってるけど、全部正門で対処できていた。……まあ、今回は内部犯の工作のせいでボロボロだけど」
ため息を吐きながら語る
そう、この襲撃は内部犯とグルになって行われていた。
エントランスホールの爆発を合図に、IMF内に潜んでいた内部犯が混乱する職員を魔法で攻撃。結果、施設内で派手な
すぐさま戦闘に秀でた職員が鎮圧させるも、いくら建物全体が耐震・耐魔の高い特殊建築資材で作られていると言っても、限度というものはある。
そのせいで廊下では換気しきれていない黒煙が漂い、床には建築材の破片やガラスが散らばり、壁は小さなクレーターがまるで数珠みたいにできている。
「ここで内部犯に気付かなかった失態を嘆いても仕方ありません。白石くん、内部犯は?」
「一応何人か捕まえたけど……大半は、奥歯に仕込んでた毒で自害した。運よく生き残った奴は、毒入り奥歯は抜いて、逃走しないように呪魔法で身体の自由を奪ってある」
「分かりました。その方々には後でじっくりお話をしましょう」
「だが……意味が分かんねぇ。連中、なんで今になって襲撃した? 狙う隙ならいくらでもあったろ」
「それは――――」
橙田の疑問に怜哉が答えようとした直後、再び地上で爆発が起きる。
まだ内部犯の仕業かと思い込んだが、どうやら正門に砲弾が撃ち込まれたようだ。
現に、魔導具だけでなく普通の武器を持った魔導犯罪者集団が押し寄せていた。
「クソッ! あいつらぁ……!!」
「……白石くん、我々だけであの数を対処できますか?」
「いけると思うけど……少なくとも、無傷では済まない」
さすがに瀕死覚悟で吶喊を決めようとした直後。
見覚えのある『色』が、地上に現れた。
その『色』は、少女の形をしていた。
腰まで伸びた長い髪、すらりとしながらも程よく筋肉がつき均整が取れた肢体、見慣れた制服ではなく年頃の女の子がするカジュアルファッションを着て、手には不釣り合いな白金の剣を持つ。
今、IMFに危害を加えようとする魔導犯罪者達と対峙する、ひどく冷めた顔をしたその少女の名前は――――
「…………豊崎、さん」
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