第261話 『秘法』と兵器
IMFから自宅に帰った心菜は、自室のベッドに寝そべりながら深いため息を吐いた。
陽から持ち込まれた『サングラン・ドルチェ』の協力要請を了承したのは、日向の言う通り最適解だ。
自分達にはカロンと立ち向かうための力は未だなく、
だけど。
それではまるで、自分達は頼りないと言われているようだった。
少なくとも、あの時の心菜はそう感じていた。
(……分かってる。日向だって、そんなつもりで言ってないって。分かっている、のに……)
それでも、嫌な考えが脳内で回ってしまう。
確かに心菜も樹も人を殺すことができない。もちろん向こうだってしたくてしているわけではないが、それでも命を奪うことでしか終わらないことを身をもって知っている。
現代で人を殺さなければならない選択に迫られたことのない、自分と違って。
「私……こんな自分が本当に嫌い……」
周囲から『神藤心菜』は、おしとやかで優しいマドンナ的存在。
だけど、本当の自分はいつだって優柔不断で、肝心なところで躓いてしまう。
せっかく決めた覚悟は最後の最後のところで揺らぎ、そして結局はその全てが無駄に終わってしまう。
なんという情けなさ。
なんという心の弱さ。
なんという不甲斐なさ。
自分がこんなに弱い人間だなんて、今まで知らなかった。
だけど、ずっとこのままでいたくはない。
自分だって、彼女のように変わりたい。
(…………やっぱり、
今まで恐ろしくて伝授することすら怯えていたが、今は違う。
自分が強くなるには、もう手段など問わない。
ベッドから起き上がり、ドレッサーの前で乱れた髪と服を整える。
部屋を静かに出て、祖父がいるだろう書斎に向かい、ドアの前で深呼吸を一回。
緊張で鼓動が早まる心臓を宥め、ドアを三回ノックする。
「入りなさい」
「失礼します」
書斎には祖父・
総介はかけていた老眼鏡を外し、いつもの優しい祖父の顔を見せた。
「心菜か。どうした? ここに入るのは珍しい」
「……お祖父様、今日はお願いがあって来ました」
「お願い?」
いつもはわがままを言わない孫娘の発言に目を丸くする総介。
だけど、心菜の告げたお願いの内容を聞いた直後、顔つきが変わる。
「――――私に、神藤家の『秘法』を教えてください」
さて、ここで魔法のおさらいをしよう。
魔法――正式名称『九系統魔法』は、文字通り九種類の魔法がある。
火、水、土、風、光、闇などの自然を操る『自然魔法』。
物理・魔法問わず身を守る『防御魔法』。
身体能力や武器の強度を強化する『強化魔法』。
あらゆる法則に直接干渉できる『干渉魔法』。
魔物と呼ばれる魔的生物を召喚する『召喚魔法』。
テレパシーや幻覚など精神に干渉する『精神魔法』。
能力の低下や呪いをかける『呪魔法』。
傷を癒し、呪いを解呪する『生魔法』。
そして、存在する魔法を無効化する『無魔法』。
最後の無魔法以外は、全世界の魔導士が使える魔法だ。
個人によって得意不得意が発生し、やがて得意魔法を極める魔導士がほとんである。
得意魔法の中で一番多いのは防御魔法の次に習う自然魔法で、割合で表すなら四割を占めている。
魔導士が使う魔法はこの九系統魔法に倣ったものであり、逆を言えば
ではこの大前提がありながら、心菜が言った『秘法』とは何か?
『秘法』――これも文字通り、『公にせず秘したままにする魔法』こと。
現代の魔法は【魔導士黎明期】から着々と受け継がれてきた資産であり、全ての魔法を全世界の魔導士に行き渡るように『
しかし、稀にこの『
登録されていない理由は様々だが、一番の理由は『特定の家系の人間にしか使えない』だ。
特定の家系――いわゆる『血筋』という絶対的要素が必要となる魔法は、全く無関係な魔導士が使っても発動せず、ただ無駄に魔力を消耗するだけ。
そういった魔法はいつしか『秘法』と呼ばれ、心菜の家である神藤家にもその『秘法』があった。
神藤家は、元々は由緒ある平安貴族だった。
その家の女児は代々からあらゆる病や傷を癒す力を持ち、力を狙って多くの貴族が求婚してきた。
しかし時代の流れと共に迫害対象となり、自分達が魔導士と発覚してすぐに起きた第一次世界大戦では医療班兼予備戦力として駆り出された。
神藤家は時代の荒波に抗いながらも生き残り、当時は実現化不可能だと言われていた魔導医療に着手し、やがて魔導医療世界シェア第三位に昇りつめた。
だが、いくら祖先が生魔法に似た力を持っていたからといって、付け焼き刃な戦闘技術しか持たない彼ら彼女らが世界大戦に参加しても生き残れたのか?
それは、神藤家に伝わる『秘法』によるものだ。
神藤家の『秘法』・『無限天恵』。
通常、魔力は魔導士の生命エネルギーによって製造されていくが、地脈などの自然エネルギーを取り組んで魔力として返還することができる。
しかし、自然エネルギーを魔力に変換のためには、
一からとなると途方もない時間と苦痛が必要となり、過去に裏で自然エネルギーを取り込みやすい身体に作り変えようとした研究グループがいたが、一度も成功すること政府機関によって捕縛された。
しかし、神藤家はこの自然エネルギーを取り組むことができる特殊体質を持っていた。
原因は解明されていないが、祖先が生魔法を使えた事実を考えるに、神藤家は突然変異によって肉体が自然エネルギーを取り組こめるようなったのが一番有力な説だ。
その特殊体質を生かした『無限天恵』は、永久的に自然エネルギーを魔力に変換し続けるというもの。それは、魔力を永久に供給できる魔法ということだ。
他の魔導士が聞けば、喉から手が出るほど欲しがる力。
初めてその名を聞いて、全貌を知った時、心菜は幼心ながらに本能的に感じ取った。
――この『秘法』は、自分には手に負えない力だと。
その時のことは今も鮮明に覚えており、自分はこの『秘法』を使いたくないと言いながら祖父に縋りつきながら泣き喚いた。
普段かけ離れた様子に両親はひどく困惑し、叔母はわがままを言うなと叱責していたが、祖父は何かを感じ取ったのか『秘法』の伝授はしないと約束してくれた。
きっと心菜が普通の学生として過ごしていたら、『秘法』を伝授することなく平穏に暮らしていただろう。
自分には扱いきれない力に振り回される心配も、力の重さに耐え切れず潰れる恐怖も味わうことなく。
だけど、今は違う。
今の心菜は普通とはかけ離れた位置にいる。そして、これから訪れる戦いには『秘法』が必要だ。
『秘法』に対する恐怖はある。だが、それは使わない言い訳にしてはいけない。
「……どういう心変わりだ、心菜? 昔、お前のような子が泣き喚くほど使うことを嫌がっていたではないか」
祖父の声はどこか冷たい。
当然だ。あんな風にわがままを言って伝授を拒否したくせに、今更教えてくれなど虫が良すぎる。
しかし、ここで一歩を引いては、心菜はいつまで経っても前に踏み出せない。
「勝手なのは承知の上です。ですが、恐らく近い内に『秘法』が必要となってくる事態がやってきます。そうなった場合、私はただのお荷物。国を守る義務を背負った一魔導士として、そのような存在になりたくないのです」
「私が聞いているのはそんな建前ではなく、お前の本心だ」
つらつらと前もって用意した理由を述べた直後、祖父の鋭い一声によって息を呑む。
両親は騙せても祖父には絶対に勝てないと改めて思いながら、心菜はスカートの裾を握りしめながらぽつぽつと語り始める。
「…………友達が、今の騒ぎを起こしている人達と因縁があって……近い内に、その人達と戦いに行くの。できればついていきたい……けど、私には何も力は、なくて…………」
「何故、お前が行く必要がある? 当人の問題なら当人で解決するべきだ。余計なことに首を突っ込む理由はない」
「そ、うかもしれない……でも、それ以前に私が一番嫌なの! みんなが傷ついて、手を汚そうとしているのに、私だけが平気な顔しているのが!」
堰を切るように話し始めた心菜を、祖父は静かな目で見つめる。
きっと孫娘の本心を一言一句逃さず聞こうという魂胆なのだろうが、この際話を聞いてもらえるならばどうでもいい。
とにかく、『秘法』を学ぶ理由をきちんと伝えたかった。
「私の友逹は、みんな強い人ばかりなの。魔法もそうだけど、それ以前に心がとても強いの。それこそ、人を殺す覚悟すらできるほどに。だけど……私にはそんな覚悟できなくて、いつも一歩前で止まって、結局は全部人任せにする。
……こんなの、とても卑怯だってのは分かってる。自分だけ手を汚さないでのうのうとしているのは許せない。でも……私には人を傷つけることができない。リリウムをちゃんと使役しても、私自身が弱いままでは意味がない。強い力が……みんなを守れるための力が欲しい。
だから……お願い、お祖父様。神藤家の『秘法』、私に伝授させてください」
深く頭を下げ、懇願する。
もしこれでダメならば、この場で土下座しても構わないつもりだ。
二人の間に落ちた沈黙が長く感じながらも、それでも心菜は頭を下げたまま微動だにしない。
「………………頭を上げなさい」
ようやく祖父の許しが出て、心菜は顔を上げる。
ロッキングチェアに座る祖父は先ほどの硬い表情ではなく、魔導士としての眼差しと表情をしていた。
「お前の気持ちは分かった。そういう事情ならば、力を貸そう」
「じゃあ……!」
静かにロッキングチェアから立ち上がった祖父は、口元に小さく笑みを浮かべる。
「いいだろう。神藤家の『秘法』の力、骨の髄まで叩き込んでやろう」
☆★☆★☆
自宅に帰宅すると、寝室のベッドで眠っている母を見てほっと息を吐く。
このご時世のせいで在宅ワークが多くなったが、それでもこうして昼寝ができる時間ができたのは嬉しい。
キッチンに行くとラップされた焼きそばがあり、これが樹の分の昼食のようだ。
電子レンジで温めて焼きそばを完食すると、そのままキッチンに戻って皿を洗う。
洗い終わったら自室に入り、学習机の上に持ってきた設計図を広げる。
椅子に座ってすぐ定規とシャーペンを手にし、設計図と向き合う。
「さて……こいつは絶対に必要だよな」
大きな設計図に書かれたのは、人間三人分の大きさを持つ巨大な銃。黒い銃身を持つそれは、明らかに今まで作ってきた魔導具より異彩を放っている。
それもそのはず。
樹は今、初めて兵器と呼んでも過言ではない魔導具を設計しているのだ。
実習中、センターはIMFから武器型魔導具の大量発注を頼まれ、樹を含む実習生達もその製造に関わった。
本来なら軍事関係の魔導具はセンターの職員にしか製造を許されないのか、人手不足により実習生も駆り出される羽目になる。
家庭用魔導具の仕事を志望していた樹にとって、武器としての魔導具を作るのはひどく緊張した。
自分が製造に関わった魔導具が、やがて人を殺す道具となってしまう。
そんな恐怖すらあった。
本当なら投げ出したかった。
こんな魔導具を作るくらいなら、もっと世間に役立つ魔導具を作りたい。
そう思って工具を動かしていた時、ふと気付いた。
(――――あ。俺、また逃げてる)
誰かを傷付けることも、人を殺すことも、ずっとずっと逃げていた。
嫌な役目を友人達に押し付け、自分だけ手を汚さず高みの見物。
それだけでも卑怯なのに、兵器となる魔導具を作りたくない?
――そんな身勝手な理由、他の誰かが許しても、樹自身が許せない。
(俺は魔導具を作ることしかできない。なら……俺は、俺の得意なことで戦わなければならない)
そのためには、一度だけ兵器としての魔導具を作る。
これが最初で最後となる兵器だろう。
だけど、樹にとって一歩を踏み出した証として、一生覚えているだろう。
「……よしっ! やるか!」
自分で両頬を叩いて気合を入れる。
この魔導具が一体どんな使い方をされるか分からない。
それでも、この魔導具が戦況を覆す『切り札』になることを願う。
半分近く出来上がっている設計図と向かい、シャーペンを動かす。
センターに戻るまでの間、樹の部屋からシャーペンの音が途絶えることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます